長い、とても長い冬が終わった。
数えてみればそれは4カ月以上もかかった。軽く5カ月ぐらいあったのではないか、と思うぐらいには長かった。寒く、辛い日々だった。雪が降らない事が幸いだった。だけど、それでも時がたつにつれ、段々と寒さが厳しくなって行く冬は恐ろしい季節だった。ムーファの羊毛でもこもこコートを作る事が出来なければ、おそらくは凍死していた。毛皮だけでは圧倒的に寒さへの備えが足りなかったのだ。エルペから肉を、ムーファからは羊毛を。そうやって頂く事によって命を繋ぐ事に成功する季節だった。どれだけ準備を重ねるのが大事なのか、それを理解させられる季節だった。
だがそれは終わった。
冬は終わり―――新たな年が来る。
その概念は地球の物だが、新年が始まる。
そうやって始まった春季は、冬季の寒さが嘘だったかのようにあらゆる生物が現れ、そして眠りから目覚めていた。岩壁の向こう側ではランポス達が巣に戻ってきていた。そして植物たちは再び芽を出し、果樹には果物が実り始めていた。冬の食料は正直、かなりぎりぎりなラインに到達していただけに春の到来は嬉しかった。毛皮を装着する必要もなくなり、体が寒さで固まる様な事もなくなってくる。
活動的な季節になる。冬は備え、そして堪える季節だった。探索を織り交ぜながらも、それは現状を維持する為の手段だった。だがこうやって春になった事で漸く本格的な活動を始める事が出来る。冬の間は少々時間が足りなくて出来なかった事だ。何せ、冬は日没が早いのだ。ランプの中にホタルを入れる事で対処したが、それでも明るい内に体を動かす事が重要だ。
そう、体を動かす事。
運動―――即ちトレーニングだ。
冬の間は無理だが、春になって暖かくなれば上半身裸で運動する事も出来るようになる。あの冬の間、遺跡の探索はある程度行われた。三階以降も存在する場所ではあったが、あの遺跡の三階以降は何やら凄まじい力で破壊されたような痕跡が存在し、その結果、探索するのが少し、難しい状況になっていた。その為、地下の祭儀場と三階までを探索し終え、ある程度掃除をするだけであの遺跡の探索は終わらせた。
正直な話、身体能力的な限界を感じたのが一つだった。森林から滝壁を降りて高地から丘へ、そこから今度は山に入って遺跡へ。
真面目な話、長時間の探索が出来る程体力が残らない。サバイバル生活でそれなりに鍛えられたつもりだったが、何度も往復する事を考えると、そろそろ本格的に体を鍛える必要があった。四階、五階があるのは確認できていた。だけど三階の破損が酷く、途切れ途切れの床を跳躍しながら先へと進まなきゃならない風になっていたのだ。
正直、そこを歩いて渡る様な事はしたくなかった。自分の身体能力で安全に渡り切るだけの自信がなかった。
だからこそ春季に入った今、今まで以上に体を鍛える事にした。その目標はサバイバル生活をより快適に生活できるように自分の能力を向上させる事、そして同時にランポスの様な小型の外敵を相手に、しっかりと生き残れるようにする為の事だった。
今の所、森林には外敵となる存在がフォロクルルとランゴスタ以外には居ない。
だが何時までもそれが続くとは信じてはならないのだ。故に体を鍛える必要があった。何より、
―――あの神殿と思わしき施設から武器を発掘出来た事が最大の理由だった。
片手剣、大剣、両手剣、大斧、槍。それらの武器が物凄くさびているものの、見つかったのは幸いだった。これらを使う事が出来れば、大きな力となるのはまず間違いがなかった。何よりも斧があるのだ、木を切って木材を加工する事が出来るという凄まじいまでの興奮が体を満たし―――直ぐに絶望した。
重い。
超重い。
槍、大剣、両手剣に斧は勿論の事、
これは龍を殺す為の武器だ。特殊な技術で龍の堅牢な肉体を切り裂けるように作られている。その為に特殊な技術と、そしてたぶん特殊な鉱石をふんだんに利用し、それを圧縮し、精錬し、使っては折れて、更に鍛え直して精錬し、それを何度も何度も繰り返し、重量を増やしながら生み出された武器なのだろうと思う。だからこそ、凄まじい重量を感じる。たかだか数か月、本格的に鍛えずサバイバルしていただけの人間に、とてもだが振るえる様な武器ではなかった。
