「お初に目にかかる。人が口にする我が名は天翔龍・シャンティエン。汝の活躍はここ数年間、楽しませて貰った。語りたい言葉は多くとも、今は見事。その一言に我が感じた全てを込めさせて貰いたい」
「おう、ども」
そう言って天翔龍シャンティエンの化身体は此方の背中をバンバンと叩いて来た。古龍としてはかなり気安い部類に入る奴だった。どうやら最終決戦が近い事もあり、もう空域封鎖をする必要のなくなったシャンティエンが合流したらしい。そして挨拶をしてきた。シャンティエンも古龍特有の不思議な気配を纏っており、体にピッチリと張り付いて割れた腹筋の形が見える上半身の赤いインナー、下半身は余裕のあるズボンに腰帯、髪の毛はかなりふっさりとしており伸びているが、それを首裏で紐を使って纏めている、ラフな白髪だった。
そして糸目。かなりの美男子。古龍はどいつもこいつもビジュアルは凄まじく良い。
その代わりに中身が面白いのはここの付き合いで良く理解している。ハルドメルグとは違うが、シャンティエンには中華系、大陸系の武芸者の様な恰好が似合っている雰囲気、姿をしていた。実際、化身体でも相当やれそうな気配はしている。そしてそんなシャンティエンとは別に、
姿は紫色のローブにつばの広い大きな帽子―――そう、イメージは紫色の魔法使い。いや、女だから魔女だ。片目にモノクルを装着したそんな魔女が十字架に縛られ、足元でミラバルカンとテオ・テスカトルの炎で焼かれ、魔女裁判ごっこに興じていた。シャンティエンと握手を交わしつつ、魔女裁判ごっこをしながら
「アレ」
「古龍の恥さらし」
「そう……」
古龍の恥さらしという言葉の意味、説明の必要もなくその概念で理解出来てしまった。そうか……確かにこれは恥さらしだよなぁ、と。そう思うしかなかった。そして一生触れたくはない問題だった。俺とは関係のない世界でゆっくりしていてくれ……それだけが願いだった。
まぁ、そんな訳で、
拠点には今回、お世話になった、或いは活躍した、一緒に働いた古龍達が勢ぞろいしていた。ラブラブバカップルテオナナ夫婦、中性チャイナ黒麒麟、魔女裁判放火中ドMオオナズチ、糸目シャンティエン、未だに全身ローブハルドメルグ師匠、そしてマシュマロコボンノウトカゲのミラバルカン。
許せる濃さのレベルにも限度がある。
これで人類を超えている上位種なのが嫌になってくる。古龍という種族が大体これが種族ベースだったとしたら、古龍全体が個性の嵐となるので、正直ストレスで死ねると思う。いや、まぁ、うん、見ている分には楽しいには楽しいのだが。
シャンティエンを引き連れて、第二拠点の外にある椅子に座り、魔女裁判ごっこ中のテオ・テスカトルとミラバルカンを見た。実に楽しそうに同胞を燃やしているのがポイントだった。
無論、関わりたくないポイントである。
「古龍かぁ……」
「まぁ、待て汝よ。アレが全体だと思われては困る。ミラバルカンを始めとする一派が個性の塊をしているだけで、大体の古龍は寧ろここまで個性を持たぬ」
「あぁ、良かった……いや、本当に。古龍連中が大体こんなノリだったら首を吊る所だったわ」
「気持ちは痛い程解る」
シャンティエンが此方の言葉に苦笑する。その姿を眺める。シャンティエンは他の古龍と比べたら対応が普通だよなぁ、と。言動はちょっと古めかしいが。そう思いながらそうだ、と思いついた事を口にする。
「しかし……」
と、シャンティエンが此方を見ながら呟く。
「まさか龍を娶る人が再び出てくるとは我でさえ思わなかった。始めはあそこまで弱弱しかった人がまさか龍を殺すに至るまでの技巧を手にするとはな」
「昔はいたのか?」
「数は多くはないが、いたな」
懐かしむ様にシャンティエンは呟く。そう言えばミラバルカンの話を思い出す。シャンティエンはこの楽園へと続く空域の封鎖に協力して貰っていた龍だったらしい。それも自分がここに来る前から。そんなミラバルカンの無茶ぶりに付き合っていた龍なのだから、色々と見て来たのだろう、と思う。俺の他のサバイバーたちの事だけではなく、
