あの草原の三頭は一番気安い。
少なくとも自分が知っているイメージの中ではそうだった。
アオアシラ師匠は線引きをしっかりするタイプだった。孤高なタイプであり、必要以上に慣れ合う事を良しとしなかった。たぶん、ずっと前から自分の役割を理解していたからなのだと今更ながら思う。この環境の生物たちは、モンスター以上に賢い部分がある。古代からの記憶、記録を継承しているアオアシラ師匠は、それが強く出ていた。だから干渉はする。だけど馴れ合わない。蜂蜜好きのナイスベアだった。
イビルジョー兄貴はなんというか……頼れる不良のお兄ちゃん、というイメージだった。関わろうとはしないし、近寄ろうともしないし、干渉する事もなかった。たださりげなく此方を見つけると、大型か中型を食い殺して知らない内に行く場所をクリアリングしてくれたりしていた。思えばランポスを最初に殺した時も、目の前でダイミョウザザミを殺した時も、フルフルを殺した時も、アレは不器用になにか、教えようとしてくれていたのではないか、と思っていた。先に殺しておく事で安全にするのと、その死体を見せてこういう奴がいるぞ、と教えてくれていたんじゃないか、と。
辿異リオレウスとリオレイアの夫婦は、よく空を飛ぶのを見かけるおしどり夫婦だった。ドラゴン相手におしどりと言う表現を使うのもおかしな話だが。そして記憶の限り、リオレウスはそれを自慢に思っているらしく、毎年、空を飛んでは親子で空を翔る姿を見せびらかす様にしていた。正直、イビルジョーと合わせて初期の頃の恐怖の象徴の一つだったが、生活が長くなって怖い相手ではないというのが解ると、毎年空を見上げて確認する親子の飛行はちょっとした楽しみの一つだった。和気あいあいとした家族の飛行シーン、今年も元気に生まれたぜ、と自慢する馬鹿親父の様な姿に、自分には思えた。
今思えば彼らは、設定や見た目以上に遥かに賢かったのだ。本能ではなく、使命を抱きながら、発達した知性で
まるで何かをずっと前から感じ取る様に動いている連中だった。実際、何かを知っていたのかもしれない。だからあんな風に動いていたのかもしれない。そんな中で、草原の三頭は少しだけ、妙なポジションにいた。
あの三頭は火山への門番なのだ。
恐らくは、守護竜グループでは一番若いのがあの三頭だった。だからこそ日常的な鍛錬を重ねて、強くなろうとしていた。だけど三頭とも、負けず嫌いの様で、勝ち負けが決まるのを嫌がる様な姿を見せたりもしていた。
初めて見た時は、恐ろしかった。
化け物に等しい戦闘力を持った大型、金冠の竜が殺し合っていたのだから。その戦闘に自分が巻き込まれたらどうなる? 即死するに決まっている。だからびくびくしつつ、隠れて草原を通る事をしていた。だけど今思えば、ナルガクルガもジンオウガも鼻の利く生物なのだ、あの程度の隠形だったらすぐに見つけて襲い掛かる事が出来ただろうし、街の中に隠れても、あの鋭い嗅覚であれば直ぐに狩り出せただろうと思う。
なのに追いかける様な事をしなかった。もう、その時から見逃されていたのだろう。
だけどそれだけじゃなくて、少しだけ、見栄っ張りが格好つけていた。大きく吠えて、雷を放ち、それを上回る様に回避し、そしてダイナミックに尻尾を払い全てを吹っ飛ばす―――なのに致命傷になる傷が三頭の間では一切発生していなかった。簡単な話だ。鍛え、腕を磨き、体をもっと強くしつつ、
三頭はじゃれあっていたのだ。
アレが三頭にとっての娯楽だったのだ。
だから、まぁ、何年か暮らしていれば、段々と三頭の事が解ってくる。気配を殺して様子を窺いに行くともうちょっと地味な戦いをしているとか、それで眺めているのがバレると急にハッスルし出す所とか。結構、お調子者連中だった。
そこには他の連中にはない、若さを感じた。