どれもさびているが、一つ一つが龍を殺すために生み出された兵器。鍛えてもいない、素人が簡単に振るえるものではなかったのだ。だが現状、これが一番強い武器でもあるのだ。なるべく使える様になるのは重要な事でもある。そういう理由で2年目初頭、春季から体を鍛え始める事にした。今までもスクワットや腕立て伏せ程度はやっていた。だがそれだけじゃ明らかに足りないのだ。
もっと体に筋力をつける他、武器を振るうという事自体に慣れる必要があった。腕立て伏せ、スクワット、腹筋、ランニング。春になると上半身裸で汗を流せるから楽になる。だがそれとは別に、一つトレーニングが増える。
―――素振りだ。
現状の所、振れるのは片手剣だけだった。錆びているそれは片手剣ではあるのだが盾がなく、尚且つその重量から両手で持たないとまともに振るう事さえ出来なかった。出せる動きも物凄い単調な物で、両足でしっかり体を支えていないと、転びそうになるのだ。それだけ重い、鉄の塊なのだ。
人間を殺すために磨かれた、地球の武器とは違うのだ。サイズも、質量も、硬度さえも既存の概念をぶっちぎって無視している龍を殺す為に武器を製造し、滅ぼされたのがモンスターハンター世界の古代文明なのだ。だから当然、武器はそれだけの重量と質量を兼ね備えている。そしてそれを扱うだけの筋力と能力、技量が必要となるのだ。今の自分の貧弱な体では、到底扱い切れない。
だがこれは武器だ。
自分が保有する唯一、まともに武器と呼べるものだ。
これを扱えるようにならなくては、ランポスとは戦えない。
だから片手剣を両手で握り、そしてそれを正面に振り下ろす。ただ、その凄まじい重量と自分の腕前の未熟さから、これが真っ直ぐ振り下ろせている様には見えない。ブレている様に見えるのだ。だから再び、丁寧に、時間をかけて真っ直ぐ振り下ろすのだ。それは腕を酷使する動きでもある。それでも何度か繰り返す。上から下へと斬り下ろす動きを。
これを五回ほど繰り返すと、腕が痺れて来る。だけどそれでも止めない。上から下へ、素振りを繰り返す。痛みを感じるレベルに突入するのはダメだ。ある程度疲れて、余裕がなくなってくるのはいいが、それで倒れる様な、腕を折る様なレベルはダメだ。怪我をするとそれが後々まで響く、治療なんて出来ないのだから。だからある程度、自分の筋力を育てる様に、そして武器を振るうという事そのものに慣れるように毎日少しずつ、振れる時間と振るう時間を作るのだ。そうやってコツコツと積み上げて行かねば、
ランポスを狩れない。
「ふぅ、まぁ、今日はこんな所だな」
十分な疲れを感じて片手剣を大地に突き刺す。そうしたら神殿で確保した水瓶から水を掬い、それを体にぶっかける事で汗を流して行く。地味だがこういう変化が生活をよくしていた。
ともあれ、春季、生活は去年の夏季からは大きく変わっていた。
より快適に―――そして明確な目標へと向けて邁進していた。
「目標はランポスの駆除だしな」
それが今の自分の目標だった。ランポスの駆除。あのランポスの巣に居るランポスを、何とか全滅させたいのだ。あそこが通行可能になるだけで、移動に関する大幅なショートカットが可能になる。それだけではなく、丘エリア全体でランポスと遭遇する危険性を排除する事も出来るのだ。だからランポスに勝てるだけの能力を自分に付けたかった。ハンターであれば武器を何度か振るうだけで殺せる相手。
そんな奴を倒すために、自分は既にここへ来てから8カ月以上の時間を必要としていた。まぁ、元々が一般日本人なのだから当然と言えば当然なのだろうが。それでも、ハンターにこの状況になってからは憧れる存在としては、非常に歯がゆいものがあった。俺も、もうちょっと運動を日常的にしていれば良かったと今更ながら後悔している。
「ふぅ、春はあんまり焦らなくていいから助かるなぁ」
体を濡らした所で、太陽の光で体を乾かす。春の暖かな陽気はこういう時、本当に便利だし冬はお前ほんとファッキン死ねよって感じがする。太陽万歳。
そうやって太陽の光を全身で浴びて、それで体を乾かしていると。近づいてくる影がある。歩いて近づいてくるその姿は獣の姿をしている―――山羊、
つまりはエルぺだ。
この連中、グレンゼブルがイビルジョーに食われた影響なのか、高地から出て活動する様になってきたのだ。しかも人懐っこい影響なのか、普通に滝の横の壁を登って来て、ついて来たのだこの森林エリアに。おかげでツリーハウスの周辺にエルペが住み着き始めたのだ。まぁ、1人だった頃よりははるかに心が癒される、というかこういうマスコット的な存在は割と精神安定になるから嬉しいと言えば嬉しいのだが。
