※この作品はR-18です。

Monster Survivor   作:てんぞー

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6年目 春季 失楽園 前

 ミラバルカンがゆっくりと高度を下げていく。

 

 焦土と化した草原を後にして、火山へとそのまま、進んだ。体力の消耗はそれなりのもので、結構派手に体を動かしただけに、そこそこ息を荒らげている。自分の持てるスペックを100%発揮する為には、その動きの全てを自分の肉体と脳、その両方で管理する必要がある。その感覚を極限まで擦り合わせるからこそ、イメージした理想の動きというのは行えるのだ。だから肉体が疲労し、そして脳が熱を持っている。竜機兵から竜機兵へと飛び回るのに体力を使ったのと、

 

 何手も先を読んで、自分が生存できるルートを考え続ける事に脳が軽く疲れたからだ。一瞬でも考える事を止めれば即死出来る相手だっただけに、これは必要経費であったとして割り切るしかなかった。短い休み、最後の休み、そのまま火山へと向かい、

 

 熱と炎の燃える大地へとやって来た。

 

 ゴーグルとマスクが無ければ、まともにここで呼吸したり目を開ける事も出来なかっただろう。先ほどのミラバルカンの熱線もそうだが、根本的に火山そのものが活性化し、熱が一気に溢れ出していた。守護衣がその熱を遮断し、快適な状態に自分の周りだけ、空間を保っている。そのおかげで自分はまだ平気だった。だが見れば、溶岩の川や湖があちこちに点在しており、炎の嵐が一部では渦巻いている。とてもだが普通とは呼べない様な景色が繰り広げられている。

 

 だがそれに関わる事無く、奥へと向かう。地形を無視する様に更に奥へ、火口付近へと向かって近づいて行き、火口へと続く道のルートの様な所で、ミラバルカンが高度を下げる。飛び降りて着地しながら、火口へと繋がる一本道へと従い、進んで行く。

 

 どうやら決戦場は火口の中になるらしい。そこへと続く道へと、進んで行く。見た事もない鉱石、原石、宝石が地下の岩にはゴロゴロと転がっている。サバイバル生活の癖で、それを掘り出しそうになる自分の欲望を抑え込みつつ苦笑し、今更何やってんだ、と変わらない自分らしさを笑った。

 

 そして、火山の火口へと繋がる道の終点。

 

 そこで待ち受ける様に岩の上に座る姿を見つけた。

 

 片膝を抱く様に座る姿は、男の姿に見えた。黒い、くすんだ色のローブは昔は様々な色に染まっていたのだろうと思わせるような装飾が施されていたが、それでも数えきれない年月の間に憎しみと怨嗟を吸い込み続けた結果、黒くくすんだ、濁ったような色合いに変化していた。それを首の下から覆い隠す様に着ている青年は、片側だけ存在する眼鏡を装着していた。

 

 その姿は此方を見て、

 

 そして疲れたような、待ち焦がれたような、恐れる様な、嬉しそうな、悲しそうな―――申し訳なさそうな、そんな表情を浮かべていた。

 

 その表情を見て、誰よりも驚いていたのは、龍の姿のまま、歩いて来たミラバルカンの姿だった。

 

『貴様……正気を保っていたのか』

 

「うん。今だけ。最後だけは。この瞬間だけは……なんとか。あははは……参っちゃうね? 僕も僕でここでなんて言おうかと思ってたの、全部頭から吹っ飛んじゃったよ……あはは……」

 

 どこにでもいる様な、疲れ切った青年の声でそいつは笑っていた。渇いた笑い声は、誰よりも自分自身という存在そのものに絶望しているようで、生まれた事、そのものを後悔している様にさえ感じさせられた。だからその存在が余りにも憐れで、余りにもどうしようもなく、そして余りにも救いがなかった。

 

 そいつは、どうしようもなく、救いがなかった。

 

「うん」

 

 ミラバルカンの言葉に応え、彼は此方へと向けた。

 

「はじめまして」

 

 そう言った。

 

「僕が―――ラスボス。この物語の最後に出て来る倒されるべき悪の龍。ハッピーエンディング最後の試練、君が絶対に倒さなければいけない絶対的な敵性存在」

 

 そう、つまりは、彼こそが、

 

「―――メフィストフェレス。君は僕をそう呼んだ。だから僕はそう名乗ろう。僕が《悪魔》だ」

 

 悪魔を名乗った龍は、悪魔と呼ぶには余りにも―――余りにも―――普通、だった。まるで覇気がない。まるでやる気が見えない。まるで……まるで悪魔のようではなかった。宿題や勉強に疲れた青年だと言ってしまえば、その方がまだ納得できる。だけど何故だろうか、

