技術。
経験。
能力。
これが戦闘における必要とされるステータスの全てだ。まずは動きそのものを作る能力。その方向性を構成する為の技術。そして最後にそれらを効率的に運用する為の経験。これが全てだ。この三つのバランスが戦闘を行う上で重要だと理解している。能力がなければ反応も出来ない。技術が無ければ刃が徹せない。経験がなければどう動けばいいかが判断できない。根本的にこれが不足している。
体は鍛えればいい。技術は学べばいい。経験は積み重ねればいい。だが根本的な問題として、時間も質も足りない。体をどれだけ鍛えた所で、地球人という範疇を超える事は出来ない。なぜなら人間の構成物質というものが暴かれ、何が出来て何で出来ているのかというのが科学的に証明されてしまっているから。可能性を秘めているのは人間であっても、そこには生物としての限度がある。漫画やアニメじゃないのだから、ご都合主義的に見た目はそのまま超パワーアップ! なんて美味しい話はない。そんな事、今どきの子供でも分かっている。
時々アニメや漫画でまるで我流が形にハマらないから凄い! なんて話が出て来るが、そんな事はない。我流というのはつまり、小中学校で勉強が出来なかった奴がいきなり高校を飛ばして大学に入学しようとしている話。基礎も何も知らないで何を積み上げて作ろうというのだ、天才という言葉は万能ではないのだ。
経験? 経験とはなんだ? ただ単純に生きればいいのか? チャレンジすればいいのか? そうじゃない、挑戦し、学習し、記録し、反省し、そして漸く忘れない様にして経験となるのだ。ただ単純にそういう出来事に直面すればそれで解決するという訳ではないのだ。それでいいのなら今頃、皆が達人になっているだろう。
鍛える事、鍛錬する事、強くなる―――とは才能である。良く言われる武術の才能とか天賦とか、そういうのとはまるで違う。ただ単純に同じ繰り返しのルーチンワークに対して疑問を抱き続けながら修正し、繰り返し続けられるマゾヒスト、そういう才能である。故に強くなるとは才能だけではなく、時間も大いに取られる。
故に三年という時間は余りにも短い。
軍人が一人、エリートとして完成されるのに時間がどれだけかかる? その時間を考えれば森林から始まった時間は余りにも短く、武器を握った時からも余りにも早すぎる―――異形と戦えるようになるまでの時間が。三年、その数字は大きい様に見えて実際はかなり小さい。本格的に武道を学ぶ人間は幼い頃より仕込まれ、そしてそれを積み重ねて覚えるものなのだから。
師もなく、見える範囲で参考に出来るものもなく。
なら何故強くなれるのか?
或いは―――詰まっているのかもしれない。
殺したくて殺したくてしょうがない殺意と怨嗟の中に、殺す為の業が。先人が残した殺しの為の手法と技術が、願いと共に込められているのかもしれない。
鈍い輝きの刀身の中に。
「―――おら、立ち上がれよド畜生」
挑発する様にゴゴモアを見下し、言葉を吐く。
「お前が立ち上がってくるのを待ってやるからよ」
その上でぶち殺す。完膚なきまでぶち殺す。そうすると決めていた。そうでもしないとこの怒りは収まりを知らない。ただ畑をやられたのではない、あの拠点は自分にとっては一つ、触れてはならない聖域の様なものだった。自分の心の支えの一つだったのだ、この生活において。疲れたら休んで、家畜と戯れながらきゃっきゃわはは出来るちょっとしたスポットだったのだ。その上で秋に備えた蓄えを全部パァにされたのだ。
絶対に殺す。殺意を込めて睨みながらゴゴモアが起き上がるのを見た。その姿は此方を怒りの視線で捉え、そして素早く横へ、ココモアを回収する様に動き、その姿を背中に乗せて安全を確保させた。その姿を視界に収めつつ、両手で剣の柄を握り、肩に担ぐように構えた。片手剣よりも重い両手剣は、片手剣よりはリーチが長く、速度は大剣よりも早く、そして技巧を乗せやすいという特徴をしている。
だが逆に言えば片手剣よりは遅く、大剣よりはリーチがないともとれる。中途半端な武器だとも言えるだろう。人間を殺すには十分な重量がある。だけど小型種を殺すにはオーバーキルとでも表現するべき重量だ。そして中型、大型相手にはちょっと心もとないと表現できる重量だ。ああいう巨大生物を叩き切るなら、大剣や大斧、槍レベルの長さと重さが欲しい。だが片手剣よりはマシだと思う。
両手剣であれば、首の反対側まで刃が通るから一撃で首を飛ばせるのだ。
故にゴゴモアが背中にココモアを乗せ直し、此方へと拳を振り上げて一気に飛び掛かる瞬間、その首を斬り落とす最大のチャンスとなる。拳は大きく振り上げられ、そして動きは人間の何倍も速く、これを相手にカウンターが取れるハンターという生き物は、少々おかしいのではないか、と思わなくもない。
