真面目な話をすると、
地球人である、という事に自分は誇りを持っている。
というより、自分が地球人であるという事実を受け入れ、そしてそれを嘆くような事はしていないだけだ。ハンターたちは確かに強く、この世界の人たちは凄い生命力で溢れている。自分なんて比べ物にならないレベルで強く、そして優れている。だけどそれを理由に地球人である、という事を否定したくはなかった。自分が地球で生まれ、育ったという事実はどうしようもなく現実であり、ファンタジーなんて存在しない世界の出身だったから身の丈に合わない幻想を抱く事は身を滅ぼす事でもある。
だが今、幻想が現実となった世界でならどうだ?
変わりはしない。
不相応な幻想を抱いたりしない―――別に、特別な力を求めたりはしない。自分の体と、命と、そしてそれなりに幸せな日常さえあれば、
特別な力なんて必要ないし、欲しくもなかった。だから狂竜ウィルスそのものが嫌いだし、それを使わなきゃ生きて行けない自分にも嫌気がさす。ティガレックスとの相対で更に浸食が進んだ結果、やはり内臓系は完全に改造されるようになったらしく、前までは食べては吐き出していたキノコが普通に食べられる様になった他、薬の効果が目に見えるレベルで上がっていた。
肉も、生のままで食えるようになった。身体能力的な変化はないが、緩やかに肉体は作り替わっていた。そんなティガレックスの暴力、圧倒的強さに対処する様に、極限まで肉体を高める必要があった。それこそハンターの身体能力を追求した所でもまだ、足りない。もっと体を鍛え、そしてもっと技術を磨かなくてはならなかった。
それでも狂竜ウィルスに頼るのは嫌だった。
それが侵食するから、ではない。ただ単純に、日本人、地球人である事が自分のアイデンティティであり、それを塗り潰す様に卑怯な力に頼るのが嫌いだったからだ。生き残る為ならそんな拘り、捨ててしまえというのが正しいのだろう。だけど自分が人間である、この世界の住人ではないというのは一つの自分の誇りであり、自慢だった。見てみろ、頑張っているし、影響されたし、色々あったけど―――それでも俺は、まだ地球人のまま生きている。
それを自然に、環境に証明する事がしたかった。
だから春季、更に中型種を狩るペースを上げた。
狂竜浸食を行わずに。自分の肉体が、地球人としての自分がどれだけの可能性を秘めているのかを追求したかった。人間のまま、ハンターではなく自分という存在のままどこまで戦えるというのが知りたかった。生き残る上で《卑怯》だと思えるような力には手を出したくはなかった。どこまでも自分という存在のままでいたかった。生まれ変わって他人になる様な願望はなかった。強い力で圧倒するような事は一切望まなかった。ただどこまでも、自分のままでいたいと思った。
そして自分のまま、強くならなくては意味はないと思った。
だから更に自分の体を虐める。今まで行っていた鍛錬量を更に増やす。昔、テレビで見た特殊部隊の訓練を思い出し、今の自分よりも更にきつい訓練をしていたな、というのを思い出して体を壊す勢いで筋トレなどを行うようになった。幸い、侵食の影響で薬の効果が出るようになったから、今までよりも鍛錬をキツくしても体へのダメージは残らなくなった。
アオアシラ師匠との鍛錬も更に激化して行く。此方の思惑か覚悟か願いか、それを察してから手合わせをするときはもはや目に映らないスピードで爪を繰り出してくるようになった。一発一発が必殺と呼べるレベルの速度を乗せており、破壊力を内包している。振るう爪は僅かに捻りや接触した瞬間に後ろへと引き抜く技巧の様な動きを乗せており、今までの単調な攻撃とはまるで質が違う。一発でも受け流す事に失敗すれば手が痺れて剣が使い物にならなくなるレベルで殺意が上がってきていた。
しかもそれで待つような事はしてくれない超スパルタ形式だった。鍛錬で死にかけるのは日常的な出来事となり始めていた。
そもそもからして、相手と同じステージに立とうとしている事が間違いだと、鍛錬をしながら思う。確かに絶種ティガレックス……或いは《斬虐》のティガレックスとでも名乗るべきあの個体は、恐ろしい。恵まれた肉体に高い知性、そして学習する意欲まで存在する。
だが武芸とは人間がより強いものを狩る為に生み出した芸術であり、その細かい運動や技巧は、人間の器用さによって漸く成し遂げられるものである。故に、真似をされるのなら簡単に―――もっともっと、変態的に技術を磨けばいい、という結論に至る。そもそもからして身体能力で競うのは間違いなのだ。踏み込んで、受け流して、そしてそのまま斬り殺す。本当に芸術的な領域で技術を磨いたのであれば、相手がどんなに強靭で凶悪であろうと、完全に受け流して斬り返す事が出来た筈なのだ。
