※この作品はR-18です。

Monster Survivor   作:てんぞー

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6年目 春季 失楽園 後

怒りは大地を燃やした

 

一瞬で憎しみで燃え上がり、命を溶かした

 

 言葉と共にマグマが活性化し、火口の壁がマグマで満たされる。それが流れを作り、壁に沿う様に火口内部で回転を始めながら、一気に熱を上昇させつつ、発生するエネルギーがメフィストフェレスへと吸収されていきつつも、増幅し続ける。火山を活性化させてエネルギーを生み出しつつ、それを無限にメフィストフェレスが吸収していた。

 

 永久機関。

 

 この怪物にエネルギー切れという概念は存在しなかった。一度、稼働の為のエネルギーを確保すれば後は勝手にそれを無限増殖させながら無限に吸収し続けられる。自分一人で無限に強くなり続ける事の出来る呪われた生物だった。だがその影響で大地や文明が死にゆく。

 

 まさに戦争そのものだ。命を喰らい、吸い上げ、それで強化され、更に高めながら喰らい合い強くなる。そしてその行いで全てを滅ぼす。まさに戦争という呪いが具現化した様な存在、そのものとしか表現できない姿であり、能力だった。そしてそれによって一瞬で火口内部から酸素が消滅して行く。マグマ、そして空気が蒸発しながらエネルギーとして分解され、それで窒息させようとエネルギー吸収の余波だけで殺しに来ている。攻撃をやめさせなければ死ぬ。だがそれが届く前に酸素が枯渇するだろう。

 

「早速使うぞシャン!」

 

 ポーチから素早くシャンティエンの翔気玉を取り出し、それを足場へと叩きつけた。圧縮された水分と空気と雷気が混ぜ込まれた莫大な翔気の固まりが一瞬で火口内部に満たされ、それが減り続ける酸素を無限に供給し始めた。少しだけ、溢れ出す水分で呼吸が重く感じられるも、それを肉体的な動きに対応させ、補正を自分の脳内で構築し、即座に慣れる。そしてその間に、

 

 ミラバルカンの体が赤く、燃え上がって変質した。

 

 赤は紅に、更に鮮やかな炎の色に変質し、マグマを被ったような甲殻を纏い、姿を変質させた。

 

 その姿は、何のためらいもなく、最強の古龍の一角、ミラバルカンの真なる姿、ミララースへと変貌した。

 

『開戦の号砲だ、受けとれ―――!』

 

 ノータイムで放たれたマグマブレスは超絶温、温度という概念で表示するのが生ぬるい確定焦熱による破壊。ミララースとしての本気のブレスが一瞬で吐き出され、触れる全てを触れる前に蒸発させながらメフィストフェレスへと向かって直進し―――触れる前にその姿に、エネルギーとして還元され、分解されて行く。それが炎の勢いを加速させ、そして燃え上がらせる。

 

 だがエネルギーという概念をミララースはそのブレスで遮断する様に蒸発させた。猛り狂う炎の動きを蒸発させる事で停止させ、自身のエネルギーを吸われる事と引き換えにエネルギー吸収による酸素蒸発運動を完全停止させた。

 

 それが解らない間柄でもない。

 

 ミララースがブレスを吐き出した瞬間には既に前へと飛び出している。呼吸を整え、全身の筋肉を連動させ、足ではなく、肉体そのものをスプリントさせる様に発射台にし、前へと進む運動に対して常に落下するという動きを続けることで()()()()()()()()()()のだ。それによって瞬間的に加速している様に見せ、距離を一瞬で詰めるように自分の体を押し出す。

 

「もう、過去の呪いは終わりにしよう……!」

 

 炎を吸い込んだメフィストフェレスへと飛び込んだ。その熱量はすさまじく感じるも、熱気を翔気が一時的に調和する事によって抑え込んでおり、メフィストフェレスの足元へと到達する事を許す。肩まで持ち上げた黒睡蓮の水晶剣が振るわれる。

 

 黒い残像が睡蓮の花びらを軌跡に描きながら切っ先が音速を超えて振るわれる。

 

 残像が振るい終わった後で追いつく様に発生するような中で、斬撃はメフィストフェレスの片足をその足首から切断し、姿をズラす。巨体に支えられた姿が支えを失った事によって倒れて、

 

 ―――その傷口から溶岩が噴出する。

 

 胸部のクリスタルが、赤く輝いている。

 

「っ―――!」

 

 剣で斬る事の出来ない物は二つ存在する。

 

 ()()()()だ。これだけは剣で斬ってもすぐに繋がるか、或いは斬る行いそのものが無駄と言える存在である。特に溶岩は質量が多い。斬り払った所で固まって、広がらない。故に必要なのは叩くという斬芸からは程遠い行いになる。

 

 だが溶岩は違う。

 

 ()()()()()()()()()

 

 一瞬、判断をする瞬間には、

 

戯けがッッ! 炎と憤怒は俺の権能だ!

