まず間違いなく邪魔なのはヒプノックだ。放置していたら昏睡レイプされる可能性が高い。初めて会った時は不意打ちで即殺してやった。子供だし、経験が足りないから奇襲で殺せた。だが育った姿で出てきた今、対接近戦に昏睡効果のある泡を自分の周りに浮かべる事で疑似的なバリアとして稼働させ、攻撃に対する牽制を行っている。つまりあの糞鳥を殺すのであれば、昏睡をどうにかしなければならない。それがこいつを殺す上でネックになっている。
次に面倒なのがイャンクック。絶対に届く距離に降りてこない上に火球を吐き出して狙撃し、尚且つ移動範囲を制限しようとしている。そのクッソ賢い戦術を止めて欲しい。最近流行っているのだろうか、クソゲー戦術。プレイヤーに配慮して勝ち目の残る戦闘方法を取って欲しい。が……究極的にはこいつは放置していい。降りてこないのなら無視して、攻撃の迎撃だけ行えばいいのだから。食い千切った指が再生しているのだから、致命傷じゃない限りは治るのだと思えばいい。だとすれば多少、焦げた所でスペックに影響ないなら問題がない。問題はこいつが遠距離戦を捨てて、近距離に混じった場合だ。その時は先に殺す。
残りはナルガクルガとフルフル。正直、ナルガクルガはそこまで恐ろしくない。奴の攻撃は基本的に物理的なものばかりだ。ブレス攻撃が存在せず、加速による斬撃が必殺手段である以上、接近する必要が奴には出て来る。尻尾の棘での狙撃は拡散する為、回避と受け流しが簡単な上、同士討ちが発生しやすい。なので接近攻撃の瞬間に殺せばいい。だがそれ以上に大きな障害物として優秀でもある。攻撃してきた時に足場として活用するから殺すのは後回しにする。
フルフルは面倒だ。防御の為に電撃を纏うのが解る。その為、下手に接近したら逆に感電から拘束、即死コンボへと連れ込まれる。唯一の救いはフルフルという生物そのものが機敏ではない事になるだろう。その代わりに大地を這う電撃のブレスで牽制して来るし、建物に立てこもろうとすれば張り付いて電撃を流し込み、全体をショックしてくるだろう。面倒な事、この上ない。だが結局のところ、着地点と接近しない事さえ意識していればまだ平気な輩だ。
やはり、ヒプノックが邪魔だ。こいつがいる限り常に昏睡の心配をし続ける必要がある。どうにかして、始末をつける必要がある。
高速道路の下、高速道路を天井にしてイャンクックの頭上からの攻撃を制限し、それを支える柱で背中や側面を常にガードする。必然的にナルガクルガが正面に回り込む様に移動を続け、常にカウンターを放てるように逆手に握った状態、刃を左斜め下へと向ける様に構え続けつつ、移動する。一直線にではない。高速道路の下にも多くの障害物がある。
車、自転車、フェンス、ボックス、現代文明の塵とも言えるものが多く放置されている。記憶の中からもっともらしく再現されたオフィス街は物質で溢れていた。それを武器として扱おうとすれば介入されて消されるだろうが、足場として、障害物として使う分には干渉は発生しなかった。
故にそれを障害物として扱いながら、縦横無尽に駆け抜ける事を選んだ。跳躍は小刻みにして、跳んでいる時間をなるべく短くする事で空中で狙い打たれる時間を制限する。滑空せず、動きで落下する事で加速する。そうやって自分が何かに接触し、加速する時間をなるべく作る。
身体能力で圧倒的に負けている分、動けない間を狙われると絶対に殺される。
その為の技術だった。フリーラン、パルクール技術。ハルドメルグに教わった身体操作術を、アスレチックで練習した移動技術と融合させて組み合わせた動きだ。それにしても現実以上に、体が言う事を聞く。
「もうちょっと早く教えて欲しかったな!」
心の強さが力となるのなら、無敵じゃねぇか―――いや、無敵ではないが、それでも普段以上の力は出るだろう。じゃあ頑張るか、と破壊された車を掴んで、体をスイングする様に飛ばし、転がし、ナルガクルガをくぐりながらヒプノックへと向かう。
正面から飛び込もうとする姿にヒプノックは睡眠のブレスを吐き出し、薄く広く、昏睡に落とす息を吐き出した。それが広がって行くのを見つつ、剣を回転しながら順手で握り直す。後ろへと刃を流す様に踏み込みつつ、
正面からブレスに突っ込んだ。
「眠―――らない!」
「!?」
