目が覚めた。
すっかり大きくなってしまったウリ坊を枕代わりに背中を預けて眠り、そうやって眠っていた自分の腹の上にはホルクが頭を乗せて眠っていた。秋、少しずつ肌寒くなって来ているこの季節、まだ日差しは暖かく感じる。日当たりの良い場所に出てれば、それで気持ちよく昼寝が出来る程度には気持ちが良く、腹に感じるホルクの体温と、後ろから支えられるウリ坊の温かさにサンドイッチされ、気持ちよく眠れていた。少しだけ感じる肌寒さが、寧ろこの体温の暖かさを感じさせてくれて丁度いい塩梅となっていた。
だけどゆっくりと、目覚めた。未だに挟まれている二匹の姿を見て、平和そうに眠っている姿を見て、軽くその頭を撫でてあげる。小さく寝息を立てながら、幸せそうに眠っている姿を見て、苦笑を零す。何時まで経っても子供だなぁ、と。苦笑しながら周囲を見れば、同じようにエルペやムーファが眠っている姿が見られる。
外では地獄の様な状況が繰り広げられているのを、忘れてしまいそうな景色だった。こいつらは自分の姿がこんなに変わっても、それでもまだ、付き合ってくれる、一緒にこうやって昼寝して、遊ぶことをせがんでくる連中だった。本当に困ったものだ、と苦笑をこらえきれなかった。
ほんと、何の変わりもない連中だった……。
「ふぅー……」
ゆっくりと頭を撫でていると、音もなく、先生が近づいてくるのが見えた。先生には今でも共用語の勉強を見て貰ったり、狂竜症への特効薬の調合をして貰ったり、世話になっている。特効薬と言っても、既に変異が始まった状態ではもはや進行を抑える事しか出来ないのだが。とはいえ、先生のおかげで調合、薬周りは大変助かっている。今では調合などの作業は全部先生に任せて、自分の時間は鍛錬に回せている。
アイルー達が来た事で、サバイバル生活が確実に終わりを告げたのは事実だ。文明が漸くここに栄えて、生活は楽になった。連中がそう言う事のプロフェッショナルというのも事実だが。なんというか、
本当に、楽になった。
「だから先生とかには本当に感謝してるんだぜ」
「遺言の様な言い方は止めるニャ。おみゃーさんには終わったらドンドルマまで直行して貰ってギルド長を締め上げるのに協力して貰うから生きて貰わなきゃ困るニャ」
「ギルド長を」
「今回の件でもっと予算をふんだくるニャ。ついでに大陸と隔絶環境との連絡手段をどうにかして構築するニャ。開発と研究の為の予算を手に入れたらこういう場所からでも連絡を取る事の出来る手段を構築するのニャ」
そうすれば、と先生が言葉を口にする。
「たった一人の人間に全ての業を押し付けるような事をする必要がなくなるニャ」
その言葉に少しだけ、居心地の悪さを感じる。アイルー達も最初はお互いにお互いを利用する事をある程度考えていたが、こうやって一年も一緒に暮らしていれば、友情の一つや二つ、出来上がってくる。今ではこの場所を生き抜く為の大事なパートナーだ。彼らの支援がなければ、自分がここまで生き延びる事はなかっただろう。劣悪な装備と環境から抜け出せたのは、間違いなくアイルー達のおかげだ。
その幸運に、俺は恵まれていた。
「いいんだよ、先生はそんな事を気にしなくて。先生からはこの世界の常識とかを教えて貰っているし、ラズロだって最近は戦いについて行けない代わりに、根本的なハンター技能を教えてくれるし。親方や他の皆だって自分が出来る事で最大限の役割を果たしているさ」
それだけで十分だった。自分には、それだけで十分すぎた。アイルー達は本気で、俺を生かす為に出来る事の全てに挑戦しているんだって解っている。ラズロは毎日自分のニャンターとしての技術を熱心に磨いている。先生も毎日、新しい事に挑戦する様に実験している。工房長猫もまだドロドロに溶けて固まらないあの片手剣を一つの形にする為に努力を続けている。
だれも、悪い奴なんていないんだ。
そんな事、ずっと前から解っている。
皆、生きる事に必死なんだって解っている。俺も、アイルーも、古龍も……守護竜も。
皆、必死なんだ。だから恨んでもしょうがない。
お前は別枠だけどな、クソトカゲ。