もっと昔、人と龍が共存していた時代の事も。糸目のシャンティエンはそうだな、と呟く。
「余りこう言うのは我は好かぬが、あの頃は良かった。人と龍が隣人であり、手を取りあい、そして共に暮らしていた。我も化身体ではなく、龍の姿のまま語り合い、笑い、遊び、そして一緒に生きる事が出来る時代であった……まさしくあれこそ黄金期。その名に相応しいであろうと思う」
懐かしむ様に、思いを馳せる様にシャンティエンはそう言葉を口にした。
それだけでこいつがミラバルカンの同志である、というのが良く理解出来た。
「まぁ、王を始めとした無関心、静観を決め込んでいる連中は絶対にそれを言う事はないし、認めようともしないだろう。だがあの時代は良かった、と全ての龍が認めるであろう。生まれた存在理由ではなく、自分の意思で生きる事の出来る時代だった」
「……」
黄金の時代。龍と人がまだ一緒にあった時代だ。その頃、龍と人は平等な存在として共に暮らしていた。確かに、それを良かった……と言うのは、現代の否定にも繋がってしまうのだろう。だからそれを簡単に口にする事は出来ない。それを口にすることが許されるのはある意味、それを取り戻そうと動いた連中だけ―――つまりはここにいる連中だけだろう。
まぁ、もう戻らない世の話だとシャンティエンは言う。
「なにはどうあれ、過ぎ去った物を取り戻す事は出来ない。出来るのはその先を見据える事だ。失った事を嘆くよりも、失ったものを通して未来を構築して行く。我々はその道を選んだ。それがミラバルカンを筆頭とした派閥の目的だ」
過去では止まらず、その先へ。先へと進もうとする意志がミラバルカンにはある。それは彼があの時代を理想とし、しかしそれでは終わらせようとはしない事にある。彼はその先、共存と生活の中にある平穏を見たいと思っているのだ。だからこそ、こんなことをした。そしてこうやって、今も手伝っている。
無理だと思いながら、一番望んでいた馬鹿野郎なのだろう、アレは。
「まぁ、俺にはあんまり関係のない話か」
「何を言っている。龍と親縁になるのだから、こっちの社会にがっつり組み込まれるに決まってるだろう」
「俺、人間で居たいんだけど」
「技量が人間卒業している奴が何を言う」
自覚していたが、やっぱり剣術だけなら人間卒業していたらしい。余り直視したくない現実だったんだけどなぁ、と片手で顔を覆う。それにしても六年で剣の技量ってこの領域にまで突入できるんだなぁ、と驚かされる。まぁ、環境と現代では絶対に開花する事の無かった才能である事を考えれば……まぁ、あり得るのかもしれないが。
「これが終われば龍の間では間違いなく有名人だ。色々とあるだろうから、我ら古龍の事は事前に知っておけ。まず最初に知るべきなのはアレが全体だとは思わない事だ」
燃えているオオナズチの姿を指さし、その姿に頷く。どうやらミラバルカンもテオ・テスカトルも燃やすのに飽きて、炎を付けたまま放置したらしい。身内で放火殺人が許されるとか恐ろしいもんだ。絶対にお近づきになりたくない。なお、それを楽しんでいるオオナズチ君は一生違う酸素を吸って頂きたい。
同じ星の生物だと思いたくない。
「……と、そう言えば、奥方はどうした」
「アルマ? あいつならナナとお勉強だよ」
龍であるアルマも、色々と古龍の社会に関するあれこれを覚える必要があるし、それとは別に、人間らしい女性の生き方、女性という存在の生き方とかを学ぶ必要があるので、それをナナ・テスカトリから学んでいる。
普通、古龍には男女の性差が存在しないらしい。超自然的で概念的な化身の存在である為、そこに性別という形が入る事はないらしい。だが精神性の問題、或いは好みによって男か女に偏る事もある。番いとして生まれたテオナナ夫婦はこの中でも特に、男女意識の強い古龍らしい。
