冬が終わった。
寒い、心まで凍るような季節が終わった。
五年間の生活の中で最も苦しく、そして最大の変化と激動の五年目が終わった。
冬、それは寒さの中に全てが凍りつく季節だった。あらゆる生物が耐え忍び、そしてやってくる次の季節に備えて潜む季節でもある。冬の間は生物にとっては死の季節だとも言える。故にここまで苦しく、辛く、そして絶望的な季節になったのは、ある意味では必然だったのかもしれない。耐え忍ぶ季節に苦痛が待ち受けていた。だがそれを乗り越えれば、
春がやってくる。
絶望によって凝り固められていた世界が解放され、その凍土に覆われて隠れていた希望が芽を見せる。漸く、長く辛い時を冬と共に終わらせた、という感慨があった。五年間の苦しみが春の到来と共に終わりを告げたような、そんな気さえあった。漸く、苦しみの中でもがき続ける時間が終わったのだ。
もはや、終わりが見えている。
クライマックスは近い。冬が終わり、クライマックスの季節がやってくる。そう、耐え忍ぶ時間はもう終わりを告げた。叛逆の時が来た。今までの苦しみ、その全てを力に変えて、唯一無二のエンディングへと向けた構築が終わった。もはや、この戦いは終わりが見えたのだ。確実に、終わりが迫っている。それをもはや誰も否定する事は出来なかった。
冬は終わった。
苦しみに満ちた五年間だった。探し、失敗し、死んで、蘇り、悪意に殺され続けた五年間だった。だがそれは貴重な五年間でもあった。その五年間という時間がグラジオラスという一人の男を育て上げた。楽園がその崩壊と引き換えに生み出した、完全なる怪物的な只人だった。この五年間、その苦しみが本当の意味で、形として昇華される時が来たのだ。
故に失楽園、それはもはやこの冬で終わる。
あらゆる生物が死に絶えた。かつて、楽園を彩っていた数々の生物たちはもはやこの世には存在しない。或いは大陸でさえ見かけないような生物もいたのかもしれないし、大陸ではありえない環境やコミュニティを構築していたのかもしれない。だがそれはもはや無駄な話だった。その生物はもはや存在しない。あらゆる命は食らい尽くされ、一つの形へと昇華され、そしてそれすら絶望を乗り越えた人間の手によって、龍と力を合わせる事で終焉を迎えた。
絶望さえも希望の前では終焉を迎える。そして楽園が失墜した今、春がやってきた。
―――六年目、最後の年。
春。
楽園、最後の季節。
もはや楽園に属する生物と呼べる存在は、火山に存在する番人と、その楔によって眠り続ける最後の悪魔だけとなってしまった。その他は全て死ぬか、或いは楽園の運命から逃れてしまった。故に終わりは近い。次の戦いこそが全ての最後となる。この失われた楽園を終わらせ、そこから飛び出す為の戦いになる。
楽園を去る為の最後の年が、最後の季節が始まる。
冬が終わって、漸く体の動かしやすい季節がやって来た。そう言えば冬だったよなぁ、と忘れるぐらい去年の冬は凄かった。最終的には砂漠では溶岩の川が流れる様になっていたし、その事を考えると環境破壊のし過ぎじゃねぇか? とは思わなくもない。ただ、漸く冬が終わった。
最後の季節だと思っている。
この春の間に《躯王》アトラル・カと、《悪魔》メフィストフェレスと決着をつけてしまおうと思っている。そうすればすべてにケリが付く。もはやここに残るだけの理由も、する事もない。楽園を去り、そして大陸で情報や希少素材を売却し、先生やラズロのコネでメゼポルタに定食屋でも開いて平和に暮らす。いや、メゼポルタだとハンターに関わりそうだし、もっと田舎に移動してもいい。とりあえず、この場所を去るのだ。
苦しい記憶と悲しい思い出を墓標に残して。
だからこれが最後の季節だ、と決めている。
