インナーからはイビルジョーの力強さを感じた。ブーツからはリオレウスの息吹を。グローブからはジンオウガの荒々しさを。ベルトと腰布からはナルガクルガの軽やかさが。プロテクターからは堅牢なアオアシラとディノバルドの意思を。布全体からは継承された意思を。それらを感じ取れた。継承者の服装に着替えた所で、いよいよ、自分の楽園を舞台とした物語にも終わりが見えて来たのだという事を自覚させられた。長く続いたこの戦いも、終わりが見えて来た。
体が軽い。体力と活力が体中に漲っている。戦いに恐怖はある。それはアルマという幸せを知ってしまった自分の死への恐怖だった。彼女を残してしまうという事の恐怖だった。
目の前の大地に睡蓮の剣を突き刺し、その柄に両手を乗せて立つ。目を閉じる様に、精神統一する様に心を穏やかにする。アルマを一人にする事、この幸福が終わるかもしれない恐怖は確かに存在する。だけど同時に、この道を走り抜けて来たことへの誇りが俺にはあった。辛く、苦しい事がたくさんあった。
キノコを食べて腹をくだして、モスにさえ敗北して、ブルファンゴから逃げて、最初はそんなにひどかった。食べるものさえ解らなかったもんだ。だけどその生活も少しずつ変わってきた。全ての始まりはやっぱり、アプトノスを狩猟出来る様になってからだろう。
それからクイーンランゴスタを狩って、ドスランポスを、ダイミョウザザミを、と、どんどん狩猟しながら出会って、狩って、鍛えて、苦しみながら―――それでも彼女と出会えた。惚れっぽいと言えばそうなのかもしれない。俺は彼女の事が好きだ。愛していると言える。そしてこの先の人生も彼女と一緒に歩みたい。幸せに。そう思うぐらいに愛している。
だからこそ、この戦いは最後まで、どんなに怖くても続けなくてはならないのだと思っている。それは責任だ。始めた人間としての、受け継ぐと決めた人間としての。全てを背負って生きると決めた者としての当然の責任だった。目を反らす事は出来ない。現実から逃げる事は出来ない。
彼女を愛している。
だからそこから目を反らす要素を、原因を、何も残したくはない。
この先、何があろうと俺の人生という物語を、アルマとその後は平和に暮らしました……と、締めくくる事が出来るようにしたい。俺が戦う最大の理由であり、恐怖に打ち勝つための唯一の力だった。
愛、それが今、自分の中にあった。不思議な物だった。愛、と言われても抽象的なイメージしかなかった。愛で強くなる、と言われて意味が良く解らなかった。何もない人間の方が躊躇がなくなるから強いとさえ思っていた。だが違うのだ。誰かを愛している分だけ、タガが外れる。何が何であろうと生き残ろうとする力が湧いてくる。彼女の為ではない。彼女と一緒に、である為に生きたいのだ。だから全部終わらせる必要がある。
それまであと三戦。
いや、ラ・ロを片付ければ休み、アトラル・カからそのままメフィストフェレス降臨だ。そこはノンストップで進めるだろう。連戦である事を考えれば実質、残り二戦としてカウントできる。
それでここでの戦いも終わりだ。
「―――遠い、とても遠い所へと来てしまった」
目を開け、黒睡蓮の水晶剣を大地から抜き、それを真っ直ぐ突き出すように振るった。足元に生えていた黒い睡蓮が散り、剣の軌跡に花びらが舞った。幻想的で、非現実的で、しかし同時にドラゴンメイカーが残した、最後のプレゼントだった。
ありえないものを愛する。その形だった。
「だけど後悔はない。うん、何も後悔はない」
恐らく、今まで戦ってきた状況の中で、メンタルとフィジカルのコンディションは最高の状態だった。肉体そのものが新生した為、リセットされているという事実も確かにあるだろう。だがそれ以上に活力が魂の奥底から溢れ出しているのが解る。体に自分の魂が満ちているのが解る。自分の意思で、後ろ向きではない、前向きな、
