静寂の冬が始まった。
花畑、海、そして拠点を除いた全環境で残存生物が龍、もしくは絶種のみという状況になった。これに従い、この箱庭大陸からあらゆる生物の気配が途絶えた。ついに、蟲毒の終わりが来た。かつて存在した楽園はもはや生物のサイクルを生み出す事はない。絶望と悪意の孤独の中で、死の徒花が咲いた、
《斬虐》ティガレックス。
《刻帝》ラ・ロ。
《躯王》アトラル・カ。
《眠り姫》ドゥレムディラ。
《悪魔》メフィストフェレス。
それらが生き残った、生存し続けるこの大陸固有の竜と龍の名だった。決して実を結ぶことのない花。故に徒花、竜大戦の為に生み出され、そしてそれを継承する様に育ってしまった存在は、もはやかつての遺産、遺物でしかない。誰も、求めていない存在だった。憎む相手も、恨む相手も、求める敵さえも存在しない時代に咲いてしまった死の徒花だった。この全てを手折る必要があった。そしてこの環境から完全に生物が消え去った所で、
契約は終わる。
竜大戦からの因縁は、それにまるで関係のない異世界人によって終わる。
―――ほんと、糞である。
そういう事実を頭の中に叩き込みつつ、最初の目標は《斬虐》のティガレックスと確定した。理由はとてもシンプルなもので、霊峰へと向かう道を縄張りとしている奴が邪魔なのが一つ、そしてなるべく早く、個人的な理由から《眠り姫》を殺しに行きたいのが理由の一つだった。だから《斬虐》を攻略し、その足のまま霊峰へと昇って、《眠り姫》に逢いに行くことを決めていた。
その為には、色々と準備が必要であった。その準備を今、冬季に入った所で行っていた。つまりは装備の更新と、技術確認だった。自分の剣術とも呼べるものの対絶種用の仕上げを行う事と、雪山で戦う事を想定した装備への変更を行う必要があるのだ。絶種は今まで相手にしてきた存在とは、次元が違う。
クソトカゲはこう言う。
『俺達は自分よりも下等な生物には当然、手加減をする。全力なんて出した日にはプライドだけじゃない。存在意義そのものが危ないからだ。だけど連中にはそれがない。加減をする理由が、必要性が存在しない。だから遠慮も躊躇もなく殺しに来る』
古龍が本気を出せば大都市程度、メテオを無差別に召喚し続けるだけで終わる。空を飛んで、空から攻撃し続けるだけで全部終わらせられるのだ。だがそれをしない。挑戦状を送る様に依頼を送り、誘い出して一対一で戦う様な真似を取る。ハンターも数を集めて対抗する事を許す。その上で逃げ場のない、必殺の攻撃を放ち続けない。常に勝つだけの要素を戦いに残す。
それが古龍のルールなのだ。存在意義にかかわる事らしい。故に竜大戦の時の様な状況でもない限り、古龍は本気で戦う事が出来ない。それが生物として存在する為のルールであった。だが絶種にはその制限が存在しないらしい。最初から最後まで、殺す為だけの攻撃をし続ける事が出来る。
それは絶種が古龍の領域にスペック的に到達しながらも、本質的には竜のままだからだ。
なので、接近から確実に殺せるようになる必要がある。距離を、時間を与えれば古龍格お馴染みの極大魔法っぽい攻撃で一気に消し飛ばされる。その為、接近から殺害まで、ノータイムで確実に行えるようになる必要がある。その為、そろそろまともな武器も必要な事もあって、
いよいよ、
あの片手剣をどうにかする時が来た。
「―――で、具合はどうなんだ親方?」
「まるでダメだニャ。これ以上は技術以前の問題で無理みたいだニャ」
第二拠点の工房、そこに目撃するのは柄の部分だけが完全に固まり、それ以外の部分全てが溶け切った片手剣の姿だった。その柄の部分は守護竜を殲滅する前には存在しなかったパーツだ。工房長猫が作ろうとしていた柄を飲み込んで、変質させて液状化している刀身と合一しているらしい。猫たちはそれを冷やし、固形化しようとしているが、それが冷える様な事はなかった。
まるで龍に対する憎しみだけで熱を保っている様な物だった。完全に技術でどうにかする、という領域を超越していた。そしてこういう部分で古龍達は手伝ってくれない。クソトカゲは演奏しているし、ハルドメルグは剣術以外は興味を持たないし、黒麒麟は一日中瞑想しているし、テオナナ夫婦はバカップルでクソうざかった。連中に協調性という概念がないのを改めて発見できたのは驚くべき発見だった。
幼稚園児の方がまだ協調性がある。オオナズチ君は古龍会議の結果、火山に放り込まれた。合掌。