絶種ティガレックス相手にそれが出来なかったのは、自分の技巧不足の怠慢でしかないのだ。故に師もなく、競える人間もなく、自分の想像する最強と理想をイメージを相手に、行う全てのダメ出しを続けながら何度も何度も、今までよりも鍛錬の質を上げながら挑み続けるしかないのだ、存在しないと思い込む自分の限界に。
人間とは実に不思議な生き物である。
やる? やらない? という感じだと基本的にまぁ、やれる方がいいよね……となる。だがやらなきゃ死ぬ、という風になると限界以上の力を発揮し、成功し続ける。究極的に世の中、大成した人間というのは成し遂げなければいけない、というタイミングで成功させた人間であり、外してはならないという状況で外さない様に行動した人物たちである。
だから自分も同じことを繰り返すだけである。
やらなきゃ死ぬ。成功しなきゃ死ぬ。それが新しい事だとか、常識で考えたらありえないとか、そういう理論は聞いていない。
やらなきゃ死ぬのなら、理屈を超えて成功させる。それだけの話。故に鍛錬を重ねる。
そうやっている間にも少しずつ、少しずつ環境に大量のモンスターが溢れ出す。繁殖期でもある春季、生存競争は雪山では終わりつつあったが、その下準備が食料と生物が豊富な他のエリアでは行われていた。食って、犯して、繁殖して、死ぬ。そのサイクルの準備が行われる。
その季節が終わり―――夏季、生存競争激化の季節が来る。
そこで、妙な物を見かけた。
「なんだあれ」
夏季、モンスターの活動が最も活発になる時期である。
繁殖期もそれなりに忙しいのだが、夏季になると繁殖期で生まれた子竜などの食料調達のために親竜の活動が活発になるのだ。その為、食料の争奪戦が始まる。その結果が夏季における活発なモンスターたちの動きである。そして同時に、今年の秋季と冬季を想定した蓄えや準備を行う為にもある程度環境の把握は必要だった。
ここにそういう観察や監視が行える人員は自分一人しかいないからだ。
ホルクやウリ坊を監視に回す事は出来る。
だけどあの二匹は結局のところ、言葉を理解できてもそれを口にする事は出来ない。監視に出して簡単なイメージを共有できても、どういう風に、等の大事な部分を語る事が出来ないから、結局は自分の足で歩いて調べる必要が出て来る。だから数日おきに、鍛錬を休むついでに各地を回っている。
樹海は基本的にアオアシラ師匠の縄張りになっている。スーパーベアホームランパンチが唸ると相手の頭がホームランボールとなって死ぬ。群れで襲い掛かっても鎧の様な肉体で受け止めながら相手を片手で掴み、そして空いた手でスーパーベアホームランパンチが炸裂するので相手は死ぬ。おそらくは何が相手でも絶対に一撃は耐えるであろう肉体の強度をしているからこそ可能な戦術だった。今の所、その鎧の様な肉体に剣が通る様なイメージは湧いてこない。アオアシラ師匠の肉体には通しやすい肉質というものがなかった。
次に草原、トリオ・ザ・ガーディアンズっぽい竜に守られているエリアである。普段からぶつかり合ってトレーニングをしている姿が目撃出来る場所は大量繁殖と出現の結果、もはや草原というエリアとは表現できない激戦区となっていた。ディノバルドの炎によって草原は焼かれ、ジンオウガの雷によって焦がされ、そしてナルガクルガの斬撃によって何重にも重ねられた斬撃が残され、もはや古戦場とでも表現すべき環境へと激変し、昔見たような穏やかな草原の姿は消失していた。そしてそれに合わせる様におぞましい程の竜の死体が転がり、腐敗しながら放置されているのが目撃出来るようになっていた。
水没林、ここは余り探索できていない場所であり、同時に探索していない場所でもあった。そしてここは同時に、もうそう簡単に探索の出来ない場所ともなっていた。ここには辿異エスピナスが住み着いたのだ。あのゴゴモアが水没林から追い出されたのは恐らくこれが原因だとも取れた。しかも水没林に存在する他の生物を全て駆逐する事に成功した結果、水没林の生態系トップに君臨し、そのまま水没林を自らの巣として管理する事に成功した様子だった。その影響か、水没林に流れる水は毒混じりになり、それに適応した環境生物が目撃出来るようになった。とてもだが近寄りたくはない場所になっていた。
雪山、説明不要。一言で表現するなら死地。
