『焦るな……焦るなよ、相棒』
「解ってらい、相手方も手段は限られてるからな」
闇の中、木々の間、薄暗い空間を視界では追いきれない速度で走り回る残像が見える。赤い閃光だけを残して闇の中を駆け巡る姿は時折、瞬きをする事でその閃光を消し去り、完全に闇に同化した姿を見せ、駆け抜ける。音もほとんど殺しており、どちらが狩猟に出ているのか解らないぐらい相手が場のリードを取っている事が、自分にも、ラズロにも伝わっていた。狙われている。不用意に飛び出せばその隙を狙われる。
ナルガクルガ。
それが狩猟者の名前だった。
樹海、アオアシラ師匠が意図的にスルーしたのかどうかは不明だが、金冠級のナルガクルガが徘徊しており、その狩猟に出たのはいい―――だが予想外に大きかった個体は素早く、音さえも消し去って闇の中を疾走していた。こいつは蟲毒が始まる前に居た個体だな、というのを理解させる慎重さがあった。確実に、着実に此方が警戒によるストレスで損耗するのを狙う様に待つ。それに相対する様にラズロはブーメランを放つ準備をして、此方は刀を二本構えている。
そう、刀だ。
先に五本だけ、工房長が試作品を打ってくれた。それを全て持ち込んでいる。左手と右手で上下に大きく開ける様に構えながら、二天一流ってこんな感じ? という勝手なイメージでふざけた構えをしているが、迎撃態勢はガチだった。表面上は余裕を取り繕いながら、常に闇の中、気配を消し去って溶け込もうとするナルガクルガの存在感を常に掴んで追っていた。
ナルガクルガもそれを理解しているのか、此方が察している間は絶対に攻勢を仕掛けない様に警戒を続けていた。
警戒を続けるように木々の間を駆け抜け、周囲をぐるぐると走りながら時折、樹海の大木に飛びつき、頭上を飛び越えて姿を一瞬だけ見せる。その瞬間は襲いかかってくるかもしれないので、絶対に警戒を解く事は出来ない。その状況が既に感覚、三十分近く続いており、二本の刀を構える腕が疲れて来る。
少し休みたい―――そう思った瞬間に木々の間から飛翔する物が飛んで来る前に知覚できる。その迎撃範囲を直感的に感知し、空気と風と殺意の流れで、自分に衝突するコースを予知する。そしてそれに合わせ、刀を振るう。扱いが難しい武器で、超特急で作った試作品だから脆い、と工房長猫には注意されている。つまり振り方を間違えれば簡単に曲がってしまうのだ。
故に静かに、とても静かに、しかし素早く刀を振るう。
闇の中を飛翔して来る刃の様な棘、その最低限のものに対して切先を合わせる様にし、速度に合わせて引きながら刀をずらして行き―――払う。
切り払い。アオアシラ師匠で何百と繰り返し練習してきたその技術を投擲物に対して刀で行った。極限まで刀に対する損耗を抑える為に神経を刀の切先にまで注ぎ込む様に使用する。
変態だ。
日本人は変態だ。
本当に変態だ。
これで戦争してたってマジかよあの変態民族。あぁ、俺だ。俺じゃんその変態民族! そもそも工房長も刀を考えた奴は変態だとかぶつぶつ文句言ってたな!
