流石に治療が必要だった。
全身大火傷。マガラ化によって頑丈な体になっていても、根本的には人間ベースの肉体なのだ、炎で炙られたらマガラ種が炎に弱いという事もあって、ただじゃすまなかった。全身火傷だらけで皮膚が剥がれ、風に触れるだけで激痛が体中を襲うレベルで全身が爛れた。それをアイルー秘伝の治療薬で治療するのに少々、時間がかかる。直ぐに皮膚の表層は治っても、激しい運動をすればあっさりと剥がれてしまうので、最低でも一カ月は激しい運動を停止させられてしまった。
数日で皮膚を塞ぐ事が出来るのは流石この世界由来の超パワー成分だ、と評価せざるを得ないが、一生後遺症が残るレベルの火傷がこんな短期間で治るというのは、やはり根本的に肉体が変質しているという面もあった。こうやって自分の受けたダメージを確認すると、改めてあのリオレウスは、戦う際に一切の手加減や躊躇を行わず、殺しに来ていたんだな、というのが良く解る。
そんな訳でしばらくは大人しい生活がここで始まる事になる。修行ばっかりだった日常だが、体を強制的に休める必要がある為、体の感覚を鈍らせない程度に運動したら、後は一日中のんびりしている、スローライフモードに強制的に突入した。完全に皮膚が治っていない訳である事を考えれば、当然と言えば当然の処置だったが。だが最近、生き急いでいる感じにも少々、心当たりはあった。
最後の一頭―――イビルジョーを倒さなくてはならない。
それは解っていても、まだ時間は残されていた。だから少しだけ、今は休もう。
そう考えていた。
過去形。
「きゅぅー」
膝の上に、ちっこい生物が乗っている。小さく声を零しながら前足で胸を叩いてくるので、何を求めているのかは解る。だから食べやすい様に肉を自分の口の中に放り込んでから、軽く噛んで、それを手に取ってその子の前に持ち上げれば、嬉しそうにそれに噛みついて、飲み込んで行く。美味しそうに……というよりは楽しそうに食べると、次を求める様にきゅぅきゅぅ声を鳴かせてくる。それを見て、どうしたもんかなぁ、と思っていると。
「異邦人。そのやり方だと顎が育たない。狩りに出る時に相手を噛み千切る力が育たないぞ」
「そこは心配するニャ。これを見るニャ! Gゲリョスの素材で作った噛みつく玩具ニャ。これを使って遊べばいいんだニャ」
「子供のころは寧ろ硬いものを食べさせると喉につまりやすいニャ。だからこうやって食べさせて、徐々に硬くした方がいいニャ。まだ歯も揃い切ってない状態だからこっちの方がいいに決まっているニャ」
「軟弱な……それでは軟弱な竜しか育たんぞ! 王すらも超える真なる王を育てる為には、今から英才教育が必要だろう。この俺が世界の理を教える為に、まずは狩りだ。狩りから学ばせるのだ」
「誰かこのクソトカゲボッシュートして」
その言葉と共に水銀がクソトカゲを掴んで、無理やり引き剥がして行く。その去って行く姿に安心感を覚えつつ、膝の上でこてん、と首を傾げている子竜に―――子ゼルレウスに食べやすく噛んだ肉を与えた。それを喜んで食べる姿はこの土地の中で、おそらくは最後に生み出された、普通の子。
奇跡の子とでも表現できる子竜だった。
リオレウス、そしてリオレイアの最後の子でもあった。リオレイア自身は海を渡って、この箱庭を去った。だが、この子竜だけは、ミラバルカンを通してここに預けて行ったのだ。その理由をミラバルカンは教えてくれないし、意図は憶測するしか出来ない。ただ、この子竜は、この箱庭を象徴する最後の竜になるのだと思っている。だから、この子は特別な子だ。
愛情で接して、育てるべきなのだ。リオレイアの思惑がどうあれ、自分に出来る事と言えばそれぐらいだった。
こういうのは罪悪感を含めて接すると、寧ろ悪影響が出る。
心の底から命を祝福してあげるのが、一番だ。そういう事で今、箱庭拠点では空前絶後のベビードラゴンブームが発生していた。リオレイアに預けられた楽園最後の子、この子をどうやって育てるか、どうやって面倒を見るのか、そういう事で殴り合いに近い状態に発展していた。意外にもこれに乗り気だったのが、クソトカゲだった。血筋とブランドとしては十分だから育てて部下にするとか言っているアイツほんとクソトカゲと再評価しつつ、色々と騒がしい治療期間になっていた。
