刀剣に積極的に危害を加えられたのは此処が初めて 江雪が添い寝するようになったのは五つ目から
彼らにとって僕はそういう対象じゃないだけで、彼らは"本当は"やさしいヒトたちなんだ。
「僕を殴って、それで気が済むのなら、他のものを傷つけずに済むのなら、殴ればいい。それも僕の役目なんだろう」
小鳥はそう言って口元を拭った。殴られて吹っ飛んだ拍子に口の中を切ったのか、顔を僅かに顰めてから己を殴った相手を見る。その瞳に感情の色はなく、奇妙に凪いでいる。
「主っ…」
小鳥にかけよった江雪が眉をしかめ、彼女を殴った刀を睨む。
「小童が、賢しらなことを言う」
「一応、人として生きた経験は10年以上あるし、他者に暴力をふるわれたことがないわけじゃない」
理由のない暴力は、腹いせの八つ当たりだろう。小鳥の言葉に小狐丸は眉根を寄せる。
「己に非があるとは、思わぬのか」
「俺は己に課せられた
「戯言を」
「…主は十二支を二回り程は生きているのでしょう。何故10年以上、なのです」
「んー…俺ね、子供の頃のこととか、よく覚えてないんだ。多分、15歳くらいで"私"は一回死んだんだと思う。精神的、比喩的な意味でね」
何でもない事のように小鳥は言う。江雪は目を細める。
「物理的に、自殺未遂なんかはやってないはずだけどね。でも、人ってのは案外脆いから、簡単に死んじゃうんだ。"私"みたいな死に方をするのはそう多くないだろうけど」
小鳥は自分の手を見て、曲げ伸ばしをする。
「…わからないんだ。命を惜しむということが。僕の命に惜しむだけの価値があるのかどうかが。…痛いのも苦しいのも嫌いだけどさ」
「…少なくとも私は、あなたが死ねば悲しみますよ」
「…うん、江雪
小鳥は淡く微笑う。江雪は僅かに眉をしかめた。
「…私だけでは、ないでしょう」
「どうかな。そもそも、僕が死んだ事を知らされないかもしれない」
小鳥は家族の事を言っているのだろうと江雪は思う。江雪は小鳥から家族の事を聞いた事も尋ねたこともない。けれど、天涯孤独という事はないだろうとも思っている。小鳥からは、そういう人間の持つ寂しさみたいなものを感じた事はない。家族の代わりを求められた事もない。情が薄いわけでもない。満たされている、少なくとも欠落を感じてはいないのだろう。
仮に求められたとしても、応えられるかはわからないが。
「…くろのすけも、悲しむと思いますよ」
「どうかな。くろのすけは悲しむより怒るような気がするけれど」
怒って、仇を取るんじゃないかな、と小鳥は言う。
「自殺をするつもりはないから、僕を殺すのは病か周りのヒトだろうけど…そうなった時、殺したのがくろのすけの手に負える相手と負えない相手だったらどっちの方が幸せなんだろうね」
「そこで何をしているのです、鶴丸国永」
「お前には関係ないだろう、式神。そっちこそ、好き勝手言われているようだがいいのか?」
「主さまの推測は間違っていませんからね。仮にあなた方が主さまを殺そうとするなら、私はあなたがたを壊します」
「そりゃ物騒だ」
「私は、出来ない事は言いませんよ」
「・・・」
暫くの沈黙の後、くろのすけが口を開く。
「"心が死んでしまう"という感覚は、あなたも覚えがあるのではありませんか、鶴丸国永」
「…だとして、それがどうしたっていうんだ」
「いえ。もしあなたが"生きている"のであれば、どうやって生き返ったかを聞いておきたいと思いまして」
「・・・」
くろのすけと鶴丸は無言でにらみ合う。
「…ごめんね」
「…何ですか、唐突に」
「僕があんなこと言ったら江雪が嫌な気持ちになる事もちゃんとわかってるんだ。…わかってるけど、他にどうするべきなのか、僕にはわからないから」
「…あなたなりに考えていることは知っています。もっと自分を大切にしてほしいとは思いますが」
小鳥は困った様な顔で苦笑する。
「…私には、あなたを守るだけの力がない」
「でも、俺は江雪がいてくれてよかったと思っているよ。俺一人だったら、多分、何処かで諦めてしまっていたから」
「…何を、ですか?」
「信じることを」
小鳥は江雪の背にもたれて目を閉じる。
「家族じゃなくても、俺を嫌わないでいてくれるヒトもいるんだって」
「・・・」
江雪は目を伏せる。その言葉には、色々な意味が込められているような気がした。
「…例え、それが刷り込みのようなものであっても、僕を心配して、一緒に居てくれる事を選んでくれたことは嬉しいから」
小さな声で呟かれた言葉を、江雪は肯定も否定もできなかった。
その気になれば小鳥の傍からいなくなることを選ぶ事もできたのは確かなのだ。そういう意味では、選び続けていることになるのだろう。だが、江雪は今までそれを意識した事はなかった。自分が小鳥についていくのは当然のことだと疑いもなく思っていた。それは、確かに選んでいたと言えるのだろうか。