そしてこれが最後の安息にもなる。この春、最後の準備と安らぎを終えて、最高のコンディションに到達した時、それが最後の戦いを始める時になる。それが始まれば、もはや足を止める事は出来ない。最初から最後まで、駆け抜けるまで戦い続けるだろう。アトラル・カを倒し、そのままメフィストフェレスまで攻め込んで戦いを終わらせる。故に、アトラル・カと戦うまでが、最後の休息になった。
工房長猫は持ち帰ったラ・ロの素材をライフルに組み込む事にした。《刻帝》の時の咆哮を完全に再現する砲撃を組み込む為の改造らしい。《斬虐》の時と同じように、絶種の心臓部とも呼べるパーツを総部品加工し、それを内蔵式のバッテリーとしてライフルに組み込む。そうする事によって内蔵されたエネルギーを消費し、それぞれ一発限りの完全再現咆哮を放つことが出来る様になる。
……らしい。少なくとも工房長猫はそれを確信していた。素材が殺した所まで生きている、とは工房長猫の言葉だった。本体は死亡しているのに、それはそれとして素材が生きている為、そのまま特性を失わずに組み込めばその程度の事は出来るであろうとの事だった。
それを作る為の技術は一部、古龍から提供されているらしい。
つまり現代と古龍の技術の結晶だった。とてもだが表沙汰に出来る兵器ではなかった。故に一生表の世界に晒される事がないであろうその技術は工房長猫の胸の中に封印されるとして、最後の戦いへと赴く為の装備は工房長猫とその弟子猫達に任せていた。
そしてその間、
「―――じゃ、勉強するニャ」
森林拠点、外のテーブルを挟んで椅子に座りながら、反対側にラズロと先生を置いて勉強していた。
社会勉強だった。楽園から追放された後の事を考えて、先生とラズロは色々と教えてくれるようになった。ここでの生活が終わった後で、この世界で生きて行く事で、社会生活の中で困らない様にするための知識を教えてくれる。明確に、終わった後の事を考えてくれる猫達だった。
彼らは、俺が勝つと信じて疑わない。だから終わった後の事を教えてくれる。
「今まで話したことの復習をするニャ。グラドはとりあえず、解っているギルドの歴史と社会を説明してみるニャ」
先生の言葉に頷きながらえーと、と声を零す。
「ギルドの成り立ちそのものはかなり近代的なもので元々はギルドという形ではなく互助会という形が近かった」
先生から学んだギルドの歴史を思い出す。元々のモンスターの狩猟は国の管轄だった。そして普通の狩人が個人の利益や目的で武器を片手に戦いを挑み、狩猟していた。これが最も原始的で基本とも言える状態だった。
そこに初代《ココットの英雄》の様に突出した英雄と、そして狩猟による犠牲者が開拓によって目立ってきた。狩猟者の中で特に目立った実力や志のある者が援助する様になり、その姿に感銘を受けた者が資金を提供するパトロンとなった。それがハンターズギルドの前身となる組織、ハンター互助会とも呼べるものになる。
だがこれに目を付けたのが国家だ。そして同時に、将来的な事を見据え出した。ハンターとしての活躍が広がるのは良い。だがそれが広がった結果、モンスターの生息数が減ったり、竜大戦の様な絶望のトリガーを引く可能性がある。それぞれの国はそういう事に関する記録はある程度残していたらしい。
それ故にパトロンは国家規模へと変わり、予算が組まれ、そして中立的な国境を越える、《ハンターズギルド》という組織が生まれ、互助会から資金提供によってパワーアップした。これが今のシステムに近い。
ハンターズギルド、通称ギルドの目的はハンターの活動援助、開拓、そしてモンスターの守護になる。無節操な狩猟を行い続ければかつての竜大戦の様な状況を巻き起こしかねない為、ギルドはハンター達による狩猟が行き過ぎない事を管理する為の組織である。つまり今までは個人規模だった狩猟に組織を紹介し、それに管理させる事で狩猟という行いそのものに首輪をつけたのだ。
