拠点に戻ったら大量のアイルーに飛びつかれた。どうやらクソトカゲによる超不穏実況があった上に、霊峰での戦い、その一部始終が破壊の痕跡として見えてしまったらしく、それが不安を煽ったらしい。そのせいで不安に陥っていたアイルー達が作業を投げ出して飛びついてくるもんだから一瞬で毛だるまのモフモフになって大地の上に倒れてしまう。笑いながらその姿を受け入れ、抱き着いてくるにゃーにゃー言っているモフ溜まりを抱き返す。
「ただいま」
「お帰りニャ!」
「ニャーは死なないと信じていたけどニャ!」
「心配せやがってニャ!」
「ニャニャニャニャニャ!!」
「ニャニャ! ニャ! ニャァ!」
言葉を忘れて喜んでいる奴まで居る。本当に心配させてしまったんだなぁ、と思いつつアイルーを抱えて立ち上がると、ラズロがやって来て、引っ付いているアイルー達を引き剥がし始める。そしてそれと入れ替わる様に、先生と工房長猫が此方に服を渡してくる。それに足と袖を通す。
「なんだ、全部ぶっ壊してきたのか……まぁ、前よりもいい面になってるから許すニャ」
「良くぞ、良くぞ帰って来たニャ。ゴア・マガラ化の狂竜症最終段階、そこから復帰するのはまさに前人未到だニャ……本当に良く戻って来てくれたニャ」
「これが人間の底力、ってやつよおおおおお―――」
ウリ坊に跳ね飛ばされた。そのままホルクにタッチダウンを決められ、そして子レウスに押さえ込まれた。そのままマウントを取られると顔面をべろべろに舐められる。獣だからおそらくはより強く、どうなっていたのかを感じ取ってしまっていたのだろう。そしてそれが完全に解決されてしまった事も。だからその喜びようは凄まじく、全く抜け出せない。
「ちょ、ま、やること、ある、ストップ! スタァァップ!!」
止まらない顔へのキッスをどうやって抑え込もうかと思ったが、のしかかるホルクとウリ坊の姿を、持ち上げる姿が見えた。
ドゥレムディラだ。片手でウリ坊を掴んで持ち上げ、もう片手でホルクを掴んで持ち上げる。そしてそれを退かしてから手を伸ばす。その姿は何時の間にかローブを纏っていた。どうやら押し倒されている間にアイルーから受け取ったらしい。
「大丈夫か」
「ありがと」
引き上げられつつ、べっとりな涎を新しく貰う布で拭いて落とす。苦笑しながら
「ふふふ……どうやらあの憎いド畜生を見事尊厳を破壊しつつ始末したようですね」
「そこまでティガ嫌いだったのか……」
「えぇ、まぁ、色々と奪われた上で何度も食われましたからね。此方が本気を出せない事を良い事に……」
まぁ、《斬虐》の技や技術、その動きはハルドメルグを喰らいつつ学習した事だ、それを考えるとやっぱりハルドメルグとしては憎しみを覚える相手ではあったんだろうなぁ、と理解できる。それはともかく、ハルドメルグはいいのだ。それよりも文句を言ってやりたい奴がいる。
「あのクソトカゲはどこだ」
「あそこです」
ハルドメルグが指さしている方角を見る。
そこにはテーブルに向って倒れているクソトカゲ、ミラバルカン・アバターの姿が見える。その姿を確認する為に近づき、力の入っていない体を見て、そして首に触れて確かめた。
脈が止まってる。
「し、死んでる……!?」
「そいつを今から全力で殴り飛ばす予定ではなかったのか」
「いや、そのつもりだったんだけど……」
間違いなく、もう一度脈を確認するが、死んでいる。確実にこいつは今、死んでいる。その事実に困惑が隠せない。答えを求めて視線をハルドメルグの方へと向ければ、ハルドメルグが頭を横に振る。
「爆笑しながらマシュマロを食べるから……」
「うっそだろお前。古龍がマシュマロで死ぬのかよ」
「死ぬらしいです。私も初めて見ました。驚愕の事実ですね。いえ、まぁ、化身体ですからある程度はヒトの機構に沿った生態をするのですが……死亡するのは知ってても、このケースは初めてです……」
「……」
ドロップキックでも叩き込むか、顔面に拳の一発でも叩き込んでやろうかと思ったが、止めた。それよりも一生マシュマロに殺された龍としてネタを使って弄り倒してやることにする。たぶんその方がもっとすっきりする。なのでこっそりと、マシュマロで死亡するミラバルカンというパワーワードを心の中にしまっておく。こいつに関しては適切なタイミングで取り出して、ミラバルカンの尊厳を完全破壊するのに使う事にする。
