「えーと、大学は……」
思い出そうとして、首を傾げ、
「今は休講中だった筈……だっけ? ならゲームしつつ軽く引きこもるか……いや、変な夢を見たし、コンビニで立ち読みでもするか」
朝からモンハンで遊ぶというのも中々不健全だ。そう決めたらさっさと着替えて、家の外に出る。今はなぜか親が家にいない為一人で管理しているが、特に大した理由でもないのだろう、ちゃんと鍵をかけたりする事を忘れない。ただ家の掃除とかは果てしなく面倒だった。現実世界にもアイルーが欲しいなぁ、と思いつつ家の鍵をかけた所で、家の前の花壇を見た。
家の前の花壇は母が家を飾る為に育てていた花が植えられている。その世話は母の日課だった筈だが、こうやってなぜか家に居ないのだから、自分が面倒を見るしかないのだろう。だから家を出る前に軽く水やりだけ済ませてしまおうと思って花壇を見た時、そこに見慣れない花が咲いている事に少し、違和感を覚えた。
「んー……? ―――黒い睡蓮なんてあったっけ?」
花壇に植えられている花は、黒い睡蓮だった。花壇の中で大輪を咲かせ、花壇を黒く彩っていた。普通の睡蓮は白いから、黒い睡蓮は珍しいなぁ……と思いつつ、ホースに水を通して、さっさと水やりを終わらせてしまう。全く、自分で始めた花壇なのだから息子に仕事を押し付けていないで、ちゃんと最後まで面倒を見て欲しいものだ。軽く憤りつつも黒い睡蓮が濡れて、その花弁に水滴が乗るのを眺めてから、ホースに流れ込む水を止めて、
家の外に出た。
後ろで門が閉じる音を聞きながら、イヤホンを装着し、スマートフォンのスクリーンを操作して、お空で戦う究極の龍との戦いのBGMを流す。モンハンばっかり遊んでいると違うゲームのBGMを作業用に流したくなるよなぁ、と思う。実際、メインBGMをミュートして、その背後でいつもプレイリストを垂れ流しにしているし。
しかし、なんだ、妙にスマートフォンを操作する感触が懐かしい気がする。お前、壊れていなかったっけ? と思いつつ、音楽がイヤホンを通して流れ込んでくるのを感じる。良し、今日はこいつでご機嫌だ。そう思いながら人の少ない道を歩いて、近場のコンビニへと向かう。24時間、何時でもオープンというのは暇潰しをするには丁度よい所でもある。こいつ無くしては文明生活はあり得ないよなぁ、と思いつつ、歩いて行く。
今日が祝日なのかどうかはまぁ、正直考える程でもないしどうでもいいだろう。
「……?」
足を止めて、首を傾げ、頭を掻く。
「まぁ、いっか」
再び歩き出し、人の気配の少ない住宅地を歩いて行き、抜ける。通りの方からは車の音が聞こえる。となると何かの記念日だったかなぁ、と、日付を確認するのもめんどくさく感じ、複雑な事を考えるのを止めてコンビニへと向かった。聞きなれたメロディが自動ドアが開くと流れて来るのをイヤホン越しに聞こえる。
「いらっしゃいませー」
その言葉に反応する事もなく、立ち読みコーナーへと進んで、今週の週刊少年誌に手を出す。表紙を見てこれ、前に読んだ事のある奴じゃん……と思いながらも、このまま家に帰るのもちょっと悲しいので、このまま読む事にした。イヤホンから流れ込んでくる音量を上げつつも、少年誌に掲載される漫画を見た。
「……」
そして頁をめくって数秒で―――飽きた。
「はぁ……なんか、しっくりこねぇ」
それを棚に戻しながら溜息を吐く。なんか、しっくりこない。割と普段からコンビニで立ち読みして時間を潰すのには慣れていた筈なのに……何故かそれがしっくりこない。なんと言うか、
「というかゲーム遊ぶ気分にもなれないんだよなぁ」
寧ろ……こう、体を動かす気分だった。筋トレというか、何故か、
妙に―――剣を振るいたい気分だった。でも、まぁ、日本でそんな事は出来る訳もないし家に帰って寝るか。
「……いや、まぁ、それはそうなんだけど」
現代日本で剣を振るうなんて不可能だ。やっぱり寝ぼけているのだろうか? それとも夢を真に受けすぎじゃないだろうか? 一世代前の人間はゲームは悪影響! とか叫んでるし、本当に真に受けたら面白いだろうなぁ、と思う。まぁ、常識ではありえないし、不可能な事だ。考えるまでもない。
「考えるまでもないよなぁ」
そう呟き、
