見た瞬間に理解するのだ。
あぁ、なんだ
正面のダイミョウザザミ、その動きを誘引する様に距離を空けてある。ダイミョウザザミは接近する事無く、ハサミを口元へと持って行き、そこに力を籠める。その動作が何であるのかはよく知っている為、妨害する様にクラッカーを投擲しながら迷う事無く前へと踏み出す。投擲されたクラッカーは今まで使っていたものを更に改良したものであり、鉱石の破片を砕いて、爆薬を混ぜ込んだものだ。もはやクラッカーとして説明するようなものではなく、
手榴弾とでも表現すべき、爆破と鉱石片の凶器だった。ハサミの向こう側に滑り込む様に入り込んだ手榴弾は炸裂しながら泡の噴射を行おうとしていたダイミョウザザミの動きを一瞬で粉砕し、内側からハサミを衝撃で開けさせた。その動きに滑り込む様に体は前へと飛び込んでいる。
片手剣を片手で振るう。
簡単な事なのに、これをここまで扱えるようになるまで、三年かかった。適切な握りで、重量を配分し、手首や腕だけではなく、剣を振るうという動きを体全体で連動して行う。それだけの事なのに、まともに振るうのに三年かかった。だがその結果はあった。
一振り、それでハサミの関節部分を片手剣が断った。斬り飛ぶハサミ。そしてそれに反応し、逃げようとする前に踏み込んで更にハサミを斬り飛ばす。両腕がなくなったダイミョウザザミが逃げ出そうにも、砂浜を掘り進む為の腕はもはや存在せず、ショックによってその動きが停止する為、
素早く脳天に剣を振り下ろした。
たったそれだけで、ダイミョウザザミの狩猟は完了した。そのまま足を解体し、体を小分けにして、今回の為に用意した布っぽいもので味噌を包んでそれを木箱の中に入れて保存する。早いうちにこれは神殿の氷室に叩き込んでおかなくてはダメになってしまうから気を付けなければならない。だから素早く作業を終わらせつつ、ふぅ、と額の汗を拭う。
狩猟したダイミョウザザミの姿を見て、視線を海の方へと戻した。
「なんか……最近人間止めて来たなぁ……」
しみじみと呟いた。
最近、本能的に殺せる相手、殺せない相手の識別が出来て来た。目撃した時に本能的に、或いは直感的にあっ、こいつ殺せるわ……と思った時には既に体が動いていたりするのだ。ダイミョウザザミを目撃して思わず狩猟してしまった時は食欲に負ける程の人間性があったじゃねぇか……と思いもした。だがその実態は違った。
ただ単純に、反射的に殺しただけだった。
いや、反射的に殺しているという表現はおかしい。もっと、言葉には出来ない感覚だった。殺せるから殺す。そして今殺しておくべきだ。そんな感覚だった。今殺せるのだから殺し、そして血肉にする。とても自然に、そして当たり前の様にその考えが自分の中に染みついていたのだ。どこかで、自分のタガが外れてしまっていた。
まぁどこか、というか確実にドスランポスなのだが。どうやら自分が気づかないうちに、そこそこ普通の人間から精神性が逸脱していたらしい。いや、言葉を取り繕わずに表現すれば頭がおかしくなったのだろう。怪物とも呼べるような生物に対して相対する上で、恐怖という物を全く感じなくなったからだ。個人的に、これが恐ろしかった。恐怖とは生存本能だ。危ない相手を避ける為のセンサーでもある。これが不足するのはサバイバルの上では非常に危険な事だ。
の筈なのだが―――妙に、考えが冴えわたる。殺せる相手と殺せない相手の区別がつく。なんというか、気持ちの悪い直感的な能力が備わっていた。見た瞬間にあ、アイツは殺せる。そう考えている内に身体が殺す為に動いている。殺せない場合はなるべく気配を殺して下がっている。
それがイビルジョーに対して定期的に働いていないのはアレに此方に対する食欲がないからだろうか? コントロールされた食欲……面白い物だと思う。
とはいえ、最近、自分が少しずつ常人というカテゴリーから外されているという自覚があった。ダイミョウザザミをノリとは言え、瞬殺できる程度の実力を持つようになったのは、少し前にドスランポスを討伐したばかりの身としては非常に気になる事だった。果たして、俺はまだ普通の人間のままだろうか? 何か、あの死んだときに肉体に変化があったのじゃないだろうか? それともこの世界の食べ物を口にし、殺して喰らう事で生物として進化しているのか?
