空間を凍結させる絶氷の冷気をそれは骨刀の一閃で破壊した。
空から襲い掛かる雷速の一撃を先読みで斬り払って無効化する。
壊毒を大地に満たせば素早くティガレックスから学習した風力操作によって風の足場を作り、三次元的な動きによって空中を足場にして回避して来る。それはある種、龍という存在を超える化け物だった。ドゥレムディラという古龍の成りそこないは、間違いなく破壊力と影響力のみを考えれば、古龍格の中でも最上位に食い込む。彼女が大いなる一撃を放たないのは純粋に相手の肉体を消し飛ばさない為の制限であり、それ以外は暴風の様に避けられない筈の攻撃を連続で続けている。これがハンター相手であれば、G級最上位のハンターですら何もできず、知覚する事すらできずに凍り付いて死ぬだろう。
だがそれに怪物は対応していた。腕が四本、足が二本、獣の様な龍の顔をするが、その肉体は黒い鱗に覆われ、体中から骨を生やしている。そこから突き出す骨を引き抜いて武器として使い捨てつつ、凄まじい代謝能力で再生と骨を生み出している。生物としてあまりにも、常識を逸脱していた。その風を圧縮させた操る技術もそうだ。
だが何よりも、体の動かし方があり得ない。
その龍は、体を動かす事に特化していた。
普通、龍という種族は圧倒的なスペックを誇っている。超常的な能力を兼ね備えている。それは水銀を操ったり、風を操ったり、天候を変えたり、科学では到底説明する事の出来ない不思議な現象を巻き起こす事の出来る力だったりする。全ての古龍はそういう能力をどこか、備えている。そして当然、そのマガラも備えていた。ティガレックスから喰らって覚えた、風を自由に変化させる力と、天を遮る天候操作の力だ。それだけでも、古龍としてのラインには割り込める。
だがそれを超えて、肉体を操作する術が異常だった。
古龍には格と誇りがある。故に人類に対する戦いには本気を出さない他、幾つかルールや制限がある。それは存在としての制約だった。例えば体術や武術。それらを古龍が扱う事はない。純粋にそれが古龍には使えない物であるのと同時に、人間から教わるのは良くても、それを使用する事は
古龍という生物は、予想よりも遥かに危険なバランスの上で存在している。ルールが存在し、それを守るからこそ不死身と言っても良い生物として存在し続けるのだ。やがて、世界と文明の発達―――現代。そう呼ばれる時代には消え去る運命を背負った生物である。だがこの時代においては無敵とも言える。
だがそのルールやプライドというものがこのマガラには存在しなかった。人間の体から変異した龍だからそういう縛りも存在しなかった。生み出され、成長し、そして至った怪物だった。人間だった頃の記憶と経験を引き継ぐ事で剣術や武術の概念を吸収し、忘れていたメタ知識を引き出す。どの肉質が弱いのかを理解する。どの方向への攻撃が弱いのかを理解している。
その知識を駆使して、徹底したメタと先読みによるハメ殺しを行う。鍛えられた技術で攻撃を切り裂き、無効化し、そして着実に追い詰めて行く。古龍には存在しない概念で、古龍のスペックを利用して追いつめる。
その姿は異形の肉体と合わせ、第二の悪魔に相応しい物をしていた。それがドゥレムディラを着実に蝕み、力を削ぎ落していた。着実に攻撃の一つ一つを見極め、モーションを観察する様に学習して行く。そしてその上で対処し、切り捨て、一歩、また一歩近づいて行く。本来のハンターの動き、サバイバーと名乗る男が理想とする流れを古龍のスペックで行っていた。
手札の一つ一つを丁寧に潰し、そして確実に一撃で殺せるラインまで追い詰める。着実に。
ドゥレムディラがサバイバーの奪還を目的としている以上、本気で地形を消し飛ばすような攻撃を彼女は行えず、常に逃亡を警戒しなくてはならない為、その攻撃は本気のものと比べれば何段階かレベルが下がる。それでも既に人類相手であればオーバーキルと表現できる領域まで出力を上げて放っているのは事実だった。逃れられない、面制圧の攻撃を連続で放ち続けながら高速で移動し、氷を壁や障害物として生み出して行く。