そういう訳で、女としてのイロハをナナ・テスカトリからアルマは教わっている。少なくともそれは、アイルーから学べる事ではないからだ。アルマは事の善悪は分かるし、事前に知識も与えられている。何をどうすればいいのかも知っているが、それが経験や知恵としてリンクされていない。
だから
「彼女の両親は知識は与えたが、知恵は与えなかった。だから誰かが生き方を教えなきゃいけない。俺は男だから女の事は解らないしなぁー」
「成程」
シャンティエンが此方の言葉に頷くと、拠点扉が開かれ、そこからアルマの姿が飛び出して来た。その服装は最近見かける様になった、彼女が着始めたシンプルな村娘の服装というか、装飾性のない服装ではなく、大量のフリルがついた白と青のゴシック&ロリータなドレスだった。
「た、助けてくれグラド! グラドぉ! ナナの奴が私に変な服ばかりを着せるんだ!」
「ここまで素材が良いのにそれを放置する等許せる訳が無かろうて。妾が龍の名に相応しい姿へと着飾らせてやろう! やはりコサージュも必要か!」
「グラドぉ……」
助けを求める様なアルマの声に彼女を見て、そしてナナ・テスカトリへと視線を向け、助かった、と表情に希望の色を見せた所で、ナナ・テスカトリに続きのゴーサインを出す為にサムズアップを向けた。それを見たアルマの表情が一瞬で絶望に満たされた。サムズアップを向けたまま、アルマが助けを呼んで薄情者、と叫ぶ姿を眺めつつ、可愛らしい服装の彼女に大いに満足感を感じた。
今夜はゴスロリ衣装だな、と心の中で決めつつ。
「いいのか、助けなくて」
「良いんだよ。色々と経験したほうがいいし、嫁が可愛い方が個人的には非常に嬉しいし。それに本気で嫌がってるなら氷漬けにして逃げ出しているだろうし」
そうしていない時点でアルマ自身が興味を持っているのだという証拠にもなっている。願わくば、彼女が平和な世の中で堪能出来る趣味や楽しみに目覚めてほしい。流石に趣味がセックスだけだと俺の体というか理性が続かない。なのでお着替えでも、料理でも、買い物でも、歌でも、なんでもいいから文化的な趣味に目覚めてくれると嬉しい。
ナナ・テスカトリの強引なお着替え遊びはそういう事の一環だと解釈している。
ある種の
まぁ、そこら辺は本当に、自分は手出しのしようがないので、ナナ・テスカトリに任せるしかない。だがそういう所以外では、
「テオ・テスカトルに龍の生態とか、彼女との生活で気を付けなきゃいけない事とかも色々教わってるんだよなぁー。あの夫婦には頭が上がらん」
男女の差だけではなく、人と龍の違い、生物としての違いが存在する。それは単純に力が強いとか寿命が長いとか、そういう問題でもない。もっと別の、鳥が空を飛ぶ様に、魚は水の中を泳ぐ。そういう生物としての違いの話でもある。
たとえば、発情期。
本来龍には性別の概念が存在しない。超自然的な概念の象徴である為だ。なので男も女も本来の龍、古龍と呼ばれる種族には存在しない。なので化身体を作った時、中性的な容姿を取るのが一番ニュートラルな状態でもある。そしてその姿には男性器も女性器も存在しない。つまりは生殖を必要としない生物である。
黒麒麟が良い例だろう。黒麒麟には男にある筈のものがないし、女性にある筈のものもない。究極的に男でも女でも、どちらでもない。中性で無性、龍という存在が人の形に変化している、化身として形を借りているだけの状態だ。古龍という種族全体を見て、七割から八割がこのタイプになる。
当然、発情もしなければ性的な興奮を覚える事もない。なぜなら生殖という機能そのものがオミットされているからだ。
だが逆に、性差を取り入れる古龍が存在する。それらがテオナナ夫婦や、ミラバルカン、アルマ等になる。こいつらには性別が存在する。だから性差から発生する欲求が存在している。
