―――扉を開けた。
それと共に外から日光が注ぎ込んでくる。それを全身で浴びる様に体を大きく伸ばしながら感じ取り、視線を空へと向けた。其方へと視線を向ければ、旋回する様に空を飛ぶホルクの姿が見える。此方が準備オーケイである事を確認すると足で掴んでいた荷物を手放し、それを落としてくる。落ちて来たそれを受け取りながら、裏手へと回って行く姿を見た。
「んー……やっぱり繁殖期だから護衛が多めだな。となると弁当販売をぼちぼち始めるか」
ホルクが落としていった荷物―――つまりはギルドのハンター向け、最新の依頼書を確認した。それを店内へと持って行こうとすると、此方へと向かって走ってくる姿が見えた。ウリ坊と、その背中に乗っている子レウスの姿だった。その後ろのカートには新鮮な野菜等が乗っているのが見える。
どうやら朝のお使いを終わらせてきてくれたらしい。近寄って来たところを二人とも抱いて、軽く頭を撫でてから後ろへと回る様に指示を出し、扉をくぐって中へと戻って行く。店内の清掃は既に進んでおり、テーブルの上に片付けられていた椅子は下ろされ、モップ掛けもほとんど終わっている。バケツを横に、片手にモップを持ったラズロが額の汗をぬぐっていた。
「お、新しい依頼のリストが到着したニャ?」
「おう。つってもウチは等級低い依頼しか置けないけどな。それでも護衛系が多めだな」
「繁殖期だからニャァ……。この季節はランポス達が縄張りを無視して範囲を拡大するニャ。だから街道のキャラバン護衛とかも割と増える依頼だニャ」
「ランポス……お前……絶滅してないのか……」
その言葉にラズロが溜息を吐き、小さく笑いながらモップを動かして言葉を続ける。
「相棒、あそこが常識だと思うニャよ」
「冗談に決まってんだろ。ラカン辺りがランポス肉の味に目覚めたら話は別だけど」
「ありうる」
メゼポルタに舞い降りた赤い衣のカリスマ吟遊詩人の姿を二人で思い出し、頭の中からその存在を追い出す。アイツ、唐突に本場の蕎麦が食べたいとか言って数日前にシキの国へと旅立ってしまった。本格的にグルメになってしまったのは、どこか、自分の影響もあるなぁ、と思いながらギルドからホルクに運んで来て貰った依頼書を店内の掲示板に一つ一つ、画鋲で張り付けていく。
その数はそんな多くはない。全部で10程度だ。そしてこれが今週のノルマになる。問題はキャラバンの護衛依頼は最低で数日の拘束期間が発生するから、同じハンターに連続で仕事を取らせる事が出来ないという事実。もう少し、ここで依頼を受けてくれる専業ハンターを探した方がいいのかもしれないなぁと思いつつも、あまり店の雰囲気を壊したくない為、まだまだ、ハンターは増やせないでいた。
依頼を掲示板に張り付け、それを纏めたリストをカウンターの向こう側に仕舞っておく。
窓を大きく開けて、新鮮な朝の空気を取り入れて行く。徐々に活性化していくメゼポルタの姿が見える。ハンターたちの朝は早いようで……微妙だ。仕事熱心な新人は一番いい依頼を探すために朝早くから酒場から酒場へと回り、少しでも割合の良い仕事を探して回っている為、この時間から広場を駆け巡っているのが見える。
逆にベテランはある程度、依頼のキープが出来る為、出勤は遅い。
覚醒しつつあるハンターの都メゼポルタ。
―――ここに来てからもう、二年になる。
メフィストフェレスの死によって、楽園の箱庭における全ての戦いは終わった。残されたのは花畑のフォロクルルにエルペ等の拠点で育てていた家畜ばかりで、それ以外の野生生物は絶滅してしまった。もはや楽園に残る様な理由は一切なかった。
となると、ついに楽園を出る時が来た。
空路を封鎖していたシャンティエンは地上に降りた。そしてラヴィエンテも古龍が睨めば道を開けてくれる。楽園からの脱出は後は、船を建造すればそれで解決するだけの問題だった。そうしなくても古龍に乗って移動すれば、海の一つや二つ、簡単に飛び越える事だってできる。
それにハンターズギルドへと戻った時の土産の準備にも余念がなかった。なんだかんだで未知の鉱石や技術、そして大量の古の時代の記録がここには残されている。少なくとも本土では龍と人間が一緒に生活していた、何て記録は残されていないらしい。それ故にそういう文化があった、というのが特に龍暦院からのラブコールが凄まじく、大金になるという話だった。此方が狩猟に出たり修行している間、考古学アイルーチームが調べたり発掘したり纏めたり、と金にする為の準備を密かに進めていたらしい。