笑いながら正面から踏み込んでブレスを吐くヒプノックの顔面を真っ二つに割った。嘴から眉間の間に刃を通す様に顔面を真っ二つにし、ティガレックスの件で反省しているので、接着出来ないように顔の半分をそのまま横へと斬り飛ばして、間違いようのない即死状態に叩き込んでやった。
「悪いな、精神力だけなら負けねぇんだわ」
精神力で堪えられるというのなら話は別だ。これがリアルだったらゴーグルマスクで遮断必須だったろうが、心の強さで乗り切れるというのなら簡単な話だ。
一度殺した事のある相手に心の強さで負ける訳がないだろう。故にヒプノックを殺害する。現実であれば結果は変わったかもしれない。だが精神、心というフィールドでの戦いであれば話は別だ。常に孤独と狂気と戦い、それでもなんとかぎりぎりで正気を保つ生活を何年間も続けて来たのだ。
狂気なんぞに今更負けるものか。ヒプノックを殺し、その瞬間を狙ったフルフルが此方へと電撃を纏いながら飛び掛かってくる。
その姿を迎撃する様に首を跳ね飛ばし、電撃が剣を伝わって体に襲い掛かってくる。心臓ショックで停止しそうになる心臓を気合と根性と気力で動かしつつ、そのまま即死したフルフルの体を蹴って、次のフルフルに感電しながら飛び掛かって殺す。そのあんまりな光景にフルフルが動くのを停止し、後ろへと一歩、下がった。
「どうした、痺れさせるんじゃねぇのか」
剣を構え直せば、絶対に勝てないと悟ったフルフルが虚空の中へと溶けて消える。それに合わせ、ナルガクルガが襲い掛かってくるが、その姿を振り向きざまに切り裂いて即死させる。死骸が頭を飛び越えて道路に突進し、車を巻き込んで爆発する姿を見送る事もなく、そのまま高速道路の下を歩き、先を目指して進み始める。
「あー……ちょっとびりびりする」
体の末端が僅かに痺れる感覚を残している。次の連中が襲い掛かる前に、この感覚が抜ければいいなぁ……と思いつつ、残されたイャンクックだけを警戒しつつ奥へと向かって進んで行く。
その羽ばたきの音は大きく、そして高速道路の上を飛行しているのだ、というのが聞こえて来る。
だがそれが降りてくるような気配はなかった。どうやら自分が不利となる場所で降りてこようとする事はないらしい。ただなぁ、と呟きながら剣を軽く回してから握りなおし、痺れを指先から抜き取りながら腕を回す。軽くジャンプをし、そして確かめるように開いている手で拳を握ったが、特に握力や身体能力が変わる様なもんじゃなかった。単純に強度が上がる程度か、と心を強く持ってがっかりした。
まぁ、いいや。
あの糞鳥が地上に降りて来た場合、炎に耐えて一発叩き込めばそれで殺せる。それが出来ると解れば十分すぎるだろう。第一、あのマガラ化みたいな反則的なスペックを出して戦うのは、矜持を酷く傷つけるのでこりごりなのだ。もっと、こう、俺の人生は楽になってくれないのだろうか。楽になって欲しい。
誰か、俺の代わりに頑張ってくれ。
もう一生分頑張っている気がするから。
「あいあい、頑張ってるさ。必死に」
苦笑しながらついぞ、高速道路の下へと来る事の無かったイャンクックを警戒しつつ、再び視界がモノクロの砂嵐に呑まれる。周りの景色や障害物が全て、砂嵐に呑み込まれて形を失い、前へと踏み出せば別の形と景色が広がり始める。
高層ビルの姿は全てが消え去った。
背の低い数階建ての建造物が広がり、広い道が見えて来る。木々が薄く育ち、整頓されたように伸びている。足元はタイル張りの道路となっており、そして見覚えのある景色が広がった。
「……ここ、大学か」
自分が転移してしまう前に通っていた大学だった。相変わらず空は禍々しい色に染まっていて、その色を映した校舎や道路は酷く気味の悪い色をしているが、それでもその姿は覚えのある大学の姿だった。そういえばこんなところに俺も通っていたなぁ、と見て、漸く思い出した。すっかりサバイバル生活が馴染んでしまったせいで全く思い出す事もなかった。懐かしい景色だ。そう思っていると、
鳥竜の羽ばたきが聞こえて来た。
素早く振り返りながら剣を逆手に構えれば、空を飛んでいたイャンクックが咆哮しながら空から降りて来たのを見た。咆哮を響かせるそれを斬り裂き、窓ガラスが連続で破裂して行く。それに合わせ、粉砕の音が聞こえる。反対側へと振り返れば、校舎を粉砕しながら出現する巨体が見えた。
緑色に発達した紫色の角を持った竜―――辿異種エスピナスの姿だった。
