「いやぁ、アスレチックでパルクール練習しておいて良かったわ」
何がどう転じるか、解ったもんじゃない。
そう言いながら壁を蹴って跳躍し、屋根の端を掴んで体を投げて、ランゴスタの翅を蹴って墜落させながら掴み、その存在そのものを武器としてランポスに投げつけて突き刺した。これでダブルダウン。翅を失ったランゴスタ程無害なものもない。殺した死体から素材を剥げないのはサバイバーとして中々苦しい部分ではあるものの、ランゴスタが武器として運用できるのは良い事だ。
気分は鍵剣の勇者。近くにある道具も敵も使えるものはどんどん使って殺して行こう。派手に巻き込んで相殺しつつぶっ飛ばせばそれだけ楽に此方が動ける。本来の剣の道、最適解から外れるやり方だが―――剣がないのだからしょうがない。ランゴスタを散らしながら投げつけてダート代わりにし、ランポスを壁にしながら受け流して同士討ちにする。そうやって一匹ずつ接近しすぎた奴を処理する。
逃げる事優先で。
流石に自分から接近したら数の暴力で死ぬ。逃げ続ける限りは受け流して回避しながらカウンターで確実にとって殺せるので、難しくはない。だが殺しても殺しても、まるで虚空から湧いてくるように数が減らないものだった。流石の厳しさに、逃亡を最優先で住宅街の建造物を足場に、パルクールで走りながら移動する。
そう言えばパルクールの配達屋のゲームもあったっけ。
アレも結構派手なアクションしてたなぁ、と思い出しながら飛んできたランポスの頭を足場にしてもう一段階上へと飛ぶ。そのまま屋根を掴んで体を引き挙げる。コツはそこまで難しくはない。複数のアクションを一つの行動として見るから難しいのだ。腕を伸ばす、掴む、引っ張る、跳ぶ、転がる、着地する。それぞれのアクションを分解して管理し、その為の最適な動きを肉体にインプットすればいい。
そうすれば職人の指先の様に体が動きについてくる。
ハルドメルグの鍛錬様様だった。
とはいえ、人間の体力は有限。余り派手に遊ぶと直ぐに限界が来る。体力のペースを維持する為にも全力で動き続けるというのは不可能な事で、いくつかのアクションを挟みながらも動きを緩め、体力の回復を小刻みに狙いつつ動き続ける必要があった。それが一気にランポスやランゴスタと距離を開ける事の出来ない理由でもあった。大体なりふり構わないデッドチェイス化すれば、体力と跳躍力に優れるランポスに簡単に追いつかれる。
ならどうするのか?
適度な速度を維持して、ランポスを団子状に移動させるのだ。常に進路に別のランポスが、そしてランゴスタが邪魔に入る様にする。そうすることで一直線に襲い掛かる事の出来る個体の数を制限する。屋根や塀の上を積極的に足場にするのは侵入数を制限する為の措置でもある。
だから場所を選んで走っている。
「こう見えてけっこー急いでるんだよ……!」
睡蓮を通して聞こえるのは男の声だった。どこか必死で、焦っていて、しかし応援するような気持が声に込められている―――頑張っている人間からすれば、非常に気持ちの良い声だった。その声には何せ、邪念の様な物を感じられない、心の底から案じる様なものを感じられるからだ。だから思わず、体に力が入ってしまう。
壁を、屋根を蹴って、フェンスを越えて道路に転がる様に着地する。
と、その瞬間、景色がモノクロに染まってから変わる。住宅街の景色は遊具が設置されている公園へと景色を一瞬で変化させられた。
「それはちょっと卑怯じゃありませんかねぇ……」
言葉を放った瞬間、公園の砂場が爆発した。その下から這い出てくるように、モノブロスの頭蓋骨を背負ったダイミョウザザミが這い出てくるのが見えた。今思えばその頭蓋骨、砂漠の方から調達してきたんだろうなぁ、と思う。良くもまぁ、あんな超危険地帯に突入する気になれるわこいつ。
それはそれとして、
「食べた事怒ってる? うぉっ、危なっ」
返答の代わりに泡ビームが飛んできた。横に転がって回避しつつ木馬を蹴って、スプリングの反動を利用して跳躍、そのままダイミョウザザミの顔面に蹴りを叩き込み、その反動で頭の上へと登る。
安地、獲得。
ダイミョウザザミが頭蓋骨の上に登った此方に対して攻撃しようとハサミを伸ばしてくるが、そこにまで攻撃が届かない。だが此方が蹴りを叩き込んだ所でダメージが発生した訳でもなかった。やべぇな、と思いながらランポスの鳴き声が聞こえた。超直感的にダイミョウザザミの頂点から跳躍すれば、先ほどまで居た場所をクイーンランゴスタが突撃して薙ぎ払い、
ランゴスタとランポス達が、奥からゆっくりとドスランポスがやって来た。そこにダイミョウザザミが追加され、中々状況が絶望的に見えて来る。
「徒手空拳のままってのはやっぱバランスおかしくない?」
