「ふふ……ねぇ、止めて欲しい?」
「はぁ、はぁ……」
未だに流れる、少女達の悲鳴。『止めて欲しい』と何度も強く思いながらも、振るわれる鞭の痛みにクリスの頭はモヤがかかり始めていた。
精神的苦痛、そして肉体的な苦痛の2つによる体力の消耗がそうさせていた。
「カリオストロ、そいつはもう返事する気力もないというわけだ。」
「……あら、流石にやりすぎた?」
「30分ほど前からろくな反応をしていなかったぞ。」
「熱中するといけないわァ……」
プレラーティの隣に腰掛けるカリオストロ。その目は、遠くを見ていた。だがその視線の先に何があるのかは、カリオストロは答えないしプレラーティは尋ねない。
「……それで、どうする?あの女のところに行くか?」
「ううん、あーし疲れたから休むわ。ここも、もう数週間はバレないでしょうし。」
「それもそうだな。では、私も失礼する……というわけだ。」
寝転がるカリオストロ、その隣に寝そべるプレラーティ。軽く目を開けて、隣で眠るプレラーティを見たカリオストロだったが、気にすることなくそのまま眠りにつくのであった。
「う、あ……」
そしてまた、ほとんど意識を失っていたクリス。だが、耳に媚びつくように未だに少女達の悲鳴が幻聴となっていた。
耳から離れない、かき消したいのに消せない。恨み言のように、クリスの心を蝕んでいく。
体の痛みが、まるで呪いであるかのようにその心を蝕んでいく。眠りたいのに、それが積もりすぎて寝れなくなっていた。だが、言葉を発するほどの体力は残っていない。
「ふぅ……スッキリ……ん?」
「ぅ……」
部屋に入ってくる人影。それは、クリス以上に原因を作った女性。音女の姿であった。
音女は部屋に入ってくるなりクリスに近づき、その顔や体をジロジロと観察していく。
「……まだ意識あるのか…でも、ほとんど無いみたいだし、ある意味もう一押しなのかな…」
その声が小さかったこともあるが、クリスの疲弊した頭でその言葉をきっちりと聞き、理解することが出来なくなっていた。
「……こ、こう、かな……?」
何かを思いついたのか、音女はクリスを抱きしめる。顔が、胸の位置に来ていたため、埋もれてしまっているが……クリスはそれで安心したのか、そのままゆっくりとまぶたを下ろして眠り始める。
「……」
「なーに、してるのかしらぁん?」
後ろに音もなく立つカリオストロ。今のでかなり音女は驚いたが、それを隠してそのままカリオストロに視線を向ける。
「……飴と、鞭。」
「……?貴方のその行為に、意味があるとは思えないんだけど?」
「あ、ある、よ……こ、この子が追い詰められれば追い詰められるほど……甘えた時の、反動は…大きい。」
カリオストロは少し考えて理解出来たのか、軽くため息をつく。ジト目で音女を見るが、あまり効果はなかった。
「散々怯えさせて……自分に甘えさせて、傀儡にするつもりかしらん?」
「あ、貴方には関係ない……それに、ただ壊すより…押したり、引いたりして……反応を見てみたい、というのもある。」
「……クズよね、あなた。サンジェルマンが嫌いなタイプ。」
「ふ、ふふ……嬉しい。私も、貴方達が嫌い……だから、ね?」
カリオストロは笑みを浮かべる。しかし、その笑みは喜びや嬉しさの笑みではない。
どちらかと言えば、皮肉めいた笑みである。
「……まぁ、いいわ。今また貴方に手を出せば、サンジェルマンに危害が入っちゃうもの。
飴と鞭を存分にしたいならどーぞ、あーしはとめないから。」
「そ、そうさせてもらう……そ、それより寝てなくて……いい、の?」
心配ではなく、煽っているつもりの音女。というのも、プレラーティを1人置いて起きていていいのか、という意味合いでもあった。
「……プレラーティは、あなたが思っているより歳上なのよ。あーしよりかは秘密だけど。」
「……す、好き好んで女の体になるって……どんな気持ち?」
「いいわよ?男じゃあ味わえないものを感じているもの。貴方、1度性転換でもしてみたら?自分の見える未来が、案外変わるかもしれないわよ。」
「え、遠慮しておく……わ、私は、このままが、何も変わらない平凡を望むから……私が、したいことをするだけの、私だけが楽しい日常をするから。」
「ふーん……」
興味なさげに、カリオストロは答える。彼女が求めている答えは、そうではなかった……と言うだけである。
「ま、あーしは鬱憤が晴らせればそれでいいわ。」
「そ、そんな鬱憤……初めから無いくせに。」
「……」
プレラーティの横に寝転び、再び眠りにつくカリオストロ。その様子を見てから、音女は何事も無かったかのようにふるまい始める。
「ふ、ふふふ……貴方の心は、いつ堕ちる〜……」
それからのクリスの日常は、精神をすり減らすに等しいものだった。ひたすら悲鳴を聞かせられながらの、鞭打ち。
いっそ心を殺せればそれでよかったが、多感な少女にそれはむちゃという話である。
だが、それが終われば決まって音女が抱きしめに来る。勿論、敵であるということは理解していた。だが、彼女に抱きしめられると記憶もおぼろげになってきているが、母親の事を思い出していた。
だが、彼女は母親ではない。クリスもその事は分かっているし、敵にそのような感情を向けることも間違いでもある。
「あ、はぁ……」
「よく、耐えたね……えらいえらい。」
だが、頭は心とは違う。彼女の心が、音女に甘える自分をよしとしていた。