 

 憤怒の王の言葉によってマグマという形のエネルギーは一瞬で消滅した。その上位権能を保有するミララースがそれによる害意を()()()()()からだ。故に見えた即死ルートがその一瞬で、目の前から消滅した。

 

 がら空きのメフィストフェレスの姿が見えた。

 

「っぇぁあ!!」

 

 溶岩迎撃の斬撃を即座に切り替え、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。刀身で絡めた斬撃は翔気という形を得て、走る斬撃としてメフィストフェレスの体を迸った。翔気の斬撃はそのまま前面を両断し、胸の水晶を割断しながら頭を真っ二つに引き裂いた。

 

「殺せたか!?」

 

『まだだ!』

 

 ミララースの言葉が音速を超えて、そのまま拳と共に放たれた。決定的な死がメフィストフェレスには届いていない。水晶から溢れ出した無限に近いエネルギーをミララースの拳が蒸発させるように殴り抜き、消滅させ―――しかし、全てを消滅させるには程遠く、

 

 拳のダメージがメフィストフェレスに届く前に、その姿が黒い霞となって消え去った。

 

『古龍の肉体はエネルギーと概念によって形作られる。殺すにはその概念が保有する全てを叩き出さなくてはならんぞ』

 

「つまり一度や二度殺した程度では殺せそうにはない、か」

 

 上位者ってほんとクソだな、と思っていると、一気に温度が冷え込んだ。迷う事無く暖を取る為にミララースの背の上に飛び移り、ミララースに背中を向ける様に、その背の上に乗る。先ほどまでは汗さえも蒸発してしまいそうなほどに熱かったのに、

 

 今ではその真逆の温度へと急転し始めていた。火口内部の壁が凍り付き、そしてブリザードが発生し始める。足場は氷に覆われ、そして熱が失われて行く。

 

全ての者の心が凍てついた

 

殺さなくてはならないその義務感に

 

殺さなくてはならない、その殺意に未来を閉ざした

 

「うるせぇ! こっちはなぁ!」

 

『その閉ざされた未来を解かしに来たぞ!』

 

 ミララースが吼えた。それと同時にミララースの足元からマグマが溢れ出し、それが冷気とぶつかり合いながら蒸気爆発を連続で発生させながらブリザードを粉砕させて行く。だがそれが一定以上の距離を離れると、エネルギーが吸収されて凍り付いて行く。

 

『そこか』

 

 ミララースの睨みが天から破滅的招来を生み出した。宇宙から引っ張り出されたメテオストライクはそのままブリザードを貫通しながらその中に潜伏していたメフィストフェレスの無傷の姿を晒す。

 

 その胸部のクリスタルは蒼く輝いている。つまりは、アレをぶち抜いてエネルギーを放出、それをミララースに吹っ飛ばさせれば次のフェイズ……という所だろう。

 

「近寄れるか?」

 

『干からびる。吹雪の相殺を止めていいのなら構わんぞ』

 

「しゃーない、飛ばしてくれ!」

 

 メフィストフェレスの方へと向かって軽く跳躍すれば―――その足の裏をミララースの爪先が捉えて、弾いた。

 

 射出される様に一気に体を飛ばされ、勢いよくメフィストフェレスへと向かって飛ぶ。それを察知したメフィストフェレスが小さく、ではなく大きな動きで距離を空けながら空中に数百の氷柱を浮かべ、それをガトリングの如く射出させて来る。

 

 斬って進められる―――そう判断し、回避する事を選んだ。

 

 罠だな、これ。

 

 剣を足場にしながらそれを引き寄せる事で空中二段跳びを行い、上から落ちて来る氷柱よりも早く、安全な領域へと体を飛び込ませた。案の定、空気そのものが凍り付いており、切り裂こうとすれば唯一の武器が持っていかれただろう。

 

 特殊な剣だし、花を咲かせるし、花びらを無限に生み出すし、そして折れないし、切れ味も鋭い。

 