「はいはい、とんとんしようねー」
「きゅっ……けぷっー」
「ニャぁ……凄い手馴れてるニャ」
ベビーシッターのアルバイトとか割と、マンション暮らしだとやる機会があるのだ。まぁ、必要になる瞬間まではその事そのものを忘れていたのだが。人間の脳味噌は結構雑に出来ているよなぁ、と思いながらうとうとし出した子竜の様子を見た。その瞼が降りて、眠りにつくのを確認しながら、ラズロにウリ坊を呼んで来て貰う。そしてウリ坊がやって来た所で、そっと、子竜をウリ坊の背中に乗せて、散歩させる。
ウリ坊の歩く時の揺れが、あの子を眠らせ続けるのに丁度いいのだ。直ぐ近くをホルクが飛んでいるし、竜、猪、鷹、とかなり面白い光景になったよな、と思う。拠点を歩き回り始める姿に、画家アイルーがスケッチし始めるのを見て、苦笑する。
「あいつのお父さんぶった切ったの俺なんだぜ」
「唐突な鬱要素は止めるニャ」
「ごめん」
まぁ、引きずっているかどうかで言えば、泣いたぶん、かなりすっきりしたのは事実だ。必要な事を必要な事として自分の中で受け入れた感じがあった。寧ろ、誇りに思う部分はある。あんなすげぇ奴に子供を任されたんだぜ、という自負が。とりあえず、ミラバルカンよりも強く、優しく、人間性たっぷりに育てようとは決めている。あのクソトカゲよりも立派なドラゴンに育って欲しい。マジで。心まで畜生にはなるなよ。
「もうちょっと真面目な話……明るい未来の話でもしようか」
「ニャニャ、それが一番だニャ」
「地図を持ってくるニャ」
先ほどまで子竜に餌付けする為に使っていたテーブルの上を軽く片付けながら、ニャンターとトレニャーでマッピングした、簡易世界地図を広げる。
シュレイドやドンドルマが存在する中央大陸、フォンロン地方が存在する北東大陸、その南部にはシキの国が描かれ、元天廊跡地もある。MHWでおなじみの新大陸も描かれ、最後に、大陸西部、海を挟んで存在する箱庭大陸が存在する。シュレイドやフォンロンと比べれば、かなり小さい大陸ではある様に見える。
「何度か確認していると思うけどニャ、ここがニャー達がいる大陸ニャ。言葉を借りるなら《箱庭大陸》か《楽園》とでも表現するニャ」
「現状地獄真っただ中だけどニャ。何が楽園ニャ。詐欺じゃねーかニャ」
先生の言葉にラズロがパイプを咥えつつ茶々を加えると、先生がラズロに蹴りを入れた。蹴り飛ばされたラズロが地面を何度かバウンドするのを見てから再び地図に視線を戻した。
「結構距離はそこまでないのニャ、大陸間は。問題はこの間がラヴィエンテの縄張りになっているのと、空にシャンティエンがいる事だニャ。何年か前に十隻以上の飛行船が空路を確保しようとして落とされているニャ。空路は確実にアウトニャ。そして海路もラヴィエンテに体当たりされれば船なんて一瞬で沈むから乗れるわけがないニャ」
「目の前で見た」
衝撃的だった。投げ飛ばされる船というものは。あのラヴィエンテ、今でもまだ普通にシエスタをあの海岸で過ごしているから凄い。根本的にこの失楽園状態にまるで関与していない。ある意味、羨ましいポジションだった。
「海も空もダメ、かぁー……まぁ、クソトカゲが《悪魔》に始末を付けたら交渉して退けるとか言ってたけどな」
「それ、自分が封鎖してるって言ってるようなもんニャアレ」
まぁ、実際、ミラバルカン以外に大陸間の封鎖を行おうとするような奴はいないだろう。シャンティエンもそういうカテゴリーだし、あのラヴィエンテも少々理知的だし……古龍グループの仲間だと考えてもいいかもしれない。となると完全にあのクソトカゲの掌で踊っている形になるのだが……まぁ、
「アレが隠し事をしているのは今更だ、今更」
「まぁ、隠しているという事を隠そうとはしてないからニャ」
クソトカゲの考えに関してはある程度、察しがついている。どういう理由で守護竜と戦うプランを提示したか、それをある程度、朧げにだが察している。そしてそれをたぶん、クソトカゲも理解している。そしてそれを知った上で、守護竜は役割に準じている。
その中で、子竜を此方にリオレイアが押し付けて来たのは、
「ま、外に関しては終わってからになるだろうニャ」