トレーニングを終えた所で首に抱き着くと、色々と癒される。
アニマルセラピー、あると思う。
「はぁー……お前とムーファだけが味方だよ……」
「……?」
意味が解っていないエルペが大人しくモフモフされる。まぁ、相手は畜生だから理解してくれとは言わないが、愚痴る相手が出来るだけでも心のストレスは大分違ってくるのだ。これでアイルーなんかが居れば話は別なのだが、今の所、アイルーもメラルーもチャチャブーさえも見かけない。連中が居れば色々と生活が捗るのだが、そう甘くはないらしい。
「もっとイージーモードになってくれないかなぁ……ねぇ?」
「きゅるるるるぅ」
その鳴き声をんだんだ、と納得してくれている声だと勝手に解釈し、体を乾かしつつ休めていると、ヴヴヴヴヴ、と羽音が聞こえてくる。
「
呟きながら近くの大地に突き刺しておいた竜骨の槍を抜く。細長くアプトノスの竜骨より削り出して作った竜骨の槍は遺跡から発掘したツインセイバーの様な形状をした槍よりも遥かに軽く、振るっていて全く疲れない武器だった。少し疲れた体でも問題なく振るう事の出来る武器というのは、今の自分には大事な物だった。だからそれを引き抜きながら軽く視線を彷徨わせれば、直ぐに羽音の正体を見つけるに至った。
木々の間をゆっくりと飛行する、巨大な虫の姿―――ランゴスタだ。
その姿を発見し、ランゴスタもおそらくはその複眼で此方を捉えた。威嚇する様に羽音を更に響かせつつ此方へと尾の針を見せつけて来る。ゲームではかすり傷にすらならないダメージしか発生しない針による一撃だが、あんなぶっといものが刺さったら致命傷になるだろう、と個人的には思っている為、ランゴスタの攻撃でも十分恐ろしい。だから普通に、ランゴスタを目撃した所で、
槍を投げた。
投擲した槍をランゴスタが回避しようと動くが、それよりも槍の方が早くその体に突き刺さった。貫通し、背後の木に縫い留められながらランゴスタがややぴくぴくと痙攣しながら絶命した。
「ふぅー、今日の飯に一品追加だな。あ、いや、肉が調達できるからもう食う必要はなかったな……よいしょ、っと」
ランゴスタから槍を引き抜きつつ、確実に殺害を確定するために首と胴体を切り分ける。その上で尻尾から針を引き抜き、それに繋がっている麻痺エキスをツリーハウスから持ち出した羊毛に吸い込ませる。そしてそれを遺跡から発掘した別の空っぽの水瓶の中に引き絞る様に投入して行く。ちょっと減ってしまうのだが、これで麻痺エキスを少しずつだが、保存する事が出来る。
一応、イビルジョー対策なのだ、これ。
麻痺生肉。イビルジョーはこれを普通に食べて、そして麻痺る。ゲーム的な生態がそのままであれば、プレイヤー……つまりはハンターよりも抵抗せずに一瞬で食える生肉の方を優先するのだ、たとえそれが毒だらけであろうと。だから最悪を想定して麻痺エキスを保存している。水瓶の中にはマヒダケが押し込んである。エキス、いい感じに麻痺れるエキスを作れればいいかなぁ、と思って漬けている。
武器に塗ればそれだけ便利だし。
ただハンターみたいなダメージを重ねて狩猟する、というスタイルは自分には不可能だと思っている。隠れていても瞬時に見つけ出してくるあの飛竜達の鋭さ、そして毒や麻痺を受けているのにその後で即座に復帰する姿。アレを少しずつ削って殺すなんて自分には到底無理だ。持たない。真似できない、まだランポスでさえ相手出来ないのに。
できるのは精々、反撃すら許さずハメて殺す程度の事だ。それにしたって竜と呼ばれる様な大型種を相手にするのは不可能だ。それだけの力がない。
精々、草食竜やランゴスタで限界だ。だからこそできるだけの準備と手段を揃えるしかないのだが。
「まぁ、重い事はなるべく考える事を止めるとするか、花子」
「くるぅー?」
両側から顔を挟んで、もふもふと弄ってやるとこいつが喜ぶ。一応ケルビの皮で作った首輪をつけているから、こいつが花子であるのは解る。何せこいつは乳が出るのだ。滅茶苦茶癖があって、鍋を使って沸騰させているのだが。ただ山羊の乳には凄い栄養があると聞いている。
栄養、とても大事なワードだ。
まぁ、懐いて来たものではしょうがないし、有効活用しよう、という事で定期的に乳を搾っている。まさかこんなところで乳を飲めるようになるとはなぁ、とは思いもしなかった。しかし山羊乳が手に入ると、肉を乳で煮込んで食べてみたり、フルーツ山羊乳を作ってみたり、と食生活にバリエーションが一気に増えるのだ、これが。