―――左薬指を食い千切ってみた。
「っぁ―――!」
「お客様!?」
食いちぎった途端、凄まじい激痛と共に脳の中がクリアになって行くのを感じた。あ、そうだ、これこれ、この痛みと常に隣り合わせの感覚。これだ、
「あー、すっきりした」
「あ、あの、お客様!?」
「あ、いや、何でもないです。ほら」
指は何時の間にか繋がっていた。食い千切った時の傷は消え、新しく指がそこにある。それを見てカウンターを飛び出した店員は首を傾げながらマジック? と呟きつつカウンターの向こう側へと消えて行く。それを眺めつつ、コンビニの外へと出て行く。そしてそのまま、空を見上げた。
「あー……なんで気づかなかったんだこれ……」
空は完全に紫色に染まっていた。赤の混じった紫色だった。片手剣の怨念、そして狂竜ウィルスに内蔵されたマガラの意思、その両方がこの中に流れ込んでいるな、と認識する。今まで半分、催眠状態だったようなものだ。それをたぶん本能と直感と狂気で目覚めたのだ。
ちょっと人間止めてない? と思いつつも、欠伸を漏らす。
「うーむ、実に困った」
一度違和感を抱き、それを突破する事に成功すれば、完全に思考がクリアになる。懐かしい様なマガラの意思の、心への干渉を感じるが、完全に意識が覚醒してしまえばそれを跳ね除ける事なんてこの数年間、試練しか経験していない人生ウルトラヘルモードに突入しているサバイバーさんには容易い。心が鍛えられていないと自殺を決行する環境だったからしょうがない。
「《眠り姫》ちゃんは無事かなぁ」
言葉を伝えるだけ伝えて、それで自分の意識が完全にマガラの意思に呑まれたのは自覚出来た。それが古代の怨念と混ざって、龍を殺す為に活動し始めたのも知覚出来た。だが自分に解るのはそれまでだった。それ以上の事は流石に解らず、自分が何で、この日常生活を再現した様な空間に居るのかが解らなかった。
いや、これが自分の記憶から再現されたものである、というのは良く解る。見える景色も、漫画の内容も、全部自分の記憶の中にあるものだ。
ただ人間とか、全員能面で顔が存在しないのはそこらへん、もう俺が他の人を覚えていない事に起因するのだろう。ひたすら、見た目が気持ち悪かった。
「どうしたもんかなー」
これが現実の世界なら剣を片手にぶち殺せば問題がない。だけどここは恐らく、自分の記憶を使って作った精神世界だ。良く漫画とかでそういう展開があるし、間違いはない。大体闇に呑まれた感覚があったから、これが内側の世界であるのはまず間違いがないのだ。問題はちょっと竜を斬り殺せる事以外は、完全に人間スペックの自分ではこういうファンタジー要素に対する対策や対処法を持ち合わせていない、ということだ。ぶっちゃけ、どうにかなるのならどうにかする。だけどその方法が見えなかった。
「ふぁんたじぃー」
口にして呟いてみたが、何の解決にもならない。折角意識が完全覚醒したというのに、心を再び眠らせようとする事以外の干渉が一切なかった。
どうやら、このまま日常の中に埋没させるつもりらしい。
「……まぁ、脱出方法がないからなぁ」
禍々しい色の空を見上げてそんな事を呟く。悔しい話だが、現状、意識を覚醒させた所で何かが出来る訳でもない。何せ、ファンタジックでマジカルな力を自分が持っている訳でもないし。それで必殺! 精神斬り! ……とか、できる訳でもない。形としては完全にこの世界に囚われた形になるのだろうか。悔しいが割と真面目に、出来る事が何も思いつかない。
大体の奇跡は起こして来た後なのだから、特に何か、出来そうな事が思いつかない。
せめて、マガラ化した自分をリアルで《眠り姫》が綺麗にぶっ殺してくれればいいなぁ、程度の事しか思いつかない。なにせ、最終的に龍化する結末が見えているのであれば、可愛い子の為になって死ぬのが一番かっこいいと思うからだ。だから私は死ねないぞー! 的なノリでぶっ殺してくれたらいいなぁ、って思ってる。
十分に機会には恵まれていたし、それを蹴ってこの道を選んだのは自分だ。だからここで死んでもいいや、とは思っている。やれることはやり尽くしたし。
「しゃーねぇ……家に帰るか……」
呟きながら、コンビニを背に気持ちの悪い街を歩いて行く。
