※この作品はR-18です。

Monster Survivor   作:てんぞー

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5年目 冬季 《眠り姫》

 初めて、彼女を殺さなきゃ、と明確に意識し出したのはアオアシラを殺した後だった。アオアシラ師匠を殺した時、その喪失感の中で、理解したのだ。これがこれから、他の守護竜達が辿る結末なのだ、と。彼女もまた、古代から残る存在―――メフィストフェレスを殺す為だけに生み出され、そしてその役割を果たす為に生き続ける存在。だから最終的には、同じ末路を迎える。

 

 だから、俺が殺さないとならない。

 

 そうする為だけに、ずっと頑張って来た。彼女は重度の寂しがりやで、ずっと、此方を見ていた。それが唯一の娯楽で、それが彼女に許された唯一の自由だったからだ。そしてだからこそ、彼女は手を出してはいけない所で、手を出して助けてしまう。それがミラバルカンの思惑通りであると理解しながら。だからこそ……だからこそ、彼女はあまりにも憐れだった。彼女の生まれから死の全てが、誰かの、他人の都合によって生み出され、継続していた。

 

 だからこそ解放()してあげなきゃならない。

 

 その感情と想いが胸の中でぐるぐる回り続ける。それぐらいしか、自分がこの楽園で出来る事はなさそうだった。最初から、いずれこの狂竜症に呑み込まれる事は解っていた。だって、どこまで頑張った所で、自分は人間だ。この世界の人間ではない。奇跡によってなんとか、リセットされる事になった。だけど結局のところ、肉体改造によって薬等が通じる様になっていたのだ。

 

 その匙加減が狂竜ウィルス次第であれば?

 

 薬が通じないように肉体が改造されていれば?

 

 感染した時点で、デッドエンドだったのだ。どう足掻いても。最初からこの結末は見えていた。守護竜を殺し、殺し、裏切り、そして殲滅した。その果てで少しずつ、《悪魔》の事を理解する様になってきていた。殺せば殺す程、《悪魔》の事が解ってくる。心臓を掴まれるその感覚を通して、理解する事が出来る。それを通して、ミラバルカンの思惑は大体、察していた。

 

 殺すだけ、《悪魔》に近づいて行く。これはそういう儀式だった。狂竜ウィルスによる感染と肉体改造、それを使って肉体を龍化させて行きながら、怨念と憎しみと、そして殺意を再演する。そうする事で意図的な変異と、環境に合わせた進化を与える。そうする事で第二の《悪魔》を生み出そうとしていた。

 

 直接言われなくても、その言動の端や行動からミラバルカンの思惑は透けて見える。そしてそれをミラバルカンは隠すような事はしなかった。奴もそれは、別に気付かれても問題のない事だと解っていたからだ。そしてアイツは、そういう部分では実に正しかった。実際に、後戻りはできない事だと最初から気付いていた。狂竜症に感染してしまった時点で、他に選択肢はなかったのだ、俺には。精神力で抑え込んでおくのにも、限界がある。

 

 精神力で抑え込んでも、正気を保てるのはどれぐらいだ?

 

 たぶん、五年ぐらいで限界が来る。個人的にはそこら辺が自分の器だと思っている。だから踏み出す必要があった。そして踏み出したら、もはや止まる事は出来なかった。殺したという事実から、逃げられる程心が弱くなかった。だから殺して進み、ミラバルカンの狙った、新たな悪魔の誕生の道を進んで行く必要があった。

 

 解っていながら逃げる事は出来なかった。それに立ち向かうしか自分には許せなかった。それ以外の選択肢は存在する様で、存在していなかった。この楽園からは逃げられない。そして、思うのだ。こうやって俺はこの楽園に呼び出されたのだ、■■■■人目として。きっと、そこには何か、意味がある筈なのだ。

 

 だとしたら、俺はそれを果たすべきなのだ。

 

 それがきっと、選んだ人間としての責任だ。

 

 だから踏み出した。ティガレックスの死骸を背後に。絶対に蘇生出来ないように四肢と首を解体し、その上で骨で大地に縫い付けて、心臓を抉り抜いて内臓を引き抜いた。完全な殺害を行った状態で死骸を放置して、霊峰へと向けて歩き出した。

 

 体が重い。

 