強くなる事はいい。
だけどそれを把握できないのは恐ろしい事だった。
そういう訳で最近はやっていた塩の生成と油の生成作業、海岸と海の探索を一時的に後回しにするとして、森林に戻ってきていた。やる事はシンプルに身体能力の測定だった。自分がこの三年近い生活でどれだけ成長したのか、どれだけ変化したのかをチェックするという事だった。少なくとも林檎ぐらいなら握り潰せるぐらいには体は引き締まっているのだが、これじゃあ基準が一切解らない。
とりあえず、武器の素振りは苦も無く数時間ぶっ続けで出来る程度には体力が出来上がって来た。とはいえ、此方は呼吸、体の動かし方を覚えたからペース配分が出来る様になった、と認識するのが正しいだろう。片手剣を片手で振るえる他、両手剣を最近では問題なく振るえるようになっている。流石に両方背負って戦うのは無理だし、ダイミョウザザミの甲殻を防具として加工して装着するのはちょっと難しい。
跳躍力は大体一メートルぐらいなら軽く飛べて、三角跳びの要領でそれなりに高く上へと移動する事も出来る。こう考えると割と肉体的にも磨かれているな、というのが解ってくる。
だが一番の成長に関しては反射神経だっただろうか。ちょっとした反射神経のテストがあるのだが、それを行った結果、これだけ凄まじい勢いで昔よりも伸びているというのが解った。落とした棒を落下前に拾うテストとか、毎回同じ場所でキャッチできる程度には動体視力と反射神経が磨かれていた。
まぁ、反射神経が無ければ中型種、肉食竜の動きに反応出来ずに死ぬので、常に意識して活動しているという部分はある。
軽く計った結果、プロのスポーツ選手か軍人にでもなれるんじゃね? と思いたくなるような結果が出た―――どうやら、それなりに人間という奴は可能性に溢れていたらしい。まぁ、成長できる範囲でそこまで文句はないのだ。水面に映る自分の姿を見て、細マッチョなイケメンになったなぁ、とは思っている。これなら逆ナンされそうだ。
そんな事をする生物はいないのだが。
ナンパで捕食されるというかそのまま捕食されそうな場所なのだが。
ただ、一番の問題は自分の精神性だった。メンタリストでもセラピストでもなく、心理学を学んだわけではないので、自分のメンタルが本当に大丈夫なのか、正気なのか、そんな事を理解する事が出来なかった。ある程度精神的なリミッターは外れているんだろうなぁ、と思うのは事実だった。実際、昔の自分であれば肉を切り裂く感触に吐き気を覚えていただろう。アプトノスを殺す時に申し訳なさを感じていた時もあるのも事実だった。
だけど、今ではどうだろうか?
まるで銃の引き金を引く事に躊躇がない様に、獲物を狩る。
血の味を覚えた獣の様に。
敬意は必要か? 殺せる相手に対して必要以上の予防線を張る必要はあるのか? 殺せるタイミングで見逃す必要があるのか? 殺せるのならその場で殺すべきなのでは? 生態系を崩す心配をする必要があるのか? 知りもしない興味もない相手の事を考えるべきなのか? そもそも竜を考慮する必要はあるのか? こんな場所に押し込んでいる竜を相手に敬意を払う必要があるのか? 憎くはないのか?
竜が、憎くはないのか?
殺したくはならないのか?
竜を、見かけた竜種を。生物を、皆殺しにしたくはないのか?
「少し反省してろ」
瞑想して自分の心を見つめ直して感じた事はそれだった。たぶん魔剣が悪いから石を巻き付けて海に沈めて来た。農具と化したお友達たちは野菜の世話をする事に快感を覚えているのにこいつ……と、夏の間は片手剣を海に沈める事を決定した。
流石竜を殺す剣だ、精神汚染付きだった。
まぁ、そんなものがなくても時々、記憶が曖昧になるが。ここに来た一年目の細かい出来事とか、もはや自分は覚えていないし。ただそれを深く考えれば心が病むというのは解っていた。だから必要以上に深く、考える事は諦めていた。
自分の様な凡人が突発的に突き抜けるとは思い辛かったので、原因を片手剣に見出し、取り合えずは反省を促す為に海に沈めた所で、そろそろ初心というものを、自然に対する敬意を思い出すべき頃ではないかと思い始めた。
つまりは精神修行の時間だった。
が―――世の中、そんな上手くいく筈もなかった。
夏の終わりが見えて来た頃、第一拠点の森林へと戻って来てみたのは、荒らされた拠点の様子だった。畑の周りにあった柵と小型の竈は破壊され、そして収穫時期を迎えていた春キャベツは食い荒らされた形跡があった。今までは無事だった自分の拠点が完全に荒らされた痕跡にしばし、ショックを抜け出す事が出来なかった。