今ではギルドの支援なしで狩猟する、というのはちょっと考えられないぐらいには快適な狩猟生活がギルドによって送ることができる。それでもまだ国家の影響力はかなり強いが、今の社会はギルド社会、と呼ばれるレベルでギルドの影響力が各種に広がっている。
実際に開拓船、飛行船、開拓団、護衛団、解析班、観測所、この世界における文明と技術の発展、その最先端は常にギルドと共に在るのだと判断してもいい。故に一番権力を、力を持ち合わせている存在はギルドという組織そのものだと考えてもいいらしい。だから現在を生きる上では、ギルド社会という物を良く知るのが賢く生きて行く為に大事な事になる。
一般的な生活にギルドが関わるのか? と言われればYES、になる。
今はギルドによるハンターの、大狩猟時代なのだ。
「うむ、良く覚えているニャね? だからグラドが豊かに暮らそうと思えば、確実にギルド管轄領域で生活するのが一番だニャ」
此方の言葉を纏めつつ、先生が続ける。
「ぶっちゃけ、ギルドが関わると関わらないは文明が一段階近く違うニャ。今ではギルド出身の技術者が国家に派遣されて技術指導を行う程だからニャ。まぁ、こういう技術指導に関してはパトロンする代わりの見返りの一つだから当然と言えば当然なんだがニャ……じゃ、話を進めるニャ」
「おう、狩猟区に関する話をしてみろよ相棒」
「おー」
狩猟区、或いは猟区。それはつまりハンターが狩猟する事が許される区域である。これは全部で三種類存在し、ハンターの狩猟が許される狩猟区、ハンターの立ち入りそのものが禁止されている禁猟区、そして開拓されていない為に、何の制限も存在しない未開拓地だ。
この内、基本的にハンターが依頼を受けて向かうのが狩猟区になる。ネコタクもここへと繋がる様になっており、ハンターに対するギルドの支援が届く範囲でもある。禁猟区はそもそも繋がる様な道はないし、支援もなく、ネコタクもない。これは未開拓地も一緒である。
だが未開拓地と禁猟区とは大きな違いがある。
「それは
禁猟区は
通常のハンターは入れないが、それでも密猟者を狩る為にギルドナイトが出入りする事はある。
そんな禁猟区と違って、未開拓地、未開拓区は純粋にギルドが手を付けていない領域であり、国家にも属していない領域になる。つまり土地の利権がどの組織にも存在しない、完全にフリーな領域となっている。つまりそこを自分の土地だと主張し、確保し、守る事が出来るのならそこを自分の土地として保有する事だって出来る。それが未開拓区である。
ただし、未開拓地の狩猟は制限がなく、そしてギルドの支援が一切存在しない。
この未開拓地への支援がギルドより行われるのは、ギルドより発信したギルド発の開拓団により街開きを行う時であり、それ以外の時でギルドが未開拓地の狩猟を支援する事はない。何せそこはギルドの管轄外なのだから
その代わりの完全な自由狩猟である。
未開拓の領域で狩猟者は自分の用意した装備、道具で好きに開拓し、狩猟を行う事が出来る。当然、ネコタクはないので狩猟してもそれをギルドが運んでくれるわけではないし、古龍や乱入の警告もない。多くのギルド支援が機能しない状態になる。
その代わり、そこで狩猟した物に関しては《完全に全てが狩猟者の所持品》として管理されるのだ。つまりギルドに確認する必要も、ギルドに提供する必要も、素材の一部を取られる事もない。全てを自分で取得する事が出来る。
《楽園》での狩猟は未開拓地での狩猟にカテゴライズされる。
「まぁ、だから解ってるかもしれニャーけど、ここであった事、経験したことを