 だが()()()()の剣でもある。普通に叩き落とせば無力化される武器でもある。凍らせたら間違いなく使えなくなる。故にこれは触れてはならない。迷う事無く回避し、空中で二段目を踏みながら、次の動きに困る。剣を引き寄せるアクションが入れば間違いなく、次の氷柱乱舞に追いつかれる。だが武器は手になければ意味がない。故にほぼ反射的に武器を引き寄せ、

 

 落ちて来る氷柱をブーツの裏で受け止めた。

 

 体が押し潰されそうに、落下する。ブーツを侵食する様に凍り付いて行くような感覚に、

 

 テオ・テスカトルとナナ・テスカトリの腰帯が燃え尽きた。命が宿る様にリオレウスの素材を使って作ったブーツに命が宿る。凍り付く浸食を焼き払いながら、足を自由に動かす。それを利用して氷柱を蹴り、体を跳躍させる。

 

 やる事は竜機兵の時の連続跳躍でコツを掴んでいる。跳躍する時だけ上に移動し、跳躍している間は落下する事で加速する。これを無限に繰り返す事で高度を維持しながら加速を行い、障害物を足場に連続で移動し続ける。

 

 そしてそのまま前へ、メフィストフェレスの前へと飛び出す。その姿を見て笑う。

 

「どうよ―――俺には心強い味方が多いだろう?」

 

 一気に飛び込みながら接近した所で無数の氷柱が滑りながら突進して来る。同時にブリザードが更に分厚くなり、呼吸を困難にするように加速して来る。氷の粒がそのまま、凶器となって襲い掛かってくる。

 

『煩わしいッ!』

 

 ミララースの咆哮がエネルギーが吸収されながらも、逃げ場のない攻撃を停止させる。その瞬間に、飛び上がってメフィストフェレスの胸元まで接近した。

 

「閃ッ!」

 

 横一文字の斬撃を放ち、水晶を真っ二つに割りながら着地した。凄まじいエネルギーの奔流がメフィストフェレスから溢れ出し、しかしそれが素早く閉ざされて行く。そうなる前にミララースが接近をする為に踏み込み、

 

 エネルギーが奪われた。

 

 分子が運動を止め、運動の概念が完全停止した。

 

 そしてそれは、ミララースの時さえも遮断する。ミララースの空間だけが切り取られたように停止する中で、

 

小 賢 し い わ

 

 叫び声と共に停止した時間を粉砕し、その巨体でメフィストフェレスへと再接近した。氷の刃と剣とハンマーが一瞬でミララースの巨体を殴りつけ続けるも、それによるダメージを全て無視してメフィストフェレスへと接近し、

 

 放出されているエネルギーを引き抜く様に殴り壊した。

 

 水晶から蒼い色を失ったメフィストフェレスが悲鳴の様な声を響かせながら姿を消し去る。そして再び、待機する様にミララースの上へと素早く移動する。

 

 そのマグマの様な輝きをする肉体は、二度目のメフィストフェレスへの接近の影響か、少しだけ、くすみ始めている様にも見えた。その事に言及しようかと思い―――やめた。今更、お互い、命を懸ける覚悟出来ているのだし、大丈夫か否か、という事を語る程でもない。それよりも、

 

「予想外に攻撃がみみっちぃか? この程度ならまだ絶種と同程度にしか思えないが」

 

『まだ前哨戦だ。そろそろ本気で来るぞ』

 

 言葉と共に大気が本来の熱を取り戻し、それと入れ替わる様に空間が帯電し始めて行く。スパークが目撃出来、そして空間全体が電気を帯びて行くのが見えた。強い風が流れ始め、それがスパークと合わさって雷撃が溢れ出し始める。

 

 あ、これ無理だ。死ぬ。

 

 ()()()()()()()()()()だった。

 

『ふんっ!』

 

 電撃が空間全体を満たす前にミララースが翼を大きく広げて薙ぎ払いつつ、此方を上へと投げた。それによって決戦場を囲んでいた壁を一部吹き飛ばしつつ、外への道を生み出した。そして同時に、そこに自分を投げ入れた。逃げ場へと転がり込みながら、完全に雷で満たされた空間へと視線を向けた。

 

 決戦場は暴風と雷によって満たされていた。流石にどんな防具であっても絶対に耐えられないレベルのそれだ、剣を振るうなんて不可能な規模の領域。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 これは混ざれないな、と理解する。

 

連鎖する様に広がり、伝わる

 

伝えたいものほど伝わらず、誰もが目を曇らせる

 

風に乗り、伝播し、憎しみは途絶えない

 