そうやって楽園を去る準備が整って行く中で、ミラバルカンが口を開いた。
「どうせなら派手に帰還せんか?」
「それニャ」
馬鹿と馬鹿が種族を超えて理解し合ってしまった瞬間だった。折角ここまで派手に暴れたのに、なのに帰りが普通なんてのは余りにもつまらない、と主張する一部の古龍とアイルーの会話の結果、
ラヴィエンテに乗ってタンジア港へと乗り込む形で帰ろうという結論が下された。
そこから始まる龍とラヴィエンテの交渉。昼寝しながらずっと見過ごしてたんだから少しは働けよ、とガンを飛ばす古龍の言葉に渋々とラヴィエンテが従い、そしてラヴィエンテが牽引できるような船をアイルー達がせっせと建造する。そこに楽園大陸の宝を積み込んで行き、航海用の食料やらなにやらを全部ぶち込んで、
楽園を一緒に去りたいという家畜と家族を連れて、楽園を去った。
ラヴィエンテに引っ張られて。
数日後、ラヴィエンテとかいう常識を乗り越えたどころか母の胎に常識を忘れてしまったスーパーエンジンを搭載した船は見事タンジア港に到着した。そしてダブルラヴィエンテ襲来という意味不明なイベントにタンジアの住民全員を恐怖に叩き込み、G級ハンターを出動させる大事態に発展させ、そして何事もなくラヴィエンテ達は帰って行った。
当然、その後で問答無用でギルドに捕縛された記憶はまだ、新しい。
まぁ、その後でアイルー達生きていたのか! とか、何故ラヴィエンテ!? とか色々と拘束されて質問されたりもした。だが驚くほどにホワイトというか、クリーンな組織だったらしく、暴力を振るわれる様な事や尋問、拷問される様な事は一切なかった。寧ろアイルー達の奇行に巻き込まれて大変じゃなかった? 美味しいもの食べる? とかと心配されるぐらいだった。
違う意味で連中は前科者だった。
まぁ、楽園に関する物語はここで終わりを迎える。
ここからはその後の話になる。
そうやって何とか本土に戻った所で、アイルー達がせっせと集めた情報、持ち帰った素材等をギルドに提供する事で莫大な金利を得る事に成功した。活動収縮に伴い、金銭だけは使いどころがなくて余っていた、というのもギルドの羽振りの良い所の理由の一つだったらしい。それを受け取ったアイルー達はその一部を此方へと渡してくれて、それで生活のあれこれの手伝いをしてくれた。
どこの土地を購入するのがいいとか、大工は俺がやるとか、素材を購入するならここがいい、とか。
そうやってあーだこーだやっている内に、いつの間にかハンター達の最重要拠点、世界中のハンターが集まる最大規模のハンター用区画、つまりは超一等地に私有地をこさえる事に成功したのだ。
そこに住む為の家と一体化した店を持つことに成功し、ラズロが従業員として残ると言って、他のアイルー達はそれぞれの生活へと戻って行った。
ウリ坊、ホルク、子レウスの扱いは少々荒れるかと思ったが、モンスターを飼う文化はどうやら少数だがライダーも存在するらしく、そこまで困惑するような事ではなかった。まぁ、それが原因でまた龍暦院からのラブコールが凄い事になるのはまた別の話になる。
そんな訳で、幸せな生活を築く程度の資産と居場所をこの異世界に手にする事に出来た。とはいえ、これで飯屋を経営出来るという訳ではない。資格は必要ないが、現代風の料理を再現しようとすると材料やら器具やらが足りなく、また知識も足りなくなってくる。時折、赤い服装の男が別に伝授してしまっても構わんのだろう? とか言いながら厨房にやってくるおかげで勉強させて貰いつつ、工房の親方に頼んで料理用の器具を作って貰い、別の赤い男にストロベリーサンデーを出してみたりもした。
そんなこんなで、
最初に確保した資産はあっけなく底をついた。
借金生活、開始だった。
お金には気を付けていたが、それでも素材や器具の事を考え、クオリティベースで飯を作ろうとすれば、必然的にお金はかかる。工房での器具や道具の発注もハンターじゃないと割引がかからない。そして新しいお店に客は中々来ない。特に、それが異世界人による経営されている飲食店で、特にハンターに対してバフの様な効果を発揮しないと解ると人が来ない。