これらはこの楽園での取得物である以上、個人の資産として管理され、そしてその事は特攻アイルー開拓団によって保障されている。アイルー開拓団の扱いは特殊過ぎて、ギルドで直接管理している組織、管理出来ている組織でもないのでギルドのルールからは半歩踏み出した所に存在している。
「ただ、まぁ、この大陸の情報に関しては恐ろしい程金になるニャ。特に狂竜ウィルスの初期型の症状等に関しては古龍観測所が凄まじい程金を出してくれるだろうニャ。相棒がここを出た後暮らす事を考えるなら、何を売るのか、どうやって収入を得るのか、それを真面目に考えておく必要があるニャ」
「まぁ、そこは嫁やマシュマロと相談するよ。俺一人の問題じゃないし」
「もはやトカゲ扱いすらされない」
最近、マシュマロココアにハマっているからアイツ。ただその美味しさの魅力は良く解るのだ。解るけど何時窒息するのかハラハラするから笑いながら食べるのほんと止めろ。
まぁ、それはそれとして、
「ハンターか……」
「まぁ、ここを出た後での相棒の選ぶ道は二つあるニャ。一つは完全に縛られない自由の道ニャ。この場合はギルドとは関係のない国家で生活する事になるニャ」
そしてもう一つは、とラズロが言う。
「メゼポルタやドンドルマ等の
「後はそうだニャ……飲食店をやりたいんだったよニャ? だったらグラドはメゼポルタ辺りに腰を落ち着けるのがいいニャ。あそこは商業の最大中央の地だからあらゆる食材や技術が入り込んでくるニャ。豊かな生活を望むのならあそこが一番だろうニャ」
「うーむ……」
ラズロや先生には、色々と考えさせられる。
漠然としていた《飯屋を開いて生活する》というビジョン。それを社会という形を説明し、今の構造や生活様式を説明する事で、それを現実的に捉える方法を教えてくれるのだ。
これがラズロと先生との、楽園終末の過ごし方だった。
「うーん、でもやっぱり色々と必要な物を考えるとどう足掻いてもギルドの力を頼る必要が出て来るのか……」
「まぁ、飯屋を開くには土地、道具、スタッフが必要になるニャね。その事を考えるニャら、間違いなく個人の力で揃えるのは難しいニャ。ギルドに何らかの形で恩を売りつけて譲歩を引き出すのが正解だと思うニャ」
「特に一等地に関してはそれなりに金のかかる話でもあるからニャ」
「飯屋を経営する……ってのも結構、大変そうな話だなぁ」
「頑張るニャ、グラド」
「夢の前に妥協は甘えだぜ相棒」
「まぁ、そうだな」
肘をテーブルの上に乗せながら苦笑し、ラズロや先生と夢を現実にする為の方法を考えて話し合う。お金はこうして集めるんだ、こうやって人は募集する、こういう友達がいるから終わったら頼ってみるか? とか。
希望のある話をしていると、
「グーラードっ!」
「おっと」
ずっとアイルー達と話し合いをしていたからか、アルマが飛びついて来た。座ったままその姿を受け止め、抱きしめ、身を寄せ合って一つの椅子に座る。
「私はお前がいるのなら、どこだっていいぞ。グラドの飯は美味しくて好きだし」
「なんだ、聞いてたのか」
「私の耳は良いからな。浮気は聞き逃さないぞ?」
「ばぁか、お前以外に俺を好きになる様な酔狂な龍もいないだろ」
「どうかなぁ……お前は私が知っている限り最も恰好良い雄だからなぁ」
そう言って笑い合っていると、ラズロと先生も、苦笑しながら冷やかしてくる。少しだけ先の未来を考えた話をしていた。
この戦いが終われば、そういう未来もきっと現実になるだろうと信じて。
その猫たちのの仕事は常に未来を探す事だった。
最初からずっと今まで、アイルー達の仕事は未来を探す事と未来を創る事だったりする。なので連中にとっては終わりが近くても、やる事は変わらない。常に先を見据え、そしてその後の未来の事を考え、備え、用意するのが仕事だったりする。
なので今回もそれは変わらない。教え、作り、そして未来に備える。
次回、最後の安らぎ龍組。