 ミララースの体を雷が常に感電し続ける。暴風がそのまま斬撃となって常にミララースの体に衝突し続ける。その上で雷が槍となって何度も何度も衝突し、それが爆発を生み出しながら空間内のミララースを休むことなく襲い続けていた。その破壊力は一切衰える事もなく、加速する様に強化され続ける。

 

 だがその嵐の中をミララースは止まる事無く、おそらくは彼には見えているであろうメフィストフェレスへと向かって踏み込んだ。

 

『―――は』

 

 笑い声を軽く零し、

 

『は―――はっはっはっはっはっははは! 数千年の間で! 今! 最高の絶頂期にある! この俺を! その程度で! 止められると思うのか!』

 

 メフィストフェレスの妨害を知ったものか、とミララースが己の力を覚醒させた。常に発生し続けるエネルギー吸収、その速度を超える勢いで力を覚醒させ、くすみはじめていた肉体に再び鮮やかな破滅の色を宿した。そして同時に、超熱量による自分に襲い掛かる攻撃の数々を蒸発させながら、

 

 薙ぎ払う様に熱線を放った。

 

 暴風を貫通する熱線は反対側の壁を貫通し、融解する事無くそのまま完全消滅しながら反対側の大地を駆け抜け、その向こう側にある海さえも蒸発させて連続爆発をまき散らしながら、メフィストフェレスの方へと向かって捻じ曲げられた。僅かに曲がる様な動作を見せた熱線は全てを消滅させながらメフィストフェレスへと向かって行く。それが無限のエネルギー吸収によって威力を弱められ、消え去っていくも、

 

『舐めるな……!』

 

 吸収速度を超えるエネルギーを溜め込み、熱線の太さを街を一つ呑み込む規模にまで膨れ上がらせて、対抗した。

 

 究極的な脳筋的解決方法。

 

 エネルギーを吸収されるなら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけの話だ。

 

 これがミララースのファイナルプラン。全てが失敗した場合の最終解決策。

 

 超越する能力を更に超越する暴力で上から殴り殺す。シンプルである故に解決策が存在しない、超脳筋的解決方法。それはその存在がミララースというこの世界に存在する古龍の中でも最強格だからこそ許される方法。能力だの相性だのを語るのは女々しいし煩わしい。

 

 真の覇者は単純な暴力によって全てを滅ぼす。それだけの暴力的な力がミララースには存在する。

 

 とはいえ、それがファイナルプランなのには無論、理由が存在する。

 

 火山内部を消し飛ばして風穴を開け、それを横へと薙ぎ払って舞台を広げながらメフィストフェレスを巻き込んだミララースは消耗し始める。当然ながら力は無尽蔵ではない。そしてエネルギー吸収という天敵とも呼べる存在を前には本気を出しても、相性の悪さから力を吸い取られ続け、やがて接戦というラインまで落とされる。

 

 同時に、不必要な無差別な破壊がその余波によって生み出され続ける。

 

 それを戦場の横から眺めた。

 

 ミララースは死んでも蘇る。それが古龍という存在であり、憤怒の化身であるこの龍には実質、死の概念が存在しない。とはいえ、それでもこの行いは苦行である事に違いはない。

 

 ほとんど、血を吐き出しながら戦う様な行いだ。このような戦いを続ければどれだけ弱るかもわからないし、或いはそれこそしばらくは復活出来ないほどに深く、死亡するかもしれない。

 

 血反吐を吐き出すような熱線を放ち、そして隕石を召喚し、それが豪雨の様に大地に叩きつけられ、連続で物理的な衝撃と爆裂を発生させながら吸収の速度を超えて、メフィストフェレスを打ち付ける。

 

 だがメフィストフェレスも最強格の古龍の一角。それに負ける事無く吠える。風に巻き上げられ、破壊された岩が持ち上げられ、熱され、叩かれ、そして金属として精錬されて行く。深く、大地に埋め込まれたかつての武器―――封龍剣や龍特攻の武器を眠っていた状態から引き起こし、エネルギーを注ぎ込む事でそれを超活性化させる。

 

 それが雷撃と豪風に乗ってミララースを切り裂く。

 

 メフィストフェレスとミララース、二大古龍の身を削る戦いの中、ミララースが超熱量を纏いながら吸収されるのを恐れずに踏み込み、

 

 ―――拳でメフィストフェレスを殴り飛ばした。

 

 空中、50メートル程高く殴り上げられた姿に追撃しようとするが、それよりも早くメフィストフェレスが翼を広げ、骨の様な翼の間に黄色と緑の翼膜を広げた。そこから一気に集約されたエネルギーが水晶から大いなる破局として放たれ、ミララースを頭上から穿つ。