その為、面白い様に資産を溶かして、借金生活に突入した。
とはいえ、そこはそこ、救済手段がアイルー達から蹴りと共に送られてきた。
ハンターズギルドの組織加盟店として登録する事だった。ハンターに対して食事を割り引き、ギルドの下請けとして依頼を斡旋し、一部業務を負担する。
そう―――つまりは酒場の役割を果たせば返済を手伝ってやる、という話だった。
「ふぅ、世の中ままならんものだわ」
「相棒の金遣いの荒さが悪いニャ」
「いや、だって珈琲豆が手に入るってなら投資するっしょ……!」
輸入もタダじゃないんだよなぁ、とぼやきながら店の最後の準備を整えて、外にある看板をひっくり返して現地で開店の文字を見せた。看板は工房長猫に頼んで作って貰ったもので、黒い睡蓮が描かれているものだ。ウチの、ちょっとした自慢の看板だった。くすんでいないのを確認してから軽く背筋を伸ばし、活気づくメゼポルタを眺めた。
「……うっし、借金返済目指して今日も頑張りますか」
ぼやきながら店内へと戻って行く。まだ、何時もの常連客がやってくるまでは時間がある。それまでは開店準備を終わらせたので、朝食の時間だった。店内に戻れば、カウンターの向こう側に白いブラウスに紺色のスカート、というシンプルな恰好のアルマがカウンターの向こう側に居るのが見える。服装にはそこまで凝ってはいない。それに反して店内は落ち着いた雰囲気を見せるために少し暗い色をメインに採用しており、落ち着いて食べられる飯屋という形になっている。
そこにシンプルながら、美貌を見せるアルマの姿はマッチしている。
我が嫁は、飾らなくても美しく、可愛く、そして素敵なのだ。寧ろ、余計な装飾は邪魔でしかない。
「朝ご飯を作ったぞ。今日のは中々の自信作だ」
「ほほう? じゃあ堪能させて貰おうか。俺の採点は厳しいぞぉ」
「ふん、嫁だからと採点基準を甘くされても困る。龍の力を見せてやろう」
料理にドラゴンパワー関係あったっけ? と思いながらもカウンターを超えて、自分用の椅子に座ってからカウンターに並べられた料理を見る。出ているものはシンプルで、スクランブルエッグにトーストとサラダに自家製ドレッシングをかけたものと、ベーコンにスープだった。
それを少しずつ取って口の中に放り込んで行き、そして味わってチェックして行く。
食べている間、直ぐ横で此方を覗き込んでくるアルマの様子を見て可愛いなぁ、と思いつつ、朝食のコメントをする。
「ふつー」
「普通」
「……どれどれニャ」
ラズロが確認したいと言ってくるので、朝食の一部をラズロへと食わせてみる。それをゆっくりと舌の上で転がす様にしてから食べて、飲み込み、ラズロが腕を組む。アルマの視線を受け止め、頷いた。
「ふつーだニャ」
「普通……二年間頑張って来たのに普通……」
ショックを受けたようにカウンターに突っ伏すアルマの姿を見て、苦笑する。楽園を出てからこの二年間、メインで厨房に立つ事はなくても、ずっと料理の手伝いと勉強はしてきたのだ。
彼女の作る料理は、特別美味しい訳でも、特別不味い訳でもない。その間、普通。いや、この二年間で少し成長しているから普通に美味しい、と言えるレベルだ。だがそれでも手放しに美味しいと呼べる訳じゃない。
本当に、どこにでもある様な普通の味だ。二年前からもそう評価されているだけに、成長を感じられずにアルマが項垂れていた。
その姿を見て、小さく声を零す。
「まぁ、俺はこの味が好きだけどね」
そう言いながら朝食を食べて行く。
俺はこの、どこにでもある様なアルマの料理が好きだった。特別美味しい訳でもなく、不味い訳でもない、どこにでもある様な味付けの料理だ。口の中に入れてそれが特別記憶に残る訳でもない。
だけどこの普通さが自分は好きだった。愛していると言っても良い。このどこにでもある様な味が自分はたまらなく好きだった。特別である、という事に一種のアレルギーを見せているのかもしれないが、
このどうしようもない、普通の味の料理からは、
毎日食べる為の普通の料理。その存在がたまらなく愛おしいのだ。だから俺はこの味が好きだった。客商売をしないのであればこのままでいいんじゃないかなぁ、と思う程度には。ただ、まぁ、客商売をしているのだし、良くあるハンター向けの力を与える飯を作っている訳でもなく、大量に安く喰える食堂でもない。
