ブーツに足を通す。
ブーツストラップをきつく締め、捲っていた裾を下ろす。座っていた椅子から立ち上がり、軽く踵と爪先で地面を蹴って、ブーツの調子を確かめ、確かな手応えに良し、と声を零す。それからベルトに装備を装着して行く。
黒睡蓮の水晶剣を鞘に入れたままベルトに装着する。ベルトポーチをセットし、その中にオオナズチの宝玉を使って作った《幻影玉》、シャンティエンの宝玉から作った《翔気玉》を一個ずつセットする。ナイフをセット出来る所には黒麒麟の角から作った凍角のダガーをセットする。ベルトにテオ・テスカトルとナナ・テスカトリの毛を使って作られた腰帯はそのまま尻尾の様に伸びて、陽炎の如く揺れている。
それらは今回の最終決戦に向けて古龍達が用意した、秘密兵器とでも呼べるものだった。力を一番溜め込んだ部位を使って作ったそれは概念クラスの装備品となっており、一回使えば壊れるものの、確実にメフィストフェレスに対抗する事の出来る装備品と道具だった。この時の為に無駄に力を使わない様に溜め込み、そしてそれを圧縮させて作った装備品だった。
最後に、ハルドメルグが作った水銀の鎖をベルトから下げ、古龍達からの贈り物は全て装備を完了させる。上半身のインナーを装備し、上着を着て、グローブを装着し、ゴーグルを頭にセットする。最後に背に最終強化を施された絶種銃を背負う。
軽く鏡で自分の姿を確認し、今日もどこに出しても恥ずかしくないイケメンである事を確認する。こんなイケメンが死んだら世の損失だ―――絶対、生きて帰ってくる。
胸のポケットに入っているアルマの逆鱗が入ったお守りを軽く触れてから、自分の準備を全て完了させる。拳を開け閉めして、その感覚を確認し、メンタル、ボディ、どちらのコンディションも最高潮の状態にあるのを確認する。これ以上、待つ事も待たせる事も出来なかった。ここで出来なきゃ一生出来ない。
逃げる事は出来ないし、逃げようとも思わない。
現実は常にそこにある。後は向き合うだけの問題なのだから。だから準備を迷う事無く、整えた。そこに恐れがないというのは嘘だが、それはそれとして、全ての始末をつけるのは、俺に託された一つの役割だった。
他の皆が役割を果たした所で、俺だけ逃げる訳にもいかない。だから今日という日に全てを終わらせる。そう言う覚悟を抱いていた。それを言葉にする必要はないし、解っていればそれでいいと思っている。だから言葉ではなく、行動で全てを示す。完全武装と最終装備の装着を終えて、第一拠点の扉の向こう側に出る。
そこにはこの数年間、ここでの生活、戦い、生存、その全てに関わってきた皆の姿があった。アイルー達が、家族が、古龍が、全員の姿がそこには揃っていた。力を使い込んで古龍達は一時的に力を失っているのを証明する様に背が縮んで子供らしい姿になっており、それでちょっと緊張感が薄れてしまい、苦笑が漏れる。
唯一、力を放出する事無く溜め込んでいるミラバルカンだけは何の変化もなく―――いや、普段以上に覇気を高めつつあるのが解っている。これから行うであろう戦いに対して昂り、そして同時に期待しているとも言える状態だった。ミラバルカンに対する言葉は必要なかった。アイルー達も、古龍達も―――そしてアルマも、此方を見ていた。
だからその姿を見て、片手をあげた。
「そんじゃ、いってきます」
「あぁ、帰りを待っている。帰ってくるときには私の料理で迎えよう」
自信満々に胸を張るアルマの姿を見て、苦笑した此方へと近づいて来たミラバルカンと視線を合わせ、頷き、歩き出す前に一回だけ振り返ってから言葉を零す。アルマの料理はまだまだ始めたばかりでどこか焦げていたり、生焼けだったり、形がちょっとおかしかったりするものだ。特別美味しいという訳でもなく、普通の味だ。
だけど、
うん、
「楽しみにして待ってるよ」
本当に心の底からそう思いながらミラバルカンと肩を並べて、樹海の方へと歩き出した。特に緊張する事もなく、人と古龍の化身体で肩を並べて戦いへと向かう。果たして、ギルドや古代の人間がこの光景を見たらなんて思うのだろうか……どういう風に驚いてくれるだろうか。それはちょっとした疑問だった。とはいえ、
ここで起きる戦いを誰かに伝えるような事はないだろう。
ここで起きた出来事を誰かが知る様な事はないだろう。
少なくとも、俺はそれでいいと思っている。ここに関わった連中だけの秘密の戦い。誰も知る事のない、世界を救う訳でもない戦い。