 

 それに飲み込まれ、傷つきながらも上を向き、ミララースが熱線を吐き返した。

 

 憤怒の紅龍、龍の中の龍の一撃が破局を打ち破りながらメフィストフェレスを貫いた。

 

 空に集っていた雷雲を吹き飛ばしながらメフィストフェレスの肉体が四散する。

 

『ふんっ! この程度生ぬるい!』

 

 覇気と共に崩壊した決戦場の中に集っていた雷と風を消し飛ばしながら、傷だらけの姿をミララースは見せた。どの口でそんな事を言ってるんだか……と、苦笑しながら登っていた場所から降りて、決戦場へと降りる。

 

 そうやって戦場へと戻ってくるのと同時に、空が黒く覆われた。

 

 見上げれば、吹き飛ばされた雷雲に入れ変わる様に、分厚い暗雲―――雨雲が空を閉ざしていた。

 

 ぽつぽつ、水滴が空から落ち始め、そして()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ―――それは酸性雨。

 

やがて全ては激情に流される

 

誰も失ったものを理解しない

 

誰もそれを気に留めない

 

命も、想いも、理想も、溶けて流され消え行く

 

 酸性の豪雨が降り注ぎ始める。文字通り、全てを融かす致死性の雨。素早くミララースへと身を寄せれば、ミララースが翼を広げて此方を守ってくれる。その下で豪雨を回避しながらも、破壊された決戦場に酸がどんどん、溢れて行くのが見える。このブーツであれば水の上に立てるのは事実だったが、

 

 これが津波として襲い掛かってきた場合を、想像したくない。

 

 そして同時に、メフィストフェレスの姿が見えない。

 

「どうすんだこれ」

 

『奴の気配がこの酸そのものと同化しているな』

 

 つまりこの酸性雨、それその物がメフィストフェレスである、という事だ。化身体に変化出来るのは知っているが、まさか自然現象にまで変身できるとは思いもしなかった。あぁ、いや、良く考えれば神や龍は自然の化身として姿を現すのが神話ではメジャーなのだ。

 

 そう思えば、一種の原点回帰なのかもしれない。

 

「蒸発できるか?」

 

『ここら一帯全てを吹き飛ばすつもりでやれば可能だな』

 

「つまりは無理、と」

 

 段々酸性雨が激しくなり始める。降り注ぐ雨は段々と強くなり、そこに風が混ざって横からも襲い掛かってくる。ミララースが熱で襲い掛かってくる酸性雨を蒸発させても、決戦場に降り注いだそれは徐々に水面を上昇させて行き、もう既に足場を完全に酸で満たしていた。既にその水深は10cmには届きそうになっていた。

 

 これ以上のんびりしている時間はない。恐らく後数分もあれば十数メートルの深さに達するだろう。

 

 だったら、と決意する。

 

「使い時だな―――!」

 

 アルマのお守りを懐から引き抜く。アルマの逆鱗が収められたそれを指で弾き、宙に舞わせる。

 

 そしてそれに向けて水晶剣の切っ先を向けた。

 

 逆鱗を先端で軽く貫きながら、

 

 逆鱗と水晶剣をそのまま酸の中に沈め、まだ届く決戦場の大地に突き刺した。

 

「お前を殺す為の武器だ、存分に味わい咲き誇れ……!」

 

 答えは全て、用意されている。

 

 積み重ねられた出会い、成長、喜び、想い。そこに全ての攻略法が残されている。

 

 逆鱗とは力の込められた一枚の鱗。極限まで性質を込められた力のある一枚。それを水晶剣の唯一の機能、睡蓮の華を咲き誇らせるという機能を使って、無尽蔵のメフィストフェレスのエネルギーを利用して咲きほこらせる。

 

 酸性の海の中から、黒い、睡蓮が咲き始める。

 

 黒い、毒の滴る睡蓮。

 

 ()()()()()だ。

 

 メフィストフェレスを殺す最強の武器にして最終の手段として生み出されたアルマ―――ドゥレムディラの壊毒。それが親の生み出した最後の作品、睡蓮の剣を通してリンクし、完成された睡蓮の姿を咲き誇らせる。

 

 メフィストフェレスを殺す為だけの花畑が酸を吸い上げながら決戦場に咲き乱れる。栄養、エネルギー、その全てはメフィストフェレスが化身と化した酸から吸い上げる。花開く壊毒の睡蓮はその力を吸い上げながら、メフィストフェレスの肉体、その機能を毒物として浸食し、そして再結合が不可能なように破壊して行く。