ただどんな生物であれ、自分よりも上位の生物なのだから、その大きさが違うだけで、究極的には自分よりも強いって事には一致しているのだから、焦る事は一つもない。
事前に動きを察知し、読み、そしてゴゴモアが拳を振り下ろしてくる、肉体が衝突するルートを全て予測し、対応する。加速と重量、衝撃は自分で提供する必要は欠片もない。相手が無駄に大きく、重いのだ。全部相手の物を利用すればいい。
故に飛び掛かってくるゴゴモアの動きに合わせ、前傾姿勢になる様に体を落としながら前へと向かって剣を振るう。飛び込んできたゴゴモアの動きとマッチングし、振るう刃が飛び掛かってくるゴゴモアの腕を掻い潜り、腹の下を通りながら振り上げていた腕を斬り飛ばした。こういう動きは片手剣の方がまだやりやすい。というより大型相手となると刃が反対側まで通さないので、両腕と両足を斬り落とすところから始めなくてはならない。
この世界の生物は凄く生命力が高く、頭や心臓に刃を突き刺した程度では死なない場合もある。
故に殺すなら確実に首を。
「どうした、畜生。まさか人のもんを奪っておいて自分だけ無事に済もうって思ってるんじゃねぇだろうなぁ……?」
手が痺れる。感覚的に、或いは囁きが今のは力を入れ過ぎだと囁いている様な気がする……。次はもう少し力を抜き、鋭さをどうにかして上げる必要がある。それを頭の隅においておきながら、両手剣を肩の上に乗せて再び振り抜けるように両手で握り、呼吸を浅くし、ゴゴモアの動きを全身の肌で感じ取る。
丁度良い。
鍛錬の相手として。それなりに大きく、動きが派手で、触れれば消し飛ぶ。そんな相手だ。自分が鍛える為、対中型大型を想定する上で、その動きを練習する相手には。素振りだけでも限界はあるのだから。
だから一戦一戦、その全てを確実に食らって学習する為に、ゴゴモアを見下して動きを待つ。腕を抑えながら憤怒の表情を浮かべるゴゴモアに理性なんて欠片も存在しない様に見える。やはり、余所者だ。ここら辺に出て来るモンスターはどれも賢い。勝てない相手であれば逃げるだろうし、即座に判断を切り替えるぐらいの機転がある。だがこのゴゴモアはそうせず、
怒りのまま、残された腕から糸を発射し、掴んで来ようとする。それを回避しながらゴゴモアに飛び込む。待ち構えていたようにゴゴモアは糸を切り離しながら体を動かし、タックルを仕掛けて来る。正直、パンチやブレスよりも此方の方が怖いと思う。タックルは巨体が面を制圧して来るし、それが逃げ場もなく襲い掛かってくるのだから、ある意味一番殺意が高い。
この体程度であれば複雑骨折は免れないだろう。運が悪ければ首の骨を折って死ぬだろう。だからこそ、この動きに対する対処は一番気を使うと言っても良い。ズラして回避する線と点の動きに対して、この面だけは対処法が違ってくる。突き刺した程度では止まらない為、
大きく回避する必要がある。故に一番、回避に無茶をさせられる。
身体のスペック上、それを素早く行うのは難しい―――或いはハンターの様に超人的な肉体があれば話は別なのだろう。だがそれがない以上、肉体の不足分は技術でカバーするしかない。そして必要なら成し遂げる。未熟だとかそういう意味ではなく、
突進するゴゴモアに対応する様に両手剣を踏み込んで振るい、衝撃が両手剣を受けて、押し戻される。だが力はほとんど両手剣に入ってないが故に、押し出される様にしながら、体が浮かび上がり―――
ハンターの《乗り》そのものは真似出来なくても、モンスターの速度と重量による押し出しを利用すれば、それに似た事なら出来る。問題は多少なりとも衝撃を受け、全身が叩きつけられたように痛みを感じる事だが、その程度のダメージであれば、怪我をしているというレベルではないので、一切の問題はない。
ゴゴモアのタックルを利用する様にその背中の上へと飛び込み、背のココモアを掴みながら飛び越えそうな体を抑え込み、
「そんなに好きなら一緒にしてやるさ……!」
ココモアをゴゴモア諸共串刺しにする様に両手剣を突き刺した。少し肉と毛皮の抵抗を感じたが、根本的に武器の性能が高いらしい。数百日を超えて大地の結晶によって磨かれた剣は肉質をある程度無視して貫通させる程度の切れ味を保有している為、ココモアがゴゴモアに引っ付いたまま絶命する。その痛みにゴゴモアが悲鳴を上げるが、
「オラオラ、どうした、痛いかぁ、畜生が」
