少し、寝込んだ。
浸食による肉体改造が本格的な活動を開始した事による、一時的なダウンだった。浸食値七割。つまり、人間としての部分が三割しか残っていない状態の中、本格的にゴア・マガラへと転輪する為の準備を狂竜ウィルスが肉体改造を通して行い始めていた。肉体改造の結果、体を内側から変えて行く支配は体を本来のゴア・マガラの大きさへと変えようと、大量の栄養と肉を求め、そして肉体改造の為に多大な痛みを与えて来た。
激痛で正気を消失させ、発狂させて肉に飛びつかさせ、ひたすら食欲を満たす事で改造に必要な栄養を確保させようとするものだった。つまり、ゲームで出現する段階の、あの狂暴化した感染モンスターと同じ状態になっていた。故にしばらく、体を休める必要があった。精神力で痛みも食欲も全て抑え込み、その上で気合と根性で自分の肉体改造に対して抗う。何時も通りの生活、何時も通りの鍛錬。それを続けるためにも、しばらくの間、誰が体の主かを教える為にも休む必要があった。
夏季の終わりが見えて来た頃、漸く体内のウィルスとの綱引きに勝利する。
ウチケシの実で作った薬を毎日飲みながら精神力で常にウィルスを抑え込み、そして食事を普通の量に制限する。それで肉体の主導権が誰にあるのかを常に教え続けた結果、大人しくなった。恐らく、現段階では体を完全なゴア・マガラに出来るとは思えなくなったのだろう。恐らく今度は完全にウィルスが体に回った時、侵食値が100%になった、その時に完全に龍に堕ちるのだろう。
だが今は乗り越えた。闘病生活の様な物だったが、それでも人間の気合と根性で勝利してやった。アイルー達が狂竜ウィルスに対する特効薬を知らなければ、危ない所だった。既に数年前、シナト山を中心とする狂竜症に関する問題は発生し、そしてその研究でハンター向けの特効薬は出ていたらしい。
となるとシリーズは幾つか消費されているのだろう。
ダラ・アマデュラに勝利したハンターもいる、という事なのだろうか? 興味深いが、今は聞けない事だった。
闘病生活を乗り切った体は完全に、黒くなっていた。褐色の黒ではなく、闇の黒だ。完全に人のする肌の色ではなかった。光さえも吸収してしまいそうな不吉な黒の色に、髪は更に長く伸び、それを切るのが手間になっていた。体の一部は鱗に覆われており、段々と人間から姿がかけ離れて行っていた。それでも、
I am I、私は私である。自分は、人間であると声高らかに宣言する。故に心は折れない。こんなことで膝を折らない。姿は人間から外れてきても、それでもそれがこの心を折る事なんて欠片もない。自分がやるべきことの為に、魂の全てを捧げる事としたのだから、もはや、精神攻撃の類は通じない。
……通じない。
そんな、少しを無理をしてしまったが故の闘病生活を乗り越えた所で、
拠点に、新しい客人が増えた。
「―――失礼します。そして初めまして、異邦の生還者」
夏の終わり、秋が見えて来た頃、空気が少しずつ涼しくなってくる季節。五度目の秋が感じられる頃、その姿は第二拠点の前に、クソトカゲと共にあった。自分の姿の一切を全て、白いローブの中に隠しており、フードも白く、赤い文様が通っている。その隙間からは唇のみが見える―――男か女か、それを感じさせない無性的な響きが声には存在していた。
髪を首の後ろで縛り、マスクとゴーグルは醜い今の顔を隠しつつ、えーと、と白いローブの人物に対して声を向けた。
「……一回、会った事がある気がする様な……」
その言葉に、ローブの存在が小さく声を零した。
「直接ではありませんが、一度だけ雪山の方で手を出させて頂きました」
「ん……? んん?」
いや、待て、と思い出す。雪山での思い出なんか一つだ。《斬虐》に襲われた事ばかりだ。そしてその時に感じた気配、いや、見たものと言えばやはり、
「ハルドメルグ?」
「えぇ、人界では司銀龍ハルドメルグ等と呼ばれている存在です。このような姿で会うのをどうか、お許しください。実はまだ彼の竜に食われた箇所の再生が追いついていなくて、とてもですがお見せできるような姿をしていなくて……」
司銀龍ハルドメルグ、雪山でエンカウントする事が出来る古龍の一種だ。その特徴は何を言っても、水銀だ。この古龍は水銀を魔法の様に操るのだ。変形させ、バリアの様に動かし、それで根性殺しまで仕掛けて来る、かなり特異な古龍になっている。自然現象ではないものを操るのはフロンティアらしいものだが……その中でもかなりの魔法っぽさのある古龍の一体だった。個人的にはかっこいいと思うが、
問題はそうじゃない。
視線をクソトカゲへと向ける。
「クソトカゲお前……」
「俺を見て何を思った貴様」
「ふふふ……いえ、ミラバルカンに関してはお許しください。寧ろ異端なのは私の方なので」