誰も知らない、生きる為の戦いだ。まぁ、そんなもんでいいよな、とは思う。誰かに語るには余りにも恥ずかしすぎる内容で溢れているし。それに自分たちでこうやって一緒に生きる道を選べたのだ、きっと、二度目も自然と生み出されるだろうと思っている。だから森林を出て、樹海へと入って、草原へと通じる歩き慣れたルートを進んで行く。
虫の気配はあっても、そこに獣や竜の気配は存在しなかった。
命の気配が極限まで薄い世界―――もはや、この楽園は滅びを迎えていた。
「なぁ、グラジオラス」
「なんだよ」
「……いや、なんでもない」
そう言って横を歩くミラバルカンはふ、と笑みを零した。歩きながら、赤い衣を揺らしながらミラバルカンは滾る戦意と覇気を抑え込みながら、口の端から僅かに炎を漏らしつつ言葉を零して行く。
「色々と、お前には言うべき言葉が俺にはあるのだろうと思った」
「おう」
「それは俺がお前を共に歩む隣人だと認めたから俺が思った事だ」
「……おう」
「だけど今更になって、こうやって歩む様になり、その言葉の数々が無粋であると気が付いた」
ミラバルカンの言葉に、小さな笑い声を零す。今更の話かよ、と。だけど、まぁ、ミラバルカンの言いたい事は解る。
自分もこうやって歩きながら死地へと向かう中で、何て言葉をかけようとするのかをずっと考えていた。だけど言葉を作る前に、それを別に伝える必要はないな、と自分の中で結論してしまう。言ってしまえばミラバルカンと一緒だ。その言葉が無粋の様に感じるのだ。
ここまで来て、色々とお互いにあったのは事実だ。
だけどそれはそれ、全てを流したわけではないが、それでもこうやって、一緒に歩き、同じ方向を見て、同じ目的のために名を呼んで戦う事を決めているのだ。
龍と、人が、だ。ありえない組み合わせだ。特に古龍という生き物が絶対に人と一緒に居られない存在であるのは、元となったモンスターハンターシリーズと、その設定と、そしてこの世界が証明していた。
だけどそんなものはクソだ。
原作という言葉も、設定も、全部忘れてしまえ。
同じ方向を向いているのなら、もうそりゃあ仲間だと言ってもいいのだから。
だからそのまま、どこか、笑いを零してしまいそうな沈黙の中、それ以降言葉を交わす事もなく樹海を抜けてしまい、
―――草原へと到着した。
そしてそこに待ち構える様に、悪意と絶望の気配を―――絶種の気配を感じた。火山ではない、この草原の奥からだ。どうやら、此方を迎えるためにアトラル・カの方が火山から草原へと降りてきてくれたらしい。
故に樹海を抜けた、草原の入り口に立った所で足を止め、ゴーグルを装着し、フードとマスクを被った。それで毒や粉塵対策を行いつつ、視線を悪意の源泉へと向けた。まだ見えない草原の奥、火山の前におそらくは陣取るアトラル・カの気配が浸透する様に草原全体に広がっている。その領域を支配する様に。
静かに水晶剣を引き抜きながら、睡蓮の花びらを舞わせる。そしてそれがゆっくりと風に吹き飛ばされて行く中で、
ミラバルカンが口を開いた。
「来るぞ」
その言葉と共に大地が震えた。ゆっくりと草原全体が鳴動し始め、次に見えるのは草原のその大地がひっくり返る光景だった。
ゆっくりと、ゆっくりと地中から巨体が出現し始める。不可視の想念の糸によって紡がれた人形劇は大地に眠っていた存在をこの草原へと引き寄せ、
それによって蘇るのはこの箱庭の楽園、その大陸の全土に眠り続けていた者達の帰還だった。
「おぉ―――」
大気そのものが震えるような声がした。だがそれは一つで終わらなかった。
「待っていたぞ、待っていたぞ……!」
「この時を、幾星霜と待ち望んできたか!」
「滅びだ、ついに我らは滅べるのだ!」
「この無念を清算する時が来たのだ!」
「我らの罪を洗い流し、そして新たな理想へと繋げる時が来た……!」
最初に出現するのは10メートルを超える、体から機械の部品が突き出た、継ぎはぎだらけの竜だった。だがその背後に30メートルを超える、見た事のない美しい竜が出現し、その横に体が完全に機械に覆われた竜の姿が出現した。これは5メートル程度しか存在しなかった。
だが冥界からの呼び声が草原に溢れ出す。一、三、十、二十、とそれは一気に数を増して行く。大地を突き破りながら冥界帰りの竜達は歓喜と嘆きの声を大気に張り裂けんばかりに叫ばせていた。
「戦いだ! 最後の戦いだ!」
「憎悪ではない我らの戦いだ!」
「我らの末妹に足りるかどうかを確かめよう!」
「未来へと進むというのであれば嘗ての過ちを新しさと共に乗り越えて行け!」
歓喜の咆哮が草原中に轟く。アトラル・カの呼びかけに対して、