それはともあれ、
「どう思う?」
「柄を自分から出したって事は抜かれる事を望んでいる筈だニャ。間違いなく魔剣の類……正直、手を出すのは危険だと思うニャ。とはいえ、用意されている素材を使って作れる武器の中で、アレがぶっちぎって最強だニャ。恐らくメゼポルタの工房でも同じランクの物は見かけられないと思うニャ」
工房長猫は腕を組んだ。
「だからたぶん、引き抜けば完成しそうだニャ。ただ職人の勘として忠告するのなら、こいつには手を出さず、最高品質の武器を作れるだけ作るからそれを持ち込む方が信頼できそうだニャ」
「信頼は重い問題だからなぁ」
魔剣とか強力だがデメリットの存在する武器よりも、確実な成果を保証できる武器の方が安定して結果を生み出せる為、安心して運用する事が出来るのだ。わざと信頼性が低い刀をメインウェポンとして破壊しながら運用していたのは、もっとしっかりとした武器を使う時に、それを破壊せずに使い続ける為の技術と技巧を身に着ける為の訓練だった。
実際、今では刀一本で大体なんでもぶった切れる。ハルドメルグの水銀ぐらいなら割と抵抗もなく斬れる。
ただ武器というのは根本的に損耗する事前提で運用する道具なのだ。戦闘中、折れたり盗まれたり無力化されたりする可能性がある。だからなるべく、手に馴染み、そしてなるべく硬い武器が欲しい。それで鋭さがあれば大歓迎だ。
「別に、特別な力を持った武器が欲しい訳じゃないんだよなぁ」
「なら」
燃える剣とか、電撃を放つ剣とか、真空斬りを放てる剣とか……まぁ、確かにかっこいいし、それはそれでやってみたい感じもあるけど? ぶっちゃけ、純粋な剣術じゃないから切れ味落ちるし。寧ろ耐性に阻まれる可能性があるから邪魔になる。かっこいいのは良いけど、それ以上に邪魔だ。いらねぇ。
理想の武器は硬く、そして適度に鋭い程度でいい。それぐらいで十分だ。
斬撃を伸ばす程度だったら斬圧を伸ばせばいいし。オストガロアやヤマツカミ級のサイズが敵として出て来た時? 素直に死ぬ。残念ながら対処方法がないので素直に死ぬ以外の選択肢が存在しない。
そういう意味では今回、割とラッキーだったのではないかと思う。絶種オストガロアや絶種シェンガオレンとかだったら質量差で勝てるイメージが湧かない。ハンター連中は良くこういうのに勝てるよなぁ、と感心するしかない。
ただ、まぁ、そういう事を踏まえて、
「親方の武器に文句はない―――だけどたぶん、折れるぜ」
「む……」
片手剣、刀、両手剣。それが自分の使える武器のぎりぎりの範囲だ。これ以上は重すぎて動きが鈍る。そして重くなればなる程、斬撃を圧縮させ辛くなってくる。そうすると切れ味が落ちる。だからなるべく、片手剣サイズの武器を運用したい。そしてこのサイズの武器というのはその形状、質量からある程度強度限界とも言えるものが存在する。同時に、工房で扱える技術の限界も存在するのだ。
だから、工房長猫の武器は悪くない。
だが単純に、リスクを取った方が、生存率が上がると思うのだ。
「それに《斬虐》の奴は初めて斬り合った時に、武器を破壊されそうになったからな。親方の技術を悪いと言ってる訳じゃないけど……」
「まぁ、古代技術に匹敵するものは生み出せないニャ……技術者としてそこは歯痒い所ニャ」
まぁ、しょうがない話だ。嘆いていても解決はしない。だからすまない、と工房長猫に謝ってから、作業中だった他の弟子猫たちを下げてから、ドロドロに溶けている、剣のプールに沈んでいる柄を見て、近づいた。
いい加減、
「出番だぜ、おい」
柄を掴んだ。直後、柄を通して腕に感染し、それが心臓と脳に突き刺さる様に、凄まじい怨念と呪詛を感じた。ははーん、やっぱりこういうタイプだったか。そう思いつつ軽く笑い声を零し、ドロドロに溶けている剣を引き抜く。
不思議な事に、そんなスペースは存在しない筈なのに、プールからは柄と一体化する様に剣の刀身が飛び出して来た。この瞬間、引き抜くのと同時に魔剣が生み出されたのだ。竜を、龍を殺せという古代の滅びた怨念が染みついた魔剣だった。その言葉を完全に無視し、精神汚染も今更おせぇんだよ、と心の中で唾を吐き捨てて否定し、
完全に引き抜いた。