モンスターの軍団を前に、禍々しい空模様が絶望を証明する様に色を轟かせている。ダイミョウザザミ美味しく食べたから許せよ、と口にするとキレられた。解せない。どうにもならねぇわ、と軽く笑い声を零しながら後ろへと少しずつ、少しずつ下がる。
だがモンスター軍団がにじり寄ってくる。
背を向けて走り出したら恐らく泡ブレスで狙い撃ち、遊具で躱すには数が少ない。公園は開けた場所が多すぎる。ちょっと、この空間でヒューマンスペックのままチェイスするのは無謀だった。どうしたもんか、そう思った所で再び声が聞こえて来た。
「ふむ―――こうかな?」
ベルトに差し込んでいた黒睡蓮を勢いよく引き抜いた―――それが光に飲まれ、一瞬で花びらの装飾を刻んだ、黒い水晶の様な剣になった。その柄も鍔も刃も一つに接合されたような形状、デザインはあの幾何学模様の剣や、片手剣の姿を思い出させる。実際、サイズも一緒だ。軽くそれを持ち上げ、くるくると回転させてから握り直す。
そして飛び込んできたランポスを真っ二つに斬り払いながら、その背後に隠れるように飛び込んできたランポスを斬り殺し、ついでに連鎖して近かったランゴスタも三匹程、纏めて流れで殺しておく。死骸が真っ二つに転がるのを見て、片手剣を漸くまともに握った。
「うん、悪くない。寧ろ良い」
適度に重く、癖がなく、特別な力もない。それなりに硬そうだし、悪くない剣だった。何度か回転させてから握り直し、完全に動きを停止させていた集団へと視線を向ける。
「……」
「……」
剣の切っ先を軍団へと向ければ、相手が緊張するのが解ってくる。その姿を見て、口を開く。
「待ってたぜ、この時をよぉ……!」
自分を鼓舞し、尚且つ緊張しすぎないように冗談を飛ばしながら―――一気に踏み込んだ。数の暴力で死ぬ時代は終わった。雑魚は殺す。それを実行する為に殺し間へと向かって一気に踏み込んだ、反応するダイミョウザザミが泡のブレスで対抗して来るが、それを切り裂きながら踏み込んで、剣の腹で反らしながら踏み込み、腕を甲殻関係なく斬り落として顔面に蹴り込んで口を粉砕してやる。
そのまま、飛び掛かってくるランポス諸共ダイミョウザザミを殺す。温い。余りにも温い。ティガレックスの斬咆哮をぶった切るのと比べればなんて軽い事か。空気よりも軽く感じる程に容易く殺せる。
「本当中身入っているのかお前ら? スカスカだぜ」
挑発する様に言葉を放ちながら更にダイミョウザザミを割り、その向こう側から飛び込んでくるクイーンランゴスタの姿を見た。尾の針で突撃し、此方を突き殺そうとする姿を見て、迷う事無く正面から斬撃で対応する。飛び出してくる針、それに剣の刃を合わせ、接触し、針を両断―――尾を両断―――そのまま体を真っ二つに切り裂いて即死させる。
「勢いだけで押し切るってのには見飽きたもんだ。で、次どうだ?」
ランポス達が明らかな戦闘状況の加速的な変化に動きを停止させ、判断する時間を作ろうとした。なのでその連中を全員纏めて首を飛ばして殺してやる。一瞬で三匹の首を飛ばし、次の呼吸で二匹の体を真っ二つに斬り殺して、その死体を足場に次の塊の中へと飛び込む様に斬り込んで行く。
武器がなく、追いかけられるというストレスから解放された今―――環境に置いて行かれた、絶滅してしまった生物では到底、追いつけない程度には自分も、鍛えられていたのだ。
今更、この程度―――剣さえあれば、絶望でも何でもない。化け物染みた進化も、殺意に特化した悪意も存在しないただの数の暴力など、受け流して同士討ちさせて斬り殺しながら押し付ければいい。そのルーティーンワークを徒手空拳よりも
「という訳で。今度こそちゃんと死んで、思い出になっててくれ」
ランポスの背中を足場に跳躍し、自分よりも大きいドスランポスへと向かう。それが此方の接近に対して逃げる―――事は選ばずに、そのまま、その巨体で飛びついてくる。故に爪を斬り払い、流しながら牙が到達するよりも早く腕を斬り落としながら首を断ち、ドスランポスを足場にその背後へと抜けた。
首を断たれたドスランポスの姿は、どこか満足そうであり、死体は消えて行く。
「思えば俺の狩猟の最初の最初はお前から始まったようなもんだったな……ま、ゆっくり死んでてくれ。また殺すのは面倒だから」
ドスランポスは骨格の都合上、首が高い位置にある。その為、相手をして一撃で殺すには此方から首のある高さまで飛び込むか、それか相手が攻撃して来るその瞬間にカウンターを取るしかない。どちらにしろ、面倒な相手だ。相手をしないのが一番賢い選択だろうとは思う。
「……さて、やるのか?」
残されたランゴスタとランポスへと視線を向ければ、リーダーを失った雑魚共が虚空の中へと溶ける様に消えて行くのが見える。どうやらリーダーを討伐したから消えてくれるらしい。流石に全部殺すのは骨だから消えてくれるのは助かる。睡蓮の剣を逆手に握り直しながらふぅ、と息を吐く。