千年を超える時間はアルマに心を与えた。
生まれた瞬間から罪であるとされていた。生み出される事が禁忌とされてきた。それでも遠い理想とその形を知り、そして唯一それから解放される姿を知る。故にアトラル・カの呼びかけに対して喜んで応える事が出来る。彼らは生まれそのものが罪だとされていた。実際、それが人と龍の間に戦争を呼び起こした。
「我ら、生まれそのものが禁忌とされるもの」
「我ら、生まれによって禁忌を生むもの」
「我ら、覆す事の出来ない絶対悪にして過去の負債」
「過去を背負い、進むのであれば我らを超えよ―――!」
大地に剣を突き刺して、片手を柄の上に乗せた状態で、そうやって決戦に参じる大量の姿を見て、ミラバルカンと並んで爆笑していた。どいつもこいつも、最高にいいノリをしていた。大地を揺らし、それをひっくり返しながら新たな躯が全盛期の姿を取り戻そうとして行き、大小、一切統一感の存在しない大量の軍団が生み出されつつあった。
それを爆笑しながら笑う。
ノリが良すぎるだろう、お前らと。楽しそうに冥界から蘇った竜達はこれから滅び行く運命の前に、笑っていた。自分たちに一切正義は存在しない。
だけど
自らを礎に、生まれが罪であり、それが禁忌であり、過去にその全ての存在を否定され、滅ぼされ、葬られようとも、それでも何か、未来に繋ぐことがあるのかもしれない。未来に繋げられるものがあるのかもしれない。
それを彼らは試練という形で見出していた。
全力で来い。
遠慮なんてするな。
人と龍の組み合わせ、それが見せる可能性を見せつけろ。
つまりはそういう事だった。
「は―――はっはっはっはっはっは! 愉快だ! 実に愉快だ! 面白いぞ! 最高だ! なんて馬鹿々々しくも雄々しい!」
「ご機嫌だな」
「これを見て機嫌がよくならない理由がないだろう。お前もそうだろう?」
「……おう」
剣を引き抜き、それを肩の上に乗せながら、正面を見た。そうやって広がる草原の大地は敵によって埋め尽くされていた。もはやその数は数えられないほどに多く存在し、殺す数を数える事さえ億劫になる。たぶん、百ぐらいだろうなぁ、とは思っている。どちらにしろ、普通に考えれば絶望的な数だ。
なにせ、
「旦那としては嫁が愛されているという事実は実に嬉しい話なんだけどな。とはいえ、ご家族のモンペ? な感じはいかんともしがたい。ここは旦那と義兄姉軍団、どちらのが上なのかを決めるしかないなぁ!」
「お前も中々面白い事を言うではないか。では現在の保護者として物理的に最強な保護者が誰なのかを示す必要があるか……」
物理的に最強な保護者ってなんだ……?
相変わらず龍の文化は異文化だった。保護者として物理的な強さが求められるとは、やっぱり物騒な世界だなぁ、と笑いながら―――笑みを、浮かべ続ける。うっし、と息を吐きながら戦列が揃った竜機兵軍団へと視線を向けて、そして息をもう一度、吐く。
「逝かせる時に気持ちよく逝かせたいからな、笑みを忘れちゃならんよな、笑みを」
「こうか」
「泣いている赤ん坊がショック死しそうな捕食スマイルを止めろ」
「どこからどう見ても雌が一瞬で発情しそうな笑みではないか」
「それ、生存本能刺激されてるんじゃねぇか」
くだらないやり取りをしつつ、よし、と呟き一歩、前に踏み出した。それと共に左半身を前に出して、何時でも踏み込めるという状態に体を移行させつつ、ミラバルカンが炎を纏って自分の身を焼いた。炎は一瞬で竜巻へと変貌し、その中から紅の鱗に身を包んだ紅龍ミラボレアス、即ちミラバルカンの姿が出現した。
それを見て、竜機兵たちが吠える。
それは或いは自分たちの怨敵が姿を現した事に対する兵器としての歓喜かもしれない。
或いは漸く、善行を罪として生まれた存在として成し遂げられる事に対する歓喜かもしれない。
それを、その咆哮から読み取るには、余りにも感情が複雑に混じり過ぎていた。ただ解るのは、彼らの死を乗り越えて、アトラル・カを殺さなくてはならない事。
そしてそれでこの戦いが終わる訳ではない、という事実だった。そう、この戦いが終わったらそのまま、メフィストフェレスの所まで駆け上がるのだ。
「おう」
『それでは』
始めよう。
対絶種最終個体 《躯王》アトラル・カ
開幕
最後に向けて雄々しく、そして派手に。
モンスターペアレンツ(複数形)参上。ある意味でこのルートではないと出なかった敵というか、テンションが上がった結果黄泉からバク転しながら上がって来たとかそういう勢い。お前ら……。
次回、竜大戦・再。