ハルドメルグのその言葉に首を傾げ、視線を向ければ、
「いえ、私達古龍は基本的に長い時を生きるので、時折人の生活に関わる事で時間を潰します。人の営みを眺める事を娯楽としたり、その中にある文化を楽しむことを趣味としています」
ハルドメルグと一緒にクソトカゲへと視線を向ければ、マシュマロを口から吐いた炎で軽く炙りながら食べようとしているクソトカゲの姿が見えた。また大陸の方から私物持ち込んでるこいつ……。ちょくちょく食べたいものが増えると大陸に戻って持ち込んでくるからこいつほんと嫌い。
「えぇ、まぁ……ミラバルカンの様にここまで関わってまるで変わらないのも珍しい方ですが。私はこう見えて、人が磨き上げた剣の術理、技術、その美しさに感銘を受けて時折、弟子入りしたり、人の生活の中で生きる事もありましたから。根本的に外面を取り繕う事に関してはミラバルカンよりは上です」
その言葉に視線をミラバルカンへと向ければ、マシュマロを美味しそうに食べながら言葉を返してきた。
「そいつが根本的な部分では俺と同類だという事を忘れるなよ」
「一切取り繕うとしねぇおめーよりはマシだよ」
「王者としての誇りがなぁ……うーむ、そう言えば前、お前がマシュマロとココアの組み合わせが良いとか言ってたな……やるか……」
そう言って去って行くクソトカゲの姿を見て、アイツ本当に交通事故でも起きて死なねぇかなぁ……と、心の中で全力で祈りつつアイツの死を祈った。いや、まぁ、存在するだけで助かるのは事実だ。絶種の誕生と環境絶滅率の推移を理解する事が出来るし。自分が闘病中に、どうやら火山で新しく絶種が誕生したらしいし。アレがいるだけで拠点周りが安全になるのも事実だから、安心して農耕と牧畜を行える。
あのクソトカゲが純粋に美味しいものを食べたいだけという疑惑もあるが。
「それはそれとして、ハルドメルグさんには雪山で本当にお世話になりました」
「いえいえ、此方もあの段階で貴方を失うと困りましたので。おかげで少々傷の治りが遅くなってしまいましたが」
「……」
こうやって人に姿を変える事が出来るハルドメルグでさえ食い殺されるという絶種の存在には、本当に驚くしかない。あいつら、殺せるのかよ……と、ちょっとは思わなくもない。テオナナ夫婦にハルドメルグが既に現段階で死亡しているとか、ちょっと信じたくない話だった。とはいえ、
「今回此方へはどういうご用件で?」
いきなり雪山を降りてきてこっちに来た理由が気になった。態々此方に来るほどの理由があるとは思えなかったからだ。だから何故来たのか、と言うのを訪ねれば、ハルドメルグが答えた。
「単刀直入に答えましょう、鍛えに来ました」
「鍛え、に?」
「はい。この楽園の終わりも見えてきました。その気配を感じ取って、既に誕生している絶種は全て、最後の生存競争に向けてエネルギーを蓄え、自分の戦いに備えて今は活動を縮小して大人しくしている状態です。だから私もこうやって隙を見て下山する事が出来るようになりました」
戦い……つまりは自分を待っているのだ、絶種連中は。何故かは解らないが、そのあらん限りの悪意を此方へと向けようとしている。その理由がまるで解らないのだが、きっとそういうものなのだろう、と思っている。いや、違う、《悪魔》の思惑に関しては
それはあの草原の三竜が岬の花畑、そこにある石碑を見せてくれたおかげだ。そのおかげで、クソトカゲが語ろうとはしない、この場所の裏側、或いは語られていない部分に関して少しずつだが察し始めている。
……それでも、やる事に変わりはない。
「真面目な話をしますと、変異している肉体の制御と、繊細な技術を必要とする剣術の同時コントロールに困っていませんか?」
「……まぁ、それは」
マガラ化する肉体は、大型竜の筋力をベースに肉体を再構築しようとしている。その為、少しずつ、自分の習得した技術と動き、身体能力でブレが出ているのも事実だ。そういう意味でもちょっとしたリハビリ期間を必要としている。少なくとも、夏季の間にリオレウスにもイビルジョーにも会う事は出来ない。肉体の急激な変化から来る感覚の違い、その矯正に場合によっては終秋までかかってしまう可能性さえもある。
だからそれを矯正してくれる、というハルドメルグの言葉は正直、助かった。
「出来るんですか?」
「古龍で一番、そちら辺りのコントロールに優れている自信はあります。根本的に人の生み出した剣術というのは我々ではなく、弱い肉体を持った存在が振るう為の技術ですからね、同じレベルまで力を抑え込めるようになってから初めて、学べるものでしたから。ですので初秋まで私が叩き込んで見せましょう」
「お願いします」
古龍だ―――尊敬できる古龍だ……!