そんな事を思い出しながら適度に力を抜いて、切り払った余韻に両手を下ろした。とはいえ、直ぐに刀を動かせる状態だ。力を抜いているだけで、迎撃は可能。それが解っているからナルガクルガも周辺をぐるぐる回って牽制するだけで、動きを止めずに此方を窺っている。
厄介な相手だ。だけど丁度良い相手でもある。
ナルガクルガというモンスターは恐ろしく速い。ゲーム時代に初めてエンカウントした時、その機敏さには大変驚かされたものだ。パッケージイラストを飾っただけの事はある、と思っている。全体的に速く、同世代のモンスターの中でもかなりのスピードファイターだった。今でも二つ名持ちのナルガクルガは恐ろしい程の速度でハンターを翻弄し、そして狩りに来る。そういう相手だ、ナルガクルガは。ここで目撃する相手の中でも、ナルガクルガという生物はかなりの上位に入る速度を持った生物だ。
逆に言えば、こいつの速度に対応できるなら、大抵の生物の速度には対応できる。そうじゃなくてもこいつの牽制射撃と偶のちょっかいを避けるのには直感、気配読み、先読み、そして殺気を感じ取るという細かい技術が必要になってくる。この数年間の生活でそれを磨いて来たのは事実だが、やはりこうやって死地にいると、それらの技術が益々磨かれて行くのを感じる。
成し遂げなければ死ぬ。
この状況が一番、自分を成長させているのだという事を実感させる。
「うーん、困った。ハンターさんたちはこれを相手に突撃して傷を残さずに勝利するのかー。やっぱハンターさんは凄いなー」
『お前はどこの魔境の話をしているんだ。魔境のごく一部を常識扱いするの止めろ』
無論、原作。この世界のハンターの事実は自分が知っている裸で高位クエストに突撃して攻撃食らっても生きている様な世界観とは違った。それでもG級の最上位、《称号》持ちのG級ハンターであればそれぐらいは出来るであろうという話だった。
相対するナルガクルガにはかなり年季が入っていると思う。此方が殺す手段を構えているというのに警戒し、一切接近する事無くストレスと疲労の蓄積を狙っている辺りがそうだ。戦術的に動いている事を考えると、油断のならない相手だ。その上で金冠サイズなのだ。ラズロの見立てでは上位の中でも上の方、G級に足を踏み入れている個体だと言っていた。
中々度し難い。
だけど一回刃を首に通せば殺せるのも事実だ。
必要なのは此方から接近する為のチャンスか、或いはナルガクルガに此方へと接近させる事だ。前者は少し難しいが、後者の場合は隙を見せれば間違いなく飛び込んできてくれるだろう。となるとやる事は大体解る。
「誘い込むか」
『それしかない……か。どうする?』
「極上の餌になってやるだけよ」
気配を追うのをやめた。気配を察知するというのは第六感、それを伸ばして感覚を広げるというのに言葉が近い。そのセンサーに相手が引っかかる事で存在を知覚するのだ。そしてそれに引っかかるという感覚は、第六感そのものを鍛えている存在であれば、十分に知覚できる。故に今まではナルガクルガの動きを追うのに使っていた第六感を引っ込め、その方向性を切り替える。
結果、ナルガクルガの動きが完全に見えなくなる。時折瞬く様に見える赤い閃光すらも追えなくなるので、文字通り何も見えない相手が出来上がる。息を浅くしつつ、静かに刀を構え直す。完全にナルガクルガを見失った。だがその視線が真っ直ぐ此方へと突きつけられているのは自覚している。ナルガクルガを追う事を止めた此方を探っているのが理解できる。
襲うか?
誘われている?
乗るか、否か?
ナルガクルガが動きを止める事無くそれを考えているだろう。
「んー……そろそろ来るか」
『勘か?』
「勘」
それ以外にあるもんか。
とはいえ、勘という言葉も馬鹿には出来ない。勘とはすなわち経験から蓄積された膨大なデータにより、感じ取られた瞬間的な判断である。経験もない奴が運任せにする勘というのは信じられない。
だけど自分は様々な竜を見て来た。辿異種を、絶種を、古龍を、絶望を、そしてこの地で必死に生きる竜を。その一部になりかけている自分という存在を含めて、竜という種に対する理解が自分の中にはあった。そしてそれを通して、判断をする事も出来る。考えるのではなく、脳の速さを生かした、経験から来る本能的な判断が勘、或いは直感とでもいうべきものだ。
だから積み重ねて来た四年間の経験で断言する。
「
二本の刀を握り、何時でも動けるようにしながら、軽く冷や汗を背筋に感じる。やろうとしている事は中々度し難い。速度においては最上位に位置する存在、ナルガクルガに先手を取らせた状態でカウンターを叩き込んでぶった切ろうとしているのだから、度し難いにもほどがある。