 

 免疫、治療、命、肉体、その全てを破壊して蹂躙し、完全に粉砕する地獄の毒、壊毒。

 

 メフィストフェレスを殺す為の華がその役割を今、ここに果たした。

 

 壊毒の花畑が酸を吸い上げた決戦場の大地に広がり、そしてそれでも尽きないエネルギーが壊毒の華を決戦場を超えて火山全体に咲き誇らせ始める。毒々しい紫色の花がメフィストフェレスを殺す為だけに咲き誇って、紫色の燐光を散らしながら空間を支配する。それがメフィストフェレスの力を蝕んで破壊した。

 

 雨雲が壊毒に融けた。

 

 酸が睡蓮に吸い上げられた。

 

 酸性雨として化身していた姿が解除され、絶叫の咆哮と共に花びらを舞い上げながら、その中で、

 

 ―――その胸の水晶が、最後の色を刻んだ。

 

 メフィストフェレスの全身から莫大なエネルギーの波動が溢れ出す。それ自体が濃密な、物理的な障壁となってメフィストフェレスを覆った。その気配に押され、片腕で顔元をかばう様に構えながらミララースと並んで、メフィストフェレスの声を聴いた。

 

そして全ては無に帰った

 

希望、絶望、愛、憎しみ、怒り

 

全ては一時の狂気でしかなかった

 

だが知るが良い

 

全てはそこで終わらない

 

次の命へと繋がり続ける限り終わりはない

 

死 と 破 壊 の 物 語 は

 

 悲しい程の慟哭だった。成程、確かに呪いから生まれたのだろう、と理解させられる魂の叫びだった。そして同時に、これが本当にメフィストフェレスであれば、こんな事を言わなかっただろうと確信できる言葉だった。語られる怨念の物語にはもはや、あの疲れていたけどどこか、嬉しそうだった龍の青年の気配が欠片も存在しなかった。

 

 そこにはもう、呪いしか残されていなかった。

 

 メフィストフェレスという悪魔の躯を、呪いが被って動かし続けていたのだ。

 

 花びらが舞う中、それを確信し、そして最後の命を終わらせるために左手で古龍道具、幻影玉を取り出し、ベルトに装着されている水銀の鎖に軽く触れ、右手で剣を構え直した。お互いに、構えど、それでも動き出さない。メフィストフェレスは力を高め、そしてミララースはそれを見極め、此方は刹那の勝機を掴むために構えた。

 

 次だ。

 

()()()()()()()()()()()()()だろう』

 

 ミララースの言葉が聞こえる。

 

『俺はそれを全力で迎撃する。お前はそれを潜り抜けて、奴の元へとたどり着け』

 

 コクリ、と頷く。次の攻防が恐らく最後になる予感が伝わりながらも、背筋をかつてないレベルの悪寒が走っている。残されたのは古龍二体分のアイテムだ。これを活用して、あの水晶を砕き、そして殺しきる。既に四度、エネルギーを吐き出させながら消滅させて、殺している。

 

 その度に使用する属性が変化し、新たな属性を使っている。

 

 それは恐らく、もはやその属性を扱うエネルギーを保有していないからなのだろう。

 

 そして全てを吐き出した所で残されるのは純粋な龍属性。全ての龍が最初から保有するエネルギー、自分自身の生命力。

 

 それだけが今、メフィストフェレスに残されている。そしてそれが一番でたらめな力なのは、古龍という種族を知っていれば解る。一番油断できず、そして一番恐ろしい攻撃が来る。

 

 悪魔。

 

 その名に相応しい災厄がやってくる。

 

『壊毒は?』

 

「刃にたっぷり残ってる」

 

 アルマの逆鱗を貫いた切っ先から刀身は壊毒を吸い上げたような紫色に染まっていた。おそらくは一時的にその性質をセーブしているのだろう。こいつで斬れば恐らく、壊毒を直接体内にぶち込んで殺す事が出来るだろう。

 

 今度こそ、あの水晶を完全破壊し、メフィストフェレスを終わらせられる。もはや、それだけがあの憐れな龍に残された慈悲だろう。

 

「―――」

 

 言葉を殺し、精神統一を終わらせ、最後の戦いの為に力を練り上げる。静かに、音もなく、最後の瞬間を目指して自分の中にあるすべての才能と精神力と、そしてそれらを全て剣に込めて、振るう準備を完了させる。

 

 そのまま数秒間、停止する。

 