『吐き出せ、喰らったものを……!』
言葉とともに壁を生み出し、動きを止めながら雷撃を落とし、そして回避する場所を予測して口から紫電のブレスを薙ぎ払うように放つ。だがそれすら四本の骨刀で斬り払い、道を空け、障害物を足場に多元的な移動を行い、回避と同時に接近の攻撃動作に入る。
ありえない程に柔軟で、そして的確な動きだった。それにドゥレムディラ自身が少しずつ追い込まれているのが自覚出来ていた。逃亡すればまだ何とかなる。それを彼女自身が理解していた。だがそれを手段として択ばないのは、彼女自身が獲得した愛が、恋が、その執着心がここで逃げる事を良しとしないからだった。未熟で、そして目覚めたばかりの少女とも言える古龍は、感情と行動を切り離せる程柔軟ではなかった。
故にそれを理解しつつ理解しないマガラの怪物は、一個一個、ドゥレムディラの技を見切って学習し、そして一歩、殺すのに近づいていく。学習し、経験という糧にする事で自分の次の戦いまでに技術として身に着ける。それを狙うだけの賢さと理論を兼ね備えた、理想の怪物だった。
故にこのまま、戦いが続けばドゥレムディラは順当に戦い―――死ぬ。それは相性差の問題ではなく、純粋にドゥレムディラがマガラに本気で手出しできないという事にあり、
だからこのまま戦えば決着はつく。
が―――そうはならない。
戦闘中、不自然にマガラの動きが鈍る。回避動作が僅かに遅れ、雷撃がマガラの表面を焼いた。超活性する肉体は一瞬でその火傷を直すが、その一瞬がマガラの動きを止めた。足を止めた瞬間、その瞬間にドゥレムディラは一気に動きを封じ込める事も出来た。
だが本能的に、違う行動をとった。
『―――これだな』
本能に、直感に、そして
弾丸の様に放たれたそれが一瞬でマガラの肉に食い込み、もはや金冠種の龍と同等のサイズまで巨大化したその肉体の中に突き刺さり、埋まった。そうやって肉の中に沈み込んだ剣は姿が見えなくなり、
マガラの動きが停止した。
『……』
その様子をドゥレムディラは足を止め、動きを止め、そして待ち望む様に眺めた。奇跡が起きるのを。彼女に愛というものを教えてくれた存在が再び現れてくれるのを。直感的な行動である故、彼女には何も保証がなかった。ただ、内なる声に従っただけだった。こうすれば、彼は絶対に目覚めると。
だから次に起きた事は、偶然でも奇跡でもない。
必然だった。
全ては最初の出会いから仕込まれている事だった。
古代の怨念、その憎悪を、そしてこの地に眠る者を知る龍が存在した。それに直接関わり、そしてそこに眠る想いを知る龍がいる。彼は思考した。遠い未来となった今でも、人と龍は共に生活する事は出来ない。そして目覚めの時は来ている。トライ&エラーでもいい、失敗前提で繰り返し、最適解を見つける事でこの箱庭を終わらせる必要があるのだ、と。
故に人間性の欠片もない龍は実行した。人権とかいう概念を嗤いながら無視した計画を。だが龍は同時に知っている。人間という生き物はどこまでも愚かで弱いが、それでも時折、龍には絶対届かない領域へと飛翔する事も、まるで理解出来ない現象を起こす事さえもあるのだ、と。
その可能性を紅龍ミラバルカンは忘れない。
その可能性が引き起こすものも忘れない。
そしてその可能性を引き寄せる人間という種の強さを、常に期待している。
故にミラバルカンの計画は最初から最後までが、全て計画通りに進んでいる。一番苦労したのは計画に生き残れる人間を選別する事だった。それを繰り返し、そして不運にも耐え切れる人間が出現した。故にその人間を主軸にミラバルカンは敵を、経験を、環境を、物語を、そして憎しみを与える自分自身を与えた。そしてその上で隠蔽なんてことはせずに、手札を隠そうともしない。
人そのものは嫌いだが、その可能性をミラバルカンは好んでいた。
そこから生み出されるものを、その龍は愛していた。