そう思いながら完全に意識が覚醒したのを感じ取った。連日の修行、そこからの疲れが完全に癒えたのも感じ取れた。定期摂取している薬で狂竜症も今の所は完全に抑え込めている。これ以上浸食するような事が無ければ、体に何か、変化があるような事はないだろう。体は戦う為に完全に整っていた。こうやって昼寝をしているのも、コンディションを整える為の一環であり、
……肉体的な準備は、全て整ってしまった。仕方がないか、と自分に言い聞かせ、ホルクを起こさないようにゆっくりと頭を退けて、立ち上がる。
秋の日差しを全身で浴びながら立ち上がり、半裸の上半身で太陽の光を漆黒の体で受け止める。日光を煩わしく感じる肉体になって来たが、それでも陽の光を浴びるのは人間としての習性だ。竜の本能を抑え込み、人の理性でそれを慈しみ―――そして準備を、始める事にする。
「ニャァ……サバイバーにゃん……」
「いいんだ、いいんだよ、先生」
きっと、俺が早々に死んでいれば誰かがこの役割を果たしていただろう。ただ運悪く、俺が成功を続けてしまい、俺にこの役割が回って来たというだけの話だ。だから俺が苦しんでいるだけできっと、どこか、知らない誰かが同じ苦しみを味わっていたかもしれないのだ。だから俺でそれが終わる、と思えばいいのだ。苦しいし、気持ち悪いし、辛いのも事実だ。
「だけどね、先生」
「ニャ?」
「こんな経験がなければ皆と会う事もなかったんだ―――それだけは、良かったと思えるんだ」
どんなに辛く、苦しくても、それでも……この世界に来て、厳しくとも優しい人たちと会えたのだ。俺はそれを誇りに思う。この出会いの全てに感謝している。アイルー達と会えた幸運に感謝している。アオアシラ師匠の生徒であった事に感謝している。三竜に秘密を教えて貰えるだけの友情があった事に感謝している。古龍が計画している裏で、純粋な善意で接してくれている事にも感謝している。
生きている、そしてその出会いに感謝している。
だからこそ―――止まれない。
黒いインナーではもはや、それが素材なのか肌なのか、それが解らないぐらいにはゴア・マガラとしての色に肉体は染められていた。だけど何時もの様にそれを装備し、装着し、そして手袋、ブーツと装着して行く。マスクとゴーグルを装着して人の様には思えない顔を隠して、オオナズチのカメレオンマントを装着して、全身を隠す。長く伸びた髪は切っても切ってもすぐに伸びて来るので、ちょっとオールバックに流しながら首の後ろで紐で纏めている。
ベルトをちゃんと確認し、それで着替えは完了した。全身を隠すような恰好は今更だった。だがこうやってマガラ化してきた姿を完全に隠せるのはちょっとだけ、安心する。少しずつ怪物に姿が変わって行くのはやっぱり……視るのが怖いのだ。だから着替え終わって、姿を完全に隠した格好で、第二拠点の工房へと向かう。
今でも数匹がかりでアイルーがドロドロに溶けているのに蒸発も固まりもせず、広がりもしない溶けた鉄を相手に、その形を作って固めようとしている奮闘する姿が見える。あの片手剣はまだ、自分の振るわれる時を待っている様だった。その姿を視界に収めつつ、工房長猫を見つけた。工房長猫も此方を見つけると、打ち直した刀を一セット三本渡してくる。それを左腰にセットする。
そろそろ、この刀ともお別れの時が近い……そんな気がする。
「ついでにこれを持っていくニャ」
そう言ってベルトに装着できるポーチと、そして大幅に軽量化されたライトボウガンらしきものを工房長猫は取り出し、渡してきた。片手で持ち上げる事が出来るレベルのライトボウガンは、折り畳み式の機構を採用しており、前回の守護竜討伐で利用しなかった師匠の弓を更に軽量化して組み込んだものだった。
「次の相手はあのリオレウスだと聞いたニャ。あいつを相手するには間違いなく対空手段が必要になるニャ。だがオミャアはそういう飛び道具の類、得意には見えないニャ」
工房長猫の言葉に頷けば、工房長猫が軽量化ライトボウガン―――いや、普通のボウガンとでも説明すべき武器を指さした。
