「はい、確かに代金の受け取りを確認しました! これにて今年度分は支払いが終了です。グラジオラスさん、お疲れ様でした」
「いや、そっちもお疲れミレー」
ギルドで今月、そして今年度の借金の支払い分を行う。本当ならもうちょっと早いタイミングで払いたかったのだが、少し前までクソトカゲに連れられて出張していたのが原因で、メゼポルタ周辺には居なかった。その為、こんなギリギリのタイミングまで支払いがズレ込んでしまった。とはいえ、遅れる事はない様にアルマに支払いの方法は教えてあるし、到着が間に合わなかった場合はアルマが支払ってくれていただろう。
ギルドの受付嬢をやっているミレーは完了のハンコを押しながら、控えの方を此方へと渡してくる。
「今月はギリギリになりましたねー?」
「ちょっと新メニュー開発用に出張してたからね」
「あ、知ってます! あのラカンさんと一緒にメゼポルタを出ていましたからね!」
まぁ、うん。
新メニュー開発とかだとあのクソトカゲ、割とフットワークが軽いのだ。今回は新しい豆を発掘する為にちょっと離れた山まで二人で遠征してきたのだ。結構良いものを見つけたが、メゼポルタの気候では育てるのが難しい為、店での提供は難しいから自分とクソトカゲの二人で楽しむ分だけで終わらせてしまったが。まぁ、それでもそこそこ楽しい遠征にはなった。
しかしこうやって他人からクソトカゲの名前を聞くと、人間性ゼロではあるけどアイツ、人気のある詩人なんだなぁ、というのを理解させられる。
やっぱり納得いかねぇ。
「ほっほっほ、借金返済の方は順調のようじゃの」
「あ、ギルド長お疲れ様です」
「こんばんわ爺さん」
頭にサンタ帽子をかぶった小柄な老人―――このメゼポルタのギルドの長がパイプを片手にギルドの奥の方からやって来た。いかにもメリークリスマス、と言いそうな帽子をかぶっているが生憎とこのメゼポルタにクリスマスなんて文化は元々存在していない。そりゃあこっちの世界に地球の最大宗教なんてものはないのだから当然だ。
だから偶にやってくる異世界の連中がそういうお祭りを此方で教えているのだ。
そしてこの世界の連中は、そういうお祭りとか騒ぎは大好きだ。自然と、冬の日に騒ぐ事を目的としたお祭りが出来上がった。元々が何であったのかを考えると中々面白い話だが、まぁ、細かい事は別にどうでもいいだろう。ただ単純に飲んで、食って、騒いで遊ぶ。それだけのお祭りがあっても。
「うむ、うむ。中々に良いペースで支払い出来ているようじゃの。これなら後数年内には返済されてしまいそうじゃ。このままハンターなりギルドナイトとして就職してくれればよかったんじゃがのぉ」
「そうですよ! 今からでも遅くないですよ!」
受付嬢は目を輝かせながら拳を握る。
「前だってメゼポルタに襲撃したレビディオラとルコディオラのコンビを相手に一人で追い返したじゃないですか! グラジオラスさんならG級もいけますよ!」
「止めてくれ、本当に。もう必要もないのに戦うのはこりごりなんだ……」
1年ほど前にメゼポルタからG級ハンターが留守にしている時に、ルコディオラとレビディオラの姉妹が強襲した―――のではなく、化身体になるのを忘れてそのままメゼポルタへとやって来てしまったのだ。その目的はアルマと会う事だったのだが、古龍の姿としてやってくるもんだから当然、ギルドはこれを襲撃として処理。ハンターたちに襲われてしまった極龍姉妹、当然のように迎撃し、それをいったん追い払う為に自分が出たのだ。
剣を担いで切り殺しながら追い返して、また後日人の姿になってから来て貰った。ちょっとうっかり属性が凄まじいだけで、性根の方は普通のクソトカゲだった。ただ、まぁ、それで実力の一端というものが見られてしまった訳で、
こういう風に、偶に勧誘されるのが面倒だ。
「こうやって売れない飯屋の店主をやっている方が性に合うんだ」
「まぁ、解らなくもないわい。無駄に地位を持つとそれだけ気苦労が増えるからのぉ。別に強く此方の道は進めはせんよ。人材不足がほんと辛いんじゃけどな」
そう言うとパイプを口に咥えたまま、ギルド長がぶつぶつと新人をどうやって増やすか、というのを困った様子で呟き始めていた。ギルドもギルド側で、拡大する未探索領域等で常に人材不足に陥っているとの事だった。その事を考えると、ギルドがこの惑星を完全に踏破する時が来るのはまだまだ遠い未来になるであろうことが解る。