それが個人的にはちょっと、親近感を抱ける所だった。お調子者で、見栄っ張りで、人懐っこい。何せ、此方がじっと眺めていると、偶に此方を気にする様にチラチラと眺めてくるのだ。これでウリ坊やホルクサイズだったらまだ撫でに行ったのだが、流石に金冠サイズの竜種となると、そう簡単に近寄る事も出来なかった。まだ、心のどこかにちょっとした恐怖を残していたのかもしれない。
そんな、遠い日の思い出。
それを全て燃やし尽くす様に、装備を完了させた。アオアシラ師匠との戦いで破損した防具、武器は全て修復を完了している。その上でアオアシラ師匠の甲殻の一部は、まるでそうなる事を望んだかのように弓に変形するような形であっさりと加工された。その甲殻の大部分は未加工状態で、保存された。工房長猫曰く、
『こいつは己の成る姿を決めているニャ。だけどまだその時じゃないようだニャ』
と、言う事で作れたのは弓の一つだけだった。手に良く馴染む、重い弓の感触はマガラ化による肉体強化によって、漸く放てるようになるレベルの代物だった。二つ折りになって背中に背負う事が出来るそれは、三本の刀と合わせた新しい武器だった。それを習熟する為に一週間、生活のほとんどを練習に当てた。
閃光玉を装備し、
古の秘薬を用意し、
自分の手で刃を研いだ。
装備を全て装着し、出る前に少しだけ、蜂蜜のクッキーを食べて準備の全てを完了させた。それだけで準備は完了する。自分の姿を確認した所で、足を止める理由はもう、存在しなかった。
「殺るか」
「武運を祈るニャ、相棒」
「サバイバーニャラ絶対に勝てるニャ。自分の力を信じるニャ」
「では心行くまで楽しんで来ると良い」
皆に見送られて、拠点を出て草原へと向かった。ただしクソトカゲのサムズアップだけは許すな。
アオアシラ師匠が消えた事で、樹海には普通のモンスターが出現する様になった。とはいえ、これらが絶種へと至る様な事はないだろう。その最大の理由が拠点に住み着いたミラバルカンの龍の波動が原因であり、あのクソトカゲは根本的に、同格か、それ以上の格を持つ龍である為、メフィストフェレスの干渉を遮断、無効化出来る。そう言う事で森林拠点を中心とした一定範囲はミラバルカンの領地と化しており、あのクソトカゲが存在する限りは《悪魔》による悪意感染、変異、絶種化が発生しない事になっているらしい。それを他の領域に広げる事は出来ないか? という話にも必然的になる。
だがそれが異能、ファンタジックなパワーでやっている以上、範囲を広げすぎるとそのままエネルギーとして吸収されてしまう為、狭い範囲でしか保護が出来ないらしい。その為、樹海、岩壁、川、花畑がぎりぎりの範囲となっているらしい。
その為、樹海にはまだ正気だったモンスターが逃げ込み、そして飢餓と戦いながら獰猛化して徘徊している。樹海に入ってすぐ、獰猛化していたネルスキュラを発見する。
飛び掛かってくる姿を紙一重で回避しながら真っ二つに斬り殺した。樹海に新しく転がるネルスキュラのグロテスクな死体を見て、ここを守っていた熊の姿は本当に消えてしまったんだ、と寂しさを覚え、それを振り払う。ネルスキュラの即死した姿を目撃したか、他の生物が近寄る様な事はなく、遠巻きに眺められる形で樹海の中を進んで行く。前までは歩いていればモスがキノコを探している姿を目撃できたのに……今ではその姿もない。
たぶん、絶滅してしまったのだろう。
生存競争に敗北して。
また一つ、種が消え去ったのだ。どんどんこの《箱庭》の楽園が崩壊して行く。かつて見た風景が少しずつ失われて行く。生活が豊かになればなる程失われて行くその姿―――果たして、俺はここに来て良かったのだろうか? いや、その場合は俺以外の誰かがまた、犠牲になったのだろう。そう言う意味では俺は犠牲の連鎖を止める事が出来たのかもしれない。
それでも解らないことだらけだ。
薄暗い樹海の中、浅く、濃密な空気を肺の中に送り込みながら、思考をクリアにする。うじうじ悩むのは止める。何がどうあれ、自分には進む事しか出来ないのだから。だからたっぷりと深呼吸してからマスクで口元を隠し、フードを被り、ゴーグルを装着した。自分の心を隠すように顔を隠して、樹海の中を抜けて行く。