明確に、全てが終わった後の存在する未来を見て生きているという感じがする。今までの様に、捧げる様な、生贄になる様な、犠牲になる事前提で本気を出すのではない。生きて、その先の未来の幸福を得る。その為に生きる。その為に剣を持つのだ。その為のコンディションが、メンタルが、過去最高の状態まで自分を引き上げていた。
軽く言って、愛の力で無敵状態だった。
新しく作って貰った鞘の中に水晶剣を戻しながら、振り返る。そこにアルマの立っている姿が見える。だから近づき、その自分よりも小さい姿を抱きしめた。
「私は戦わなくていいのか?」
「良いんだよ、お前はもう龍としての義務とかは感じなくて。ただの平和で、愛されるだけの女の子でいていいから。心苦しく思うならアイルー達から料理でも学んでくれ。全部終わったら飯屋を作るつもりだから、二人で一緒に厨房に立とう」
抱きしめながら言葉を返す。彼女の事を好きになったのは一目惚れもあるし、抱いたというのもあるし、哀れんだのもあるし、ドラゴンメイカーとの約束もある。一概に言える程、簡単な問題ではない。だが重要なのは理由ではなく、彼女を愛している、という事実だけだった。そして俺にはそれだけで十分すぎた。
どこの世の中に強いからって戦う必要もない嫁を戦わせる馬鹿が居るんだよ。
戦う必要もねぇのに戦わせるのって馬鹿なのか、恥を知らないのかどちらかだ。
十分苦しんだのだ。強いのは解る。だけど女に隠れて戦う男なんて死んだほうがマシだ。こういうのは男が格好良く、颯爽と終わらせるもんだ。
「だから飯でも作って待っててくれ」
「ん、解った。なら私はお前の帰る場所として待っているぞ」
「あぁ」
少しだけ強く抱きしめてから離れる。そして背を向けて、振り返る事もなく歩き出す。その先にはミラバルカンの姿が見える。ゴーグルを下ろし、フードを被り、マスクを装備しながらミラバルカンへと近づけば、珍しくこの男は楽器を手に持っていなかった。腕を組みながら、此方もやる気を見せていた。
「お前も珍しくやる気だな」
龍言語でミラバルカンの名前を呼べば、ニヤリ、とミラバルカンが唇の端を釣り上げた。
「俺とて雄寄りだ。状況に感じ入れば滾るものもある。何よりも見たかった夢を目の前で実現させられているのだ。それだけでももはや、俺には本気を出すには十分すぎる」
目の中で炎が燃え上がったのが見えた。本当に今日はとことんやる気で溢れているというのがそれで解った。もはや負ける気は欠片もない。だから拠点のアイルー達を見渡し、軽く手を振って別れを告げて、ミラバルカンと共に拠点の外へと出て行く。
そこに迷いはない。
死への恐怖はあっても、戦いそのものへの恐怖はもう、存在しなかった。
拠点の外、もはや生物が数えられる程しか存在しない中で、惜しげもなく紅龍は化身体を晒し、その姿を炎に包んだ。うねり上がる炎が一瞬で化身体を包み、そして拡大する。その中から熱風を突き破って紅の龍の姿を露出する。紅い鱗と甲殻を持つ龍は登場と共に空を暗雲で遮りながら燃えるような風を発生させた。
翼を羽ばたかせる度に遠くの大地で、誰かがその気配に苦しむような感じさえする。
生物としての次元が違う。
絶対王者。完全強者。上位存在。龍の中の龍。それを示す気配が一瞬で空間を満たし、通常の生物であればその気配だけで圧殺される。滅びの運命をその体に満たした最強種がいよいよ、その姿を隠す事もなく、晒された。
『乗れグラジオラス。お前にはその資格がある』
「そいつは嬉しい話だ」
言葉に従い、大地を蹴って、背中の突起を足場に一気に駆け上がり、その頭の上へと着地する。片膝を落とす様にしゃがみつつ、片腕でミラバルカンの角を握った。
『しっかり掴まっていろ』
そして翼を羽ばたかせた。そのひと振りで大地に熱風が舞い、その熱量で大地が僅かに燃えた。その熱が体に届かないのは果たしてミラバルカンが気遣っているのか、それともこの服装の加護の影響なのだろうか。どちらにしろ、恐ろしい程に熱を感じられても、それが熱い等とは思えなかった。心地よい、動きやすい温度を常に感じ取っていた。