「ギルド長もお仕事は程ほどに」
「ん? おぉ、そうじゃの。そろそろ仕事を今夜は切り上げてどこかで飲むかのぉ……今夜は開いとるか?」
ギルド長の言葉に悪い、と手を振る。
「今夜は身内の集まりで貸し切りだよ」
誘い等を断ってギルドから自分の店まで戻ってくる。入口からは光が見え、軽い喧騒も聞こえて来る。既に俺なしで盛り上がっているんだろうなぁ、というのが容易に想像でき、苦笑しながら店の扉を開けて戻ってきた。暖炉だけではなく、炎系の古龍が混ざっている事もあって冬だというのに店内は全体的に暖かく、扉を開けただけでもわっとした熱気がかかってくる。
そしてまず最初に出迎えたのは演奏だった。
静かだけど明るい。気分を盛り上げてくれるようなリュートによる演奏。店内に設置されたステージの方へと視線を向ければ、何時も通りの格好で足を組みながらリュートを手に演奏しているクソトカゲ―――ミラバルカンの化身の姿が見える。戻って来たのを察した奴が片目を開けて此方を見てから、再び演奏に戻る。
それ以外にもそれなりの人数の人外共が店内には溢れている。普段はそれなりにテーブルなどを並べているのだが、その大半を撤去し、中央に集め、それにテーブルクロスをかぶせる事で一つの大きなテーブルに変えて料理を並べている。ハンター基準でも山盛りと呼べるような大量のロースト料理やツマミの類はここに集まっている身内連中と一緒に食べて飲んで騒ぐために用意されているものだが、
既にその3分の1が消し飛んでいた。この消費ペースを考えると途中で一回厨房に抜けて追加で作る必要も出て来るかもしれない。そんな事を考えながら近づいてきたアルマの姿を見つけた。数年店を手伝ってきたという事もあって、今では厨房に入って下ごしらえ程度だったら任せても良い、とラズロから評価を彼女は受けている。その為、恰好も普段着にしているようなドレスではなく、シンプルなワンピースの上からエプロンを装着している。
「お帰り。その内足りなくなると思ったから準備出来るものは既に準備しておいたぞ」
「お、それは助かる」
近づいてきたアルマに合わせるように、軽く頭を下げてキスする。それを受けたアルマが得意げに、嬉しそうな表情を零しながらスカートの下から尻尾を伸ばし、ぶんぶんと振っているのが見える。
「見たかしら?」
「見たわよ」
「まるで犬ね」
「でも龍よ」
「つまり犬龍よ」
「私達は犬龍だったのね」
「わんわん」
「わおーん」
「おい、極龍姉妹が謎の世界へと旅立ったぞ」
「何時もの事だから放っておけ。おい、テーブルが低くなっているぞ。もうちょっと気合入れろよ」
テーブルがちょっと持ち上がった。軽くかがんでテーブルの下を見れば、テーブルの代わりに下から板を持ち上げて柱の役割を果たすオオナズチの姿が見えた。あのドM、また自分から苦行に飛び込んでる……見なかった事にしよう。即座に立ち上がってオオナズチの存在を見なかった事にする。
視線を反らせば店の隅で小皿を手に、テオナナ夫妻がお互いに食べさせっこさせている姿が見られる。姿が幼いだけに、中身はともかく、仲睦まじい姿はどことなく和やかなものがある。
視線を違う方へと向ければ、シャンティエンと黒麒麟が上半身半裸で舞踊に興じていた。それを眺めるハルドメルグが時折合いの手を入れて煽っている。
今、この店に集まっている戦力を知ったらメゼポルタ吹っ飛ぶだろうなぁ……と、大半が《楽園》出身の連中であるのを再認識しつつ、笑い声を零した。
あの楽園が終焉してから数年。
俺達は未だにこうやって、良く遊んでいた。
カウンター席に腰掛けると、厨房の方からアイルーがやってきた。
「相棒、支払いは終わったかニャ? ほれ、揚げたてのツマミと酒ニャ」
「お、悪いな。それにしても結構盛り上がってるな」
「そうだニャ。だけどまだあとから来るって話だから既に追加の分も作り始めてるニャ」
「マジかよ……って何か来たな」
アイルー、ラズロが運んできたワンタン揚げを口の中に放り込みつつ、店の入り口へと視線を向ければ扉を開けて入ってくる一団の姿が見える。
「我が! 来た!!」
「うるせぇぞ黄金。さっさと入れや」
「王、此方へどうぞ」
「えぇ」