柄、鍔、刀身、その全てが一体化した黒い剣だった。かつては灰色だったが、生まれ変わって今度は黒くなった。ただ、剣全体を赤い幾何学模様の線が走っており、純粋な金属らしさは一切存在しない、未知の道具の様な感じを受ける、片手剣として新生された。
引き抜いたそれを軽く胸元まで持ち上げ、検分する。
「……どうだニャ?」
「精神汚染しようとして来る以外は大丈夫かな」
「図太くなったもんだニャこいつ」
まぁ、守護竜を相手する前ならともかく……連中を自分の手で殺した今、自分は絶対に折れてはならない所に居る。最後まで走り続けなきゃならない。その覚悟で心を染め上げているのだ、精神汚染程度でどうにかなるとは思わないで欲しい。
それを託された者が、醜い側に染まるかよ。
「んー」
軽く片手剣を指で引っ掛ける様に回してから掴み、それを振るいながら刀を使っていたように、斬撃を流し込む様に使おうとして―――まるで腕の一部の様なフィット感に、そこまで感覚を研ぎ澄まさなくても大丈夫そうな事実に、うへぇ、と声を漏らす。
「どうしたニャ。欠陥品かニャ?」
「いや、逆だ。滅茶苦茶優秀。重くないし。手応えが良いし。俺が扱う為に生まれて来たようなフィット感あるし。こいつなら濡れティッシュを裂くような感覚で竜殺しが出来そうだ」
二手、三手と斬撃をその場で繰り出し、動きを停止させる。
「ただ切れ味が鋭すぎるのがあんまり好かない」
もうちょいなまくらの方が叩き込みやすいかなぁ、とは思う。ここまで鋭いと逆に技術で剣を振るう必要をなくしてしまう為、甘えているとそのまま自分の腕前が劣化しそうだ。そこがちと気になる。それに切れ味が鋭すぎて斬撃の時に、その衝撃を拡散させ辛くなるのだから、炎や風を散らしにくくなる。刀はそこら辺、斬るのに技術を必要とする武器だったから大変宜しいバランスだった。
「我がままだニャ」
「ま、武器ぐらいには拘らないとな……ほい」
「ほいさ。採寸して即座に鞘を作るニャ」
魔剣を投げ渡して、それを工房長猫が弟子へと渡して、即座に採寸から素材を確認し、最も適した鞘を作る為の作業に入る。鞘も鞘で、剣と合わせる必要がある為、結構重要なものだ。剣を抜くときにつっかえると困るし、頻繁に剣を抜く必要がある以上ある程度の強度は求めるし、しかし硬すぎると抜きづらくなる……色々と、そこは職人の技術が光る。
特に抜刀用の鞘となると東、《シキの国》と呼ばれる国の技術を必要とするらしい。
まぁ、そこは専門職に任せる話だ。
「で、防具はどうだ?」
「んー、残念だけど本命の方はちょっと時間がかかりそうだニャ。少なくともあと二か月はかかりそうだニャ」
「そうか……」
視線を向けるのは工房内のマネキンの方で、まだ、何も装着されておらず、その周辺に転がっている物は金属や鉱石、そして素材だった。その素材の中心となっているのは、守護竜達のものだ。
「不思議なもんニャ。それぞれの素材はそのまま使おうとすればただのその竜の性能しか発揮できないニャ。だけど組み合わせ、折り込み混ぜる事でまるで別次元の素材に変化するニャ。素材自体が生きている様で剣も防具も、まるで手を出している気分になれないニャ」
「悪いな」
「別にいいニャ。これもいい経験ニャ。ただ一か月後に雪山に向かうのが本気なら間違いなく間に合わないニャ」
工房長猫が腕を組みながらそう宣言するものなので、少し困ってしまう。なるべく早い段階であの雪山を攻略し、《眠り姫》に逢いに行こうと思っているのだ。理由はシンプルなもので、時間を与えれば与える程、生物がいなくなった環境でもあの絶種共が自己鍛錬からの進化を行いそうな可能性がある、という事にある。或いは自分の保有する能力、マジック的なアレ、それの新しい使い方を覚えてしまうかもしれない。
その事を考えたら、殺せる時に殺しに行くのが一番安全に思える。
安全の為に安全を放棄するという矛盾、まさに度し難い。とはいえ、時間との勝負でもある。
視線を工房の外へと向け、岩壁の向こう、空に伸び、そして雲を突き抜けた霊峰の頂へと向ける。
「……殺してやらねぇとな」
それだけが、きっと、自分に出来る事なのだろうと思うから。
「物騒な話だニャ」
呆れたように工房長猫がそう呟いてくるので、違いない、と苦笑する。視線を工房長猫の方へと戻せば、休憩を入れるつもりか、カウンターからキセルを取り出して、火を付けながらそれを咥えていた。