つまり、性欲だ。人間という形に近ければ近い程、この欲求が強くなるとも言える。ミラバルカンはそこら辺、人間性を全てクソにして吐き出しているので感じないらしいが、テオ・テスカトルやナナ・テスカトリの夫婦龍は性別と夫婦という生物としての側面が強い龍である。
その為、性欲が存在する。
そしてこういう性欲の存在する龍には定期的に発情期が来るらしい。
古龍という生物が本来、性欲を持たない、無性の生物である事に原因があるらしく、どうしようもないとの事だった。本来存在しない生態を形として取り入れた事による変化が原因とも。
後それとは別に、古龍は定期的な戦闘を求める。それは龍種としての本能的な物らしい。古龍として上位であれば上位程、そのスパンは長くなるが、それでも闘争を求める傾向にあるらしい。
その為、定期的にストレスを発散させる意味でも戦闘をさせる必要があるのだとか。別にその相手がハンターである必要も、人間である必要もない。大型モンスター相手に暴れるのでも全然問題はない。だが戦わせる必要がある。
そんな風に、龍は人とはまるで違う生物だ。生物としての肉体構造そのものが違うし、生きる上で必要なものもまるで違う。それが二人、一緒に暮らそうというのは外国人と結婚する国際結婚よりも遥かに難しい話だ。国際結婚であれば同じ人が相手だ。だが此方は異種結婚をするのだ。
違う生物と一緒に生きる事を決めたのだ。
知らなきゃいけない事が多い。自分の為に、そして彼女の為に。
「なんだかんだ、大変だけど充実している事は間違いがないんだよな……」
「ふ、そうか……なら我から特別言うような事はないな」
シャンティエンは腕を組みながらふ、と息を零す。
「ただ……お前の目指す道は我らの力を借りたとしても、かなり険しい道だと覚えておくと良い」
シャンティエンの言葉に頷く。それは理解している。今知っているだけでも多くの違いがある。好きな事、嫌いな事、生物として、寿命が、食べる事、生きるのに必要な事、そしてその他にも多くの問題が来るだろう。社会生活の中でアルマの正体を隠し通せるのかどうか、というのも一つだし……他の古龍が本当に暮らしていけるのか、それを確かめに来るだろうというのもある。
まだ、彼女との生活は始まってすらいない。
だがその先にある困難は多く見えていた。それでも、と言い訳させて貰うのなら、
彼女が好きになってしまった。惚れたら負け、という奴だった。この先の人生、彼女と一緒ならきっと楽しく生きて行けるもんだと思っている。だから、まぁ、問題の数々もそれはそれとして楽しんで行こうという気持ちになっていた。
「まぁ、世の中色々あるだろうけど、それを一緒に乗り越えて行きたいと思える嫁に出会えたんだ、龍との付き合いも悪くはない」
そう呟き、息を吐くと、後ろから背中を叩かれた。振り向けばそこにミラバルカンとテオ・テスカトルの姿が見え、両脇を占領する様に座ってきた。
「何の話をしている? 無論、俺が話題に混ざる以上、その話題は俺が混ざるだけの価値のある話ではないとならない」
「いきなり割り込んで何を言っているこの暴君は」
「なぁに、気にするな。そんな事よりも暇潰しに王や帝が犯したかつての大失敗を暴露してやろう。今でも話題に出すと本気で殺しに来る類の話だ。面白いぞ」
「ほんとクソトカゲだなこいつ」
まぁ、だけどそのクソっぷりには大いに救われている部分がある。これからも先、自分の人生にこういう連中が残っているのだと思うと、
少し、この先の異世界暮らしが楽しく思えて来た。
一生忘れる事はないからまぁ、気楽に生きればいい。
ついに公開されてしまった秘密兵器にしたかった古龍。ついにみられてしまった……。隠れているのではない、隠されていたのだ……。魔女っ子ドMステルス龍とかいう属性過多。雑に扱われるのを楽しんでいたとか。テオナナの仕事は夫婦としての形を教える事だったりする。
次回、最後の安らぎ・終。