「……うーん、こんなにも上手くいくとは。まぁ向こうが警戒していなかったからできたことなんだけど。
バレたらどういう風に対策するか見てみたいし。」
「……」
棒立ちになっているキャロルを見ながら、音女はそう呟いていた。目には精気がなく、死んだような目をしているが、これでも一応キャロルは未だ生きている。
「……脳にジーンノイズを取り付かせることができたのはよかったけど、これどこまでができる範囲で、どこまでできない範囲なのかちょっと確かめてみよっと。」
そう言うと、音女はキャロルに取り付いているジーンノイズに出す指令を考え始める。
そもそも、どういう指令の出し方をすればいいかいまいちわからないのだ。音女が乗っ取った後に出した指令は『キャロルの体の自由と意識を奪え』だったのだ。
恐らく、意識だけの解放は出来ると思うが……とまで音女は、考えたが…あまり深く考えても埒が明かないので、このまま指令を試しに出すことにした。
「……それじゃあ、意識と体の解放…それと私に対して敵意を抱かないように……と、後どうしよっかな……」
しばらく考えて、音女はいくつかの指令を出す。それが全て影響するのか、はたまた例外が出てくるのかは後のお楽しみである。
「……くっ、俺は…どうしたんだ…?」
「や、やぁキャロルちゃん……目、目が覚めた?」
気づけば、キャロルはベッドで寝ていた。未だダウルダブラを身にまとえている事に少し違和感を覚えたが、今は彼女に話しかけてきた人物に意識を向けるべきだろうと、キャロルは声のした方向に目線を向けた。
「……誰だ?」
「……わ、私の事なんてどうでもいい、じゃない…ね?」
「…そう、だな。どうでもいい。」
何故名前を知っているのか、何故ダウルダブラを気絶したまま身にまとえているのか、そもそもこの女は誰なのか……気になっていた事は山ほどあったが、
「……お前、俺の体に何かしたか?」
「な、何もしてない、けど……なんで?」
「……体が熱い、それに…胸が、ドキドキして痛い……」
自分の豊満な胸を掴んで、キャロルは表情をゆがめた。触ってから気づいたが、自分の体が妙に敏感になっていたのだ。
危機管理能力の為に、いくつかの感覚は確かに残してはいたが……とキャロルは思ったが、しかしその感覚が妙に心地いいと感じたのだ。
「……熱い、って…どういう風に?」
「なっ!?」
気づけば、自分を介抱してくれた女の顔が近かった。その顔の近さに、キャロルは自分の胸が高鳴っていた。それに、今まで以上に顔が熱く感じていた。
「なっなななっ……!?」
「……どうした、の?」
「い、いやなんでもない……」
自分の体の異常に、キャロルは困惑するばかりだった。だが、一体この感覚がなぜ起こっているのか……
「……ず、随分と赤いん、だね……」
「ね、熱があるだけだ!!」
どうやら自分の顔は赤いらしい。キャロルは目の前の女の言葉によりそう判断した。
だが、なぜ赤いのか全くわからない。
「な、何かあったらそのボタンを押し、て……ね。」
それだけを言い残して、女は部屋から出ていった。キャロルは、それからしばらくして、無意識に手を股間の方に伸ばしていた。
だが、その股間には触るべき性器は備わっていない。形を摸した程度のものならあるが、それは触っても何も感じないし、彼女には膣も子宮も備わっていなかった。以前までは全く必要としていなかったのだから。
「……っく…!」
キャロルは、悶々とした気持ちのまま錬金術を使い始める。自分の体に、少しだけ細工をするためだ。
形だけつけていたものに、中身を取付ける。実物こそ本でしか見た事がなかったが、無いよりはマシだろ。あとに付け直せればいいだけだ。
女という形を保つ以上は、それ以外の部位はある程度取りつけてあるため、膣さえつけてしまえば完璧な女へとなる。
本来、つける必要のない部位だが……今のキャロルはそれを付けねばならないと思っていた。
「膣、膣……!」
分からないことが分からない。自分の体が自分でないような、そんなきがしていた。
自分を助けてくれたあの女のことを考えると、自分がしてやれることの全てをしたくなるような、そんな気がしてきているのだ。
「なんで、なんで……」
悶々とした気持ちを抱えながら、キャロルは自分の体を書き換えていく。頭の中に浮かぶ女の顔、あの女が自分と体を交わらせるという妄想までいつの間にかしてしまう自分に、キャロルは不思議と嫌悪感を抱くことは無かった。
「いや、ホントすっごい。正直使いたくなくなるくらい効力が絶大すぎるこれ。」
自分で入れた、お世辞にも不味いとさえ言えないほどの劇薬の珈琲を飲みながら音女は関心を向けているかのようなセリフを吐いた。
実際は、こうなることは予想済みだったのであまり驚いてはいない。
「……まさかここまで操れるとは思わなかった。これ初めからフィーネの方も操っといた方が良かったかな……いや、止めておいた方がいっか。」
自分のやったことに、関心と呆れを抱きながら音女は自分の座っている椅子をグラグラと前後に動かしていた。
「出した指令は『華雑音女に恋愛感情を抱くこと』『華雑音女の言うことに違和感を持たないこと』『常に体が発情状態になっていること』『華雑音女の為に全力を出すこと』の4つだったけど……うんうん、今のところ全部聞いてくれてる。」