異世界の……地球の料理をクオリティを高く、一回の食事で満足を得る事を目的とした、美味しい料理を食べるお店を目指しているのだ。まぁ、おもっくそ主流から外れたタイプの飲食店である事は自覚しているが、そういうのを目指しているのだ。腕前は上達して貰わないと困る。
まぁ、時間はある。
「お互い、離れる事もねぇんだ。ゆっくり上達すればいいさ」
「グラド……」
「まぁ、その前に借金返済しなきゃ場所が消えるけどニャ」
ラズロの鋭い言葉に胸を抑える。いや、まぁ、そうなんだけどさぁ! と心の中で叫びつつ、平和な朝に小さく息を吐く。
何時も通りの朝、何時も通りの時間。
そこには生きるために力を磨く必要も、殺す為に覚悟を固める必要もない、普通の生活の中だった。借金だってあるし、完全な自由という訳でもなかった。だけどアルマを見れば、彼女も視線を返してくれる。そうやって視線を合わせれば、なんとなく幸せで、なんとなく、面白くて、小さく笑い声がこみあげてしまう。
それで自分は今、漸く安らげる場所を得たんだ、というのを理解させられる。
そうやって落ち着き、完全に自覚するまで七、八年もかかってしまった。
だけどもう、生きるために戦う必要はない。殺す為に剣を抜いて戦う必要はこの生活にはどこにもなかった。飯を作って、どうやって客を呼び込むかを一緒に考えて、レシピを確認し、増やし、偶にやってくる困った異世界のお客さんの要望に応えたメニューを出したりして、
そんな、何でもない日常を生きている。
勇者でも英雄でもないし、何らかの使命がある訳でもない。世界を救う訳じゃないし、これから世界を救いに行くわけでもない。
それでも、これが俺の物語の、人生のエンディングに突入したのだと思っている。だって、こんなにも幸せなのだから。これ以上、事件や何やらが続く必要は無いと思う。
ゆっくり、何でもない日常を彼女とこのまま過ごしたい―――許される最期の瞬間まで。
「―――店長! 助けて店長―――!」
客が来るまで、安らかな朝を過ごしていようかと思えば、それを台無しにする少年の声が朝の空気に響いた。心安らかだった時を邪魔され、少しだけイラっと来るが、仕方がないか、と笑みを零し、視線を店の入り口へと向ける。
そこから、まだ十五にも満たない少年の姿が店内に飛び込んできた。訓練場で貸し出しているビギナー用防具セットを最低限だけ装備した少年は腰に片手剣をぶら下げており、腰の裏に盾を背負っている。
つまりは、ハンター訓練所に通い、そして学んでいる見習いハンターになる。
少年はカウンターまでやってくると、両手をカウンターに叩きつけて来る。
「店長! 助けて店長! マジやばいんだって今度は!」
「あー、はいはい」
……とはいえ、厄介ごとは何時もどこからやってくる。どれだけ平穏を望んだ所で、人生にイベントは欠かさない。それでも、そういう理不尽をひっくるめてもまた、生きる事の一部だと思っている。
「帰って来たぞグラジオラス! 俺の為に宴を開け!」
「店長! ランポス狩猟しなきゃいけないんですよ!? いきなりランポスですよ!」
「おーい、もう開いてるか? この前食べたストロベリーサンデーというのが食べたいんだが……」
「なんだ、朝から騒がしいな」
一人が店にやって来れば、二人目がやってくる。穏やかだったはずの朝がいきなり崩壊するも、そうやって乱される時間を悪くは思えなかった。ただ、こんなバカな勢いの日常がこれからも続く事を祈り、アルマと視線を合わせ、視線を店の客へと向けた。
「―――いらっしゃい。まずは飯を頼め。話はそれからだ」
今日もまた、少し騒がしいけど何でもない日常が始まる―――この異世界で。
日常と書いて幸いと読む。
グラジオラスが求める幸福は何でもない日常の中にある。だから特別を求める様な事はしないし、特に上昇志向を持つ事もない。家族と、そして店と、その日常さえあれば彼は何時だって幸せでいられる。
グラジオラスの異世界における、壮絶な物語はこれにより閉じた。
是にて、物語を完結。次回、あとがき。
質問があれば大きなものは纏めてあとがきで答える予定なので感想にでもどうぞ。