「助かった、か……」
自分の技量と戦闘能力もマジキチ染みて来たのは自覚しているが、それでも物量戦は消耗させる意味では一番優秀なやり方だから困る……とはいえ、ここは精神世界だ。本当に疲れているのかどうかさえ怪しいのだが。
「さーて……どっちだ?」
「あいよ」
剣を逆手に握った状態のまま、歩き出す。流石に走り出して体力を一気に削る様な事はしたくはなかった。だから歩いて公園を抜けてしまえば、再び世界がモノクロに染まり、砂嵐によって視界を奪われる。逆手に握ったままの剣を顔元まで持ち上げ、それをシールド代わりにして砂嵐を耐えれば、再び景色は一変する。
先ほどの広い公園の空間は、更に広い空間へと変質する。
中央には道路と高速道路が走り、その横に乱立するビルや店舗の姿が何個も目撃出来る。銀座や六本木などのオフィス街を思い出させるような景色だった。先ほどよりも色々と高い建造物が存在するが、同時に更に広く、解放された空間でもあった。
そう、大型種が入り込めるレベルで広さを感じる空間だった。
「ま……当然来るよな」
空から咆哮が聞こえて来た。見上げれば口の中に炎を溜め込んだイャンクックが赤黒いオーラを纏い、更にその肉体を禍々しく変質させながら此方を見下ろしていた。その姿は空中、30メートルほどの高さで浮かんでおり、ホバリングしている。それを見て、一瞬で絶対に降りて来るつもりねぇなこの糞怪鳥は、と理解させられる。
あの時、数年前の神殿帰りのイャンクック。アレがあそこで死なずに成長した場合……そのIFを辿った姿の様に見える。
そしてそれを目撃するのと同時に、違う方角からも咆哮が聞こえて来た。空間を震わしてビルのガラスを吹き飛ばす咆哮はまさしく超咆哮。逆手に握ったまま最短動作で音を斬り払って到達を阻止しながら視線を向ければ、
いつぞやのヒプノック辿異種が、育ったような体の大きさで街角から出現するのが見えた。此方はイャンクックとは違って地上から離れるつもりはないらしいが、煮えたぎる様な憎悪に身を焦がすのが見えている。
剣を顔元まで持ち上げて構えた状態のまま、ははは、と小さく笑い声を零す。
「中々ヘヴィだわ、これ。ところで何か解決手段はある?」
前よりもはっきりと声が聞こえて来た。どうやらエリアを進むたびに声の主へと近づいているらしい。助けてくれている以上、余り疑う様な事はしたくはないが、それでも待ち受ける様にこうやって辿異級二頭同時、となってくると流石に話が変わってくる。先ほどの雑魚軍団とは違って、知性が高く、そして攻撃する事が不可能な相手が存在するのだ。
ちょっと、やばいかもしれない。
けど、まぁ、
「―――やってやりますか」
剣を握ったまま、今度は走り出す。それを追いかけるように空からイャンクックが、地をヒプノックが走ってくる。口から炎を吐き出すイャンクックと、夢見の泡沫を吐き出してくるヒプノックが、走って来た背後の空間を封じ込める様に破壊と夢をばら撒いてくる。どちらも触れれば一瞬で終わりだな、と今どき珍しい電話ボックスを発見する。その壁を蹴って、上に着地して高所の第一段階を取得する。
そのまま、更に跳躍して近くのビルの壁を蹴り、それを蹴ってビルの出っ張りに足を乗せ、壁を走って跳躍と着地を重ねながらその壁をかけ上げる様に走る。
「うっし、足場や出っ張りが多いから出来る出来る。木々を足場にするよりは楽だな」
そして当然の様にイャンクックとヒプノックに上下を押さえられた。だがそれでいいと判断する。剣をそのまま逆手で振るって横の壁を切り裂いて粉砕し、そのまま横に転がる様に中に入り込む。どうやら実物としてちゃんと存在しているらしく、中には入り込めるようだった。中はデスクやらコンピューターやらがたくさんある、オフィスの様だった。
こういう時の対処法は決まっている。
狭い地形におびき寄せて各個撃破だ。
「大きな体じゃあ入って来れないだろうけどな……!」
ビルの外から咆哮が聞こえ、そして高度を落として来たイャンクックが窓の外から此方を睨み、口を大きく広げた。それに合わせ、再び逆手に握った剣を顔元まで持ち上げる様にしながら、右半身を前に突き出すように、殺しに行くように特異な構えを取った。それに合わせイャンクックが素早く、距離を空ける様にビルから離れた。今のは踏み込めば殺せる距離だっただけに、少し惜しいと感じながら舌打ちした。
「ふぅ……行くか」
この場所が原因なのか、或いは体がマガラに呑まれた影響か、自分でも今は割と螺子が吹っ飛んだ状態であるのを自覚する。アクション、言動に一切躊躇を覚えない。極限状態で無理をし続けた結果、脳味噌が一度吹っ飛んだのだろうか?