高地、昔はエルぺ達が住んでいた場所ではあったが、もはや安全ではなくエルペの群れは完全に拠点のある森林と第二拠点の岩壁に移住してきた。もはやそれだけが野生動物たちにとっての安住の場所だったからだ。それと引き換え、高地はグレンゼブル、ポボルバルム、クアルセプスが縄張り争いを他の生物を全て排除しながら行っていた。現状、小競り合いを行いながらもクアルセプスが天候のコントロールを蠱毒の結果習得し、雷を空から降らせるマジカルサンダー状態に突入するも、ポボルバルムも怪しげな旋律で脳を揺らす手段を編み出した模様。近づけば脳が破裂しそうな痛みを覚える以上、もう二度と高地には勝負の結果が出るまでは近づけなくなっていた。グレンゼブルは駆逐されるまで時間の問題の様に思えた。
沼地、ここは《偏食》が徘徊するエリアである丘と合わせて徘徊しているイビルジョーは大型、中型を目撃次第素早く接近し、噛み千切って即死させる。そしてその死体を他の生物が食って進化しない様に自分で食って処理する。昔はちょくちょくダイミョウザザミやランポスをスナック感覚で食べている姿が目撃出来たが、もはや完全に一定以下のサイズ、或いは蠱毒の中で勝手に死ぬであろう種族に目を向ける事はなく、
そして花畑。ここは実に不思議なもので、フォロクルルの数が増える事以外は他に何か、侵略者の様なモンスターが増える様な事はなかった。ここだけまるで時間から切り離されたかのように平和で、逆に違和感さえ覚える光景だった。フォロクルルは周りの蠱毒の影響を受けずに、毎回花の蜜を幸せそうに吸ってはお昼寝をしていた。ここだけ世界観が違う。
そうやって歩き回って記録している最後に、神殿を超えて海岸を見に来た。ここは他の環境に比べて比較的環境が大人しいのは、番いのラヴィエンテがぐぅぐぅ、まるで環境の影響を受けずに日向ぼっこをして眠っているのが理由の一つであり、何かが激しく暴れている姿を見ると大抵、一口で食ってしまうので暴れる様な奴が出てこないという事実がある。クラマインとの戦闘はその中でも非常に珍しいケースであり、ラヴィエンテ的にはそこまで問題ではないレベルだったのかもしれない。そもそも、ラヴィエンテという存在である時点でもはや生態系のトップに君臨していると言ってもいいのだ、そこから新しい種が蟲毒を通して生み出される事がないのだ。
そのラヴィエンテ自身も、ゲームで目撃するものよりも遥かに大人しく、派手に暴れて眠りを邪魔しない限りは特にちょっかいを出してくるような事はなく、腹が減って暴れ出すような事もしない。定期的に浜辺に湧いてくるダイミョウザザミをつまみ食いしているらしく、その影響で狂暴になる事がないようなのだ。
その為、超極悪で知られるラヴィエンテが暴れる様な事がない不思議な浜辺だった。他の非好戦的竜はどこか、特別さを感じさせる理由で非好戦的だ。連中はどこか、特別な理由や事情を背負っている様に思えるから非好戦的なのだ。
だがこのラヴィエンテは純粋にそれを面倒がっている。
性根が怠け者なのだ、このラヴィエンテは恐らく。だから暴れないし、ダイミョウザザミを摘まんでお腹を満たして昼寝ばっかりしている。大人しいラヴィエンテの番いだった。それでも怖いのだが。
ともあれ、そういう理由から海岸周りは割と平和だった。時折イキリドラゴンが出現するが、イキリすぎるとラヴィエンテにごっくんされる為、放置しても大体の場合では平気な場所だった。ただ一応、ラヴィエンテを殺せる生物だってこの地上には存在するのだから、それを警戒して海岸の様子を見に行っていた。
見に行ったのだが、
「なにあれ」
ラヴィエンテが尻尾の上になにかを乗せて遊んでいた。
形は木製の……船? なのだろうか。人間が航海のために乗るものとしては少々小さいと表現できるサイズであり、ラヴィエンテと比べればかなり小さく感じるそれを、尻尾の先っちょの上に乗せて、転がすように、揺らす様に楽しんでいるラヴィエンテの姿が見えた。本来の、或いは通常のモンスターハンターでは目撃する事の出来ない竜のお茶目な姿を目撃しつつ、船の方へと視線を向け、そしてラヴィエンテの方へと視線を向け、
ラヴィエンテの視線が此方を向いた。
次の瞬間、ズドンという音と共に直ぐ傍の浜辺に、質量の衝突する音が見えた。視線を其方へと向ければ、先ほどまでラヴィエンテの尻尾で遊ばれていた船が浜辺に衝突し、真っ二つに砕けたのが見えた。それを投げ捨てたラヴィエンテは大きく口を開けると欠伸を漏らし、そのまま何時もの浅瀬でゆっくりと夏の太陽を浴びながら昼寝に戻った。竜の癖になんて優雅な奴だろうか。こっちがあくせく色々と走り回っているのに。その上で、