満足気に、音女は頷いていた。当たり前の話ではあるが、あくまでも実験なので、これを使って楽をしようという気は彼女にはサラサラなかった。
「これの効力も思い知ったところで……その上でフィーネがどうやってこれを無力化するのか楽しみだ。
対処方法も向こうが勝手に考えてくれるんだから……大したものだよね。」
今の音女の表情を調が見たら、恐らく『誰だお前』と言われる可能性が高いと断言出来るほど、今の音女の表情は笑顔になっていた。
それも、悪い笑みではなくとても爽やかな笑顔だった。
「さてさて……キャロルちゃんはしばらくしたら勝手に宜しくやってるだろうし……次はもう1つのグループの方見てみようかな。あっちにはまだ仕込んでないけど……」
そう言いながら、音女はまた別のグループに視点を写す。勿論ジーンノイズカメラがあるので、ちゃんと把握することも出来る。
「……ま、あっちは慎ましくしてるだろうけど。さすがにジーンノイズの中突っ切るほど、甘くないってことはわかってるはず……」
「で、これからどうするんだい?」
「ひとまず……アジト、の中のどこにいるかを探すべきではないでしょうか。」
「……非現実すぎる。私達もやられて終わりだよそれ。」
奏、セレナ、並行世界の立花響、そしてこの世界のエルフナインの4人は目立たない場所で会話をしていた。元々工事中の場所だった為人が寄り付かない上に目立たないからいいと思っていたのであろう。
音女はその4人を眺めながら『だが甘い』と内心薄ら笑いを浮かべていた。
「じゃあどうするんですか?」
「……あたしもセレナの意見に賛成だな。このまま勝てない勝てないって言いながらズルズル引き伸ばすのは、色々とまずい。 」
「……いや、確かにその通りだけどさ。」
響は呆れながら、しかし奏とセレナの意見には同調していた。無論、全面的に同意している訳ではなく、いいところと悪い所の両方を兼ね備えている意見だが。
「……私達は4人、突っ込んで3人が囮になるって言う作戦しかないよ。それでも作戦が成功するかしないかでいえば、失敗すると言われるくらい危ない賭けだけど。」
「……私達が囮になるかどうかの問題だもんな。確かに、囮になった時には他の奴らが進むことが出来るけど、囮になってどのくらいも使って話だ。」
「私達は4人、だから囮に使えるのは3 人。けどあの強さを考えると、絶唱を使っても……5秒持てば勝ったも同然。
良くて3秒、悪くて1秒も持たない。」
響のその言葉に、残りのふたりは悔しそうな顔になる。『もっと自分が力をつけておけば』と考えているが、まず力の差が歴然である以上……どれだけ強くなろうとも、人間である限りはシンフォギアを使っても勝てないと断言して言われるレベルの差がある。
そんな差がある以上、まず10秒持つことは天地がひっくり返ってもありえないだろう。
「……けど、なら本当にあたし達には出来ることがないって言うのかい?」
「……無いわけじゃ、ない。ただ…物凄く危ない賭けになる。だからこの作戦を行うのは……私一人。」
「……あたし達にも話せないのかい?」
「うん……この作戦は、1人で行う方がいいから。」
響の目には、申し訳なさがあった。だが、その覚悟をわざわざ無下にするほど奏とセレナは薄情では無い。
「分かった。じゃあ3日…3日待つ。それまでに終わらなかったら失敗したと見るぞ?」
「数時間で決着がつくとは思っていません。奏さんは3日とおっしゃいましたけど、私達は貴方が予定する時間よりも3日待って、戻ってこなければ失敗ということにする、という話です。」
「……1週間、せめて1週間は待って。その間に何も合図を送れないようだったら失敗したとみなして。」
「あぁ、わかった。エルフナインもそれでいいか?」
「……」
エルフナインはじっと考えていた。響の言っている作戦の話ならば、耳に入れている。その間にも、エルフナインは少し考えをしていたのだ。
「エルフナイン?聞いてる?」
「はい、聞いてますよ。少し、気掛かりなことがあるんです。」
「気掛かりなこと?」
「……キャロルの反応が消えました。いえ、正確にはキャロルの持っているダウルダブラの反応が、少しの間出ていたと思ったら消えたことです。」
少しの間出ていたダウルダブラの反応、その反応とフィーネの反応がしばらくぶつかったと思えば、キャロルの反応が遠ざかってその内に反応が消えたことである。
「……敵と戦ったってことかい?」
「いえ、そのような感じではありませんでしたが…やられたのでしたら、倒された瞬間にギアは外されます。
だから、どちらかと言えばあれは……」
『移動している間に消えた』としかいいようのない何かがあるのだ。だが、それを確かめる術は今はない。
「……ひとまず、今は響さんに任せます。10日までに、何かしらの合図が来なければ…『そうなった』という判断をさせてもらいます。
どのような作戦にしろ、頑張ってください。」
「分かってる……元の世界に戻る為にも、そして未来と再開する為にも…私達は負けられないんだから。」
「では、響さんが失敗した時の想定もしておきましょう。作戦は立てるに越したことはありません。」
エルフナインのその言葉で、一同は話し合いに戻る。ふと、響はあたりを見回した。だが、周りには…彼女の視界の中には、何も写っていないのであった。