その体は既にねっとりと全身に猛毒を被っており、接触すればそれで一生苦痛を味わわせ続けるという地獄めいた鎧を被っている。うそーん、とちょっとその登場に地獄を感じ取っていると、イャンクックが炎を吐き出した。それはイャンクックの背後に一つ、そしてエスピナスの背後に一つ、と吐き出された。
それは両側に着弾すると一瞬で燃え上がり、炎の壁を生み出した。エスピナスとイャンクック、その背後へと抜ける事を禁止する様に。
そして同じようにエスピナスも猛毒を吐いて、それを道路を挟み込む両側の校舎の壁に叩きつけた。半ゲル状になっている猛毒がねっとりと校舎の壁に張り付き、壁を破壊して突破しようものならそれが体にかかるのを防げないように細工してきた。
睡眠は我慢できる。一瞬の眠気を堪えればいいのだから。
電撃も耐えられる。痺れは永続するものではないのだから。
だが猛毒はダメだ。アレはかかったらそれ以降、治療するまではずっと影響を及ぼす。場合によってはエスピナスを始末しても残り続けるかもしれない。いや、というか残るだろうこの悪夢の性質的に考えて。となると逃亡は不可能。今までみたいに地形を利用した攻撃回避は出来ない。
正面からこの二頭を同時討伐するしかない。
「状況見えてるだろ! 呼ぶだけじゃなくてなんとか! しろ!」
駄目だこいつ。声がはっきりした上に、どこに行けばいいのかは解った。だが肝心の救いの一手が物凄いポンコツ臭を漂わせている。これ、本当に会いに行っても大丈夫なのか……? と疑いたくもなる。とはいえ、ヒントや助けなしでは100%詰んでいたのも事実だ。そう考えたら最速で、相手の動きを挟み込ませる前にぶち殺す以外に選択肢は存在しない。
そしてそのまま、唯一の味方へと合流、となるだろう。
熱を感じる。命を懸ける一戦に本能が磨き上げられてゆくのを感じられる。この数年間の生活で、どうしようもない社会不適合者になってしまったなぁ、と口の端を歪めながら心の中で呟く。左をイャンクックへ、右をエスピナスへと向ける様に、校舎を背後にする様に位置取りをする。両側から挟み込んだ二頭は逃げ場を封じ、此方のアクションに即座に対応できるように炎と毒による牽制を何時でも放てるようにしている。
一度動かしたら殺すまで止まらなくなるな、と予想しつつ、脅威の判定を行う。
怖いのは結果が見えないエスピナスの方だろう、と。炎はまだ斬れるのが解っている分、有情だ。だがあのゲル状になっている毒や、それをもっと斬り辛い液状化させた毒や毒霧を吐けるというのであれば、エスピナスの方が恐ろしい。それにあのエスピナスが本来のモーションを取り入れているのなら、大地に毒を当てて爆発させて広範囲にばら撒くという手段も取れるからだ。
炎は、即死しないと解っているし、多少程度のダメージは回復するのはたぶん、精神力を燃料にしているからだろう。
毒は一度かかってしまえば、永続的に体を焼き続ける。一時的に燃え尽きる程度の炎よりは殺意が高い。そう考えるとエスピナスの方が間違いなく、恐ろしい。
だが此方の剣術に対応する様に毒を被っている姿は対応が難しい。戦うのならこいつ一体に集中して対応したいレベルだ。となると必然的に、最初に始末する相手は決まる。つまりはイャンクックの方だ。空中からだと戦闘に決着がつかないと判断したか、或いはエスピナスと挟撃する形の方が勝率が高いと判断したか。どちらにしろ、地上に降りている間がチャンスだ。
ここで始末する。
殺すと判断した瞬間に
それに反応しイャンクックが飛び出し、エスピナスが毒を吐いて迎撃に入った。その動きを見て釣られた、と心の中で笑みを浮かべながらそのまま体を前に飛ばさず、地面に剣を突き刺し、前に進む体を突き刺した剣を起点に、大きくスイングしながら回転させ、エスピナス方面へと進むはずだった体をイャンクック方面へと向かって放り投げた。
エスピナスが迎撃で放った毒液は進むはずだった地面に衝突し、霧となってその場所を呑み込み、イャンクックは挟撃の為に踏み込んでいた。それによってエスピナスだけがワンアクション遅れた。
「地上戦を求めた時点でお前の負けだよ」
イャンクックが炎を正面へと吐き出しながら迷う事無くタックルをしてくる。その炎を切り分けながら突っ込んできたイャンクックの体を利用する様にタックルで面を作る為に向けて来た翼の防壁に足を乗せ、その上を転がる様に滑る、イャンクックの反対側へと上を転がる様に抜けた。そのまま足を大地に沈め、急ブレーキを掛けながら動きを停止させようとするイャンクックが尻尾を薙ぎ払って距離を開けようとする。