 更に数秒間が経過し、

 

 ―――風の流れが変わった。

 

 直感した瞬間、飛び出した。それと同時に空が輝いた。

 

 宇宙より大地を滅ぼす災厄が雨となって降り注いでくる。巨大な隕石が一つや二つではない、十数を超える数で一気に降り注ぎ、逃げ場を殺す様に全てを滅ぼしにかかってくる。それと同時に時間が逆行を開始した。かつて存在した極上の悪意を過去の残像から呼び出して再現する。絶種の雄叫びが過去から鳴り響きその災厄が再びここに再現される。災厄を見据える龍の瞳が終焉を見た。

 

 時の咆哮、不可知の斬咆哮、龍殺しの撃龍槍、無数の隕石、そしてそれを回避できないという運命が一瞬で確定された。吹き荒れる龍風圧が全ての行動を抑制し、封じ込めてくる。呪われた古龍の存在が幸運という可能性すら踏みにじって概念的な逃げ場を封じる。

 

 物理的に、精神的に、そして概念的に。

 

 三方向から逃げ場を封じ、確殺の陣を敷いて来た。踏み込みすら出来ない。体が動き出せないのを、

 

『おぉ、おぉ―――ォォ!』

 

 ミララースが古龍の力で粉砕しながら動き出した。あらゆる締め付けをその咆哮と気配で粉砕し、同時に天へと向けて首を持ち上げ―――ブレスを放った。

 

 空から降り注ぐ巨大隕石群を薙ぎ払う様に吹き飛ばしながら、成層圏を突き抜けて月にさえ届きそうな程の熱線を繰り出して粉砕し、空からの災厄を粉砕した。

 

『行け……! そして終わった後で俺に飯を作れ!』

 

「疲れてなかったらな!」

 

 宇宙にさえ届く光を見ながら、踏み込んだ前へと向かって、終わりへと向かって。龍風圧を切り裂き、絶望と災厄の運命を見えずとも、踏破する。片手で剣を握り、もう片手で幻影玉を握り砕いた。

 

 それが砕け散るのと同時に、姿がかすれて消える。

 

 そして同時に、体を撃龍槍が触れる事無く擦り抜けて背後へと抜けた。そのぞっとするような性能の高さに、本体同様性能まで恥知らずだなぁ! と心の中で評価する。ただのドM玉じゃなかったわ。

 

 半分笑いながら空いた手で絶種銃を取り出す。

 

 歯には歯を、目には目を。

 

 二連射、引き金を引いた。

 

 時の咆哮と時の咆哮が、不可知の風爆と風爆が衝突し、互いに食らい合いながら道を作る。そして出来た道をミララースが切り開く様に大地を薙ぎ払って安定させた。二連続の射撃で外れた肩を痛みを堪えて戻しつつ、銃口が破裂してもう二度と使い物にならなくなったそれを捨てた。

 

 一直線、メフィストフェレスまでの道は出来ていた。

 

 崩れた決戦場に睡蓮が溢れ、そしてメフィストフェレスまでの道が舗装されていた。

 

 思えば、ずっと自分の戦いとはこういうものだったと思った。

 

 誰かに、何かに頼って、そして掴み取った何かを消費しながら戦い続ける様な旅路だと思った。メフィストフェレスへと最終的に繋がる未知は、大量の犠牲と、そしてそれまでの積み重ねによるものだった。

 

 食べ物を間違えて苦しんだことも、物を作り上げた事も、初めて殺した時に抱いた感情も、敬意も、その後で覚えた殺意も、出会いも、死骸から作った装備も、その後で感じた苦しみも、別れも、

 

 何もかも、無駄じゃなかった。

 

 今、この瞬間、古龍達の力で最後の道を切り開いたように、ここに至るまでの道もまた、それまでの積み重ねによって切り開いて来たものだった。

 

『―――』

 

 紫色に水晶を輝かせるメフィストフェレスが接近を感知し、逃げる様に飛び上がった。だがそれに追いつく様にベルトの鎖を引き抜きながら伸ばした。ハルドメルグの水銀で作られたそれは自在に姿を変えて伸び、飛び立とうとするメフィストフェレスの足に絡みついた。そして手首につなげた状態で、

 

 メフィストフェレスが飛び上がった。

 

 水銀によって繋がった体を引き上げる様に。

 

 そして一気に伸縮する水銀が体を飛び上がったメフィストフェレスの下にまで引き寄せ、

 

 水銀が外れて落ちるのと同時に、メフィストフェレスの足を掴んだ。

 