故に愛するからこそ、どうやって生まれて来るのかを、それは良く理解していた。友と、愛と、試練と、そして覚悟。そのエッセンス、組み合わせ、その配合によって人間は限界を超えた結末を見せてくれる。
そう、
故に、
―――
一閃だった。
それはマガラの内側から放たれたものであり、内側から外へと向けて放たれた斬撃だった。マガラの体の内側から開け放つように放たれ、体を内側から切開されて毒々しい色の血液をマガラは吐き出した。そしてその隙間から飛び出す姿が見えた。
片手剣は幾何学模様を失い―――夢の中を辿る様に黒睡蓮の水晶剣へと姿を変貌させていた。
それを片手で握り、マガラの胸元から飛び出した影は花畑の中へと両足で立つように着地した。風に乗って運ばれてきた布を掴むとそれを腰に巻き、露出していた裸体を隠しながら、ドゥレムディラの正面に立った。
鱗も、強靭な生命力もない。人外染みた腕力も存在しない。尻尾もなければ翼もない。鋭い爪も消えている。特別に目が良いわけでもない。上半身は裸体のままで、このまま長時間ここに居れば凍えて死んでしまいそうだ。肉体だって普通の人間の体で、特別頑丈という訳ではない。前みたいに、モンスターの一撃を喰らえばそれだけミンチになってしまう体だった。
ただ、狂竜症に対する耐性があるだけ。その肉体が昔と比べて違うのはそこだけだった。それ以外の変化は一切存在しない、
「お前を泣かせるつもりはなかったんだ。悪い」
手を伸ばし、ややぼろぼろになっていたドゥレムディラへと手を伸ばせば、それに従ってドゥレムディラが顔を落とし、手に頬を当てて来る。それを感じ取る様にドゥレムディラは目を閉じ、そして無言でそれを受け入れていた。
「俺には特別な力はない。ワンパンで簡単に死ぬし、風邪を引いて拗らせたら死んじゃうかもしれない―――お前が助けてくれなきゃ死んじゃうんだ。俺の事、助けてくれないかな」
黒睡蓮の剣を大地に突き刺し、それを杖代わりに体を支えながらサバイバーが言葉をドゥレムディラへと送った。その視線を受けた龍は言葉もなく、天へと咆哮を向け、それを返答とした。
「ありがとう、そしてごめんな」
言葉を送り、ドゥレムディラを背後に、黒睡蓮の剣の柄の上に片手を置いた。そしてサバイバーは、その視線をマガラへと向けた。大きく切開された胸は扉の様に閉まって行き、そして再生して行く。その瞳には理性の色が宿り、同時に殺意をサバイバーへと向けていた。明確に敵であると、そう認識する様に。
だがそれを受けてサバイバーが恐れる様な様子は一切見られなかった。
サバイバーには、特別な力は何もない。あえて挙げるのならその剣術が狂っている程度だろう。それ以外は
それがサバイバーの選んだ理想だった。
「特別ってさ、凄いよな」
マガラを見据えながら、サバイバーはそれを言葉にした。
「特別であるってのはさ、それだけで凄いんだよ。なんか力があったり、出来たり、強かったりで」
だけど、同時に思うのだ。
特別である事は―――強い、という事は一人で生きて行けるという事でもある。それをこの世界の生活で実感した。俺は誰かの助け無くしては生きて行けなかった。アオアシラ師匠と出会わなければ剣術の基礎を構築する事が出来なかった。アイルー達と出会わなければ生活が豊かになる事はなかった。ミラバルカンと出会わなければ、自分が向き合う事もなかった。
そして狂竜症に感染し、強くなった所で、ラズロ抜きで戦って……凄く、寂しく感じた。こういう時、アイツが助けてくれれば凄い楽だったのに。そう思う事もあった。だけど強いからその必要がない。
それだけ、たったそれだけで寂しく感じられた。
だから、思うのだ。
別に―――身に余る力とか必要ないだろう?
「一人で突っ走って寂しく解決するよりも、俺は並んで歩ける方が好きだ」
強くなる結果が孤独ならば、戦う力なんて自分の丈に合うぐらいで十分だ。強くなっても、何もかも解決出来る様になる訳でもない。だとしたら、別に、特別になる必要もないだろう。まだ見ぬ誰かの、世界にとっての特別になるよりは、たった一人の特別でいたいと思うのは間違っているだろうか?