「だからそいつには殺傷力はほとんどないニャ。今渡したポーチがあるにゃ? アレの中身は瞬間接着ボルトニャ。接着を感じ取ったらそこからワイヤーを伸ばして垂れ下がるという風に機構を組み込んであるニャ。リオレウスに当てる事が出来れば、リオレウスからぶら下がる為のワイヤーを用意出来るニャ」
後、それとは別に壁に打ち込めば臨時の足場にする事も出来るだろう、と工房長猫が説明した。
「従来のライトボウガンじゃちょっと重すぎるし、殺傷力を抜きにして飛んで、当たる事だけを考えればこの程度の重量とサイズで済むニャ。片手で持てるから刀を落とさずに戦えるニャ。後はどう使うかはオミャアに任せるニャ……ただ」
ただ、と工房長猫は付け加えた。
「特別なボルトを一本だけ、用意したニャ。二本目はないから気を付けるんだニャ」
ベルトに装着したポーチの中を確認し、その中で輝く一つのボルトを確認し、視線を工房長猫へと戻してから頷きを返した。おそらくは、この一本があのリオレウスを倒す為の、必殺の一本になるだろうと思う。だから改めて工房長猫に感謝を送る。
「気にするニャ。感謝するならぶっ壊さず無事に戻ってくればそれでいいニャ」
「善処する」
無理なもんは無理なのだ。なので日本流最終奥義、曖昧な返答を送りつつ、工房に背を向けて、拠点の出口へと向かい始める。その前の空間にテーブルで挟む様に座っているハルドメルグと、ミラバルカンの紅白クソトカゲコンビが座っているのが見える。そのテーブルの上にはどこかで嗅いだことのある匂いがする。足を止めて、其方の方へと視線を向ける。
「……餡子?」
「そうですよ。これでちょっとした東の国の菓子でも作ろうかと思いまして。帰ってくる頃には出来ていますから、一緒に食べましょう」
「待て、ハルドメルグ。それでは俺の取り分が減るだろう」
「ですがミラバルカン、人間は目に見える褒美を求めて走る生き物ですよ。解りやすい労いを用意した方が最終的な効率は上がりますよ。何時までも奥義を教えようとしない流派とか直ぐに潰れますからね」
「成程……だがそれと俺の取り分に関しては関係ないのでは?」
「お前らどっちもほんと畜生」
倫理観ドラゴンは伊達じゃない。とはいえ、此方の分をハルドメルグは守ってくれそうなので、それを密かな楽しみにしておく。だから軽く片手を上げて、苦笑を零しながら―――そのまま、拠点の外へと向かった。
目指す場所は山脈。
辿異リオレウスの巣へ。
拠点を出て、中型や大型を寄せ付けない入り組んだ、狭い通路を抜けて、とりあえずは丘に直行で出るルートを辿り、拠点から丘へと出る。ここに居る生物もかなり減った―――絶滅率の事を考えれば、当然とも言える。豊かな環境程生物の絶滅が早く、そして厳しい環境程逃げ隠れが上手い生物が生き残る。
もはやここに、アプトノスの姿は見られなかった。完全に種としての絶滅を迎えてしまっていた。昔はここで食料確保したもんだけどなぁ、と思い出しながら歩き出そうとしたところで、
空に咆哮が轟いた。視線を空へと持ち上げれば、そこに両翼が燃え滾る、炎のリオレウス―――即ち守護竜の辿異リオレウスだった。その姿が地に影を差し、覆う。金冠サイズのその巨体は見上げるだけでも圧倒的な威圧感が存在する。もはや正確な数値やデータ周りの事は忘れても、その体の大きさが何年間、この地で生き、暮らし、そして育ってきたのかを物語っている。
だが威圧感はあっても、敵意や殺意の感じはなかった。どちらかと言えば用事がある、という風に此方を見つけ、空から降りて来る。完全に降りて来るのを風を両手で遮る様に耐えて、そして降りて来た姿を見た。
「あー……その、初めまして?」
今まで遠くから見る事はあったが、こうやって近づく事は一切なかった相手だ。これから殺し合うのに、フレンドリーに話しかけるなんてどうかしたのか俺は、と思いつつ言葉を放ってみれば、リオレウスが軽く首筋を見せて、顎をクイ、と上へと向けて動かした。そのジェスチャーはなんとなくだが、伝わってくる。
「乗れ、って事か?」
二度は言わない、と言わんばかりに首筋を晒している―――この首筋を迷う事無く斬り落とせれば、物凄く楽だろうに。それが出来ない。だから大人しくリオレウスの指示に従い、その首に手を当ててから体を一気に持ち上げる様にリオレウスの首の上に座った。それをリオレウスが首を軽く動かす事で確認してから、
