ベイビーからアダルトへステップアップしました 作:右野向左衛門
「ナツ、彼とはどこまで進んだの?」
ワタシがチームメートに
「今付き合っている彼氏がいる」
と言うと、決まってこんな質問をされる。
「向こうにいたときは、キスはしていたけどね」
・・・・重苦しい沈黙の後、こんな言葉が返ってくるのもお約束になっていた。
「ナツ・・・・あなたの彼氏は、ひょっとしてゲイなの?それとも不能なの?」
アメリカのカップルは、付き合いだしたら、はやいうちにセックスをするのが半ば常識になっている。ほとんどの学生は、高校時代に童貞・処女を卒業するから、大学入学まで童貞・処女の学生は、キャンパス内では骨董品扱いされる。学校教育も、生徒がティーンエイジャーのうちに男女の関係を持つという前提でなされ、避妊やセックスについてもしっかり教育される。避妊はおろか未だにセックスについてタブー視する教員が多数を占める、日本の学校教育現場とはエラい違いだ。
アメリカでは「男女が付き合っていれば、セックスは当たり前」というのが常識になっている。その価値観がもろに出るのが、全米各地の高校で開催されるブロム(卒業パーティー)である。異性(それも複数)から誘ってくれる生徒はウキウキ気分になるが、誘ってくれる相手がいない生徒は惨めだ。ブロムに一人で参加すると言うことは、その生徒がゲイ・レズだと認定されることを意味するという話を、クラスメートから聞いたこともある。「性の多様化」が叫ばれる昨今だが、田舎町では同性愛を認めない風潮が、未だに根強いのも確かだ。
そんなわけで、ワタシのクラスメートや先輩の中には、シングルマザーで勉学に励む生徒も少なくない。学内には託児所があり、授業時間中は子どもをそこに預けて勉強するのだ。
「ワタシの彼氏はゲイでも不能でもない!こちらから積極的にスキンシップをはかっているのに、あいつは何の反応もない」
とワタシがいうと
「そんな彼氏なら捨てちゃえば?4年間も付き合っていて、未だにセックスがないこと自体信じられない。学内にはステキな男が一杯いるのに、なんでそいつに未練タラタラなの?私たちには、それが理解できない」
「理解できない」ねえ・・・そうきましたか。でもまあ、初めて彼と出会ったとき、プロの選手を目指していることを告げたら、その場で励ましてくれたこと、ワタシにアメリカ留学を決断するきっかけを作ってくれたのも彼なんだよと言うと、ほぼ全員のチームメートや同級生は、彼のことを認めてくれたんだけどね。
彼がこっちに来ると知ったクラスメートが、いろいろとアドバイスしてくれたのはありがたかった。特にピルについての情報については、感謝しても仕切れない。
アメリカ人のカップルの避妊方法は、ほとんどがコンドームまたはピルである。前者は初体験のときや、一夜限りなど「割り切った」関係の他、不倫関係やお金の事情で妊娠を避けたいカップルが用いる。後者を使うのは何年も付き合い、お互いの「人となり」を知っているカップルがほとんどだ。ただこれは「クスリ」なので体質に合わないと、生命の危機に直結する。
ワタシが渡米するにあたって、一番頭を悩ませたのがこの問題だった。
コンドームについては、日本製コンドームは優秀だという評判が世界中に知れ渡っていたので、向こうに行くときに山ほど持って行った。もちろん、来たるべきに備えてである。
問題は、ピルの入手だった。渡米前に産婦人科医に相談したのだが、現地の産婦人科医に改めて相談した方がいいと言われ、結局に手に入れることはできなかった。もちろんこれらのことは、家族には内緒である。
クラスメートたちは、ワタシに現地のピル事情についていろいろ教えてくれた。ホームステイ先近くの産婦人科医を紹介してもらい、そこでワタシの体質に合ったピルを教えてもらった。アメリカは日本と違い、頭痛薬や胃腸薬と同じ感覚でピルを入手することができる。それだけ、需要が多いと言うことなのだろう。
「ナツ、やってきたチャンスは、必ずものにしなきゃダメよ!」
あした彼が現地に着くとクラスメートに言ったら、みんなはこう言って励ました。
よし、あしたこそこの機会をものにしてみせる!
「あした彼氏がやってくるんだって?じゃあ僕たちは彼がいる間、よそにいってるね」
エーちゃんが明日、ワタシに会いに来ると言ったら、ホームステイ先のパパはこう言った。
ワタシのホームステイ先の家族は、品の良さが溢れる初老のご夫婦だ。子どもたちは独立しており、今はワタシと3人で暮らしている。
まだ一線を越えていないと二人に告げると
「じゃあ、私たちはいてもジャマよねえ」
と、ママは笑って言った。顔は赤くなっていないところを見ると、現地ではカップル=セックスしている、というのが常識だと言うことがわかる。
料理が苦手なワタシに代わって、必要な下ごしらえをしてくれたママの心遣いに感謝した。
そして迎えた当日。
「ナツ、がんばりなさい」
パパとママは穏やかな笑顔でワタシに声をかけると、いずこかへと出かけていった。
これでこの家は、ワタシとエーちゃんの二人きりだ。
絶対に、このチャンスをものにしてみせる!
ワタシは2人を見送りながら、決意を新たにしたのだった。
ワタシはエーちゃんのために用意した部屋に入り、準備を進める。
ベッドのセッティングが終わった後、ワタシは自室から、渡米前に持参したコンドームを、ベッドの近くにあるキャビネットの引き出しにしまった。事前にピルは飲んでいるから、中出しされても大丈夫・・・のはずである。
よし、これであっちの準備は整った。
ワタシはキッチンに向かい、料理の準備を始めた。
夢中になって準備をしていたら、時計の針は午後4時を指している。
エーちゃんはもう現地に着いているはずだ。早速連絡を入れた。
「もしもし、なっちゃん!?」
電話の向こうからは、懐かしい声が聞こえてきた。
「エーちゃん、着いた?」
「うん、着いたよ。今、どこにいるの?」
心なしか、彼の声も弾んで聞こえる。
「家だよ。でもまだ、準備しているから、7時頃ウチに来れる?住所で家はわかるよね?」
住所は事前に伝えてある。よほどの方向音痴でない限り、簡単にワタシの家にたどり着くはずだ。なのに彼は
「うん、大丈夫だと思う・・・・」
と情けない声を出し、やや間をおいて
「じゅんび?」
などとぬかしおった。
おいこらまて。
ワタシはいったい、これまでどんな思いで日々を過ごしてきたのかわかっているのか?
家に来ても何もない、そんな状態でアンタと感動の再会ができると思っているのか?
ワタシは内心脱力しながらも
「じゃあ後でね」
というと、即座に
「うん後で」
と返してきた。
電話を切って、ワタシはため息をついた。
あいつはワタシのことなんか、な~んも考えていない。
あの調子では玄関先で抱き合った後、ただ夕食と寝床を提供し、昔話をするだけだとしか思っていない。
・・・・まあいいや。
あの唐変木が家に着いたら、ワタシが何を思って準備してきたのか
いずれわかるだろう。
ウジウジ考えるのはやめよう。
気持ちを切り替えたワタシは、ダイニングで準備を進めたのだった。
エーちゃんを迎える準備に奔走するなっちゃん。
彼が来るまでに、彼女はこれだけの準備を重ねていたのですね。
というわけで次章からは、なっちゃんの視点から見た「あの日」のお話です。