 寒さも、暑さも全く感じない体になった。ゴーグルもマスクも肥大化した肉体に合わせて千切れて雪の中に落ちた。ぎりぎり、インナーだけが伸縮性が高かったので体に張り付くような形で残っている。これはちょっと、頑張って用意して貰ったアイルー達に悪いなぁ、と思いながら重くなった体を引きずる。

 

 剣を口で咥えながら、歩く。体は重くなった。背中にあった翼はバランスが崩れる上に邪魔なので、千切って捨てた。だが今度は尻尾が生えていた。こいつは……大きくなった体、そのバランスを取るのに地味に便利だった。だからそれを使って不慣れな変異した肉体を支えて、霊峰へと向けて吹雪の中を進んで行く。

 

 分厚い暗雲の中に雪山は突っ込み、視界内の世界は完全に闇の中に閉ざされた。酸素は極端に薄くなり、息苦しささえも覚える。だが環境に適応する様に、そして生き残る為に、歯止めが利かなくなった狂竜ウィルスが、限界を超えて肉体を改造し続ける。片手剣に詰まっている、圧縮された怨念が体の中に注ぎ込まれ、それが狂竜ウィルスと反応している。

 

 片手剣も、狂竜ウィルスも、元が神殿遺跡で発掘されたものだ。相性がいいのだろう、混ざり合うように肉体に根付き、それが龍になる肉体を改造し続ける。一歩進むごとに人の姿を少しずつ失い、龍となりながら理性を溶かして行く。人間という意識を蒸発させようと殺しに来る。それを残された精神力の全てで抵抗する。少なくとも、まだ龍に堕ちるつもりはない。

 

 あの子を、彼女を、《眠り姫》を殺すまではまだ、心が人のままでないと駄目だ。だから抵抗する。誇りも矜持も投げ捨てた。それでも心だけは売り渡さない。こいつだけは自分の最後のものだ。

 

 どれだけこの世界で不条理に犯されようとも、

 

 それでも、これだけは俺が俺である、という証であるが故に。

 

 絶対に、渡せない。

 

 だから変異は見過ごす。歩いて行く、暗雲の中を。吹雪が雪だけではなく、雪山の中で凍り付いた雹を肉体に叩きつけ、それが時折、体を刻んでくる。だがティガレックスを食らい、その生命力の一部を取り込んだ体は、今まで以上に命に溢れていた。傷つく体を再生し、更に経験に基づく様に最適化して、新たな龍を生み出そうとしてくる。

 

 竜と龍を殺す為の龍になろうとする。それを放置し、先へと進んで行く。重く感じられた肉体は筋肉と骨格系がしっかりと整ってくると、段々と苦に感じられなくなってきた。足から背骨への流れがしっかりとしてきた証だった。生まれたての赤ん坊の状態だった龍としての肉体が、更に進む変異によってちゃんとした形を戦闘経験に合わせて最適化された事の証でもあった。

 

 また一歩、人から竜から踏み出した。

 

 それでも歩む事を止めない。踏み出し、遥かに大きくなった足で雪の中に跡を刻む。だがそれも、前に進めばやがて、降り注ぐ豪雪の中に消えて行く。それをまるで、自分の人生だと思った。

 

 果たして、頑張る事にどれだけの意味があるのだろうか?

 

 頑張って頑張って、果たしてそれがどれだけの成果を生み出すのだろうか? 知らない誰かの記憶に自分は残れるのか? 歴史に名を残すのか? そんな事はない。誰の記憶にも、あと10年もすれば残らないだろう。ここだけの話じゃない。地球でもそうだ。どれだけ頑張ったとしても、人が一人、ずっと記憶に残るのは難しい。単純な話、人は忘れて生きるのが楽だから、それを選ぶのだ。

 

 自分もそうだ、地球での人生の大半を既に忘れてしまっている。単純にそれが必要だったから、と切り捨てるのは俺の心が弱かっただけの話になる。だけどそうやって切り捨てたのに、誰かの心の中に残りたい、と願うのは女々しいのだろうか?

 

 忘れられたくはない、と思ってしまうのは間違った事なのだろうか?