―――一気に大地を蹴って羽ばたいた。
凄まじい衝撃を、速度を体に感じて、叩きつけられる様にリオレウスの体に張り付きながら、一気に飛び上がったリオレウスの背の上で、普通の人間には見られない、空の世界が一気に広がった。一気に開けた世界の中で、リオレウスの背の上から、周囲の景色を見た。
それは天から見下ろす地上の箱庭の世界だった。
こうやって空から見れば、どれだけ歪な環境をしているのかが伝わってくる。森、丘、川、海、砂漠、火山、氷雪―――それぞれ、バラバラの環境が狭い大陸の中に押し込まれる様に綺麗に揃えられており、複雑な環境が絡み合いながらも、お互いに影響する事なく独立して存在している。多少、となりの環境に影響すると思われそうな場所も、まるでエリアを移動した様な不自然さで環境が区切られており、独立した世界を生み出していた。
本当に不思議な場所だった。
その空の景色を、眺めた。
魅入られる様に、自分では届かない世界を見て、魅入られていた。拠点が、そして第二拠点が見えた。砂漠には黒い影が走り、雪山では悪意が此方をじっと睨む感じがした。火山からは猛る様な闘気を。様々な環境、様々な場所から雑多な、しかし失われて行くものを感じた。
「これをお前は何時も見てたのか……」
空の世界から、リオレウスが普段、子供たちと飛んでいた景色を、漸く理解した。不可思議ではあるが、こんな景色を見られたのだろう―――確かに、是は楽しいだろうなぁ、と納得させられる。こんな景色を邪魔されずに、心行くまで飛び続ける事が出来るのなら、どれだけ楽しいのだろうか。
少し、竜という存在が羨ましく思えた。
そうやって空の世界を眺めていると、旋回したリオレウスは一気に、巣のある山の方へと加速しながら降りて行く。何十回も目撃した事のある方角だ。未だに正確な巣の場所は解らなかったが、どうやらリオレウスはここへと招待してくれるつもりだったらしい。空にのみ入り口があるらしい空洞へと、羽ばたきながら、リオレウスが降りて行く。ゆっくりと降りて行く中で、
空の旅は終了し、リオレウスの巣へと到着した。
天上から陽光を呼び込むその巣は、かなり広い空洞となっており、リオレウスがその中を飛び回っても余裕のある空間だった。その端の方、壁の窪みに割れた殻等と一緒にリオレイアがいるのが見えた。どうやら、ここに居る子竜達は既に孵っているらしい。リオレイアは此方を静かに見てから、視線をリオレウスへと向けた。
そのリオレウスの首から降りると、リオレウスに、鼻先で背中を押された。
「おわ、とっと……進め、って事か?」
「……」
その言葉に、リオレウスは答えない。ただ前に進むのを促す様に、此方の背中を押して来た。
「……解ったよ、解ったよ……あるんだろ、俺が知らなきゃ行けない事が」
その為に、リオレウスは俺を態々巣にまで呼び込んだのだ。それだけは確かだった。だけど、この行動そのものに、激しく嫌な予感を感じるのだ。物凄い、嫌な予感が。だから、歩き出すのを躊躇した。だけど後ろから来るリオレウスの圧力に耐えきれず、前へと向かって足を踏み出した。
一歩、二歩、リオレイアのいる巣の方へと。
そして進んだ所で、リオレイアが丸めていた尻尾を解放する様に、広げた。
また一歩、巣の方へと近づき、その目の前に来た所で、漸くそこに何があるのか、それが見えた。それは小さな、小さな命だった。両目を閉じて、短い前足で目に両足を伸ばそうと、頭を掻こうとしている小さな命だった。その体に生える結晶の様なものは、それが純粋なリオレウスではなく、変異から生まれて来た新たな命、ゼルレウスの子竜である事を証明していたが、生まれたばかりに思える命はまだ、翼を満足に広げる事さえも出来ない、幼い姿だった。
リオレイアが尻尾の中で、守る様に抱いていた命だった。
その前にまで、リオレウスに押し出された。その衝撃で軽く膝を折りながら子ゼルレウスの前に膝を突きつつ、視線をリオレイアへと向けた。視線を受け、リオレイアは軽く眼を閉じ、頷いた。それが、自分に子を抱く事を許可した母の様に思え、