 

 妙に、イメージと人物像がマッチングした。確かに彼は悪魔なのだろう、そう思わせるものがこの化身の姿にはあった。だけど言葉を失った。

 

 こいつに、何て言葉を送ればいいのか、それを失ってしまった。

 

 恨みでも怒りでもなく、こいつになんて言葉を送ればいいのだろうか……それに凄く、困っていた。

 

「きっと、お前を見た時は口汚く罵ると俺は思っていた」

 

「うん」

 

「お前のせいでどれだけ俺の人生が歪められたと思ってるんだ。どれだけ苦しんで、どれだけ地獄を味わって来たのか。誰がここまで苦しんで感謝なんてするもんか。たとえ、その果てで得難い友人と、そして愛しい人を得られたとしても、それで悪行が清算される訳じゃない」

 

「うん、まさにその通りだ」

 

 アルマと出会え、そして愛せる様になった事は間違いなく、幸福だ。だからと言って、その出会いをこいつに感謝する事はあり得ない。出会わなくても、どうせ日本の社会でなあなあの日常を過ごしていたのだから。ここで苦しんでから幸せになったから、感謝してもいいよ、と言われたら顔面を殴り飛ばして殺してやるだけの殺意がある。

 

 だけど、なんというか、

 

「憐れだ。お前に対して俺が絞り出せる言葉は、それだけだよ……」

 

 それ以外にこの古龍に対する言葉が見つからなかった。今、正気を保っている事さえ、おそらくは罰に近い。

 

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 その言葉に、メフィストフェレスは困った表情を浮かべて、そして息を吐いてしまった。

 

「あぁ……本当に君は優秀だなぁ。ネタばらしの必要がなくなっちゃったよ」

 

 楽しそうにそう言って笑った。だがその笑みにも力が入っていない。メフィストフェレスがふと、力を抜いた瞬間には怒りと憎しみと殺意が破滅の運命となって漏れ出ていた。もはや限界は通り越している。そしてそれが爆発する寸前にまでやってきているのだ。その爆発する前の収縮する、その凪の状態だったのだ、この悪魔は。

 

 最後の正気、最後の理性。

 

 だけど皮肉にも、その時間の間に、こいつに向ける言葉が何も自分には見つけられなかった。言いたい事はいっぱいあったが、こいつを前にした所で、それを言う必要が一切なかった、という事に気付かされた。恨んでいた筈だし、感謝していた筈でもある。だけど同時に、それを口にするべきでもないという事も解る。究極的に言えばこいつは加害者であり、被害者だ。

 

 だからと言って、何かを想わなければいけないという訳ではない。

 

 だけど、それでも、こいつに何かあるとすれば、

 

 ……こいつは、壁だ。乗り越えなくてはならない壁なのだろう。過去という壁。かつての繁栄、夢、その理想の最後の残滓だ。こいつが旧楽園の破壊者であるのは違いない。だが同時に、その黄金時代の象徴とも呼べる存在だ。こいつが生きている限りは、過去の栄光でしかない。

 

 古きものを受け継ぎ、そして前に進むのならこいつも乗り越えなくてはならないのだ。だからあるとすれば、乗り越えてやるという覚悟と意思だけだ。そしてそれは口にするものでもない。言わなければ伝わらない事もあるだろう。だが口にしなくても伝わるものがある。覚悟とは、そういうものだった。口にすればするほど取り繕っている様に見える。

 

 ひけらかさない。口にしない。解っていればそれでいい。覚悟とは誰かに問うものでもないし、誰かに伝えるものでもないのだから。

 

 だから自分が送る事の出来る言葉は少ないと解る。

 

「お前を殺すよ、俺は。俺の女が帰りを待ってるんだ。泣かせられないから、ぶった切って終わらせて帰らせて貰うよ」

 

 それだけだった。それだけが、俺がメフィストフェレスに向ける事の出来る言葉だった。同情も、怒りも、感謝も、その全てはこの古龍には不釣り合い、似合わない。必要なのは確認と、そしてその意思だけだった。ここに来てもう、問う必要のある事は何もなかった。だから腕を組み、伝えるのだ。

 

 お前の時代を終わらせる、と。

 

 その言葉に、メフィストフェレスは小さく息を吐いた。

 

「そうか……そうかぁー……」

 