まぁ、この状況では丁度いいぐらいだ。
そう思いながら窓の方へと視線を向けるのを止め、そのまま睡蓮が導くままに、次のビルへと向かって一気に走り出し、壁を斬り壊して穴をあけて、その穴から飛び出す。斬り飛ばした破片を足場にワンステップ取りながら次のビルへと壁を斬って侵入し、床を転がって着地しながら再び、障害物を乗り越えて隣のビルに着地する。
飛び移るのをイャンクックとヒプノックに目撃された。
次は妨害から先回りされるだろう。スピードに任せた勝負を展開すると相手の方が身体能力が上なのだから、上回られてしまう。となると素直にビル移動するのは止めた方がいいだろう。外にでるか? それとも上に出るか? 屋上から屋上へ―――そうすれば地上のヒプノックが飛んでこない限りは、無視する事が出来る。
そうすればイャンクックの始末にだけ、集中できる。
そう判断した所で、ビルが揺れるのを感じ取った。素早く足を固定し、剣を逆手に構え、気配を読み―――素早く窓を突き破って逃げるように外へと飛び出した。
瞬間、ビル中に電撃が走った。視界の端でビルにとりついた十を超えるフルフルの姿が見えた。そして飛び出した此方を待ち構える様に、黒い残像が飛び掛かってくる。その呼吸を先読みして、襲い掛かってくる姿に対して空中で斬り払いを叩き込み、その勢いを利用して、逆に自分の体を押し上げた。
ナルガクルガの残像を上に押し上げられる様に飛び越え、そうしなければ当たっていたであろうイャンクックの火球を飛び越えて回避する。
そのまま、回転しながら着地し、襲い掛かってくるヒプノックの嘴を体を蹴り飛ばして回避する。
「小型の数の暴力で勝てないなら大型の数の暴力だって? まぁ、頭が悪いけど間違った判断じゃねぇのよな……」
冷や汗を垂らしながら吠えるヒプノックの口から泡が溢れ出し、それがふわふわと浮かびながら風に乗って、永眠へと誘う香気を運んで来る。それから逃げるように走り出せば、空からイャンクックが火球で狙撃して来る。迎撃する様に剣を振るって切り分けながら弾き、剣を使用した隙に飛び込もうとするナルガクルガの動きをそれで牽制して、接近を止める。
だがその間にビルに張り付いていたフルフルの群れがビルから飛び降りて、電撃を纏いながらゆっくりと咆哮しつつ近づいてくる。一々音を斬るよりも耳を潰したほうが早いかもしれないなぁ、と思いながら燻る炎の中で音を斬りながら走り、高速道路の下へと、それを支える柱を壁にする様に素早く動きながら、襲い掛かれる状況を制限して移動する。
敵は辿異ヒプノック、オーライャンクック、ナルガクルガ金冠種、そしてフルフルの群れ。
「簡単に言ってくれるなぁ……マジで骨が折れそうだぞこれは。……文字通りな!」
でも一回は全部殺してるんだ。ならまた殺せるさ。剣を引き上げる様に構えつつ走り、殺し、生き延びるために思考を回す。嫌なほど殺してきて、そして生き延びて来た。
サバイバー、その矜持が自分を生かしている。
そしてそんな状況に放り込まれて生き延びている自分が―――どうしようもなく、楽しい。笑みを浮かべるのを止められない。だから、
生きる為の動きを始めた。
度重なる理不尽を相手に対抗する力があるとどうなる? 答えは実にシンプルである。キレる。
つまり大体ブチギレ状態。テンション高かったりするのも大体そろそろいい加減にしろよお前……って状態であることにも原因が。心の中だからそれを取り繕う事が出来ないという部分もあるけど。という訳で今まで殺して来た大型種が集団でサプライズ登場! やったな!
次回、パンドラの底。