「まぁ、特別な装備に限らないのなら心配する必要はないニャ。お前さんの体が暑さも寒さもほとんど感じないものになったとはいえ、ベストコンディションで戦えるように装備を作るのが職人の仕事だニャ。スパイクブーツ、グリップ性を高めたグローブ、そして雪山に特化したカモフラージュローブも近いうちに完成するニャ」
「助かる」
今使っている装備もそれなりに良い物であるのは事実だが、それでも環境に備えて特化させた装備を用意した方がパフォーマンスが高いのは事実だ。それに絶種を相手にするのなら、なるべく勝率を高める手段は多く取りたい。そういう事で、雪山戦闘専用の装備を幾つか頼んでいた。
そしてそれも問題なく完成しそうなのを確認し、工房での確認を全て終えて、工房を出る。
完全に冬に入ったこの楽園は、一気に温度が冷え込んで息を吐けばそれが白く染まる。これを見るたびにあぁ、冬になったんだなぁ……と思わされる。
「ふぅー……ふつーの人間に、戻れるのかなぁ、俺……」
完全に黒く染まり、鱗の生えている自分の腕を見る。それを掲げ、そして光さえも吸い込みそうな漆黒の色を見た。完全に人の腕ではない。マガラ化の侵食を気合と根性と精神力と矜持で抑え込んでいる。だが既にウィルスは体全体に及んでいる。次、自分の体に浸食するような事を許せば、そのまま全身を呑み込まれて、今度こそ竜になるだろう、というのは見えていた。
「……」
特別になりたい、という願望はそう珍しい物じゃない。誰だって今とは違う自分になりたいという願望や気持ちを持っている。もっと強い自分、もっと特別な自分、もっと……愛される、自分とか。変身願望。それはそう、珍しい話じゃない。もっと凄い存在になりたがるのは、普通の事だ。
だけど、嫌だ。
心がそのままだとしても、龍にはなりたくない。俺は俺である。人間である、という事にここにきて、誇りを持っている。だから別の生き物になりたい、何て願望はないし、願いもない。人のままがいい。だけど体は徐々に、徐々に龍に変わって行く。そしてたぶん、ここまで来たら……。
「いや、最後の希望は残しておこう」
なにか、いい感じに進んで、治るかもしれない。その可能性を完全に捨て去ってしまえば、心の中に残るのは絶望だけだ。今でも割とうまくやっているつもりだが、それでも最後の希望ぐらいは……残しておきたい。
「ま、どちらにしろ……勝たなきゃどうにもならないかぁー……」
呟いていると、空から何かが落ちて来る。おっとと、と、声を零しながら手を伸ばせば、空から子ゼルレウスが落ちて来た。そのスピードが緩やかな辺り、翼を使ってゆっくり降りる事ぐらいは出来る様になったのだろう。少し前まで飛び跳ねる様に移動する程度の事しか出来なかったのに、成長が早いもんだ、と思う。脇の間に手を入れる様に体を掴んで、持ち上げてみれば楽しそうに翼をぱたぱたさせながらこっちを見ている。
「おーしおーし、浮かべる様にはなったのか? 成長が早いなぁ、お前は」
「きゅぃ! きゅぃ!」
舌を伸ばして顔を舐めて来る姿を笑って受け入れつつ、頭上を見上げれば、付きっ切りで子レウスの面倒を見てくれているホルクの姿がある。そしてすぐ側では何時でも落下する子レウスを受け止められる様に、大きく育ったウリ坊の姿も見える。
こいつらとの付き合いも長いよなぁ、と思い出す。
まぁ、この地で一番最初に作った家族とも言える存在だ。すっかり文明的な生活をする事に馴染んでしまっているのに笑いは隠せない。ここを去る時が来たら、こいつらも一緒に海を越えて連れて行く必要があるな、と子レウスを頭の上に乗せ、ウリ坊に近づき、降りて来たホルク共々頭を撫でる。
「あと少しだ……お互い、頑張ろうな」
「ももっ!」
「ききっ!」
「きゅぃ!」
返事は元気が良い。だけど本当に解っているのだろうか? ……いや、この子達もこの大地で生まれて、蟲毒を逃れる事が出来た子達だ。此方の話を聞き、理解する程度には賢い獣たちだ。たぶん、解ってくれているだろう。
一緒に、この賑やかなまま、メゼポルタへと行けるなら、いいだろうなぁ……。
そう思いながら、冬、
―――絶対凶者への挑戦が近づく。
果たして、特別である事に意味はあるのか。
という訳でニューウェポンを獲得。専用防具は間に合わず。色々と確認や考えたりもするが、確かな殺意を胸に雪山へと進む事を決める。環境に残された、楽園の生き残りは全部で5体。つまり後5戦でこの戦いも終わりになる。
次回、雪山と絶種。