「ふぅ―――漸く錆び落としが終わったな、この野郎」
陽光の中で輝く片手剣は錆び落としが完了した。その重量が前よりも幾分か軽く感じるのは自分がこれを握る事に慣れたからだろうか? それにしても、こいつを磨き上げるのに消費した大地の結晶の数を考えると、泣けてくる。拳大の結晶を200個近く消費したのだ。それを毎日毎日研ぐのに使ったのだから、自分も良く頑張ったと思う。だがその結果、ちゃんと片手剣は本来の輝きを取り戻していた。
錆に覆われた表面の下に隠れていたのは、灰色の刀身だった。柄も鍔も剣も全てが一つのパーツに融合した様な金属の剣。それがこれだった。繋ぎ目も何も存在しない不自然なほど清らかな金属の剣はしかし、握っていると竜や龍に対する意欲みたいなものが沸き上がってくる。
「魔剣だなオメー」
まぁ、モンスターハンター世界にはちょくちょくある物だった。
ミラボレアスの防具とか着ると呪われるし。これもそういう類の武器なんだろうなぁ、というのが握っていると伝わってくる。そして同時にこいつが何を欲しているのかもわかる。血だ、こいつは古龍の血を欲している。だけど俺がそれを殺せないと解って、竜種で妥協している。ランポスを殺した時に少しだけ軽く感じたのは、剣の方が竜の血肉を貪っているからだ。
事実、ランポスを狩猟する様になってから片手剣の研ぎはかなり楽になった。今までの抵抗は何だったんだ、というレベルで錆が落ちるようになったのだ。
「封龍剣シリーズの一種かなぁ……鍛えさえすれば龍属性最強の武器にならなかったっけ? 流石に細かい数値とかに関してはもう覚えてねぇわ」
スマートフォンも逝ったし。なのでスマートフォンは破壊し、分解した。それに使われている金属のパーツなどに関してはこのサバイバル生活では貴重品なので有効活用している。まぁ、地球産の道具ではあるのだが、此方での生活の方が重要だったからしょうがない。まぁ、それはそれとして、輝くような煌きを見せる剣はもっと、もっと竜の血を食わせろ、と訴えかけている様な気がする。それを掲げてから、そうか、と呟き、
「お前、それ同僚に向かって言えるの?」
農具として活用されている錆びたシリーズの武器へと片手剣を向けた。ショベル代わりの両手剣君。鍬代わりの大斧君。そして木を切り倒すのに使っている大剣君。もはや完全に武器としての本分を忘れて農具として活躍している。農業が本業になったアイドルもこんな風に日常的に農業に触れている間にそっちが本業になったんだね……というレベルで馴染んでいた。いや、まぁ、鍛冶技術が皆無な上に、この環境で金属を精錬、製鉄する事は不可能だからその代替として遺跡発掘した武器を使っているのだが、それにしても馴染み過ぎていた。
「お前、農具化したフレンズに同じ態度取れるの?」
片手剣へと語りかけてみれば、なんか大人しくなった気がする。
「グッドボーイ。そのうちドスランポスを食わせてやるから我慢してな……ところでお前雄? 雌? 成程、無性か。剣だもんな」
そう告げて大地に突き刺しておく。最近、いい感じに俺の脳味噌もぶっ飛んできたな……と自覚し始めていた。恐怖を感じるけどランポスへと向かって踏み込みながら剣を振るう。武器が生きている訳ないのに生きているという前提で話しかける。しかもそれで満足している。
割と、というか……かなり頭がキテる。
まぁ、この状況でおかしくならない方が凄いと思うが。
研ぐのに使っていた大地の結晶を捨て、そして近くに休憩用に敷いてある毛皮のベッドの中へと背中からダイブする。それを見て、飼っている家畜が近寄って来て、集まっては近くで丸まって同じように眠る。どうやら、昼寝の時間だと思ってしまったらしい。愛らしい奴らめ。軽く頭を撫でてから、起き上がる事もなく、そのまま木陰に隠れた空を見上げながら無言のまま、時間をしばらく過ごす。
「……モンハン世界も、空は蒼いんだな」
空を見上げながら、そんな当たり前の事を呟く。紅葉している木々の葉は、今にも落ちて来そうな姿をしている。これを見るのももう二回目だ……つまり、ついにはまるっと一年が経過している事になる。夏の頃はランポスを狩ったりするのに忙しくてすっかり忘れていたが、ふと、正気に戻った所でこうやって一年という時間の変化を感じ取ってしまった。感じ取った所でどうだ、という話でもないのだが。