だが一日一歩、確実に、着実に前へと進まなくてはならない。
恐らく、
この環境は壮絶だ。
進化、成長をしない奴は死ねと言っている。
運で生き残るなんて不可能だ。
生き残るには昨日よりも強くなるしかない。
ならば選択肢はできた、以外にはないのだ。やればできる。成せば成る。自分はそうでなくては生きて行けないのだ。だったら出来るという結果だけを残す。何度も自分にそう言い聞かせて来た事だし、そうしてきたことでもある。だから呼吸をして、樹海の新鮮な空気を肺の中に送り込み、自分の存在感を抑え込んだ。気配を殺し、強さを殺し、そして何時でも襲い掛かられる状態にし、
自分の直感を、極限まで磨き上げる。研ぎ澄まし、一見、ガードを落としたように見せかけ、ナルガクルガの動きを誘う。さぁ、来い。心の中で呟き、待った。
数秒間、数分間―――そして十数分。
来る。そう直感した直後には動きを作った。背後へと一瞬で振り返りながら踏み込めば、その瞬間にナルガクルガが木々の間から飛び掛かる様に腕を伸ばし、飛び出す姿が見えた。その姿に正面から相対する。
飛び掛かるナルガクルガは驚愕を小さく感じながらも、それでも動きを止めない。ここまで入れば殺しきれると踏んでいたのだろう。それはある意味、正しいと思う。ここで一つ、自分の限界に挑戦して超えない限りはそうなるだろうと思っている。故にとても簡単な話として、ナルガクルガが飛び掛かってくる姿を、
回避しながら斬撃を流し込む事にする。
やる事は難しくはない。正面から来るナルガクルガの腕、体、その肉質の内最も柔らかく、そして切り分ける事で回避できるという肉質を見極め、刃が折れたり曲がったりする前にそれを斬り、反対側まで体を無傷で通す。
それだけだ。故に実行する。
既に先読みは終わっている。後は自分の腕前がイメージに追いつくかだけの話だ。飛び込んでくるナルガクルガの姿がスローに見える程思考を全力で加速させながら、両手で握る刀を放棄しつつ、左手を左腰の鞘へ、右手を柄へと当てて、
一閃、居合抜きを放つ。動きを直感で捉え、先読みで攻撃を置き、そして鍛えて来た精神力で己の力を信じる。揺るがず、ブレず、そして真っ直ぐ。
ナルガクルガの爪に居合が突き刺さり、
それを真っ二つに割り、進んで足の指を割り、手首、肘、翼膜と進んで行く。
そして前足をそのまま、二つに割断した。真っ二つに引き裂かれた両足の断面から新鮮な血液が顔面に飛び散り、体と顔を赤く濡らす。間違いなくそれは、昔の自分であればまず間違いなく不可能と呼べるレベルの行いだっただろう。事実、地球人にこんな芸当が出来る様な人は今の所、思いつかない。それでも、完璧ではない。まだまだ、まだ、人間の可能性はこんなもんじゃない。
抜き打ちで曲がってしまった刀を捨てながら新しく鞘を抜いて片手で掴みながら、もう片手で背後へと転がったナルガクルガへと向けて踏み込みながら次の斬撃を放つ為に柄を掴んだ。
命の危機にナルガクルガが痛みに苦しむよりも早く残された片前足と後ろ脚で一気に跳躍しながら距離を開ける様に尻尾を薙ぎ払ってくる。異様に伸びるナルガクルガの尻尾はそれ自体が凶器であり、そして衝突だけではなく、それ自体に剣山の様な鋭さを備えている。まともに喰らえば体が一撃でズタズタになるのは見えている。
故に体に届く前に切り払う。そのまま切断し、刃の捻りを加えて捻りの入った斬撃で上へと向かって尻尾を斬り飛ばす。尻尾を失ってバランスが崩れたナルガクルガの体が傾きそうになり―――両足に力を込めて踏ん張る。
動きが乱れる手前で止まりそうな瞬間をラズロが見逃さず、力を込めた後ろ脚に向けてブーメランを突き刺した。その衝撃で最後のグリップを失ったナルガクルガの体が一気に傾き、
「死ね」
動きが乱れた瞬間に一気に首の裏に接近して、その首に刃を沈めた。
秋季に入った。
夏季にアイルー達と合流してから生活は少々、騒がしいものになった。拠点が本格稼働したのもあるが、何より生活にアイルーという隣人が登場したという事にも一つ、理由があった。今までは独り言でしか生活できなかった環境ではあったが、ここにアイルーという隣人が登場する事で彩が溢れる様になってきた。今まで、思考は悪循環のループを辿り続けるだけだったが、アイルーと生活する事もあり、時折アイルーが叱ってくれるという事実もあるのだ。
無駄にくよくよするな、とか。