かつて、クイーンランゴスタの巣があった場所を超えて。
何度も畑の為に野菜を調達する為のルートを通って。
この数年間、自分の足で固めて作った道を進んで行く。
木々が生い茂る樹海の中、その中の奥へと通じるルートを進んで行けば、段々と生えている木々が細くなり、短くなってくる。少しずつ、草原に近づいているのだ。それを理解し、戦闘の為に脳のスイッチを切り替え、ついには樹海を抜けた。
その先に広がっているのはぼろぼろに崩れた草原の姿だった。
悪意に、《悪魔》の気配を感じ取った野生生物たちはそれに導かれ、惹かれる様に火山へと向かう。火山へと通してしまえば、絶種が生まれるだろうとクソトカゲは言っていた。だからそれを止める為の門番が、ここに居る三頭だった。
音速の刃を放つ《白疾風》と、炎で焼き切る《燼滅刃》と、雷で強制停止させる《金雷公》の三頭だ。それぞれがそれぞれ、弱点を抱える竜ではある。だがこの三頭の組み合わせはそれぞれの弱点を補強しながら相手を確実に封じ込め、そして殺す為の組み合わせでもあった。三頭同時に相手をして、それでも勝てるのはそれこそ大型の古龍か、或いはもはや、生物という中では上位に至った、絶種ぐらいだろう。
そんな三頭が悪意の発露以来、ずっと、ここで敵を通さないように守り通していた。
かつては気持ちの良い風が通り過ぎるこの草原も、激しい戦いを繰り返した結果、今では見るも無残な姿をしていた。焼け焦げ、掘り返され、竜の死骸が多数転がっている。竜の戦場の跡だった。
草原に到着した所で、体に多少の裂傷などを抱えながらも、胸を張った三頭の姿が待ち受ける様にそこに居た。
ずっと、ずっと待っていたように背筋を伸ばし、樹海から出て来た此方を見つめ、そして大人しく待っていた。前の様に戦っている様子を見せずに。危ないから火山に近づけないように追い払おうとせずに、
ただ静かに、待っていた。
その姿を見て、少し前に出ながら声を零した。
「悪い、待たせたな」
その言葉にディノバルドがふんす、と鼻の穴から息を放った。ちょっと、コミカルな姿に笑い声が漏れそうだった。だけどそれを堪えながら、数歩前に出た所で腰に手を伸ばす。
「さ、それじゃ―――」
言葉と共に刀を構えようとしたところで、
「ぎゅる」
ナルガクルガが視線をディノバルド、そしてジンオウガへと向けた。その視線を受けて残りの二頭が頷いた。何かを相談しているのか? と思ったらナルガクルガが歩いて近づいて来た。一切、敵意の無い動きに困惑し、刀から手を放しながら近づいて来たナルガクルガの白い姿を見た。
「なにを」
「ぎゅる」
「すぶうぇっちょ」
前足で器用にフードを脱がされてから思いっきり顔面を舐められた。べっとりと涎を顔面に塗りたくられながら、その衝撃に大いによろめいた。
「ちょ、おま、ちょ、や、やめっ、やめぇぃ! やめーや!」
反応に困っているとそのまま顔面を舐めてきて、そして困惑している間に背後に回り込んだジンオウガにフードをかぷり、と噛まれてそのまま吊るされる様に体を持ち上げられた。反応する前に持ち上げられると、体を放り投げられ、真っ直ぐ、ディノバルドの頭の上へと放り投げられた。
「おま、お前ら! お前ら―――!」
何やってんだ、とディノバルドの頭の上に着地しつつ叫ぼうとするが、それよりも早く―――ディノバルドが頭に此方を乗せたまま、全力疾走し始める。滅茶苦茶揺れるその頭の上で立っていられず、そのまま伏せる様にディノバルドの頭にしがみつくと、横にジンオウガとナルガクルガの並走する姿が見える。
「な、なにやってんだよ! 止まれ! ちょ、止ーまーれ―――!」
叫んでも止まらない。それどころか笑うように軽い咆哮が三頭の口から漏れ出す。
―――こいつら、完全に遊んでやがる……!