郷愁と言えるものはなんか……感じない。或いは擦り切れてしまったのかもしれない。ありえなくはない。何せ、ここまで生活が安定するのにかかった時間が一年だからだ。海外に留学してりゃあ、十分にホームシックを感じるだけの時間だろう。だけど生憎と、それを感じる事は出来なかった。いや、するだけの余裕がないとでもいうべきだろう。ぶっちゃけた話、こうやって体を休めている時間も、休む必要があるから休んでいるだけなのだ。頭の中も、心の中も今は全く別の事を考えて、思っている。
何をどうすればこの先、生き続けられるのか。その事を考えるのにずっと必死なのだから。ホームシックなんて患うだけの余裕がない。泣いている余裕がない。泣いている時間を作ってしまうと、心がそれに引っ張られてしまう。だから強くならないと駄目だ。誰よりも、どんな事よりも。心を鋼にしなくちゃならない。そして必要な事以外を頭の中から叩き出す。
そうやって、少しずつ、少しずつ、
地球の事を忘れて行く。
「なんだっけなぁー……」
なんだっけなぁ、と再び呟く。
「
最初に思い出せなくなったのは、声だった。次は名前。今度はその顔だった。何をした? どんな人だった? 何をしてくれた? それは当然ながら、思い出せる。だが問題はどういう姿をしていたか、とかを全く思い出せない所にあった。そこに寂しさを感じる事はなかった。
「俺の名前は―――、と。よしよし、まだ狂っちゃいない……まだ」
まだ、完全にアッパラッパーにはなっていない。まだ正気を保っている。それも果たして何時まで持つか、という話が出てくるのだ。正気なんてものも、生きる上で本当に必要か? と最近では思う所もある。だけどダメだ、これを手放しちゃいけない、と警告する自分自身がいるのも事実だ。この狂気と理性こそが
かつての戦士に倣い沐浴をし、
覚えている知識から生産を再現し、
そして勝利する為に鍛錬を重ねる。
その思考と活動こそが何よりも、自分を人間にしているのだと思う。考える事を止め、完全に狂気の中に自分を手放してはならないのだ。常に鋼の意思で自分の存在そのものをコントロールしなくちゃならない。つまりは選ぶのだ、自分の意思で。
だから少しずつ、少しずつ、
鉄で剣を作る時、熱した結果金属の量が少しだけ減って行くように、
叩くたびにちょっとだけ千切れてしまった時の様に、
自分を鍛え、生かす度に少しずつ、生きるのに必要ではない想い出とかを、切り離して行く。望郷、郷愁、家族、友人、夢、進学とか……こっちの生活、社会では絶対に使う事ではないであろう事から忘れる。残したままであれば間違いなく心の病気になるであろう物を、意図せず忘れて、今になって思い出し、そして改めて自分の意思で忘れる事を選ぶ。何も感じなくなるからこそ、選んで消す。
もう、元の世界に戻れるとは思っていないから。
一年もこんな場所で暮らしたんだ、戻れるか否かなんて嫌でも解ってしまう。余程偶然に偶然を重ねて発生してしまったのか、或いはどこかの糞がそうしたのか……どちらにしろ、一年が経過してもヒントが欠片も出てこないのだ。戻れると期待する方がおかしいだろう。
だから期待は止めた。
帰ろうという意思も捨てた。
残されたのは生き残るという殺意だけだった。
「ふぅー……くだらねぇな」
何をどう考え、どう思おうが、どう覚悟しようが……イビルジョーが出現すればそれだけで何もかも台無しになる世界なのだから深く考えた所で無駄だ、無駄。死ぬときは突然死ぬのだ。覚悟なんて安い言葉で飾ってもどうせ、死ぬ時が来るのだ。だから出来る事を積み重ねる以外、自分にやれる事はない。
「さて……もう少しだけ体を休めたら瞑想して、体を鍛えよ……」
少しだけ、疲れた。だから腹の上に頭を乗せて来るフェニーとウリ坊を軽く撫でて、その可愛らしい寝顔に心を癒されながら小さく笑みを零す。ほんと、お前らと出会えてよかったよ、と思いながら。たぶん出会えなかったらもうちょい頭がおかしくなっていたかもしれない、と。それでもやはり、ちょっとは思う。
「人と喋りたいなぁ……」
夏季が終わり、秋季に入った。二度目の秋だ。
二度目の秋は一年目の時と違い、準備が整っている。前回は必死に食料を集める事で冬を生き延びる事に注力していた。そうしなければ死んでしまうからだ。だけど今年の冬はそこまで心配する必要がなかった。毛皮と羊毛があるだけではなく、レンガを使った竈を作る事が出来たため、保温性等の環境が向上したからだ。生活水準は一年前と比べれば確実に上昇していた。今年の秋はその為、去年のそれよりはもっと大人しく、そしてそれを以って別の事へリソースを割くだけの余裕を与えていた。