これは、自分の記憶に残されたイメージから再現された、日本の、自分の住んでいる場所の景色だというのを認識する。所々ぼやけていて、フォーカスが合わないのは自分が正確に覚えていないから。人の気配を感じないのはそもそも、俺が他人を記憶していないから。両親が家に居なかったのは多分―――俺がもう、あの人たちの事をまともに覚えていないからだろう。
なのにコンビニ店員の姿は覚えているのだから、日常生活って凄い。
気づいてしまえばこの世界は狂気と怨念で満ちている。龍に対する憎悪が形を作ったように、どことない気持ち悪さが空気に混じっている。空はマガラの色をしている、覗き込んでみる窓の向こう側の景色は血を塗りたくったかのような赤色をしている。適度に見えないフリをしながら歩いた方が、精神衛生的には良さそうだった。
だからそれらを全部スルーする。顔のない人間が通り過ぎながらこんにちわ、と挨拶して来るのを無視し、吠えてくる顔のない犬を無視して、そのまま、普通に家への道を進んで帰って行く。思えば、古代から続く数千年分の怨念と、そしてそれによって生み出された生体兵器が融合したものが作り出した箱庭なのだから、狂気で溢れていても当然だった。
「やぁ、怖い怖い。ホラゲー苦手なんだよなぁ」
もうちょっとこれ、どうにかならないのか? そう思いながら家に帰って来た。
そして前庭の花壇、
黒い睡蓮が踏みにじられる様に潰され、千切れ、そして散っていた。
「ひっでぇ事をする奴もいるもんだ」
花壇の中で散っている黒い睡蓮を見て、こいつが現実世界であの子を象徴するような形で存在する事を知っている。現実には存在しない花である。しっかりとこの世界の虚構を認識出来る様になると、ブロックされていた情報が脳から届く。
その本物の脳の方は絶賛、支配され中な訳だが。
「は、は、は、は―――虚しい」
死ぬなら苦しまずにスパっと死にたかったんだけどなぁ、と思う。何故こんな風に自分の意識は残ってしまったんだろうか、とも思う。溜息を吐きながら、ぐちゃぐちゃにされてしまった睡蓮の後片付けをしようか、と花壇の掃除を開始しようとしたところで、
庭の端、影に隠れるように、一輪だけ無事な睡蓮を見つけた。
「……」
帰ってきたら、念入りに潰された睡蓮を見つけた……それはつまり、この睡蓮は狂気と怨念とは関係のない所の存在なのだろうか? 拠点に置いた、凍り付いた睡蓮を思い出す。アレを持っていると、どことなく心が安らいでいた気がする。もしかして、この睡蓮の出自は怨念やマガラとは関係のない所なのかもしれない。
そう思い、睡蓮に手を伸ばし―――触れた。
ほとんどイメージに近い言葉だった。だが脳髄を突き抜けるような衝撃と共に、それを感じ取った。そして同時に、超直観的に自分自身の危機を予知した。鍛え上げられた反射神経がこの世界でどうやって反応するのかは解らないが、ほぼ反射的に指で睡蓮を摘み上げながら、壁を蹴って跳躍し、三角跳びの要領で後ろに忍び寄っていた気配を回避する。
家の前庭に転がりながら、先ほどまで自分が居た場所を薙ぎ払った姿を見た。
それは蒼い鱗に包まれた、10メートルを超える巨体を持つ存在だった。人間と比べれば遥かに大きく、そして強靭な肉体をしている存在だった。蒼い鱗に体を覆われ、鋭い爪と嘴を持ち、色鮮やかなとさかを頭に持つ、人ならざる存在だった。
―――ドスランポス、そう呼ばれる存在だった。
「
後ろへと滑る様に下がりながら睡蓮をベルトに入れておく。先ほど聞こえた声はもう聞こえないが、それでもこの襲撃を予告してきた。現状、これを味方と判断しつつ、見覚えのあるドスランポスの姿を見上げた。
それは何年も前に、初めて狩猟した中型、大型種の存在だった。
あの楽園の箱庭で生きる為に敬意をもって最初に殺したドスランポスだった。今利用している第二拠点、そこに住み着く上で必要だった場所、それを奪う為に殺した命。殺して、そして喰らって取り込んだ命だった。それが記憶にある姿そのままで出現していた。
「ははは……成程」
剣があればまだ何とかなるのかもしれない。だが左腰には剣も、そして刀もない。片目をドスランポスへと向けたまま、素早く自分の家の前の空間をサーチし、そこにダガーサイズとも呼べるスコップが置いてあるのを見た。