そう思ってクソザコマシュマロトカゲを見下ろしていると、その姿が動くのが見えた。どうやら蘇生したらしい。
「む、俺とした事があまりに面白すぎる光景に面白すぎる不注意を……ふふ、駄目だ……俺の死にざまが面白すぎるな……!」
「無敵かよこのクソトカゲ」
まるで脅迫材料にならなかった。ただ、まぁ、マシュマロ死とかいう新しすぎる龍の死因が確かに面白すぎるので、ワンパンは勘弁してやろうと思う。事実、一回死亡しているし。これほど命の安い生物も珍しいよな……と思いながら、軽く溜息を吐いて、そしてクソトカゲを見下ろしてやった。
「どうよ」
その言葉にミラバルカンは椅子に座り直し、足を組み、そして此方とドゥレムディラを交互に見比べ、小さく笑い声を零しながらそうだな、と声を零した。
「完敗だ。俺の予測、予定、或いは計画。それを上回るという意味ではお前の完全勝利だよ」
そう言うミラバルカンの表情は寧ろ晴れやかだった。懐かしさに目を細める様であり、眩しさに目を細める様な、そしてそれを純粋に楽しむ、そんな表情を浮かべた。その瞬間だけ、いつもの人間性が欠片も見当たらない姿ではなく―――遠くを慈しむような、父性の様な物を、ミラバルカンからは感じられた。だがそれも一瞬だけであり、その時にはもう普段のクソトカゲに戻っていた。
そこで、クソトカゲはで、と言葉を置いた。
「どうするんだ?」
「どうするんだ、とは」
「いや、何も強さの無い人間になってどうするんだ。残りの二体、そして残りのメフィストフェレス。その討伐をお前はどうするつもりだ?」
クソトカゲが口にしているのは約束の事だ。こいつと纏めた話はシンプルだ。メフィストフェレスを討伐したら、なんでも願いを叶えられる範囲で叶えるというものだった。当然、地球に帰りたいのなら帰してくれるという約束だ。ここから脱出する事にも、手伝ってくれるという話だった。メフィストフェレスさえ、討伐すれば。それがミラバルカンとの約束であり、契約だった。そして彼は言っている。
俺がこうやって、もはや龍の力を振るえない以上、絶対に他の絶種にもメフィストフェレスにも勝てないのだ、と。
「それともどうする―――幼い姫の力を借りるか? 俺はそれでも構わないぞ。元々利用する気だったしな」
「む」
ミラバルカンの視線がドゥレムディラへと向けられ、その発言に少しだけ、彼女が怒りを見せるのが解った。だけどそれをまぁまぁ、と片手で制して落ち着かせる。今のは割と態と挑発したよな、と思いつつ、言葉を口にする。
「その心配は必要ない。俺に秘策がある」
「ほう、それはそれは……で、その秘策とは?」
言葉の続きを求めるミラバルカンに対して、サムズアップを向ける。
「―――俺と、一緒に戦おうぜミラバルカン」
サムズアップを浮かべたままその言葉をミラバルカンへと向ければ、その化身体は、完全に予想外の事を告げられたのか、フリーズし、そして確かめるように口を開いた。その姿がなんとなく、面白かった。
「貴様は……今、なんと言った」
「俺を助けてよ」
「何故俺が貴様を助けなければならない」
「寧ろお前が助けない理由の方がねぇだろ」
これを始めたのはミラバルカンだ。そして巻き込んできたのもミラバルカンだ。そして静観せずに乗り込んできたのは
リトライするだけの時間はない。
だから結論、ミラバルカン自身が動かなければならない。
まぁ、だが、
大事な所はもっと別の部分にある。だからいいか、とミラバルカンに言葉を向ける。これはミラバルカンが蒸し返した事であり、そして責任はミラバルカンにあるもんだと思っている。だけど究極的にはそれを背負う必要もないし、そして無視して去って行く事も別に構わない。だから責任放棄するのも別に、いいのだ。
それは一切責めない。
ミラバルカンは全てを放棄してあー、疲れた、と帰ってもいいのだ。そうされたらまぁ、クソトカゲだしなぁ……と思いつつ、ドゥレムディラに別の大陸にまで乗せて貰って俺は逃げる。
だけどこれはそういう話じゃないだろ。
「いいか」
「なんだ、言ってみろ人間。俺を説得する言葉を」
挑発的に放ってくるミラバルカンに、クソトカゲに言葉を返す。こいつに対して繰り出す理由というのは、とてもシンプルなもんだ。
「幸福を祈られたお前の友達の娘じゃねぇか。友達だって思ってるんだったら最後まで面倒見なきゃダメだろ」
「―――」