だがそれを深く考える前に羽ばたきの一つで一気に空へと舞い上がった。そのまま大地を俯瞰するような高さで、ミラバルカンがゆっくりと砂漠の方へと向かって進軍する。貫禄さえ感じるその飛翔は生物としての違い、上位者としての余裕さえ感じられ、拠点で目撃するようなマシュマロっぷりは欠片も存在しなかった。
ただのマシュマロトカゲじゃなかったんだ、と思わせる程度には威厳が存在していた。
丘を抜け、
沼を超え、
山脈を越えて、
そして自分を乗せた、ミラバルカンの姿はゆっくりと、翼の動きに熱風と炎を舞い上がらせながら砂漠の上空へと入り込む。その領域へと入り込んだ瞬間、凄まじい絶望の感情と殺意、怨念、憎しみ、織り交ざった吐き気がするほどの負の感情が砂漠に満たされていた。
砂漠そのものが変質していた。
砂色の砂漠はその色を全て変質させていた。
黒い砂嵐の中に、赤い残光が見える。
一瞬だけ、砂嵐が停止し、その中に潜む姿が露出した。
金冠種の体格に、様々な竜を取り込んだかのような、異形に変異した黒い体をしていた。ベースはリオレウスやリオレイアの形状をしているが、エスピナスの様な角を生やし、尻尾はヴァルサブロスやディアブロスを思わせ、翼は四枚にまで増えていた。それでいながら四足歩行という姿をしており、もはや通常のラ・ロとはかけ離れているが、それがラ・ロであるというのを理解させる異形の竜が見えた。
その姿は変形しながら本来のラ・ロの姿へと戻り、此方を見上げながら咆哮を放った。
その咆哮に合わせて砂嵐が
こんな環境、突入するだけで即死する。
ハンターを増やすとか、最強のハンターを呼ぶとか、それでも駄目だ。生物が入り込んだ瞬間ミンチになる。
だがこのラ・ロは違う。
即座に戦力差を理解し、最初から全力で殺しに来ている。結界を構築して、ミラバルカンの侵入と、俺の侵入を阻止している。
さて、どうしたもんか。そう思いながら侵入方法をゴーグル越しに結界を眺め、考えていると、
『―――この程度の小細工で俺を止めようとは嗤わせるな』
ミラバルカンの憤怒に満ちた声が聞こえた。その頼もし過ぎる声に、小さく笑い声を零した。
「行けそうなのか?」
『この俺を誰だと思っている。良い機会だ。本当の龍の戦いという物を見せてやろう』
ミラバルカンが言葉と共にその龍の眼光を《刻帝》へと向けた。
それが戦闘開始の合図となった。ミラバルカンの眼光がその存在を捉えるのと同時に、
そしてそれと同時に、砂漠が炎に包まれた。
黒く染まった砂漠を呑み込む様に一瞬で炎が海の様に溢れ出し、砂嵐を蒸発させた。それと同時に砂漠の各所から火柱が上がる―――否、火柱ではない。良く見ればそれは炎よりももっと質量を持った、ドロリと溶けた液体である。余程それに対する耐性がない限りは、触れる事そのものが致命傷となる流体。
―――マグマだ。
その眼光で一気にラ・ロの保有する領域を蹂躙し、そしてマグマの噴射と川を生み出す。空は熱と炎の混じった雲によって覆われ始め、それが僅かな火の粉を降らせ始める。それですら、まだミラバルカンは本気を―――憤怒の姿を見せていない。なのにこれだけの力を発揮していた。
まさに次元が違う。生物としてのスペックが根本的に違うのだ。人相手には常に制限されるミラバルカンであっても、相手が竜であるというのなら、その遠慮は一切存在しなかった。
塵を処理するのに遠慮が必要ない様に、
『消え失せろ塵芥』
言葉と共に天から破滅を象徴する隕石を呼び寄せた。赤く轟々と燃え盛る天からの飛来物はその表面が熔ける様に熱されており、天を覆う様に出現した直径50メートルは存在する巨大なフレアメテオを一切の躊躇もなく空から砂漠の大地へと叩き込んだ。どろどろに流れ出す溶岩とフレアメテオが衝突し、それが盛大に吹き上がり、爆裂しながら質量と熱量による面制圧を行い、
この世界の人類では到底なしえない絶対的破壊を巻き起こした。炎と溶岩の巻き上がった暴風が一瞬で空間を呑み込み、赤く視界を染め上げる。その光景を眺め、口をぽかーん、と広げる。