あのクソトカゲとはまるで違う! 本物の古龍だ!
心の中では降って湧いた幸運に喜びつつも、ハルドメルグの神対応に対して、クソトカゲの拠点におけるふてぶてしい態度と活動の全てを比べていた。なんて良い龍なんだ、ハルドメルグは。偉そうにしない。物腰は柔らかいし。これで見た目が美人だったら完璧だったなぁ、と思いつつ、
素直に頭を下げた。
リオレウスとイビルジョーを殺す為の、
守護竜決別の為の最後の準備が始まった。
そうやって始まったのはハルドメルグ主導のリハビリ修行だった。
その内容はシンプルに、完全な肉体のコントロール術である。つまり完全なバランス、制御感覚を体に叩き込むという修行内容だった。アオアシラ師匠で行っていたことはその体から力を引き出す術。それに対して、ハルドメルグのそれは異なる肉体に対する習熟を上げる手段、という物だろう。
ハルドメルグによれば、古龍は大体人の姿へと変身する事が機能の一部として存在するらしい。それは古龍という生物そのものが自然、災害、概念の象徴とも言える存在であり、そして
そして古龍の肉体と、人の肉体はまるで違う。初めて人に変身した古龍は、違い過ぎる骨格に戸惑い、立ち上がる事さえ出来ず、四足で体を動かす事さえも出来ないと言っていた。これは純粋に骨格、そして重量、重心の問題であり、今まで使っていた肉体との差異に苦しんでいるのが原因になる。その為、古龍は異なる形の肉体を完全にコントロールできるようにしている。
ハルドメルグの教えてくれる技術というのは、それをベースに、ハルドメルグが人間から学んだ体術を混ぜ込んだ、人間用のプランだった。ハルドメルグはミラバルカンの様に、人間の生み出す文化に興味を持った。その中でもハルドメルグが興味を持ったのは剣術の類だった。弱い、そして短命の種族である人が刹那の間に生み出すその美しき技術の数々、そこに感銘を受けたのだ。そしてそのまま、命と共に消え去って行くのを忍びなく思った。
それ故にハルドメルグはちょくちょく、人の姿に変身しては人里に紛れ込み、弟子入りして剣の術理を学び、それを自分の記憶の中に消えないように保存しているらしい。
それを学んでハルドメルグが強くなる事はあり得ない。
武術、と言うのは元来弱者の物である。弱き者が強き者を倒す為に生み出された存在であり、そもそもからして技術という概念は、圧倒的身体能力を誇ったものが利用したら、その繊細さが失われてしまうものでもあるのだから。故にハルドメルグがそれを学習した所で、一切のメリットはない。だが単純にハルドメルグはその存在そのものを美しいと思ったのだ。
『故に私はその一切を記憶し、留めたいと思っただけです。消えて行くには余りにも惜しい……』
そういう話を聞かされると、このハルドメルグという古龍は、根っこの部分ではあのクソトカゲと同一の存在なのだと、理解させられる。何せ、この二人はただ、何に感銘を受けたのかが違っているだけで、結局やっている事は一緒なのだ。人類という種が生み出して来た文化、その中で自分が最も美しく、価値のあると思う物を自分の体に刻み込む様に保存しているだけなのだから。
違うのは表面上、人間として取り繕っているか否か、という点だけだった。
ハルドメルグは人間社会で生活をすることが多いから、表面上は人間らしく振る舞う。
ミラバルカンは王者として傲慢として、人間らしく振る舞う事を拒否する。
ただ単純に、方向性とプライドの問題なだけだった。そこで王者としての自負を持つミラバルカンが、一切人間らしさを見せない傲慢を見せつけてくるのは実に腹立たしいが、同時にクソトカゲらしい、と少しだけ、好感を持てたりする。悔しいが、アイツはクソトカゲだがそういう部分は恰好が良かった。
そういう訳で、少なくとも人間らしさという物を取り繕えるハルドメルグとの短い修行が始まった。期間は初秋まで、それまでに肉体のコントロール術というものを徹底してハルドメルグに叩き込まれることになった。
それで一番最初に叩き込まれたのは、力の抑え込み方だった。古龍が人界で生活する上では一番大事な技術であり、これを誤るとくしゃみした拍子にメテオインパクトしかねないので、最も気を使う場所でもあったらしい。実際、一度祖龍が加減を間違えてくしゃみと共にサンダーストームを発生させたとか。お前ら馬鹿かよ。