今秋季は、冬季への備えをしつつも、徹底して体を鍛えようという事をコンセプトをしていた。
スポーツの秋……という訳ではないが、鍛錬の秋だった。
理由はシンプルに、ドスランポス対策だった。今の所、森林から丘へと進むルートでランポスの巣を回避するルートを構築するのには成功した。だが、結局のところそれはランポス達の目を盗み見て通っているという事でしかない。ドスランポスが生息する限り、丘一帯がドスランポスの支配にあるというのは変わらない。上位の飛竜に関してはもはや現状、自分の実力ではどうにもならない領域なので、この際忘れておく。ランポスの巣が安全になるだけで、火薬草を採取する頻度が上がるのだ。
火薬、それは文明開化の道具。それを十全に活用するのは難しい事だが、爆薬の制限が解除されるというのは非常に美味しい事だ。何せ、爆薬を使用すれば竜を殺す事だけでなく、山の岩によって塞がれた道や、遺跡の崩れた場所を発破作業で吹っ飛ばして、道を作る事が出来るのだ。
いや、これは冗談ではなく、真面目な話だ。
山は奥へと進もうとすると道を塞ぐように岩が鎮座していて、それが邪魔で進めなかったり、
だから目標は、ドスランポスを狩猟する事だった。とはいえ、今年中にそれを成し遂げるのは不可能だと思っている。少なくとも夏季の間、狩猟という行為を馴染ませる為に、近接戦闘という概念を自分に教え込む為にランポスと繰り返して戦闘を挑んだ結果、ランポス達の警戒心が上昇し、3~4匹の狩猟チームが、5~6匹に増えて、斥候役も二匹に増えていた。こうなってくると今まで通り狩猟するのは難しくなってくる。
それに丘をドスランポスが徘徊する回数も増えて来た。急激に減り始めたランポスの数に対して、群れ全体が連携して対策を行っているのが見える。だからこそ、ドスランポスを狩猟しなければならない。あいつを排除しない限りは丘を安全に歩き回る事は出来ない。
なお、イビルジョーに関しては、本当にどうしようもない。あれは交通事故のようなものだ。対策をした所で不幸な事故で終わる。
なので、ドスランポスを目指し、ステップアップする必要があった。ランポス達と戦っていて解ったのは、あの鋭い爪と牙を生かす様に飛び掛かってくる高い身体能力と、そして群れで囲んでくる狡猾さだ。放置していると四方八方から囲んで襲い掛かってくるランポスの攻撃は、絶対にガードするという事を選んではならない。その時点で失敗になるからだ。
必要なのは徹底した先読みの技術と、それに対応して動き続ける体だ。だから今年度からはひたすら鍛錬に鍛錬を重ねていた。基本的なトレーニングはそのまま、最近の中でも特に凝っているのはアスレチックを利用したパルクールのトレーニングだった。
樹海の方が木材が豊富―――というよりあまり森林の方の木材を消費して飛竜の降りられるスペースを作りたくはないので、其方から丸太などを調達し、レンガ等を組み合わせてテレビで見た忍者な名前のアスレチックゾーンを劣化版で再現している。片手でぶら下がって体を上へと引っ張り上げる練習。台から台へと飛び移る練習、壁を蹴って跳躍する三角跳びの練習。自分が思いつける範囲で、このサバイバル生活で使えそうな動きを徹底して練習できる場所を森の中に作っていた。
剣を振っているだけでは駄目だ。
総合的な体力をつける為に、走り込みをするだけでも駄目だ。
全身の筋肉を育てる必要があるのだ。その為、全身を酷使出来る様なコースを構築して、それで飛び移ったり、走ったりして体を鍛える。サバイバル生活だけだと、それに使う筋肉しか利用しないからだ。
もっと、全身をくまなく使わなくてはならない。
簡単な話、師匠とかが居ない分、自分の知る範囲、出来る範囲で出来る事をやらなくてはならない。そしてその中で、曖昧ながら剣を振るう時は腕だけではなく、全身を使うのが良い、なんてどっかで仕入れた知識があった。腕の筋力だけでは限界が来る。だからそれと連動させるように、全身の筋肉を使ってサポートするのだ。そうすれば、腕だけでは出せないような速度、威力が出せる。