ここまでの残虐性を何時の間に保有していたのだろうか、という疑問を頭の中から追い出しながらゴゴモアの体を抉る様に両手剣をぐりぐりと動かし、その体の内側から激痛を施す様に体を、傷口を開いて行く。激痛に呻くゴゴモアが体を揺らし、そして転がろうとするところで剣を引き抜きながら飛び降り、転がりながら立ち上がって大地に倒れ込むゴゴモアを見た。
怨嗟と殺意の視線が剣の方へと向けられているのを見て、ココモアが剣に突き刺さったままなのを見る。それを引き抜いてゴゴモアの方へと投げれば、残されたゴゴモアが残された手を伸ばそうとして、
―――手を伸ばそうとするゴゴモアの顔面に両手剣を投げつけた。
ココモアを貫通し、両手剣がゴゴモアの顔面に突き刺さり、うめき声もなくゴゴモアの動きが停止した。血を流しながら命の気配を完全に喪失したゴゴモアの姿と、まだ幼かったココモアの死骸を見て、両手で頭を押さえる。
「何をやってんだ俺は……」
ここまで、ここまで残虐にやる必要はなかっただろう。殺すだけならもっと簡単に殺せた筈だ。その為に閃光玉を持ち込んでいるのだ。知性の高い高位竜でもない限りは、閃光玉を回避するような事はしないから、そのまま首を落とせばいいのに。
まるで、楽しむ様に滅茶苦茶に引き裂いて殺している。
「お前……じゃないよな」
両手剣を見る。血に濡れた刃に自分の姿が映し出される。そこには返り血で真っ赤に染まった、狂笑を小さく浮かべた男の姿が見えた。片手で自分の顔を抑え、もう片手で自分の頭を押さえる。
果たして、狂っているのは本当に武器の方なのだろうか? それとも実は既に狂っていたのは俺の方なのだろうか? 初めてアプトノスを狩猟した時、その時は凄く嬉しかった。また同時に自分が一つ、上に強さに至る事が出来た感動もあった。そしてそこには命を奪わなきゃ生きていけない嫌悪感もあった。
だけど今ではそこになんの感慨もない。殺せて当然としか思えなかった。殺したゴゴモアとココモアを見て、こいつらも肉だから食えるな、と短く考える自分がそこには確かに、存在していた。食う、殺す、強くなる。その事で脳が占領されていた。
果たして本当に剣のせいか? 魔剣だから、という言い訳をしていないか? 本当は解っているのではないだろうか、
生きるために戦えば、狩れば狩る程、命を食らえば喰らう程―――
命が剣を通して途絶える感覚を忘れられない。自分よりも遥かに強い存在が屈服する姿がたまらない。命を失って行く感触に興奮する。何もさせずに一方的に殺した時なんて射精してしまいそうなほどに気持ちが良い。
「まだ……正気、だよな?」
敬意を。信仰を。準備を。環境を。建築を。採取を。畑を。家畜を。そうやって何かをする事に理由を与えないと、自分の人間性を見失いそうになる。いや、既に時折見失っている。それでもまだ自分は人間だ、正気だ、何時かは社会に戻るのだ。その為にはまだ狂いきれない。体に馴染む竜への殺意と肉を断つ感触を理解していても、生きるために少しずつ心が曇り始めていても、
それでもまだ……まだ、だ。
「……あぁ、そうだった、無駄な事を考えている場合じゃなかったな……」
ふと、今まで考えていた事を全部忘れる。忘れる事にした。ココモアとゴゴモアから刃を引き抜き、両手剣を振り上げる。
「解体して、肉にしなきゃな……」
呟き、刃を振り下ろす。
夏季の残りは畑などの施設の修復に手間取った。終わりごろに片手剣を海から引き揚げて、海藻塗れだった姿に納得感を覚えつつ、今まで以上に苦しい夏季の終わりを過ごした。その理由はとてもシンプルな物だった。
ゴゴモアの群れがやってきたのだ。これが非常に面倒だった。どうやらある程度の規模の群れとして樹海の方に入り込んで来て、それが繁殖のために食料を求めていたのだ。繁殖期は春季ごろかと思っていたのだが、どうやらゴゴモアの繁殖期は遅かったらしい。或いは、追いやられて此方へと入って来た影響で繁殖期がズレているのかもしれない。どちらにしろ、ゴゴモアの繁殖期というものは非常に厄介だった。ただ、ババコンガではないだけマシだったのかもしれない。あちらはフンを無差別に捨てる為、環境が非常に荒れるからだ。だからゴゴモアのがマシ……とは少々、言い辛かった。
その最大の理由は再び、樹海から出て来たゴゴモアが森林へと餌を求めて出て来るところにあった。
ぶっちゃけた話、大型種を支えるだけの食料が樹海にはない。あそこは緑は豊富で、キノコの類は多いのだ。ただ果実などを実らせる木々にとっては光が薄すぎる為、育つことが出来ない。その為、果物などを食料とする中型、大型はあそこに留まる事が出来ずに、他の場所へと食料を求める為に出る事になる。だけど樹海を抜けた先、草原には二つ名三兄弟が存在している。
人間程度に殺されるゴゴモアがあれに勝てるのか?
