怯えたのは危害そのものよりその思想的なの 短刀にはまだヘイトない
一期、江雪、岩融のいない本丸 他は大体いる
小鳥はぽろぽろと涙を零す。
「…江雪ぅ」
価値観の違いが致命的すぎて、小鳥は精神的に追い詰められていた。望まぬ場所に閉じ込められているのもそうだが、まぐわいを迫られることが苦痛だった。小鳥は性行為から快楽を認識しない。気持ちいいと感じたことは一度もなかった。
「…何が不満なのだ、小鳥。この室は中庭に面している。花も鳥も見えるだろう?」
「…ぼくの
「こちらの江雪左文字ではいかんのか?」
「江雪さんと江雪は違う」
小鳥は断言する。それが、彼女が彼女の初期刀に唯一無二の価値を見出している事が、彼に狂おしい程の嫉妬を抱かせる。自分たちは幾らでも代えの利く道具だったから尚更。
「何故なのだ、小鳥。あれより俺たちの方が強く美しいだろう。あれにできぬ事だってできるだろう。何故俺たちではいかんのだ」
「江雪は僕に嫌な事をしない。僕はただ一緒に居て、他愛のない話を出来るだけでいいの。それ以上の事は望んでない。…うぅ、江雪ぅ、ぼくをひとりにしないで」
「…俺たちが傍に居るのだから、孤独を恐れる必要はないだろう?」
「(ひっく)江雪ぅ…」
小鳥は嫌々と首を振った。室に敷かれた術式が揺さぶられている。破られるのも時間の問題だった。
「…この手は、あまり使いたくなったのだが。止むを得んか」
三日月は太刀を抜く。不穏なものを感じとって小鳥は逃げようとする。
「あまり抵抗してくえるな。手元が狂うては困る」
「…や、だ」
三日月は小鳥の衣の裾を踏み、太刀で小鳥の両足首、足の腱を切り裂く。
「、」
鮮血が散る。三日月は半ば恍惚としたような顔でぱっくり斬られて血を流している足に触れた。
「あまり動くな、小鳥。手当もすぐにしてやるでな」
「江雪ぅ!」
術式が砕け散り、障子戸が吹き飛ぶ。
「主から、離れなさい」
「主さま、御無事ですか?」
「…江雪、くろのすけ…?」
「・・・」
仮にと巻いた布はすぐに真っ赤になった。腱を斬られた事でまともに歩けない小鳥を江雪が抱きかかえる。小鳥は緊張の糸が切れたのか、江雪を呼びながら泣きじゃくっている。
ゲートに急ぐ江雪にくろのすけが追いつく。
「次の本丸の指示は出ています。すぐに接続しますので迷わず入ってください」
「…わかりました」
くろのすけはそのまま一足飛びにゲートに向かい、コンソールを操作する。
「何処へゆくつもりじゃ」
「話す義理はありません」
「そなた一振りならともかく、小鳥様を連れてゆくのであれば見逃せぬ。そもそも、どうやって連れ出した」
「主を虐げるものに主を任せることはできません」
くろのすけが通り抜けてすぐ、ゲートが閉じる。くろのすけはゲートを操作して追って来られないように細工をした。江雪は息を整え、小鳥に呼びかける。
「…大丈夫ですか?主」
「(ひっく)江雪ぅ…」
「…私は此処にいます。安心してください」
眼鏡がないことで近くしか見えていない小鳥を安心させるように、江雪は小鳥の頭を撫でる。小鳥はぐすぐすと泣いている。
「江雪、もうひとりにしちゃやだからね」
「…ええ、私はあなたの傍にいます。…しかし、あそこには常に誰かいたのではないのですか?」
「話が通じないヒトが何人いたって安心できないよ」
「・・・」
細工の終わったくろのすけが二人に話しかける。
「それより、主さまの傷の治療を行いましょう。障害が残ったりしたら困ります」
「…うん、歩けなくなったりしたら困るね」
「…手当の道具が必要ですね。それに、一度傷口を清めないと…」
江雪は己を窺っている短刀がいる事に気付く。小夜と愛染と厚だ。そっと目を細める。
「・・・」
「…江雪?」
「…いえ、なんでもありません。…痛みは、ありませんか?」
「んー…そもそも感覚がない、かなぁ。特に痛みはないけど」
「そうですか…」
小鳥は試しに立ち上がろうとして上手く立てずに尻もちを付いた。
「…無理はなさらないでください」
「でも、挨拶をするのに自分の足で立っていないのは失礼でしょう?」
「気にするべきはそこではないでしょう…」
江雪は溜息をつく。小鳥は苦笑の様な表情を浮かべた。
「挨拶は大事だよ?」
「・・・」
江雪の反応に小鳥は少し困った様な顔をした。
「…普通に仲良くできるのなら、それに越した事はない、と思うし」
「…それはそうでしょうが」
なんだかんだ、今まで刀剣たちと決定的に仲が悪くなったことはないのだ。紫星本丸も、仲が悪くなったというのはまた違うだろう。彼らは小鳥を嫌うどころか酷く執着していた。
かといって、正しく親密になれたとも言いきれないだろうが。仮契約はともかく、本契約を結んだのはこれまでに江雪一振りのみなのだから。