 敵意も、悪意も、憎しみも、殺意もない。ただ純粋に、未来へと進むという事を伝える。それを受けたメフィストフェレスはどこか悲しそうに、しかし、自分の運命を―――自分の結末を受け入れた様な、そんな声を出して言葉を口にしていた。そして、納得する様に頷く。

 

「うん……そうだね。君みたいな人が現れたのなら、もう、僕も滅ぶべきなのだろう。いや、僕みたいな過去の遺物はもはや、存在しているだけでもこの時代に対する害悪なんだ。消え去るべきなんだ。ずっと、ずっとそれを求めてきた。そして漸く、今日、この日、僕は終焉に達する事が出来る様になった」

 

 そう言ってメフィストフェレスは立ち上がった。

 

 立ち上がりながら―――その姿は黒く染まった。

 

 肌、髪、ボロマント、その全てが一つのパーツで構築されたような黒一色、光さえも吸収してしまいそうな程黒い色に飲み込まれた。顔も解らず、色も存在しない。ただただ、存在するだけの黒。あらゆる(エネルギー)を無限に吸収し続ける存在だった、それは。

 

 そうやって立ち上がった黒一色の悪魔は、

 

 その目があるべき場所に、燃える眼を宿していた。枯れ枝の様な気配はもはやない。体から殺意と敵意と悪意が溢れ出す。殺す。絶対に殺す。人類という種に対する絶対的な殺意がその黒から溢れ出し、それだけで周囲の光景が色褪せて行く。その存在だけで世界は機能を停止して行く。

 

 自然、文明、それらを滅ぼす存在として奴は世に命を受けた。

 

「我は命に厄を与える者。我は全ての生物を平等に呪う悪意。我は憎しみの代弁者。我は悪意の実行者。我は……かつての絶頂を消し去る荒厄の龍。我は《悪魔》。かつて存在した楽園を破壊した悪魔。破壊し、その残滓に縋りつく、絶対悪」

 

 後ろへと、メフィストフェレスが歩いて下がって行く。後ろ向きに歩き、そして火口の入り口、その端へと到達した。火口から吹き上げて来る熱風が火災旋風となって火口から天高く伸びて―――それが分解されてゆく。

 

 全てのエネルギーが分解され、それがメフィストフェレスへと吸収されて行く。超自然のエネルギーや、最強と呼ばれる人類が克服できない自然災厄、それさえも飲みこんで力としてしまう、生物という存在に対する絶対的天敵だった。

 

 それは―――禁忌のモンスターと呼ばれる。

 

 轟々と目が燃えている。

 

「我は竜大戦という呪いから生まれた龍。もはや、それは過去のもの。消え去りし過去の残影。僅かな記録でしか残されない呪い―――その呪いから生み出された我が身はもはや、転生を経て蘇る事はないだろう」

 

 龍は概念としての存在に近い。生物という枠からはみ出している。

 

 故にその概念が存在し続ける限りは無敵だ。人類がその概念を克服すれば、それだけ古龍は弱まり、最終的には消え去る運命にある。それは彼らが、大自然の、人類が超えるべき試練を龍という形にした存在だからだ。だから彼らは何時かは消え去る運命に存在している。

 

 そしてそのデッドエンドにメフィストフェレスは到達している。

 

 竜大戦という名前の呪いからこいつは生まれた。

 

 だがそれは遠い昔の話だ。もう、竜大戦は終わった。人と竜、そして龍は今でも戦っている。だがそれは生存競争であり、戦争なんてものではない。もう既に、命を求めて殺し合うだけの戦いは終わった。竜大戦は終焉したのだ。そしてそれがメフィストフェレスを構築する概念であるのならば、

 

 もはや、それは終わった事だ。

 

 メフィストフェレスがここで死ねば、永遠に死に続ける。

 

 蘇る事はない。その存在を構築する、最大のピースが既に終焉しているからだ。故にメフィストフェレスは最後の目覚めを迎えた。これが最後の会話だった。最後の人との交流だった。最後の加害者であり、被害者としての役割だった。

 

 もう、終わる時なのだ。

 

「我が名はメフィストフェレス。楽園破壊の悪魔」

 

 言葉と共にメフィストフェレスは最後の一歩を後ろへと向かって進み―――火口の中へと落ちた。だがそれで終わりである訳がない。終わる筈がない。先ほどまで凝縮されていた気配が何百倍という規模で膨れ上がるのを感じながら、声が聞こえた。

 

『新たな時代を迎える者よ』

 

 メフィストフェレスの声が大地に響く。

 

『汝、安寧と平穏を望むのであれば―――』

 