その内、無知で叩かれることが当たり前となり、抱きしめられることが褒美と化していた。一年以上経ったのかもしれないし、実は1日も経っていないのかもしれない。クリスにとっての時間感覚は、それほどまでに崩壊していた。
「……1週間、結構、もった。」
「そうね……まぁ、あれだけ悲鳴を聞かせながら肉体的にも訴えたら、壊れちゃうわよね。
案外、精神が硬かったのかしら?」
「ち、違う……この子、は……ダイアモンド。い、一見硬そうで……実際に硬い。け、けれど……強い力で叩いたら……すぐ、割れる。」
「攻め続ければ、もろいっていう話だったわけね。」
カリオストロが目の前にいるにも関わらず、音女が抱きしめたことで眠り始めるクリス。
その様子を見て、カリオストロも納得をせざるを得なかった。
「それで?この子はもう傀儡として使うのかしら?」
「う、うん……使う。けど……その前に、ね?」
「あら……何かしら?」
手元からボイスレコーダーを取り出す音女。再生ボタンを押して、中の音声を再生する。
『やあ、カリオストロ、プレラーティ。恐らく、暇を持て余していただろう?基地をそちらに移動させてからは。
だから、与えようと思ってね。今の君達にぴったりなのをね。』
「局長……?」
『僕が必要としているものだ、ジーンノイズは。それを……許されない行為だよ、勝手に使うなんて言うのは。
だからね、
「っ!!」
その場から逃げようとするカリオストロ。だが、それは目の前を通り過ぎる電ノコによって阻止される。
「……逃がさない。」
「月読調……!?彼女は上で拘束されていたじゃない!!」
「……あ、貴方達は…流石に私を、見くびりすぎ。アダムも、そうだけど……
逃亡先には、ノイズを纏った調。そして後ろにはそのジーンノイズの親と同等である音女。
そして、この場にいないプレラーティ。
「……いいの?あーしたちを計画から外せば、どうなるか分からないわよ?」
「ど、どうなっても問題ないから……貴方達と…あわよくば、私も切り捨てようとしてる。
わ、私は別にアダムに心酔してるわけじゃ、ないけど……考えは、よくわかる。」
「そんなの、あなたの妄想で……」
「
「っ!!」
音女が言った一言に反応するカリオストロ。その言葉は音女が考えて発したものでなく、アダムが『これを言えばなんとかなる』とでも言っていたんだろうと、どこか冷静な頭でカリオストロは考える。
「……い、意味はわからないけれど……犠牲は、彼女だけだって……事、だね。」
「……プレラーティは、どこ。」
「……さぁ?き、気づいたらあなた一人だったし……ま、まぁ…生身で強かったのなら…問題ない、だろうし……し、心配する必要はない、と思うよ。」
『するのだとしたら、あなたの方が優先だけど』と、付け足しながら音女は気味の悪い声を上げる。
「そう……なら、あーしは降参するわ。肝心の切り札もまだできてないし……局長がそう言ったのなら、あーしは従うしかないわ。」
両手をあげて、降参のポーズをとるカリオストロ。その目や態度や雰囲気は、何ら疑う余地のないものだった。
そう、カリオストロは本当に降参したのだ……今だけは、の話だが。
「……そ、そう…調ちゃん、おいで。」
「っ!はい!!」
調は嬉しそうに、音女のそばに寄って嬉しそうに抱きつく。その光景に、カリオストロは目を見開く。
音女の事を嫌っているはずの調。せいぜい、ジーンノイズの苗床になっているだけの彼女が、どうしてこうなっているのか。
「……き、気になる?」
「……そうね、貴方が懐かれることなんてありえないと思っていたもの。」
「い、1週間……だね。」
頭を撫でる音女。調は、本当に嬉しそうに撫でられていた。まるで、初めから彼女と仲が良かったのかと言わんばかりに。
「ねぇ……貴方、なんでそんなに彼女に懐いているの……」
「……私には、音女姉さんしかいないから?」
疑問形で答える調、カリオストロも疑問顔で見たが、次第に調は段々と息を荒くし始める。
「あれ……私は、音女姉さんと一緒で…私の事を見てくれてて……あれ、あれ……?もう1人、誰、かいたような……」
ぎゅっと、音女は調を抱きしめる。そして、その唇に軽くキスをする。それで落ち着いたのか、調は眠り始める。
「……貴方、その子になにかしたの?」
「何、か?こ、心当たりがありすぎて……わから、ないなぁ……」
「……私には、関係の無いことだけど……あんまり不安定になっている子は使わない方がいいわよ。」
「……」
音女はそれを無視する。そのまま調を抱き上げて、部屋から出ようとさる……その前に、振り返ってカリオストロを見る。
「…こ、こうなったのは……1週間、期間があったから……」
「……1週間?」
「ふ、ふふ……少し、だけ話して……あげる。私と、調ちゃん…貴方達が、ただ待ってるだけの日々に……何があった、のかを……」
カリオストロは生唾を飲む。ただオドオドしていて、ジーンノイズのことしか頭にないような女が、どう少女を『教育』したのか。
そして、わざわざ手足から落としたはずの人物を再び手足として動かすことにしたのか。
これから、陵辱が行われることを覚悟しながら、カリオストロはその話を聞こうと感じた。
プレラーティの事は、どうしようもないので後回しにするしか、なかったのだが。
補足
・カリオストロ
音女からの宣戦布告、勝てないと悟り今は敗北を選ぶ
・プレラーティ
行方不明
・月読調
音女にとてもなつく、理由は未だ謎。