「寧ろ考えるニャ。ここまで色々とやって、希少素材や発見があるニャ。この成果をギルドへと持ち帰る事が出来れば、ニャー達皆お金持ちになれるニャ。絶種誕生のメカニズムと生態だけで凄い金になるニャ。もし狩猟する事に成功して、その素材を持ち帰れれば億万長者だニャ」
先生のその言葉に、大量のゼニーのある生活を想像する。確かに、それは悪くはないかもしれない。金さえあれば大抵の事はどうにでもなるのだ、もう、二度と剣を握る様な生活をする必要もないだろう。
「というか相棒はどうするんだニャ? ここでの戦いが無事に終わったら。元の世界に帰るのか?」
「俺か? 今更? 無理無理。体が元の人間に戻った所で帰れる気はしないよ」
もう手に殺す感覚と剣の感触が馴染み過ぎている。今更、日本の通常社会に戻れるような気はしない。日本に戻った所で、あちらの空気に馴染めるとは思えないし、完全に世界から外されている様な気さえもする。まぁ、今では肉体を含めて完全に此方側の住人だろう、と思っている。コラボ先の皆様がどうやって帰還しているのかは解らないが、戻れる気はしない。
「無事に終わったら……そうだな、こっちに骨を埋めるよ」
「お、ハンターを目指すニャ?」
「いや、お金が貰えるってなら飯屋でも開くよ」
こっちの世界の料理は結構大雑把な物で、細かい料理技術に関しては未発展だ。蒸し器、圧力鍋とかは存在していないらしいし。だったらいっそ、今回の件で得たお金を土地と建築、設備や道具に全部投資して、それで此方の世界で地球の料理を再現したり、挑んだりして食わせるのも悪くない、と思う。根本的に料理が上手、という訳じゃない。それでも、一人暮らししている時に色々とレシピは見たし、自分で料理もしている。最近、素材に余裕がある時はアイルー達と一緒に再現レシピにも挑戦しているのは密かな趣味だったりする。
目玉焼きを乗せたチーズハンバーグとか結構美味しく作れたし。まぁ、そんな感じで色々と美味しいものを自分で作って、食べたり食べさせられる平和な暮らしが出来ればなぁ、と思う。まぁ、どうせ完全に平和な日常は無理なんだろうが。だけどこれぐらいの夢、可愛いもんじゃないか? と思う。
「ニャァ……相棒、ちゃんと未来の事を考えていたんだニャ」
「お前、俺を何だと思ってんだよ」
「脳味噌剣術」
「せんせー」
スパーン、と先生の蹴りがラズロに叩き込まれ、その姿が吹っ飛んだ。先生、学者肌なのにかなり良い足腰してるよなぁ、と思いつつ吹っ飛んだラズロを見て軽く笑い声を零しながらテーブルに寄り掛かり、地図を見た。
広い世界だなぁ、と思う。
クソトカゲが先に絶滅しねぇかなぁ、とも思う。まぁ、連中は殺しても蘇るので願うだけ無駄なのは良く解っている。だからそれはそれとして、
「俺だって死ぬために戦ってる訳じゃないんだ。ちゃんと将来の事を考えて色々と戦っているさ。死にたくないのだってまだまだ、やりたい事がたくさんあるから死にたくないんだしな」
「ほほぉー」
興味深げに覗き込んでくる先生の姿に小さく笑い声を零し、そして戻って来たラズロが何をしたいのか、を聞いてくる。だからその言葉に答える。
別に、特に特別な何かを求めている訳じゃないんだ、と。
「俺だってまだ25? 26ぐらい? まぁ、たぶんそれぐらいの年齢だし。まだ恋もしたことがないんだぜ? 恋愛の一つぐらいしてみたいもんさ。まだ童貞だから、こう、最高級の女、というのを金に言わせて抱いてみたいもんだし。その前にマイサンが本当に勃つのかどうか確かめないとね……」
「凄い切実ニャ」
うん、そこは男として凄く重要な事なのだ。トラウマの結果、役に立たなくなったというケースはまだ聞くし。根本的にここに居る間、エネルギーを全て運動と生存能力につぎ込んでいるのか性欲なんて欠片も感じないし。だけど、まぁ、
「ふつーに恋をして、ふつーに誰かを好きになって、ふつーに結婚して……それで夫婦で飯屋を切り盛りしながらなるべく静かに暮らすってのはダメかな? まぁ、独身の間になるべく遊んで回りたいとは思っているけど」
まぁ、自分の願いなんてそんなもんだ。たぶん、この殺しの業からは二度と逃げられないと思う。全てが平和に終わった所で、また剣を握るハメになるだろう。そこまで考えるのはちょっと早いかもしれないけど……それでも、これが終わった後にやりたい事はあるのだ。だからまだ、ここでは死ねない。