 前へと進む。先ほどまでメフィストフェレスが立っていた火口の淵にまで移動し、そしてその中に広がる決戦場へと視線を向けた。火口の中、マグマは固まって足場を形成していた。余りにも広すぎるその火口内部の決戦場、その奥には龍の姿が見えた。

 

 命の気配を失ったような灰白色の古龍だった。

 

 翼や甲殻は禍々しい形に曲がり、そして不吉な色の水晶を胸に埋め込まれていた。それが怪しげに輝き、見る者を魅了し、逃れられない絶対的な破滅へと導く気配がするのを、意思の力で拒絶しながら乗り越える。

 

『過去を踏破し、未来へと辿り着け』

 

 火口の奥、火山のエネルギーを吸い上げて、その活動を停止に追い込み、マグマから熱を奪って、それによって自身を強化しながら決戦場という舞台をメフィストフェレスは生み出していた。その奥で、エネルギーを吸い上げながら静かに待ち続ける姿を眺め、

 

 鞘から水晶剣を抜いた。

 

 睡蓮の花びらが舞い、それが熱風に乗って運ばれて行く。

 

「いよいよ最終決戦、という訳か……お前は話す事、あったんじゃないか?」

 

『それも今更だろう』

 

 ミラバルカンはその大きな頭を軽く横に振った。

 

『貴様は人と龍が共に生きる道を求め、それを歩き出した。それと同じように俺も、人と共に生きる道を再び歩み出した。誰よりも最初にその道を踏み出したのはこの俺だ。だとすれば俺が規範を見せずしてどうする。俺が始めた戦いだ。なら俺に語る言葉はない』

 

 そうか、と小さく声を零して頷く。こいつもこいつで、思う事があるのは当然の話だった。ただそれも、これで終わりだ。これで最後の戦いだ。被害者も加害者も、ここからはどんなクソもない。

 

 関係なく、ただ前へと進む為に屠る。

 

 その為の戦いとなるのだ。これですべてが終わる。そう思うと一種の感慨深さが胸に満たされ始める。だがそれに浸るのは全てが終わった後でも何の問題もない。

 

 今はただ、自分が果たすべき事を果たすだけだ。

 

 いくつもの屍を踏み抜いて来た。いくつもの願いを背負って来た。

 

 過去を見て、知って、それでいてもなお、それを受け止めて前へと向かって進む事を決めたのだ。もはや、止まれない。

 

 明日へと向かって突き進む事を諦めない。

 

 だから剣を抜いた。それを握っている。物凄く、物凄く怖い。こうやって向き合う事が、戦う事が、恐ろしく感じる。それでも、幸せな未来が欲しいのだ。だったら戦わなくてはならない。戦わなくては、生き残れないのだ。

 

 だから剣を握っている。

 

「さて―――最後の戦いを始めようか」

 

『あぁ、終わらせよう』

 

 言葉と共にメフィストフェレスが待ち構える火口の決戦場の中へと飛び込んだ。もはや逃げる事は出来ない。倒すまで脱出する事は出来ない。風を受けて落下しながらも、視線はメフィストフェレスを捉え、マグマからエネルギーが失われて作られた、その足場の上へと衝撃を失って着地した。

 

 それに続き、ミラバルカンがゆっくりと、ゆっくりと、翼を羽ばたかせながら背後に降りて来た。

 

 これによって最後の役者が揃った。

 

 もはや、止める者は何もない。

 

 メフィストフェレスの瞳から、その心が消え去った。底なしの憎悪だけが、そこに残された。人類塵殺、その意思が究極の龍の全身に漲った。

 

 そして始まる。

 

楽園最後の戦いが。

 

楽園、その最後の龍との戦いが。

 

六年という年月を経て、異郷で繰り広げられた戦いの最終幕。

 

―――ここに開幕。




 もう、語る言葉もない。

 良く擬人化では女性かパターンを目撃する。まぁ、女の子の方が華があってハーレム化もしやすいし、それはそれで解るとは思うけど……それでもコンセプト的に、人と龍との異種的な愛を表現するのであれば、無駄に女性を増やすよりは無性、中性ベースにして女性龍、つまりはヒロインをを一枠に絞った方が見栄えがいいな、という形に。

 何よりメッフィーが女性ってのは性質的には余り考えられないもんで。敬礼、やった事を考えると失敗してしまった支配者、という感じのいめーが強かった。

 まぁ、諸々の解説などは完結後のあとがきで。

 まぁ、各々決戦BGMでも用意しつつ。

 次回、失楽園・最終戦。
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