とてもシンプルな話、ドラゴンメイカーと、ミラバルカンは知り合いだった。あの語り口の軽さからは、それなりに親密な―――友人、と呼べるぐらいの関係はあったと思う。なのに利用する形でこうやって引っ張り出したのだ。しかも失敗している。そして今、その子が幸せになろうとする道を見出している。だとしたら、
「あの時代、楽園の本当の形を知っている龍の義務だろ、それは」
それを覚え、そして伝えるというのは広まって欲しいから、という願いから来る。
それを言葉に出して話にするというのは、自分が忘れない為の行いだ。
ミラバルカンはどうしようもないクソトカゲだ。人間性は欠片もなく、そして事情なんてものをまるっきり考慮しない。それでいて俺がルールだ、と言わんばかりに暴君として振る舞う。最悪なのはこいつがそれを一切直そうとする事をしないという点だ。最初から最後まで最悪だ。だけどこいつは確かに、文化を愛している。人類は愛していなくても、その生み出した文化を愛しているのだ。
こいつは
こいつの文化に対する愛の源流はそこなのだ。こいつは人と龍が一緒だった時代に、人から文化というものを学んだ。そしてそれを今も愛し続けているのだ。それがドラゴンメイカーとの会話を通して、漸く解った。欠けていたピースが揃った気分だった。何故、ミラバルカンがする必要もない、こんなことをしたのか。何故、態々こんな面倒な形でミラバルカンが状況を整えたのか。
答えは簡単だ。
期待していたのだ。ありえない結末を。もう二度と戻らないと知りつつ。そしてそれを今、突きつけている。だから言葉がなく、動きを作らない。
だから、と言葉を作る。
「お前も一つ、ダチの娘の為に恰好良い姿を見せてみろよ」
少なくとも、ドラゴンメイカーたちは凄く、格好良かった。あの人たちは最後の最後の瞬間まで龍との共存を信じていた。遠い未来に、また人と龍が一緒に暮らせる事を信じていたのだ。そしてそれを信じて、ドゥレムディラという最終竜機兵を生み出した。彼女には凶悪な力が備わっている。だけどそれだけだ。
強烈な悪意や狂気、汚染、殺戮衝動。
生物兵器に必要な要素を全てロストしている。
最初から、それが不要だというようにオミットされている。だからそういう事なのだろう、と思っている。彼女は最初からそうだった。狂気の中で、しかし祈りを込められて生み出された子だったのだと思う。それがミラバルカンの友人、ドラゴンメイカーとも呼べる人、人達の最後の成果であり、夢だった。
それを友人として、未だに忘れない者として、守る義務がミラバルカンにはあると思う。
今更、全部忘れましたで済ませるのは―――余りにも、矜持が無さ過ぎる。
「だけどまぁ、それでもまだ不満なら……」
そうだなぁ、と呟く。
「その内、全部終わったら飯屋でも開こうと思ってるんだ。そこでただ食いする権利とかどう?」
もちろん、一回当たりの制限は付けるけどな、と言葉を付け加えながら言葉をミラバルカンに放った。どうだろうか、結構推理はロジカルに纏めたので当ってると思うのだが。まぁ、これでダメだったらダメだったで、ドゥレムディラと二人で絶種討伐デートに出なきゃいけなくなる。
デートで心臓が止まりそうな程緊張しそうだ。
文字通り。
そこまで言った所でミラバルカンの反応を待っていると、表情をきょとんとさせていたミラバルカンが片手で顔を覆った。そしてそれに呼応するように空気が震え始めた。その気配にハルドメルグが逃亡し、次にアイルー達とペット達が逃亡し始めた。ドゥレムディラと視線を合わせるが、ドゥレムディラは肩を揺らすだけだった。空気が熱によって震動するのを感じ取りながら、
「俺に、責任を取れ、と言うのか」
「今ならサービス付きだよ」
「責任を果たせと、人間がそう言うのか」
「人間だから言ってんだよクソトカゲ。ニートをキメてないで働け」
ミラバルカンの紅い視線が此方を射抜く。嘘は許さない、という威圧感と共に。
「お前が、それを俺に言うのか」
まぁ、ミラバルカン自身がそれをどう思っているかは解らないし、それでもお互い、結構馬鹿をしながらここで長い付き合いになって来たんじゃないかなぁ、って思っている。だからサムズアップと一緒に最後の言葉を贈る。
「俺達友達だろ」
少なくとも、お互いに遠慮なくクソって言い合える関係は友達になるよな、って思う。自分は少なくとも勝手にそう思っている。人間性を欠片も持たないこのクソトカゲの事を、