だが、同時にこれが一番の近道でもあると理解できた。ゴア・マガラへと肉体が近づいて来たことで、肉体は少なくとも、中身はまるで別物に変質していた。料理された物よりも生きた獲物をそのまま食らいたくなる衝動に偶に襲われ、そして武器を使うよりも両手の爪で引き裂いた方が遥かに早く仕留められるかもしれない、と思わせられるぐらいには肉体が変質していた。身体能力が上がった結果、剣閃が僅かにだが、乱れる様になった。
それは理想と呼べるような領域から、自分が積み上げていた肉体に最適化した動きから身体能力が急激に向上した結果、範囲がズレてしまった事にある。こと、技量と技術という領域の問題においては、身体能力の向上というのは
なぜなら技巧とは肉体に最適化された運動だからだ。その最適化される肉体が強化によって変動した場合、その肉体に合わせてまた最適化しなくてはならなくなる。故に身体能力は一定のレベルで成長が止まってくれた方が、遥かに伸ばしやすい。
そしてこの急激な成長はそういう意味では邪魔だった。その為、まず最初にハルドメルグが教えてくれたのは力の抑え方だった。龍種の力をどうやって抑制するかを精神論、そして身体的に同時に教えてくれた上で、ウチケシの実を使った治療で更に、狂竜ウィルスを抑え込んで行く。
ゴア・マガラとしての力の大半はこのウィルスが根本的な原因だ。故にこれを封じ、力を大きく制限する事で、元の身体能力に限りなくまで抑え込んで近づける。
だがそれでも完璧という訳にはいかない。故にそこから続けて、肉体の操作術に移る。
と言っても、やる事はひたすら、体を動かす事だった。此方に関しては対処法はひたすら体を動かし続ける事で、意識が完全に肉体の隅々、神経の先の先にまで届く様にするしかなかった。それ故にひたすら、細かく、しかし体力を全てが吐き出しても体の感覚が解る様に、体力を空っぽにするまで体を動かしたら、その状態で素振りを行って体の感覚を理解させ、休んだら再び体力を空っぽにする、と言うことを繰り返すばかりだった。
ただこれが予想以上にスパルタだった。本格的に誰かに教わるという経験が初めてだった為、これが本物の修行かぁ……と、ちょっと新鮮な経験に驚かされる事もあった。
その内容も、ハルドメルグが水銀で刃を幾つか形成し、それを振るうのをひたすら回避と刀を壊さないように切り払って受け流し続ける、という内容だった。時折、チェーンソーみたいにギザ刃の刃が混じっていて触れると確実に武器を破壊して来るので、それだけ見極めながら回避、体力を全て吐き出しつつ肉体の能力に、感覚を追いつかせる為にひたすら追い込むという内容だった。
そこに、一切の剣術等に関する技術指導は存在しなかった。
魔境環境ではその素材から《剣神》等と呼ばれる剣士用スキルを取得できるハルドメルグであったが、根本的にその技術を誰かに教える事はなく、自分が記録しているという事に悦を覚えるタイプだった。なので、それを自慢するだけで誰かに伝える事はしない。
まともに見えてやっぱり根本はクソトカゲと同類だった。
古龍連中、実は大体クソトカゲ集団なのでは? という疑問が持ち上がってくる。とはいえ、稽古をつけてくれる有難さに、余り文句は言えなかった。
定期的にクソトカゲが大陸に渡って私物品を増やして拠点を飾り始める夏季の終わりごろ、
三竜の狩猟後の無茶の結果、副作用での苦しみが終わり、そして漸く、肉体に対して感覚が追いつく様になって来た。環境は変動し、三竜が消えた結果か、環境に存在する絶種は合計で三騎にまで膨れ上がった。
それぞれがそれぞれを警戒するような形で睨み合うようになり、環境はどこも静かな殺意に満ち始めていた。
その中、初秋、完全に肉体の制御を得た。
五度目の秋。
―――あの日見た、空を自由に親子で飛んでいたリオレウスを狩る時が来た。
クソトカゲほんとクソトカゲである意味安心する。
ハルドメルグのイメージはスキル《剣神》から大体来ている。個人的にも水銀操作とかいう凄いファンタジーな能力は好きだった。ただ今の環境ではなぁー……。まぁ、それはそれとして、インターバル回であった。
次回、空を自由に飛ぶ夫婦竜。