 一気に決戦場の上空に飛び上がり、そのまま雲の高さにまで飛び上がった。引きはがす様に飛翔を開始するメフィストフェレスは空中で体を捻り、回転し、加速する様に体を動かしながら勢いを乗せ、引きはがそうとして来る。

 

 そこに自傷に繋がる光景が来ないのは、恐らくそこから復帰できるだけの力が残されていないのかもしれない。

 

 だからここを乗り越えれば、終わりだ。

 

 ゴーグルの下に保護されている瞳で足を掴んだまま、メフィストフェレスを見上げ、

 

「終わりに、しよう……!」

 

 剣を、足に突き刺した。

 

 空にメフィストフェレスの悲鳴が広がり、龍エネルギーが空中に帯電する様に放たれた。黒い雷の様なエネルギーが空間を震わせ、痺れさせ、そして体内を突き抜けるような感覚に吐きそうになる。

 

 だがその刺突で、メフィストフェレスの抵抗が弱まった。体を支え直しながら剣を引き抜き、足から付け根まで体を引き上げながら、

 

 もう一度、剣を突き刺した。

 

 二度目、龍属性のエネルギーが解放される様にその体から溢れ出し、全身を焼いた。だが守護衣がダメージを可能な限り排除するために、全力を尽くしている。おかげで体が痺れる事はあっても、そこから感覚が喪失する事はない。悲鳴を上げて体を更に乱暴に振るうメフィストフェレスに、足から腹へと体を移動し、

 

 三度目、突き刺した。

 

 龍属性のエネルギーが腹の傷から溢れ出し、手を貫通しながら焼いて行く。それに気にする事無く引き剥がされそうな体を必死に抑え込んで、メフィストフェレスを掴む指先が甲殻の隙間に食い込む様に固定しつつ、

 

 胸元の水晶に到達する。

 

「っ―――!」

 

 水晶に、剣を突き刺した。かつてない絶叫と共に抵抗を感じた。メフィストフェレスの生命力が胸元から命と共に放出されて行くのを感じる。だが抵抗している。故に剣を引き抜き、体をエネルギーに焼かれつつ、

 

 もう一度、水晶に突き刺した。それを開く様に逆手で握りながらぐりぐりと傷口を抉り、エネルギーが拡散しやすい様に広げて行く。その対価に体が焼かれて行くが、終わったらアイルーか古龍秘伝の薬で全部治るのを信じよう。

 

 信じよう。

 

 だから三度目、胸に突き刺した。

 

 四度目、胸に突き刺した。

 

 五度目、突き刺した握力が解けていくのを感じた。

 

 だから六度目、柄に噛みついて突き刺して、落下した。落ちる前に体を捻って、更に奥深く、剣を蹴り込む事を忘れない。逆さまに落下し始める姿のまま、空で動きを止めたメフィストフェレスの姿を見た。

 

 その姿は落下する事無く、翼を羽ばたかせる事もなく、動きを停止させていた。

 

 壊毒が回る様にその体は徐々に、色素を失って行く様に変色して行く。そしてやがて、その体の末端から塵になって崩れて行く。色素を失い、崩壊して行くように広い空の中、

 

 楽園の空にその灰を降り注がせるように、故郷の風になる様に、散って行く。その瞳から全ての憎悪と怒りと呪いが消えて行き、そして瞳に理性的な色が戻って行く。

 

 落下しながら、それを見た。

 

『―――』

 

 音にならない、言葉にならない声を聴いた。それに小さく笑い声を零し、聞こえて来る羽ばたきに目を閉じた。

 

「あぁ……お休み、メフィストフェレス。悪夢は終わりだな……お互いに……」

 

 激痛と、重度の疲労から解放される為に意識を閉ざす。

 

 きっと、起きたらちょっと心配されるだろうが、そのまま、アルマのご飯を食べようと。まだ練習し始めたばかりで、実はちょっとコメントに困る味なのだ。なんというか、余りにも普通過ぎる。美味しい訳でも不味い訳でもない。本当に、特に特徴のない、普通な味なのだ。

 

 だけどその普通こそが幸いなのだと思っている。

 

 特別である必要はない。

 

 そうでなくても、幸せなんてそこら辺にあるのだから。

 

 だから、これで特別な事は終わりだ。目覚めたら普通の飯を食って笑う。

 

 そんな日常が待っているのだと信じて意識を完全に閉ざした。




 こうして楽園は終わりを告げた。

 悪魔と異邦人の物語は閉じた。

 次回、エピローグ。
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