ドスランポスの呼吸が動の流れに入った瞬間、動きを見切って転がりながらスコップに手を伸ばす。
だがそれは手に触れる直前、溶ける様に消え去った。
「おい、誰かこのクソゲー止めろ。今すぐデバッ―――っぉっ!」
冗談を口から放つ余裕さえもなく、素早く大地を蹴り、家の門を蹴って跳躍する。身体能力は最後の瞬間と比べれば大きく下がり、通常の人間スペック程度のレベルまで落ちていた。だがそれでも、ハルドメルグによって仕込まれた身体操作術は肉体のスペックをフルで運用する事を可能にする。跳躍、回避、三角跳び、その動きを意思で完全に制御し、ドスランポスの追撃から逃れながら門を飛び越えて転がり、片膝をつくように着地する。
ドスランポスが門を飛び越え、咆哮する。それに合わせて屋根の上、近くの家の窓を破り、ランポス達の姿が出現する。出現する数は12、剣があればどうにでもなる相手だろうが、
武器に使えそうなものが何もない。
素早く後ろへと飛び退きながら立ち上がり、気配を鋭く察知する様に感覚を伸ばし、ランポス達の気配を捉えながら奇襲警戒を行えば、
ヴヴヴヴ、と聞きたくもない音が聞こえて来た。
空へと視線を片目だけ向ければ、そこには人間を超えるサイズの、甲殻を纏った女王蜂の姿が見えた。しかもその背後には見覚えのあるランゴスタの群れを引き連れているのが解る。
「地にドスランポス、天にクイーンランゴスタ。この圧倒的にうざい組み合わせよ」
迫ってくる姿に素直に殺されるか、殺されないかどうかを考える。迷いどころだ。こいつらに殺されればもう、面倒な事を考えずに居られるのだろうか? 大体やりたい事はやり終わった後だから未練はないんだよなぁ、というのは事実だった。好き勝手やって満足した結果の賢者タイムだとも言える。
だけどそれはそれとして、
「俺にもサバイバーとしてのプライドがある。誇りがある。簡単に諦めるのは正直、どうかと思うんだよ―――なっ!」
素早く飛び込んできたランポスの姿を半歩、体をズラすように回避し、すかさずその隙を狙ってきた二頭目のランポスに対して、一頭目のトサカを掴んで引っ張り、二頭目の飛びつき攻撃を一頭目の頭に直撃させ、同士討ちで即死させる。その衝撃で二頭目の動きが止まったらそのまま、一頭目が死亡したショックで大きく開いた口を二頭目の首に叩き込んで、
全力で蹴り上げる。
それで二頭目の首に刃の様な歯が突き刺さり、千切れる。流石ランポスだぜ、序盤の頃はお世話になったわ。そう思いながら死体を有効活用しようとする前に、その死体が溶けて消え始める。
「クソめ」
消えて行く死体に向けて中指を付け立てながらバックステップで距離を取る。にじり寄ってくるランポスの群れと、囲もうとして来るランゴスタの群れ。最初の頃の、逃げ回っていたころを思い出す面子に涙が出そうになるが、それは後に回すとする。
「気に入らねぇな」
呟き、死んでみるか、という選択肢を自動的に脳内から消し去る。やはりここは逃亡一択か。そう判断した所で、再び脳内に響くような言葉が見えた。
また、睡蓮を通して声が聞こえた。やはり、ここに怨念とマガラ以外にも何かが存在しているようだ。味方となりえる何かが。賭けるか否かを思考し、他に情報が何もないのなら、それに飛び込んだ方がいいだろう、と判断する。
「そんじゃ……もう少しだけ、恰好付けてみるか」
呟き、ランゴスタとランポス達の気配を常に感じ取りながら、全力で逃亡する為に道路を蹴り、壁を蹴って塀の上に乗った。そのまま、声に導かれるまま、逃亡を開始する。
声に、導かれるがままに。
狩猟の記憶。
終盤でのボスラッシュは王道で基本だよね、ってアレ。ただし武器はねぇから。もうちょい記憶封印状態でうろうろさせてもいいかなぁ、とは思いつつも、これ以上展開を伸ばして読者をやきもきさせるのもアレかと思うし。
作者視点からすると、盛り上がる部分は変に惜しんで長引かせるように、サクサクと進行したほうが熱を引き継ぎやすく、次の展開に読者を引き込めるからあまり、悩みどころをは作らず流れへ、という感じだ。
それはそれとして、メンタルが強固ってのもあるけど。
次回、千年の怨執。狩猟再演。