お前、そのおもちゃ欲しいの? ふーん……的な表情で此方を一瞬だけ見たのが非常にムカつく。
まぁ、敵対的じゃない分それでいいのだが……そう思いながら破壊された船の方を見た。きちっとした木造の船らしく、木材は……というよりは、建造は比較的新しく感じる。一体どこから流れついて来たんだ? そう思いながら近づこうとしたところで、
「んー、ニャァ―――!」
すぽん、という音と共に船の残骸から何かが射出された。空高く、それこそ数十メートル飛翔した姿がゆっくりと落下し―――そのまま、砂浜に衝突して倒れた。俺だったら死んでいたな……と、砂浜に落下した姿が砂浜の上でゴロゴロと転がる様子を眺めていると、
次々と船の残骸から出て来る姿が見えた。
それは愛らしい、小さな背格好をしており、這い出すように四足で歩き出してから二本足で立ち上がり、毛むくじゃらの姿でラヴィエンテを眺め、感動に涙を流す様に喜びながらお互いを抱きしめて、飛び跳ねている。その姿を見れば、ラヴィエンテから解放された事に心から安堵している……という事だろうか? まぁ、なんというか、
やっぱり可愛らしい連中だった。
―――アイルーは。
「にゃあ! にゃあ! にゃああ!」
「にゃにゃ!」
恐らくはアイルーの言語なのだろう、鳴き声の様な言葉を発しながら砂浜に衝突した仲間を助け起こしに行こうとすると、此方に気付き、はわわ! という表情を浮かべてからしゃきーん、と背筋を伸ばして敬礼を取って来た。
「■■■■ニャ! ■■……■■■■ニャ?」
「あー……そうか、そうだよなぁ……」
アイルーが何かを聞こうとしている事は解った。それが恐らく、此方の世界における言語であるというのも理解できた。だけどニャ、というネコの鳴き声以外は、まるで理解できない音の羅列の様に感じられた。一応英語、そして大学でスペイン語を学んだりしたのだが……どちらにも属さない言語だった。
ちょっと、というか凄く辛い。
「あー……あーあーあー、どうしよう」
「■■■ニャ?」
此方の言葉にアイルーも通じていない事が理解したのか、片手で頭を押さえる此方を見て、首を傾げて考える様に動いた。滅茶苦茶嬉しいのは事実だ。まさか、こんな形でアイルーと出会えるなんて、文明的で文化的な生物と会えるなんて思いもしなかった。しかも木造ではあるが、船に乗って来たのだ。つまりは造船技術のある文明が存在する、という証明でもあった。
ハンターが存在するという願いは妄想で終わらなかったのだ。
文明があって欲しいという願いは決して夢で終わらなかった。
この世界にはどこか、人の住む領域があるのだと思うと、思わず、涙を流しそうになってしまう。それを見てアイルー達が驚き、しかし心配そうに此方を構ってくるので、大丈夫、大丈夫と目じりを拭いながらしゃがみ、握手をしようとして、
近くで、砂が爆発した。
素早く立ち上がりながら振り返れば、地中から先ほどの船の衝撃か、或いはアイルー達の集まった騒ぎが原因か、巨大なダイミョウザザミが出現しつつあった。その姿が完全に出現しきる前に、体を前傾姿勢に倒し、倒れるのと踏み出すのと加速するのを同時に行う。素早く、落下し続けながら前に進むという事を行い、短い距離を一瞬で詰め、それを体を発射台にする様に一気に押し込み、短い加速を連続で行う事で体を押し出す。
そのまま、出現しつつあったダイミョウザザミの内側へと潜り込み、完全に姿が露出する前に居合の要領で片手剣を射出する。滑らせる刃は発射台を得る事で、抜刀の瞬間にそのまま振るうよりも早く、そしてタメによる力が乗る。
それが反応する前のダイミョウザザミの顔面を真っ二つに割って即死させた。
まだ右半身が砂から露出していない状態だったが、始末をつけられた。ふぅ、と息を吐きながら剣を鞘の中へと戻し、ダイミョウザザミの死骸を乗り越えれば、ぽかーんとした表情のアイルー達が見えた。
「さて、ここも安全じゃなさそうだしな……いっちょ、安全な場所まで案内するぜ」
示す様にジェスチャーでついてくるようにアイルーに指示し、彼らを第二拠点まで連れて行く事にした。
ダイミョウザザミはこの後ラヴィエンテが美味しく頂きました。
という訳で漸く、よーやーくー! 技術を保有する文明に接触。まぁ、チュートリアル終わったら設備の解放とかを行わなきゃ可哀想だよね、という話で。じゃあ、武器と防具の強化、生産解禁イベントだよ。