ゆっくりと、
殺す事しかなかった、両腕で、促される様に、子レウスの姿を抱き上げた。
「きゅっ、きゅぃ、きゅっ、きゅぅ!」
可愛らしい鳴き声を上げながら、すんすん、と鼻を鳴らしながら子レウスは此方へと顔を向け、開かない両目の代わりに此方を判別しようとしていた。軽い。その子レウスの体重は凄く軽く、これがこれから、人を丸呑みに出来るサイズにまで成長する、とは到底思えなかった。
「きゅぅー……きゅっ!」
軽く、痒そうにしている額を掻いてあげると、嬉しそうに鳴き、そして頭を此方へと擦り付ける様に声を漏らす。その姿が物凄く普通で、だけど特別に思えて、腕が震えて来る。
今まで拠点でエルペやムーファが子供を産む所を何度も見てきている筈なのに。この子レウスを見ているだけで、心臓が破裂しそうになる程、苦しかった。息が、荒くなる。今、考えた事を脳内から消し去って完全に否定する。今は、駄目だ。そんな事を考えちゃ駄目だ。
駄目だ、考えては。
「きゅぅー」
此方の事を一切察せない子レウスは、甘える様に体を擦りつけながら、ざらざらとした感触の舌で頬を舐めて―――そしてその閉じていた両目を開いた。此方の姿を見て嬉しそうに鳴き、そして甘える様に再び、舐めて来た。呆然とその姿を受け入れた。
この子には悪意がなかった。
この子には悪が解らない。
この子は、危険だという事が解らない。
今のこの状況、無差別な地獄の箱庭の中で、是は奇跡の様な子だった。平和で、のんきで、そして何よりも両親に愛されている竜だった。
「―――」
完全に、頭の中が真っ白になった。
その中で、
―――リオレウスが吠えた。
巣の中の洞窟、それを揺るがす様に咆哮を轟かせたリオレウスへと向かって、ゆっくりと振り返る。腕から落ちた子レウスは何が起きているのか全く理解も出来ずに、こてん、と首を傾げながら遊んでほしそうに足をひっかいてくる。その姿をリオレイアが起き上がり、口で軽く子を摘まむと、安全な場所へと下がる様に連れたまま、巣の外へと飛んで行く。
何が起きようとしているのは、考えずとも明白だった。
「やめろ」
リオレウスは咆哮を止め、後ろへと一気に距離を開け、翼を大きく広げる。羽ばたいた翼から炎が舞い上がり、それが巣の床に燃え盛る様に広がって行く。それは炎の決戦場を生み出す動きであり、地上に存在する生物を問答無用で殺す為の舞台の設置だった。
自分の周辺の空間が焼かれて行くのを肌で感じながらも、
「やめろ……!」
それしか、言葉が出なかった。泣いてはならない。そう解っているのに、ゴーグルの下で、涙が溢れ出す。リオレウスが何を伝え、何をしようとしているのか、それを理解してしまったからだ。
「子供がいるじゃないか……妻がいるんだろう!? そこまでする必要はあるのか!?」
だって―――だって、そうじゃないか。この手の中には、命があったんだ。生まれたばかりの、奇跡の様な命が。それを誰よりも喜んだのは俺じゃない。リオレウスと、リオレイアの方じゃないか。物凄く優しい視線で子供の事を毎年、見ていたじゃないか。さっきも少しだけ心配そうに眺めていたじゃないか。
なのに、なのに―――、
「―――グルルゥァァァァ!!」
女々しい、そう言わんばかりに炎帝が吠えた。その覇気に呼応するように炎が一気に燃え上がり、空間から酸素を奪って行く。殺さないのであれば死ね。そういう殺意がその場に満ちていた。本気だった。
本気で、殺しに来ている。
死にたくなければ、殺すしかない。
「ほんと、最悪だよお前……」
翼を羽ばたかせ、刀の届かない距離にまで飛翔したリオレウスが見下ろすように、しかし見下す事のない視線を此方へと向けて来る中、ワンハンドボウガンを抜き、そこにクロスボウのボルトをセットして、リオレウスへと向けた。
生きる事とは、戦いである。
だけど、
「ざけんな! ふざけるなっ! ふざけんなよぉ……!」
―――叫ぶ様に言葉を吐き出しながら、あの幸せな親の姿を殺しに行く。
都合の良い話なんてものは、
ない。
今まで殺して来た命と違いはない、そうだろう?
という事で、次回は辿異リオレウス決着編。