そこは自分が一年目からコツコツと積み上げて作って来た拠点だったのだ。少しずつ、少しずつ土地を均し、整え、拡張し、そして竜が入って来れない様に気を付けて積み上げて来た場所だったのだ。それがぐちゃぐちゃにされていた。自分が出かけている少しの間にこうも荒らされるものなのか……というのはショッキングな出来事であるのと同時に、怒りを呼び起こすものだった。
「どこの畜生だ、ぶち殺してやる……」
静かにそう呟かせる程度には内心、キレていた。絶対に殺してやるという考えで脳と胸を満たしつつ。頭の中で殺す事を確定事項としつつ、破壊された周りを見れば、家畜達は無事だったらしい。此方が帰って来たのを見て安心した様な鳴き声を零すので、その頭を軽く撫でてなだめつつ、破壊された場所を確認する。
破壊され、荒らされているメインの場所は食料関係の所だった。畑、そして果物を集めていたところを集中的にやられている。それと比べ、干し肉の方は手つかずだったり、ツリーハウス自体は無事だった。となると食性が肉食ではない生物が恐らくは襲ってきたのだろう、と判断する。
「チ、まだ海で反省させている最中だってのに……」
夏季の終わりに差し掛かっても、片手剣は反省させる為のラヴィエンテ近くの海に沈めたままである。魔剣・ドラゴン殺したい君からすれば、触れそうで触る事の出来ない絶妙なポジショニングだ。たぶん、こっそり精神汚染を行おうとする悪い子には丁度良いお仕置きだろう。
「生まれてきたことを後悔させてやるからな……」
恨み言を呟きながら被害の痕跡を探して行く。大型の飛竜はここに入って来れないから、陸を歩ける生物によって破壊されたのだろう、というのは予想がつく。或いは森林に適応している生物―――幾つか、予測はつく。
畑はかなり手ひどくやられており、一回破棄して作り直したほうが良いだろう。柵も改めて作る必要がある。竈の方はもう、この際森林から撤去させてしまおうと思う。竈等に関しては第二拠点の方で扱っておく事にした方がこの際、良いだろう。そうなると竈は潰して、その分を畑へと回すといいだろう。
「あー……だけどドライフルーツ潰されたのは辛いなぁ……後酒造も潰されてるわ……」
酒の作成は海に出てから思いついた事の一つであり、果実酒や蜂蜜酒の作成実験を行っていたから、木を使ったタルでちょっと色々と実験してたのだが、それも見事空っぽになっている。ドライフルーツも探検中、手軽に口の中に放り込める甘いものだから気に入っていたのだ。物凄く貴重な甘味でもあるのだ。この野生的な甘さが味気ない料理の中の癒しだったのだが、
全部、食われてる。
「生まれて来た事を後悔させてやる」
精神修行とか知った事じゃねぇ、ぶち殺してやる。海の底から片手剣を引き上げようかと思ったが、畑などが破壊されてからそこまで時間が経過していない。つまり今から追いかければ犯人をぶち殺せるな、と冷静にキレながら判断する。となるとやはり、追いかける方が良いだろう。
じゃなければこの怒りは収まる事を知らない。
逃がしてみろ―――手当たり次第に他の生物をぶち殺しに行きそうな気持ちだった。
「だけど犯人はなんだ? どこの畜生がやった?」
足跡が幾つか残っているが、流石に足跡だけで何か解る程レンジャー能力に長けている訳ではない。ただ逃げた方角は樹海の方であるのは間違いなく確かだった。となると樹海へと向かえば畜生と戦えるな、と思ったところで、
「きぃー!」
「ん?」
ホルクの注意を呼ぶ声に視線を向ければ、近くの木の枝にホルクが止まっていた。そのすぐ横には、木に張り付いた白い粘液の様なものが糸を引いていた。それを見て数秒間、動きを停止させた。見覚えのある色と形だった。
「ネンチャク草を水で溶かした時の姿に似ているな……」
アレは水で溶かすとのりに近い状態になる。濡れている間は粘着力がないが、乾くと結構硬くくっついてくれるのだ。ただ、やっぱりセッチャクロアリの粘液の方が効果が高いのは事実だ。それを見て真面目に考え始めると、表面上は怒りを出さず、冷静に考えるだけの余裕が生まれて来る。
「……ネルスキュラ……か?」
森、そして粘着性の糸を使いそうな生物で一番思い至るのはこいつだ。ネルスキュラ、大型の蜘蛛の様な生物であり、とにかく気持ち悪い。気持ち悪い上に面倒な相手で……毒を使っていたような……気がする。いや、だがアレは肉食だった気がする。肉食だったっけ?