だが遅い。
尻尾を切断する。バランスを崩したイャンクックに踏み込んで逆手の状態で足を斬り落として更に体を崩し胴体から翼までを一直線に切り裂いて解体、そのまま肉を切り分ける様に進んで背後から斜めに切り上げて首を切断、ついでに頭を真っ二つに割って踏み潰す。
「手間をかけさせたなお前は」
空にいれば死ぬ事もなかっただろうに。そう思いながらイャンクックの死骸から視線をエスピナスへと向ける。残った障害はこいつだ。そして相方を殺されたのが気に入らないのか、超咆哮を放って校舎を破壊しながら毒を上へと放ち、それを霧のシャワーの様に降り注がせてくる。クソがめんどくせぇ! そう思いながら更に距離を空ける様に後ろへと下がる。紫色の毒霧を纏い、徹底的に此方を相打ちへと追い込むような態勢でエスピナスが一歩、また一歩大地を砕きながら踏み込んでくる。
「……痛み分け覚悟が必要か?」
こんな時こそ爆弾で援護出来るラズロの存在が恋しくなってくる。あの戦闘をさっくりとクリアできたのは、まず間違いなくラズロが一緒に戦ってくれたおかげだ。こんな時も助けてくれたらいいのになぁ、と、祈る。
そしてその祈りが通じたのか、
―――音速で飛来した姿が校舎を粉砕しながらエスピナスの上半身を斬り飛ばした。
銀色に近い刃の姿は殺意に溢れ、悪意に溢れ、そして炎も毒も全て真空の斬撃によって解体して吹き飛ばし、挟み込む校舎そのものを切断して粉砕する。瓦礫となった校舎の残骸が巻き上がり、それを礫の様に降り注ぐ姿が―――空中空気の圧縮によって固定された。
そいつの生み出す斬撃の原理は、モーションによって発生する技巧ではなく、超常現象的な、風力操作によるものであり、斬撃は結局の所、ブラフでしかない。本来はもっと自由に扱えるのを此方の固定概念の固定化、そしてそれを利用した必殺の奇襲の為に斬撃という形に付き合わせていただけだ。
それがこの世界では解放されていた。
数トンクラスの校舎の残骸が空中で固定化され、それをメテオの様に構えながら絶種の姿が此方を特大の殺意と敵意で睨んでいた。そこにはもはや侮る様子はない。全力で殺しに来た、という意志が全身を覆うオーラで見えた。
「やぁ、《斬虐》くん。数時間ぶり。元気にしてた?」
返答は斬咆哮と共に返ってきた。それと共に発生する空気のダウンバースト、超密度の風が上からプレッシャーの様に落ちて来た。強制的に咆哮で動きを止めた存在を押し殺すそれを一閃で斬り殺して無効化しつつ、彼方を睨む。
雪山で全てを出し尽くした訳じゃなかったのか……と、改めて人類での殺害不可、という意味を理解させられる。どうしたもんか、剣を構え直し、正面にティガレックスの存在を捉えて、
「まぁ、やるしかねぇか」
それ以外の選択肢がなかった。突破しなければいけないのであれば、突破するしかない。ただ今回は奴が首を撥ねた程度では死なない事は承知している。だから次は確実に動きを止められる様に手足を斬り落とす事から考えなければならない。
問題はこいつへの接近方法だ。身体能力の面で圧殺される。だからそれを考慮して動かなければならない。突破する為には殺害必須だ、
どうやって殺したもんか、そう悩んだ直後の声だった。エスピナスが突然の登場によって消し飛ばされたように、ティガレックスへと向けて弾丸の如く接近する影が出現した。
だが絶種という超越された生物、その予感を直感的に捉え、動きが決まる前に回避を生み出していた。ティガレックスが飛び退きながら自分が居た場所にメテオを放ち、その動きで真空斬りを生み出し、校舎を切断しながら新たな弾丸を補充する。
奇襲を狙い撃ちにされた姿はしかし、
その姿は鎧の様な甲殻に覆われた、見覚えのある姿だった。
「アシラ―――」
言葉を放ち終わるよりも早く、連続で校舎の残骸が弾丸として、そして真空斬りが放たれる。だが鎧を纏った熊は、それを拳と体で受け流す様に殴り抜き、粉砕し、受け流し、
そのまま、最後の拳で特大の残骸を欠片も残さず粉砕した。
―――スーパーベアパンチ、想い出の中でも色褪せず、健在。
死んでも消えず、色褪せないもの。
身体能力が落ちた所で、技量的な物は寧ろ取り繕う必要がなくなった分、一周回って雑念とかぶっ飛んだという形でこんな惨状に。それでも遠距離主体には絶対に勝てない、人類という種の限界よ。
それはそれとして、こういう王道展開、来ると解ってても好きなタイプ。
次回、古代からの贈り物。