「……すげぇな」
『この程度ミラの名を抱く龍として当然の嗜みだ。俺の偉大さが良く解ったか? さて―――本番だぞ』
ミラバルカンの誇る様な言葉の中で、巻き上がった炎、溶岩、竜巻、熱、熱風、破壊、その全てが時間を停止させるように動きを止めた。そしてモノクロに世界が染まる中で、それが逆再生して行くようにほどけて行く。
全ての破壊の痕跡を逆再生によって元に戻して行く。
呑み込まれたはずのラ・ロの姿が再生する様に戻って行く。間違いなく致命傷だった姿が本来の竜の形を取り戻しながら、黒い砂漠に降臨する。
そして砂嵐を纏いながら再び、その絶種としての姿をそこに、無傷で証明する。
「マジかよ」
『時間を与えすぎたな。《理》を得る領域に到達したか。とはいえ、まだまだ俺からすれば赤子だ。意識する暇もなく消し飛ばせばそれで解決するが―――その為にはここら全てを吹き飛ばす必要があるな』
「たまったもんじゃねぇや」
『だろうな。故に主役は譲るぞ』
言葉と共に、再び砂嵐が焼かれ、薙ぎ払われた。それが焼かれて黒く染まった砂漠が露出して行く中、一気に下へと向かって飛び降り、落下して行く。不思議と、高所落下の恐怖は一切なく、大丈夫である、という自信があった。
それに従い、足から先に砂漠の上へと着地した。着地は綺麗に、衝撃もなく、砂の一粒さえ揺るがす事もなく行えた。まるでそれはナルガクルガの身の軽やかさと、リオレウスの力強い飛翔力を得たような気持ちだった。
そうやって砂漠に着地した所で、ラ・ロが赤い眼光を此方へと向けた。ミラバルカンが上空で、吠えた。その咆哮に応えるように砂漠からマグマが溢れ出し、それが砂嵐と拮抗する様に環境に抵抗し、砂嵐の展開とその再生を阻害する。或いはミラバルカンの言う《理》に対する対抗を行っているのかもしれない。
『俺が有利なように抑え込み牽制する。お前が殺せ』
「なんだ、美味しい所を貰ってもいいのか。気前がいいじゃないか」
黒い砂漠と溶岩の川が混じって、煉獄の様な光景が広がる。凄まじい熱量が発生する筈なのに、それを一切感じられない。肌に、体に届くような事がなかった。流れて来る溶岩の上をバトルブーツは当たり前の様に上に乗り、安定した足場として活用する事が出来る、不思議な力を発揮していた。
力を感じる。
支えられ、助けられ、導かれ、そして漸く、ここまでやって来た。その長い道のりを、自分の力だけではなく、いろんな力に支えられてやってきた。そして今、支えられてまた、敵の前に立っている。
もう居ない皆の力を借りて。
俺には何も特別な力はないけど―――貸してくれる皆がいるから。
鞘から水晶剣を引き抜き、睡蓮の花びらを纏わせる。それを一回転させてから砂漠と溶岩に突き刺せば、その中から不朽の黒睡蓮が咲き乱れる。ラ・ロが凡そ30メートル離れた距離から、大地を何度か蹴り、威嚇する様に殺気で砂漠を満たしながら此方を睨む。水晶の様な物が生えた肉体は僅かに煌き、戦意と理を無視した力を放つ準備に入っている。
それを見て、両手を柄の上に乗せて、迎える。
「さぁ、お前も……もう、疲れただろう。終わらせてあげよう」
言葉に、激怒する様にラ・ロが吠えた。此方の言葉に勝手に憐れむな、という意思を感じる。まぁ、それは正しいのかもしれない。だがその望まれず生み出されてしまった命を、自分にはもはや憐れむ事しか出来ない。
だからその命を終わらせる。
全力で。
それがきっと、この蟲毒によって生み出された悪意への救いだからだ。
絶種討伐戦第二幕―――開始。
最も理から外れた竜。世界から外れてしまった竜。誕生してはならない命。
という訳でリピート、再生、逆再生、再現、多重発生。時間と空間を歪める竜。その上でラ・ロ本来の機能を保有しているので、当然ながら強敵。とはいえ、今回は一人じゃない。本気のマシュマロパパクソトカゲの援護もあるのでティガ君よりは遥かに楽かなぁ、と。
それにしてもクソトカゲ楽しそう。
次回、絶種討伐戦・後編。