地球に居る頃は何て鬱陶しい言葉かと思った。だけどこうやって、構われて初めて、アレはアレで、存在するだけありがたい事なのだ、と気づかされる。そんな生活に入り、アイルーから公用語を学び始めた。と言っても、スペリングやライティングに関してはちょっと難しい部分があるので、
最初はヒアリングだけを鍛え始めた。
言語を学ぶ上で一番簡単なのはヒアリングだ。聞いて覚えるというのは思ったよりも簡単な事だ。英語等を大学で覚えた為、そこら辺のコツは熟知している。単語を一つ一つ覚え、次にそれを簡単な文章で覚える。
後はこれを繰り返すだけだ。これだけ? と思われてしまうが、これを数か月も続ければ言語というのは普通に覚えられる。
ちなみにBA制カリキュラムの大学の多くは学期は二学期で組んである。間の休みが入るとして、一学期六カ月、純粋に講義を受けている時間はこの内、凡そ四カ月になるだろ。このうち、一つの取得授業には単位とは別に、その学期中にクリアしなければいけない授業時間というものがノルマとして設定されている。
それを四カ月のコースの間に学習するというのもので、大学で学習できる言語の基本コースはこの四カ月の間に、基本的な日常会話を覚えるというレベルになる。おはよう、こんにちわ、私は誰々です、これはなんですか? こういう会話を覚えるのが初級コースであり、そこから少し自由に会話が出来るようになるのが中級コース、という風になっている。
まぁ、だがこのコースも基本的には講義が一日一時間から二時間ある事を想定したコースだ。みっちり日常的に生活しながら学ぶとなると、やはり習得速度は違ってくる。これをお互い、リスニングだけに費やした場合、
実は割と、簡単に意思疎通というのは出来るようになるのだ。
何せ、お互いの言語を口にする必要はないのだ。重要なのはお互いの言葉を理解できる、という事なのだけだから。喋る事が出来なくても、お互いの言語を理解できるなら問題はない、という事でリスニングだけ、お互いに勉強した結果、アイルー達と何とかコミュニケーションが通じる様になった。
無論、お互いの世界には存在しない概念や独特な言葉、ニュアンスはお互いに全く理解できないのだが、それを抜きにすれば話が通じるというレベルだ。拠点を増築しながら気を付けたこの四カ月の生活は、快適なコミュニケーションを可能にするようになった。
漸く、誰かと普通にしゃべる事が出来る様になった。
そんな中で、まだまだ、環境に凶悪なモンスターが出現するので、それを積極的に討伐する様になっていた。
丘の方にはイャンクック、ヒプノック、ゲリョスなどの序盤に見られる様な飛竜が多く出現するようになった。逃げる様にやって来た下位個体が居れば、興味心から出現した上位個体もいるし、此方を殺す気で探しに来たオーラ持ち飛竜も出て来る。それを片っ端から殺す夏季の四カ月だった。
結構きついペースで出現するのもあり、数日に一回は確定で狩猟に出る必要があった。今までと比べるとすさまじい出撃回数だった。そしてそれに伴い、出現する竜の強さも着実に上昇していた。
今ではもう、下位個体を見る事もなかった。生まれたばかりの若個体でさえ、そのスペックは上位に最低限で匹敵するものがあるとアイルー達は観測していた。環境に存在する生物のレベルが下限から一気に引き上げられ、強い者だけが生き残れるようになる場所の下地が生み出されていた。
そんな夏季が終わって秋季に入った今、
徐々にだがモンスターの活動傾向は低下していた。
その理由はシンプルであり、春季夏季と繁殖期が終わった所で、次の世代を守る為に冬季の準備をする必要が野生のモンスターたちにもある、というとても簡単な理由だった。人間は蓄えたり加工したりで簡単に越冬の準備を行えるが、モンスターはそうではない。その環境に存在するものを拾うか狩猟するかで食料を得ないと駄目なのだから、モンスターたちは早い段階から冬への準備を進めないと駄目だ。
特に今回に関しては生物が多すぎる。縄張りだけではなく、食料の奪い合いもあるだろう。
雪山のティガレックスの様に、自分以外の全てを食い殺して独占でもしない限りは。そんな冬季、新しい食料をアイルー達が発見する。そして他の生物たちが食料争いをして、微妙にその活動を縮小する中で、
新しい環境を開拓する事となった。
この季節、ついに沼地を超えた先へと向かう事にした。
ついにG手前を回避カウンターで狩り始める地球人。喰らい合う事で成長するのが蟲毒の性質なら、その影響は間違いなくサバイバー君にもあるのだ。その果てに地球人・絶種にでもなったら笑えるね。
という訳で秋、開始。次回は沼地を超えて。