ちょくちょくエルペ共がこれを食いに来るのだが、素材自体は自分から出るもんだし別に良いだろう。
それで最近少しは体力がついて来た……というのが、体を本格的に鍛え始める事が出来た理由でもある。美味しい物を食べれば、それだけ精神的な活力が沸き上がってくる。体力と活力が出て来れば、それだけ体が動く様になる。この春は、まさに活動の季節だった、自分にとっては。
だけどそこに一つだけ、問題が出て来た。
大量に出現するランゴスタの存在だった。
冬季を超えた事でその間は死んでいた昆虫共が再び活動を活性化してきたのだ。特にランゴスタやカンタロス、全く見なかった害虫に関してはイラつくようなレベルで数が確認できていた。花畑の方はもうランゴスタだらけで、フォロクルルが発狂して潰しまわっているのが目撃できるぐらいにはヤバかった。春のランゴスタ祭り、求めてなんかいなかったのに開催され始めていた。
この竜骨の槍は、そんなランゴスタなどの小型種を効率的に殺す為に考えた武器だった。軽く、突き刺しやすく、回収が容易。ランゴスタのリーチ外から攻撃できる便利な武器である。弓と黒曜石のナイフと合わせ、この三つが現在、利用可能なメインウェポンとなっていた。特に槍は神器だ。神器と呼べるレベルで使いやすい。リーチ外から突いて、或いは投げて、それで直ぐに使える。ただ突き刺さるレベルの鋭さを確保する為の先端の加工に、どう足掻いても今までの道具では無理だったのが、漸く遺跡の発掘品で可能になった。
それはそれとして、
「割と真面目にランゴスタの巣を駆除する事を考えないと駄目だよな、これ」
ちょくちょくモンスターハンターシリーズにあった、ランゴスタ駆除依頼を思い出す。大量にランゴスタが沸き上がる事の背景にはクイーンランゴスタの大量産卵が存在していた……筈だ。ゲーム的な話だと20だか30匹程ランゴスタを虐殺すれば女王であるクイーンランゴスタが出現し、戦闘する事ができた筈だ。
「まぁ、おそらくは西の森の奥に居るんだけどな……」
ツリーハウスの前から、西の方角へと視線を向ける。冬の間は踏み込まなかった場所、西の森林エリア……樹海とも表現できる、更に薄暗く木々が茂っているエリアの事だ。あの奥にランゴスタの巣があるのは知っているのだ。ただ、ランゴスタの大群との戦いを避ける為、今まではそこへと踏み込まなかった。
「ただ何時までもそれじゃあダメっぽいなぁ」
前はツリーハウス周辺までランゴスタが来るような事はなかった。此方の方はランゴスタの餌になる様なものがないからだ。だけど食欲だけでここまで出てくるのであれば、必然的に間引く必要がある。
ある意味、ランゴスタとクイーンランゴスタはランポスやドスランポスよりも面倒だが、殺しやすい相手だ……。
槍を片手に、立ち尽くし、いつの間にか増えていたエルペにかまって、と頭突きを食らいながら考える。やはり、平和な生活の為にはランゴスタを排除した方がよいのだろう、きっと。となると西のエリアへと進み、その中からランゴスタの巣を探し出し、クイーンランゴスタを討伐する為の準備をする必要がある。面倒だし、怖い事だが、これは自分の安全のためには避けては通れない事でもある。何時かは排除しなければならないランポス同様、駆除しなくてはならない害虫だ。
「良し、やろう。害虫が嫌がる匂いって柑橘系かミント系だっけ? とりあえず何度かに分けてランゴスタの嫌がる匂いを調べて、巣の場所を探したら―――お約束するか」
害虫駆除、その締めを飾る物は毎回何であるかは決まっている。
そう―――放火である。
「待ってろよ、クイーンランゴスタ。今度お前の死骸でキャンプファイアーしてやっからよ」
この生活を始めて、大分精神的に逞しくなってきた自覚があった。
ついに開始しました2年目、春。遺跡から獲得した道具で生活は楽になってくる、トレーニングに割く時間が漸く作れ、これによって漸くサバイバル以外の時間が出来た訳じゃが……?
2年めの個人目標はランポスの駆除、ランゴスタの駆除、そしてまともに剣を振れるようになる事。武器は、特にモンハン武器は人間ではなく龍を殺す為の道具なので、普通の、地球の武器の数倍の重量はすると考えている。というかそうでもないとあんなにザクザク突き刺さらないじゃろ……。