 

 それが間違い、であるとは思いたくはなかった。格好つける事が間違いではないと思いたい。だから、足は動く。心はまだ死んでいない。限界を超えた狂竜ウィルスと、そして古代から続く怨念。それに抗うだけの力を失いつつも、屈服する事だけはなかった。最後の一線で自分の心を守り続ける事が出来た。

 

 だがそれさえも狂竜ウィルスは利用しようとする。究極の龍殺しを生み出す為に、精神性の強さを盛り込もうとする。狂竜ウィルスは―――長い年月の果てに、弱体化していた。だが自分が感染したこれは、龍と竜を殺す為の初期型。平和な世の中になる前の、退化する前のウィルス。故に邪悪さは現代の、ゴア・マガラを生み出すだけのそれよりも、はるかに極悪である様に感じられた。

 

 心がそれだけ強いのなら、利用すればいい。

 

 普通であれば発狂し、その上で意識を失って死に続けるような痛みや改造でも、堪えられる心なのだから、利用してしまえばいい。そう判断するかのように全身に激痛が走る。脳味噌に直接糸を繋げてバイオリンで演奏を始める様な激痛が脳内を駆け巡り、そして神経を全て剥き出しにした上で燃やすような、電流を流し込んで痛みだけを増幅させたような苦痛を感じる。その上で心に怨念が、憎悪を押し込もうとして来る。

 

 間違いない、このウィルスを作った人間は邪悪だ。ド畜生だ。死んで当然のクソだ。

 

 だけど恨む事は出来ない。もし、恨むものがあるとすれば……それは、これを生み出すことになった時代、そのものだろう。こうやって、龍に堕ちる身で、この世界で暮らし、全力で生きて解った事がある。罪とか罰とか、そういう事を考える事、そのものが馬鹿々々しいのだという話だ。生きていれば誰だって罪の一つや二つを犯す。

 

 だけどそれは生きる為なのだ。

 

 生きる事その事自体に罪はあるのだろうか? ネタで誕生罪、なんて言葉もある。だけどまるで笑えない。生まれた事実そのものが害悪で、そして誰も幸せに存在しない事であっても、生まれる事を誰が否定出来るのか。

 

 命に、生きるという行いそのものは純粋だと思う。

 

 そこに善も悪もない。

 

 故に―――命に、()()()()()()()()()()のだと思う。

 

 段々と、暗雲の切れ間が見えて来た。豪雪が少しずつ、少しずつ、減っていく。体を殴打する様に降り注いでいた雹は、人間のままここに突入していれば相当大怪我をしていたレベルだった。だが龍の肉体を得た今ではその程度で怪我をする事はない。逆に傷つく肉体を超再生する事で、狂竜ウィルスが肉体を更に強靭に、怪物的にするために利用するぐらいだった。故に肉体の変異は留まらない。少しずつ、少しずつ前へと進むたびに、人の形を忘れて行く。

 

 翼を失い、両腕は前足の様な鉤爪に、足は更に太く、全身を支える為に、尻尾でバランスを取り、甲殻と鱗で肉体を守る。顔も、頭も、完全に人の姿を失った異形になる。龍。そういう存在に堕ちる。それを自覚していた。だけど口に咥えるちっぽけな片手剣を放さず、そのまま、雪の中に深い足跡を残しながら進んで行く。

 

 そして漸く、それを抜けた。

 

 暗雲を抜けた先で、光が降り注いできた。どこよりも太陽の光を近くに感じた。だがそれだけではない。一気に空間はあり得ない程に冷え込み、そして美しいオーロラが空にかかるのが見えた。黒い睡蓮が暗雲を抜けた先では咲き誇り、そしてまるで春を思わせるような光景が広がっていた。

 

 自然的にはあり得ない景色だった。育つ環境がでたらめすぎる。そも、自然界に黒い睡蓮なんて存在していない。なのにここには光の粒子が舞い、そして黒い睡蓮が咲き誇る花畑が広がっていた。黒曜石の石柱が存在し、ここだけ、神殿遺跡と同じレベルで綺麗に道が残されていた。

 

 時代の破壊から、取り残されたように。

 

 石柱には龍と人が共に生きる絵が刻まれていた。

 

 まだ、人と龍が一緒だった時代―――その時の遺物、残滓、或いは残響。残されたものがここにはあった。触れてしまえば壊れてしまいそうなそれに視線だけを向け、背後から聞こえる豪雪の音を置き去りにし、前へと進む。

 

 黒曜石のタイル道。その上を歩いて進んで行く。黒い睡蓮の育つ花畑、その中央を抜ける様に道が上へと向かって進んで行く。その中央を進んで行く。

 

 上へと進んで行く道はやがて、緩やかな物へと変わり、完全に旅路の終わりへと到達する。

 