俺は、誰かの前を走る存在で居たい訳じゃない。
求めて、愛してくれる誰かの横を一緒に歩きたいのだ。だとしたら、特別な力は必要ない。ぶっちゃけ、愛されるとかあんまり、考えた事はなかった。それでも自分の責任で悲しませ、そして求められる様になったのだ。
だったら死ぬまで背負って面倒見るのが男という生き物だろう。
だから特別な力は必要ない。
龍になる様な事もしない。
俺には矜持がある―――人である、という矜持が。だから龍にはならない。苦しい事も、辛い事もたくさんあった。力が足りず、嘆く事もあるだろう。だがその全てをひっくるめて、自分は人間という存在なのだ。それでいいと思っている。何十、何百、何千回生まれ変わろうともこの選択肢を変える事はないだろうと思う。
第一だ、
「―――人間じゃなきゃ手を繋ぐって夢を叶えられないだろう」
その言葉にマガラは無反応だったが、ドゥレムディラの方がどこか、笑う様な気配を感じさせる。それ以前にどっかで爆笑していそうなクソトカゲもいるが。まぁ、そこはどうでもいいのだ。俺一人じゃ即死するだろうし、どう足掻いても勝てないだろう。
「だから、力を貸してくれ。一緒に生きよう」
『―――無論、お前の為であれば』
言葉に、今度は言葉で応えた。やっぱり、良い声をしていると思う。落ち着く声だとも思う。もっと聞いていたい声だとも思う。いや、もっとちゃんと、しっかりと話し合いたい。助けてくれたお礼とか、何をしたいとか、何が好きとか。この数年間、まともに話す事が出来ていないのだ、
ゆっくり、話し合う時間が欲しい。
だからこそ―――目の前の敵は邪魔だった。
倒さなければどうにもならない。貧弱な人間と、そしてぼろぼろになっている古龍が一体のコンビだ。それに比べ、傷を全て再生させ、完全に邪魔となる異物がなくなった結果更に変異と進化が進むマガラの怪物が残されていた。腕は更に一本増える様に生やし、骨刀を握る姿が見える。
醜悪で、そして凶悪な姿をしていた。もはや言葉で語るのは難しい姿をしている。だがアレは同時に、自分の強さへの執着の形だと思えた。もっと強くなりたい、純粋にその自分の心の強さにも思えた。
だから大地に突き刺した剣を抜き放ち、肩に乗せて、言葉を紡ぐ。
「……俺は弱いまま、一緒に頑張る事を選ぶよ」
前へと踏み出した。
「もう、終わりにしよう」
言葉と共に、自分の《強さ》と決別する為に踏み込んだ。合わせてマガラの怪物が飛び込んでくる。風を生み出し、不可視の斬撃と空気の圧縮による広範囲圧殺を生み出そうとする。だがそれを一瞬でドゥレムディラが妨害する。空気の温度を極端に下げる事で収束した風圧をそのまま凍結、砕いて霧散させる。同時に発生する衝撃を氷の壁を生み出す事で防ぐ。
そうやってドゥレムディラによって生み出された道を、睡蓮の花びらが舞う中一気に飛び込んで行く。速度のそれは少し前までの肉体と比べれば、一段遅くなる。実際、マガラの怪物の方が動きが早く、此方が到達するよりも早く相手の方から接近して来る。
異形体から五つの腕が、五つの骨刀を握り、それを隙間なく放ってくる。絶望的なほどの筋力差から放たれてくる超高速の斬撃、質量と物量差を考えれば生存する可能性なんて欠片もないだろう。
だがそれをあっさりと、見極め―――斬撃の重なった瞬間を一閃で全部斬り払った。その動きに心理的な動揺からか、マガラの怪物の動きが一瞬だけ停止する。或いは理解不能から来る現象に脳味噌が追いつかないから、だろう。だがそれに構う事はなく、骨刀を全て纏めて切断しながらそのまま剣を踏み込んで振り上げた。
マガラの怪物が回避に入る、それよりも早くその顔面を真っ二つに割る。即死には至らせないものの、それだけで接近戦における有利不利を叩き込まれたのか逃げるように一気に飛び退いた。
だがそれが致命傷となる。
飛び退いたマガラの体が着地するのと同時に四肢から凍り付き、固定化された。無論、それはドゥレムディラの絶氷によるものだった。逃げる、という行動はマガラが恐らく、戦闘開始から初めて行った行動だったのだろう。それを逃すほど、ドゥレムディラは甘くはない。一瞬で凍らせてマガラの自由を奪い、そして距離を空ける。射線を通す様に自分も一気に飛び退き、そして紫電が一瞬で空気を焦がす程集まるのを目撃した。
『塵すら残さん。消えろ』
言葉と共に閃光が放たれた。凍り付いた姿を一瞬で呑み込み、細胞の一欠片さえも残さず、その姿を消し去った。
後に残るのはその衝撃によって舞い上がった睡蓮の花びらだけだった。
やっと終わった、長い、とても長い付き合いとの決別だった。完全に消え去り、ドゥレムディラの破局によって雲は吹き飛ばされ、マガラによって遮られていた青空が再び覗きだした。それを背に、ドゥレムディラへと振り返る。
「ただいま」
『……おかえり』
ドラゴンメイカー、俺は―――人として龍と一緒に生きてゆくよ。
さようなら強さ、弱さを愛する事にするよ。一緒に生きるには重すぎるから。
クソトカゲの想定は最大で3ルート。マガラに飲まれず耐えきった、そのまま怪物を完全制御したルート。飲まれ、転生に失敗した怪物が暴走する形のルート。そして最後に転生に成功し、そこで新たな龍として転生してレムりんと並ぶルート。
この中に弱さを愛して、何も特別な力のない人のまま龍と並ぶという想定は完全にゼロだったので爆笑している。ここからどうしようと思いつつも大爆笑を止められない。
飛んできた布はクソトカゲから。
次回、お前の顔面にドロップキック。