無理に決まっている。あんなの、本当のG級ハンターでもなければ狩る事は出来ないだろう。ゴゴモアには不可能だ。故に草原に出る事はなく、その逆方向、此方へとやってくる。そしてその結果、森林に設置してある食糧庫―――つまりは第一森林拠点へとやってくる。その対処と始末の為に、ほとんど森林拠点から出る事が出来ない日常が続いた。探索する事も、第二拠点で長時間の作業を行う事も出来ず、かなりストレスの溜まる日常だった。
救いだったのは、ゴゴモアの協調性の無さに関してだろう。
ゴゴモアは一応は群れを形成していた。だが協調性という概念を理解していないのか、グループとして活動する事はなかった。唯一、ココモアを集めて守る為のグループ……という形で活動することだけは、忍びながら観察する事が出来た。ゴゴモアの群れは、家族やコミュニティと呼ぶには薄く、どうやら子供を守る為の集まりだと考えていいらしい。
その子供、つまりはココモア自体もゴゴモアが餌付けをする場合は背中に乗せて移動するようだった。つまりゴゴモアが食料調達のつもりで外に出た時は、常にココモアもいる。それなりにドライな関係のコミュニティだった。
だがそのおかげで戦術は決まった。
ゴゴモアの各個撃破だった。森林に出て来るところを罠に嵌めつつ誘き出し、一頭ずつ確実に処理して殺す。そうする事によって森林への被害を抑える以外の選択肢がなかった。可能ならイビルジョーを呼び込んで処理して欲しかった所だが、イビルジョーは岩壁の上へと上がってくるような事はないし、試しに撒いておいたゴゴモア肉に対しては興味を見せる事さえなかった。故に自分の力で畑を荒らしに来るゴゴモアを始末するしかなかった。
結果、夏を通し、秋に食い込むレベルでゴゴモアの相手をし続ける必要があった。
故に絶対に後に残らない様に、ゴゴモアを一頭ずつ殺して潰して、次世代が生まれない様にココモアも殺す。殺して今度はその肉を使って罠を作り、ゴゴモアを怒らせて冷静な判断を奪い、回避と肉体制御の練習相手として活用しながら始末する。
夏季の間のほとんどの作業がこれによる実戦訓練とゴゴモアの始末だった。ゴゴモアが流入して来るという事は、樹海には草原以外にも繋がっている場所がある筈なのだ、という事実を察知した。樹海内は素材の調達には出るものの、探索という意味ではあまり深くには踏み込んでいないのも事実だった。それ故にゴゴモアを始末し終わった所で、これ以上害獣が増えない為にもどうにかして処理する必要がある。
ゴゴモアたちの処理が終わった後で急務として樹海を探索した。その結果、樹海の奥、ゴゴモアが巣として構築しようとしていたエリアの更に奥に、半ば水没しながらもその姿を維持している密林の姿が―――つまりは水没林の姿を発見する事に成功した。
道のほとんどが水没しているこのエリアは歩ける場所の方が少なく、水没している部分が浅くても膝丈まであるという場所だった。この環境で木々は逞しく育っており、大樹と呼べるような木々が太く、そして強く育っており、寧ろ地上よりも木の枝の上の方が足場が多いのではないか、と思いたくなるような異様な環境だった。
ただ枝の上を見れば、そこに生物の気配を感じる。
おそらくはそれがゴゴモアを樹海まで押し出してきた犯人だろう。ゴゴモアが逃げる事を選択する相手だ―――あまり、敵対したくはない為、確認を取る事よりも水没林で大人しくしている事を祈り、帰還した。
それから畑の再整備、柵の復旧、新しく作物を植える上に害獣対策を作り直す必要があった。夏季はゴゴモアの襲来によって忙しく、慌ただしく過ぎ去って行き、そして秋の始まりもまた、冬への備えの為に欠片も余裕がなく始まる事となった。
忘れてはならない。全てはサバイバーの思考のフィルターを通してあるものだという事を。狂気は一見、ありもしない所に存在し続ける物である。それが事実かどうかは別として、感じる事と知る事、成す事は全てそれを通している。
もっと解りやすく? 一年目時点で正気喪失済み。