 霊峰の頂点は切り開かれたかのような、テーブル状になっていた。そこに建造物はなく、広がっているのは黒い睡蓮の花畑だけだった。霊峰を抜ける優しい風が睡蓮の花びらを持ち上げ、それを風に乗せて麓へと運んで行く。地上の楽園の様にも思える場所、花畑の奥に、

 

 彼女の姿はあった。

 

 夢で見たように、彼女は人の姿をしていた。ただし、その頭の両側からは彼女が人ではない事を象徴する様に角が上へと向けて、曲がって生えていた。服を一糸も纏わない姿もそのまま、黒い睡蓮の花びらが宙を舞うのに合わせ、彼女の蒼と白に染まるグラデーションの髪も、ふわりと舞っては揺れていた。生活するには余りにも長すぎるその髪は彼女が文明に関わらない野生を表すようでありながら、その姿には気品と高貴さを感じられた。或いはそれは、彼女の内面から来るものなのかもしれない。

 

 姿は子供の様に幼く、それに不釣り合いな肉体の発達をしている。或いはそれも、彼女の経歴を表すものなのかもしれない。生まれて、封じられ、長年何者とも触れる事無く封じ込められ―――幼さと時を混ぜ込んだような、そんな姿を彼女はしていた。

 

 そんな彼女はどこか、

 

「あぁ―――来たか」

 

 安心した様な、―――の様な、表情を、声を零した。その姿に、言葉を届けたかった。だが、喉も、酷く変異している。ちゃんと言葉を出せるかが、解らなかった。それに恐らく、言葉を吐こうとすれば、それがたぶん、最後の言葉になる。それでおそらくは自分はもう、意識を保ってはいられない。だから言葉と共に、

 

 彼女を殺す必要がある。

 

 細胞が、ウィルスが、怨念が、彼女の血肉を食らえと叫んでいる。それが最後のピースだ。それを食らい、毒を手に入れる。それで属性エネルギーに囚われない、龍殺しの完成になる。故に犯す様に食らいつくせ。そう叫んでいる意思を抑え込みながら、自分の最後の気力を振り絞る。

 

 殺すのに必要なのは一つの動作だけだ。

 

 言葉と共に、それを行う。

 

 口から剣を手放し、落ちて来たそれを掴む。そして前へと踏み出した。酷く、重い一歩を。活性化するウィルスを、細胞を、殺意を自分の最後の精神力でねじ伏せながら一歩、また一歩と睡蓮の花びらを宙に舞わせながら踏み出して近づいて行く。その光景を前に、

 

 彼女は一歩も動かない。

 

 それを待ち望む様に彼女は立っていた。姿を龍へと変える事もせずに、()()()()()()()()()()姿()()()()待っている。彼女は逃げないし、避けもしない。おそらくは知っている。ミラバルカンが何を望んでいるのか。そしておそらくは彼女は、人工的に生み出されたが故に、完全な古龍でもない。だから殺しても蘇らない。死は終わりを意味する。彼女にとっては。

 

 それでも彼女はその死を受け止める準備を終わらせていた。

 

 故に一歩も、彼女は結末から逃げようとはしない。

 

 そしてまた一歩、あの夢の時の様に重い体を引きずる様に踏み出した。変形した腕でだらりと剣を握りながら近づき、その範囲に少しずつ、近づいて行く。

 

「そうだ、あと少しだ。ここに居るぞ」

 

 途切れそうな意識を繋げるように彼女の声が道を教えてくれる。紫色に染まる視界の中で、睡蓮と彼女の色だけは、綺麗に見えた。或いはそれが心の中で繋がっていた事による恩恵なのかもしれない。だとすればよかった―――この綺麗な色が最後に見れる色で。この狂竜ウィルスの紫色は見ていて滅入る色なのだ。これを自分が覚えている、最後の色にするなんて嫌に決まっている。

 

 だからその綺麗な色を目指して踏み出す。

 

 元々彼女の体は、小さい。それに対して此方は大人で、更に龍化によって体が肥大化している。近づけばその身長差に、生物の違いを感じさせるものがある。そのまま、倒れ込めば押し潰せそうな、そんな気さえする。だから近づき、そして彼女の前に到達した。

 

 見下ろすように、その姿の前に。

 

「良くここまで来た。貴様は……いや、お前は本当に良く頑張った。本当に……良く、乗り越えてくれた」

 