「あぁ、くそっ……!」
このままここでぶっ殺す、なんて卑怯な真似は出来ない。それは向き合う事に対する矜持が許せないからだ。第一、三頭からは一切の悪意や害意というものが感じられない。純粋な善意、そして遊びたさというものが感じられる。守護竜連中の中で一番若く、そして懐っこいというのは伊達じゃなかった。とはいえ、時と場合を選んで欲しかった。
そう思いながらもディノバルドの頭の上に伏せる様にしがみついていると、やがて草原の主戦場から場所は外れ、まだ草原の無事な場所へとやってくる。あの崩壊した街がある方角とは別の方角であり―――海の方へと向かっている様な気がした。
実際、それで正しいのだろう。頭の上に乗り、半ば諦めながら揺られつつ進んで来れば、やがて草原の向こう側に海が見えてくる。だがその前に広がっている景色は岬とも言えるものであり、岸壁によって遮られた向こう側の空間には海が広がっていた。
そしてその岬にも、花が溢れていた。そこまでやってくると、三頭はブレーキをかけて動きを停止させ、頭から此方を投げ出すように岬の花畑へと投げだしてきた。花畑の中に受け身を取る様に着地しつつ、振り返りながら三頭を見る。
「お前らマジキレっぞ!! おい!!」
戦う空気じゃなくなっちまったじゃねぇか! どうしてくれんだよおい! そう叫びながら三頭を睨むが、三頭は此方ではなく、その奥の空間、岬の先へと視線を向けていた。
「……そっちになにか、あるのか?」
「……」
「ぎゅる」
「ぐるぅ……」
静かに三頭が頷いた。そして視線を逸らさない。振り返りながらその視線の先を見て、岬の先にある物を見た。岬の花畑、海が見えるその先端には何か、碑石の様な物が存在しているのが見えた。
気持ちの良い風の吹く場所だった、ここは。恐らくこの草原で最も美しく、そして気持ちのいい場所だった。あのフォロクルルのいる花畑同様、不可侵の神域の様に感じられる場所だった。
「……これを見せたかったのか?」
もう一度だけ、三頭の方へと振り返り、そして反応がないのを確認しながら岬の先にある碑石を確認する様に近づいて行く。その材質はあの神殿等で目撃した、つなぎ目の存在しない不思議な石の様な金属だった。長い年月を経ているのに、不思議と劣化がまるで存在しない。
これは何なのだろうか? そう思いながら碑石に触れる。
そこには言語らしきものが彫り込まれている。
無論、喋る事だけで今はいっぱいいっぱいだ。それを読む事は出来ない。だけど不思議と、それに込められた想い、気持ち、願いというものは感じられた。触れながら感じられるこの感じは、
「墓……なの、か……?」
悼む想いをここには感じられた。
唐突にそこで、前ミラバルカンがまだ威厳を持っていた珍しい時に、塔で語った内容を思い出した。ここはかつて、ヒトという種が、龍と共に暮らす事を可能としていた場所だったという事実を。そしてそれは大陸からの憎しみの感染によりどうしようもなく、滅んでしまったのだ、と。だけどこの碑石にはそんなものを感じられなかった。安らかで、静かで、神聖で―――。
「……そうか、こことあの花畑は墓なのか」
「ぐるるるぅぅ……」
だから……不可侵として、平和を保っている? いや、それはおかしい。悪意の増幅によってそこら辺の感覚は狂っている筈だ。そもそも昔から継承し続けている守護竜でもなければそこらへんは解らない筈だ。だとしたら何故、花畑が……ここが、こうも綺麗に残っているのだろうか?
「―――メフィストフェレスが不可侵にしてる……?」
あの花畑とこの岬を? だからまるでノータッチで平和なのか? あの悪意の化身が? だとしたら……だとしたら、なにか、まだ知らない事があるのかもしれない。たぶん
アレはそういう大事な部分を黙った上で、期待するタイプだ。
本質的に調停者ではなく魔王だ。
だからアレは期待するだけして、失敗するようならのうのうとまぁ、こんなもんだろ……って言って全部台無しにするタイプだ。そして最初からどうにかなる方法を用意している。短い付き合いだが、その程度が解るぐらいにはあのクソトカゲは隠そうともしない。
だからクソトカゲなんだよアイツ。
「お前はこれを俺に教えたかったんだな……」
「ぐるるる……」
喉を鳴らす獣の顔を軽く抱いてから撫でる。この竜達は俺の解らないところで、何かを察し、そして自分の死期を完全に悟っているのだ。アオアシラ師匠がそうであったように、自分が積み重ねて来たもの、それを受け渡す為の全力を出しているのだ。
「そっか、そうだよな……お前らも今まで継承してきたものがあるもんな」
それを、忘れ去られる様になるのは寂しい。戦うのなら、
せめて、それを生き残る者に伝えたいよな……。
腕を伸ばして二頭の頭を抱き、そして最後の一頭の頭を撫でた。そして振り返り、墓を見つめた。ここで竜と生きようとして―――彼らは死んでしまった。もはや、その話は古龍のみが知っており、その証だけがその頃、生き延びた竜達の間にのみ残って、継承されて行く。
誰かが、何かが伝えないとそれが次に残らない。だからこの三頭は残したのだ、ここに居た、しかし竜を恨まなかった人たちの痕跡を。確かに存在していた、と言う事を。
こんな風に、本来であれば争い合うはずの竜達だって、一緒に遊べるのだって。一緒に暮らせるんだって、それを証明するものが……ここに、残っていた。
そしてそれを教えられ、俺が今度は継承したのだ。
だから、
―――この優しく、遊びたがりの三頭を殺さなくてはならないのだ。
それはもう、何があっても変わらない流れだった。
対策はしたんだから、殺すのは簡単だろう?
という訳で継承されるものがあるのなら、それが受け継がれる事もある。覚えている者さえいるのなら、消えたわけではないのだ。本当なら1、2年前に接触の描写入れようかと思ってたけど、心が辛くなりすぎるのでオミットしました。
次回、草原の終わり。