それが本当かどうかは別として、体を鍛える事はいい感じに頭を空っぽにするのと、生存確率を引き上げる為には大いに助けになる事だった。やらなくて後悔するのは自分一人だけだ。なら出来るうちにやった方が良い。
だからやる。体を鍛える。秋はそういう季節になった。
冬季になると、木々は枯れて、そして一気に気温が冷え込む。今年はレンガを使った竈で、外へと影響を漏らさずに火を焚く事が出来る様になった影響で、少しだけ拠点での生活がマシになっている。拠点で暖を取るという事が出来る為、少しだけだが体を鍛える余裕が出て来た。とはいえ、根本的に冬は体を動かすのに適しているとはいいがたい。汗を流せばそれだけ体が冷える。そしてそれはこの壮絶な冬の環境の中では、致命傷になる可能性のある事だった。
だから、運動や鍛錬はなるべく、秋季の間に詰め込んでおきたいという考えがあったのだ。何より冬季になるとどれだけ警戒していようと、爬虫類の様な特徴を持つランポスやドスランポスは、この森林や丘から離れる必要が出て来る。薄い鱗によって体を覆っているランポスではこの地域の寒さに耐えられないからだ。そうなってくるとランポスの巣の探索だけではなく、山にある神殿遺跡の調査がぐっと楽になる。何せ、ランポスを警戒する必要がなくなるからだ。
だから今年の冬季は、今まで探索出来なかった神殿遺跡、その更に奥を調査する予定だった。その為の準備として秋季は更に集中して体を鍛える。
鍛え、そして鍛え続ける。
剣術なんてものは知らないが、それでも自分で最適の形を見出す必要がある。ランポスを斬り殺した感触を絶対に忘れず、肉質をどうやってもっと楽に切り裂くか、それをどうやって見極めるのか、というのを振りながらも研究する。ただ鍛えるのではなく、より技術を磨く為には知識も必要だった。
一撃で、確実に一撃で殺すには真っ直ぐ振るえるだけでは駄目なのだ。だから最初は素振りでみっちり基礎を鍛え、最近では片手剣が軽く感じて来たから、それを片手で振るいつつ、動きながら斬る事を練習し始めた。
あらかじめターゲットとなる枝を糸で木の上から吊るす。ターゲットにはマーキングしておき、そこを斬らなくてはいけない様にする。その上でそれをよく揺らし、離れた所から飛び込む様に接近し、足も体も止める事無く、すれ違いざまに斬撃を叩き込む。
そしてその後でちゃんと狙った所を斬れているのかどうかを確認する。走りながら、動きながら剣を振るうというのはこれがかなり難しく、ランポスの時は奇襲かなんかで相手の動きを止めるか、転ばしてから叩き込む事を意識していた。だが今回やるのは相手が襲ってくる時のまま、回避しながらカウンターで斬撃を叩き込む事の練習だ。
恐らくこれは必須になると思っている。システム的な制約で元となったゲームでは出来なかった事だが、あの飛竜の地上を走ってくる姿、それを回避しながら斬撃を叩き込めるようであれば、間違いなく効率的に狩猟する事が出来るだろうし、俺が思いつく程度の事、現地のハンターが思いつかない筈もないだろう。
避けながら急所にぶち込む。
これが出来れば戦闘時のロスを極限まで減らせる。そしてそれも雑にやるのではなく、回避しながら叩き込むカウンターで確実に狙った場所を―――即ち急所を抉れるようになれば、回避しながらそのまま必殺出来る様になる。ランポスやドスランポスの様に、刃が反対側まで通る相手であれば、交差の一瞬で殺せるようになる曲芸だ。
故に少しでも強くなる為に、日常的に剣を振るいながら、農具と化している両手剣の研磨に着手し始める。
秋、狩猟に出る回数は減るが、それでも圧倒的な忙しさに追われるのは他の季節とは何も変わりはしなかった。そんな中、
ある日、空から翼竜が落ちて来た。
「親方ァ! 空からドラゴンがァ!」
―――なんて事をネタに口にしてみても、それに反応してくれそうな家畜たちは全員、首を傾げて翼竜に群がっていた。
恐れ知らずな家畜共を眺める、そんな秋だった。
7000文字前後だったら割と更新加速できるんだけどなぁ……。
という訳でサバイバーくんはてつのつるぎを手に入れた。なに? 封龍剣じゃないのかって? 贅沢を言っちゃ駄目よ、贅沢を。武器なだけまだマシだと言いつつ、この先出現するモンスターやエネミーの難易度が上がって行くのに合わせ設備や道具、家畜のパワーアップを解禁。
モンスターサバイバー、最新アップデートパッチ!