 見上げる様にその言葉を放ってきた。本当に、誇らしそうに彼女はそう言った。ずっと見ていたのだ。彼女は知っている。ここでの暮らし始め、そしてここでの苦しみを。どれだけ、心の中で戦ってきたのかを。

 

「さあ―――私を喰らえ」

 

 だからこそ彼女はそう言えてしまった。人に生み出され、人に利用される為に生かされてしまった彼女は。殺さなければ、その苦しみと束縛から、彼女を解放する事が出来ない。

 

 殺さなければ救われない子だった。

 

 だから剣を握り締めた。彼女が運命を受け入れる様に、目を瞑った。その姿に向かって一歩踏み込んだ。

 

 ここに来る為の、目的を果たす為に。

 

 成すべき事を成す。

 

「―――」

 

 睡蓮の花びらが動きに合わせて舞い上がった。風に乗って、それが遠くの地へと運ばれて行く。少しだけ花畑を台無しにしながらも、その動きは一つの結果を生み出した。自分の意思の全てを総動員し、狂竜症と怨念を排除した。

 

 そうやって、

 

 ―――剣を捨てて彼女を抱きしめた。

 

「―――え……?」

 

 膝をつき、体を下ろす様に彼女に合わせ、腕を回し、その姿を正面から抱き寄せた。鱗と甲殻で覆われた両腕と体。その向こう側からは、彼女の体の感触を感じられない。ちょっとだけ、硬く苦しい体かもしれないが、こうする事の想いが伝わる事を祈りながら呆けるその姿を抱きしめたまま、最後の気力で言葉を放った。

 

(Alma)

 

 君にはそれがある。助け、愉しみ、苦しみ、共感し、そして誇ってくれた。それだけの心がある君にはきっと……いや、絶対にそれが存在する。古代人によって生み出され、役割を持つとか、そういう事情とか、色々とあるのかもしれない。

 

 それは、俺では理解できないほどに大事な事なのかもしれない。

 

 だけど、自分にはこう感じられたのだ。

 

 ―――寂しそう、だと。

 

 知っている人がもういない。助けてくれる人がいない。兄弟とも呼べる龍もいない。ずっと、誰もいない所で一人だけだった。助けてくれる存在もどこにもいない。ただ解放され、そして使命と役割を果たす為だけに生きる。

 

 その姿が、寂しそうに見えた。

 

 だから伝えたい。そんな風に寂しそうになるのであれば、きっと君には魂があるのだろう。人造の龍ではあるが、それでも長い年月を経て、君は確実にそれを宿した。だから君は生きているのだ。

 

 助けられたのだ。

 

 だったら助け返すのが男という生き物だ。

 

 この為に、頑張って来た。他の全てを切って捨てて、守護竜も殺して。いや……たぶん、俺は不器用だから気付かれていたのかもしれない。皆には。だからこそ手伝ってくれたのかもしれない。

 

 だからこの抱きしめる感触で少しでも暖かさが伝わり、心を救ってくれれば嬉しい。

 

 そしてそれと共に、最後の言葉を贈る。

 

「君は―――愛されてもいいんだ」

 

 体力、気力、精神力、その全てを吐き出して、殺意の全てを抑え込んで言葉を口にした。流暢に、人の言葉で伝える事が出来た。腕の中にある小さな感触を、余り感じられないのが残念だ。

 

 そう思いながら限界はやって来た。少し、言葉足らずだったかもしれないと今更ながら思うが、まぁ、しょうがない。

 

 今度こそ奇跡はあり得ない。もう既にそれは重ねて来たのだから。

 

 だから意識は完全に狂竜症に飲み込まれた。

 

 ―――究極の龍殺しの龍を生み出す為に。

 

 そして自分に残された意識の全てが、紫色に染まった。




 愛でその縛鎖を殺す。

 やりたい事を考えた結果、一番悩みつつも結論を出したのがこれ。楽園に居る間は絶対に戦うし、狂竜症が完治するとは思えない。だとしたら一つ、絶対にやって良かった! そう思える事をしよう。記憶に残る様な、忘れられない事を一つだけしよう、という事を決めていた。

 それがこれだった。エゴイズムマシマシじゃない? 自分勝手すぎない? 相手の事を考えなさすぎではないのか? と季節を超えて大いに悩みつつも、最終的にはきっと、彼女だけでは見えていない事もあると思い決行。

 君は愛されてもいいんだ。それはつまり、自由に生きてもいいんだよ、という意味でもある。男は恰好付けないと死んでしまう生き物故に。
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