俺は、割と嫌いじゃなかった。
その言葉にミラバルカンがくつくつと喉を軽く鳴らし、少しだけ間を置いてから、
「く―――はっはっはっはっはっは!」
大爆笑をし始めた。何が琴線に触れたのか、その一切が理解出来なかったが、まるで世界最高のジョークを聞いてしまったような態度で、ミラバルカンは爆笑し始めた。片手で目を覆い、もう片手で腹を抱える様に爆笑する。その感情を受け取る様に空気が暖かくなり、少しだけ、大地が震える様なものを感じた。その様子をドゥレムディラと二人で並んで、少し引きながら眺めていた。
しばらく、空気と大地を震わせるように笑い続けたミラバルカンは目の端から涙を零しつつ、過呼吸に陥りそうなのを少し整えてから、視線をドゥレムディラへと向けた。
「幼き―――いや、もうそうとは呼べないか。確かお前の事をアルマと呼んでいたな」
それは外国語で魂、という言葉の意味なのだが……それをどうやら、ミラバルカンも、頷くドゥレムディラも名前として受け取ってしまったらしい。心の中でうわぁ、と声を零しながらもミラバルカンがドゥレムディラ―――いや、アルマに問いかける。
「アルマ。貴様は何を求める」
「私は自分の見つけた愛をもう手放したくない。共に居たい。離れたくない。それだけだ」
そう言うとアルマが此方に身を寄せ、片手で此方の腕を掴んでくる。地味に握力ドラゴンなので指が腕に食い込んで痛いのだが、そこは男の子なので涼しい顔をして我慢する。あ、家の方からテオ・テスカトルが解る、って感じで頷いている。
「……人と龍、種族が違うぞ」
「それでも、私は共に在りたい。私は彼と……この雄と一緒に居たい」
アルマの言葉に、解った、とミラバルカンが頷いた。
「お前がそう言うのならもう問うまい。もはや貴様も白痴の姫ではない。外を知り、愛を知り、そして世界を今、知った。もはや白痴のまま、縛られて生きる安寧の時は終わった。お前がそれを望むのであれば、一柱の古龍として俺はそれを認め、そして歓迎しよう―――お前の父の代わりにな」
「クソトカゲお前……」
その言葉はほとんど答えの様な物だった。自分の責任を認める、という言葉に近かった。まさか本当に認めるとは、と思いもしなかった。だがその此方の呟きに、ミラバルカンが言葉を挟み込んだ。
「―――」
それは人の言語ではなく、古龍達の言葉、龍言語だった。ハルドメルグやミラバルカンが話し合うのに時折聞いたりする、特殊な龍達の言語だった。それを短く、ミラバルカンは此方へと向けてから、もう用事は済ませたと言わんばかりに立ちあがって背を向けた。
「俺の名前だ。少なくとも俺の友を名乗るなら人に付けられた名ではなく俺の名を知っておけ……お前も、名が無いんだったら新しく考えておけ」
そう言葉を残し、ミラバルカンは姿を消す様に歩き去った。その背中姿をしばらく、ずっと追いかけるように消えた虚空を眺め続け、
「なぁ、アルマ」
「どうした」
「今のは……どういうことだろ?」
「友であるという事に対する答えだろう」
アルマの言葉にそうだよなぁ、と呟きながら、腕を組み、呟く。
「伝説の紅龍がツンデレマシュマロ窒息クソトカゲってギルドが知ったらどうなるんだろ……」
「止めるニャ。この世の地獄をメゼポルタに生み出そうとするのは止めるニャ。もう既に情報過多で殺せる状態だからそれ以上いけないニャ」
帰って来た先生の突っ込みを受けつつ、首を傾げた。なんというか……滅茶苦茶、意外だった。まさかストレートにデレるとは思いもしなかった。
しかし、悪い気は一切しなかった。
その龍は、見た事、聞いた事を忘れない。
ツンデレマシュマロクソトカゲ。
何故文化を愛しているのか、というのを書かなかった。だけど古代文明の生活に混じっていたというのは書いていた。そう、つまり伏線は既にあったという訳で。クソトカゲが文化を愛した、というのは彼がかつて、龍と人の文明から生み出された文化を愛し、そしてそれを忘れないように自分の中に記録し始めたのが始まりだった。
一番のロマンチストでリアリスト。こうなったらいいなぁ、と願いながらもあり得ないと解っているので最適解を実行する。
その結果、馬鹿が龍と生きるとか言い出したので嘘だろお前、と爆笑している。クソトカゲは再び、遠い夢を見た。
次回、君と俺の名前。