まだ、やりたい事も、その後の事もあるのだ。
だからここで死ぬわけにはいかないのだ。
視線をテーブルの上から、第二拠点内をゆっくり散歩するウリ坊と、その上ですやすやと眠る子竜へと向ける。秋の日差しを浴びながら陽気に眠り続ける子竜をウリ坊が気遣い、ホルクが上から見守っている姿を見て、少なくとも、あの子が大きくなって一人でこの厳しい世界を生きて行けるようになるまでは簡単に死ねないなぁ、と思う。少なくとも預けられた者の責任として、それが最低限のラインだ。
「なんだ、雌が抱きたいのか」
「こっちはお前のいない平和な未来の話をしてるから速やかに火山に帰れクソトカゲ」
「酷い事を言う下等生物だなお前は。だがその未来にお前がいるのか?」
「ミラバルカン、少しは取り繕ってください」
そう言ってミラバルカンとハルドメルグが戻って来た。ちなみに近日、テオ・テスカトルとナナ・テスカトリ、黒麒麟が合流予定となっているらしい。本格的に生物が少なくなってきた今、抑え込んでいる意味もないとの事であった。またこの拠点にド畜生が増えるのかよ……と内心思いつつも、
少しだけ、拠点が賑やかになるのは嬉しかった。
少なくとも相手がド畜生であれ、誰もいなかった、一人ぼっちのサバイバル生活と比べれば、住人が増えるのはそれだけで嬉しい事だった。紅白畜生コンビは戻ってくると、テーブルを囲む様に座り、しかし此方の話題に乗って来た。
「終わった後の話か」
「まず最初にやる事はお前との縁を切るって決めてるけどな」
「ふむ、だがもし終わって、お前が生き残っていた場合の話か……」
「暗にこいつ、俺が生き残る可能性見出してねぇって告白したぞ畜生」
やっぱりなー、とアイルー達とクソトカゲの呟きに納得しつつ頷き、しかし此方の言葉を無視して考え込むようなクソトカゲの姿を見てそうだな、と呟くのを聞いた。
「もし、お前が最後まで生き残る様な事があれば、俺の思惑が全て超えられた、という事になる」
「……」
その内容を、隠しているという事をクソトカゲは隠しもしない。乗り越えられるものなら乗り越えてみろ、と挑発し、期待している様ですらあった。根本的にミラバルカンは強者を好む。挑戦者を好む。だから自分の想定を超えてくれる存在が好きなんだろう、というのは良く解る事だった。そしてこういうタイプは自分の想定を超えた相手に対してめっちゃ甘いのも知ってる。
だけどそうじゃない限りは根本的にクソトカゲだ。火山に帰って欲しい。ついでに大陸封鎖を解いて。
だがそんなクソトカゲは良い事を思いついた、と言わんばかりの表情を浮かべている。
「良し、極上の女が抱きたいと言ったな」
「言った」
「なら全部終わってお前が生きていたら俺が人間基準でこの世で最も美しいと思える女を攫って来てやろう」
「うーん、この倫理観ドラゴン」
「なに、遠慮する必要はない。俺からの精いっぱいのプレゼントだ」
「爆弾のな」
「やっぱこいつ正気じゃねーニャ」
「今更の話ニャ」
「……?」
そこで首を傾げるからやっぱり、人間と龍は根本的に意思疎通が出来ても、完全な相互理解は無理だよなぁ、と感じさせる。とはいえ、是は話しているのは面白かったりするから困る。策謀にさえ巻き込まれなきゃ、適度に話す相手としては悪くないのだ。畜生っぷりは割と見ているだけなら楽しいし。
見ているだけなら。
関わらないなら。
しかし―――終わった後の話だ。
絶種は全部で四騎、守護竜は残り一騎、霊峰には《眠り姫》が待っていて、火山では《悪魔》が待っている。
全ての決着まであと、合計六、七戦。
それだけ戦い、生き抜けば全てが終わる。
そう思うと、少しだけ寂しさを感じる。そんな、秋だった。
生きる理由、未来への展望、やりたい事。
休息と治療にインターバルを挟みつつ、終わった後の事を考え始めるのって余裕があるのか、或いはないからこそ先の事を考えているのかなぁ、ってアレ。だってほら、現実逃避とも言うし。それはそれとして、終始隠れててもいいクソトカゲが表に出ているのは、現状への最大限の敬意だったりする。それが有難いか否かはまた別の話ですけど。
夢は自分の店でスローライフ。
次回、最後の守護者。