駄目だ、頼るべき知識も割と限界が近い。
思い出せない事の方が多くなってきている。この際、こういう細かいフレーバー周りの知識は忘れて、おおざっぱに覚えておくだけにしておく方がいいのかもしれない。それが解るだけでも別の話だし。ただ、粘着性の糸を使うモンスターはもう一体存在したな、そう思い出しながら磨かれた両手剣を持ち上げ、肩に担いだ。
「さて、お前らは大人しく待ってろよ。ホルクとウリ坊は警備な。俺が戻ってくるまでいい子にしてるんだぞ?」
しっかりと家畜とペット共に言いつけておく。言語が通じているかどうかは別として、元気のよい返事が返ってくるので、それで理解していると判断しておく。
閃光玉、手榴弾、それらをベルトに仕込んで、投げナイフを仕込む。これは狩猟じゃなくて戦争だからなテメー、と心の中で怨嗟を吐き続けながら両手剣を背負い直し、肩に乗せたその重みを感じながら小走り程度、体力を消耗しない程度のスピードで走り始める。
無論、これだけの破壊を起こした犯人をぶち殺す為である。害獣が一度荒らす事を覚えたら、連中はそれをまたやるだろう。効率がいいと学習するからだ。そしてそれは絶対に許せる事ではない。故にやられたらやり返す、確実に、もう二度と手出しが出来ない様に。確実に始末をつける必要がある。
故に相手を追いかけて、樹海の方へと走って行く。近づけば近づく程、食い荒らした作物などの残骸が増えて行き、それが更に神経を苛立たせた。だがその痕跡のおかげで追跡は難しくはない。
やがて、樹海に入れば木々の高い所にねばつく粘液の糸を目撃する事が出来た。そしてそれを利用し、木々の間を飛翔する影が前方、離れた場所に見えた。それが旧クイーンランゴスタの巣があった方へと進んで行くのを見て、ランゴスタ達が消えた後にここへとやって来たのだという事を理解した。
つまりはある意味、自業自得だとも言えたかもしれない。ランポスの巣の時の様に、ある程度封鎖するなりなんなりで始末をつけておけば……と、思っても遅い。木々の間をぶら下がり、跳躍しながら移動する姿は昆虫のそれではなく、獣のそれだった。
即ちゴゴモア。猿の様な姿をしているのに、蜘蛛の様に糸を発射する存在だった。フロンティアにおける初心者が相対する最初のボスとも呼べる相手であり、同時に非常に面倒な相手でもあった。特にその三次元的な動きが。ただその姿を見て、なんとなくだが納得した。確かに、こんなことをするのは現実でも猪や猿の領分だった。後は鹿か、と思い出す。
害獣に関しては殺さなきゃどうにもならないという話を想いだし、そして息を吐く。
どちらにしろ、畑を滅茶苦茶にされたのだ。
「殺せるうちに殺すか」
呟き、木々の間を跳躍する事で飛翔するゴゴモアを追いかける。あの巨体であそこまで軽やかに跳躍する姿を見て、肉体が見た目以上に軽く出来ているのだろうか? と軽く思う。少なくともあまり重いと、木の方が耐えきれずに折れる筈だから、それに耐えている時点で凄まじい重量がある訳じゃない筈だ。あったらあったで、それを支えるこの世界は不思議だなぁ、という話で終わる。
ただ、そうやって追いかけていると樹海の奥、ゴゴモアが巣としている大木へと到着する事が出来た。どうやら自分がそうやっている様に、此方のゴゴモアも優雅なツリーハウス生活を送っている様だった。
中々ナイスなチョイスである。幹が太く、安定感がある上に枝もかなり太い。ゴゴモアが安心して乗っているという事は、それだけ頑丈であるという事の証なのだろう。だからそれを見上げ、ベルトから手榴弾を抜き、見上げて、まだ此方に気付かないゴゴモアを見た。追跡して来たのに、まるで振り返る事無く食べ汚しながら帰って行った姿を見て確信する。
さてはテメー他所から流れて来たな?
良し、殺す。
「一年と春ぶりに……見せてやるぜ、これが俺の答えだ!」
某レーザービームな野球投手も真っ青な強肩で手榴弾を、三つ纏めて投げた。ゴゴモアが乗っている枝めがけて。
数秒間、無言で見事な軌跡を描きながら飛翔する手榴弾が拡散するのを観測し、それが枝にヒットするという衝撃を受けるのと同時に炸裂し、爆炎と破片をまき散らしながら枝を吹き飛ばし、ゴゴモアの体に鉱石片を食い込ませ、ゴゴモアの背に居たココモアをぼろぼろにしながら背中から吹っ飛ばし、地上へと落としてきたのを見届けた。
その姿を見て、両手剣を振るい、構える。
「害獣らしく惨たらしく殺してやるからなお前」
農家の害獣に対する殺意の高さ、それを心と魂で理解した。
片手剣君、ボッシュート。君は農具先輩を見習って。
ただ、根本的にドスランポスを狩った時、地球人としての精神性からは外れたというのは正しくもある。というより偶像の神ではなく、自分の強さに対する信仰心が生まれた。なので強さという神に対する信仰が行動を産んでいるだけだったりする。
次回、害獣駆除。