一番目立つのは髪が黄金、黄金のサングラス、黄金のスーツ、黄金の靴という趣味の悪い恰好をしている奴だった。所々に見える結晶の様な意匠やアクセサリーから、恐らくこいつが金塵龍ガルバダオラ。次に入ってくるのはどことなくチンピラちっくな気配をしている、オールバックに銀髪、シャツとスラックスを着崩している男。流石にこいつは見た目では良く解らない。その次は解りやすく、男か女かは解りづらいが、髪も格好も白く、そしてヒレの様な意匠のあるユクモ風の着物を着ている奴だった。たぶんこいつはアマツマガツチ。
そして最後、その低い子供の様な白い姫とでも呼べそうな姿をした存在。彼女だけは知っている。
店の中に入ってくると、カウンターに座っている此方の姿を見つけて軽く手を振ってくる。
「ふふ、遊びに来たわよ継承者」
「いらっしゃいアン。クソトカゲならそこにいるから俺の代わりに脛を蹴っておいて」
「アレには蹴る価値もないわ」
「ふ、値段が付けられないほどに偉大という事か……!」
「あのポジティブさだけは見習いたいものニャ」
「ほんとね」
ミラアンセス―――祖龍ミラボレアスも同意する様な言葉を零しながらミラバルカンの姿を見ている。だが個人的に一番すごいと思っているのはラズロだ。このアイルー、普通にこの空間に混じって古龍達相手に喋っていられるのだから。
まぁ、だけどそうか。
日常的にミラバルカンが入り浸っているのだからそりゃあ慣れるか。忘れそうになるが、こいつも最強種の一角を司る存在だった。最近ではただの美食龍になってしまっているが。それでも一応はこの地上で片手の指で数えられる程の戦闘力を持った存在なのだろう。
視線を改めてミラバルカンへと向ける。
「ふぅー……ふぅー……見ていろマシュマロめ、今宵の勝利は頂く……!」
マシュマロと格闘している姿を見ているとアレ本当に古龍? とか思ってしまう。
「そうか、テメェが継承者か……」
チンピラ風の古龍がそこで、完全に流れをぶった切るようにミラアンセスの横を抜け、前へとやってくる。両手をポケットに突っ込んだ状態でずいっと顔を寄せて来ると、ガンを飛ばす様に睨んでくる。それにちょっと気圧されながら、口を開く。
「あー、初めまして?」
「……」
しばらく銀髪オールバックのチンピラは睨んでから後ろへと下がる。
「人間は俺をバルファルクって呼んでる」
そう言うとガルバダオラに一発蹴りを入れてからテーブルの方へと向かう。足を蹴られたガルバダオラが足を軽くさすりながら前に出てきた。
「すまないね騎士君! 彼もまぁ、複雑な心境なのだよ! 許してやって欲しい! 我の良すぎる顔に免じてな! この! ガルバダオラの! 良すぎる顔の造形に免じてな!」
ガルバダオラのスマイルが炸裂する。こいつに関してはMHF時代に結晶風で嫌な思いをした想い出しかない。
しかし、
「騎士?」
カウンターに背を預けるように椅子に座った状態のまま、ガルバダオラの言葉を繰り返す。それにガルバダオラがそうだとも、と口を開く。
「幼い姫の為に身を挺し、共に歩み、守る! その姿こそまさに龍の騎士の名に相応しい……!」
「余り気にしないでください。黄金……ガルバダオラは観劇とかを好んでいるので、勝手な世界観を構築してしまうんです。今夜は王の随伴に預かりました、アマツマガツチと呼ばれる者です。宜しくお願いします、継承者」
そう言うとアマツマガツチがガルバダオラを引っ張って行く。ゴールデンな古龍はそのままずるずると引きずられ、テーブルの方へと去って行く。それをミラアンセスと共に眺め、ぽつりと声を零す。
「最初は《楽園》組だけでやってたパーティーだけど、参加者が増えたなぁ」
「増えもするわ。貴方は私達に古い夢を再び見させてくれる希望だもの。ありえない。そう思っていた夢を私達ではなく、人間が拾い上げてくれたもの。興味を抱くのは当然の事よ? 今までは半信半疑だったけどね。これからはもっと顔を出すと思うわ」
「売り上げにさえ貢献してくれれば文句は言わないよ」
ミラバルカンはそこらへん、前にタダ飯にしてやると約束してしまったから全く売り上げに貢献してくれないし。だから、ここに来るにしたって売り上げにさえ貢献すれば文句は何も言わない。
「好きなだけ遊びに来ればいいよ。友達に閉める扉はない」
そう思っている。少なくとも古龍連中にも社会や個性というものがあり、個別の生物としてこの大地で生きている。そしてこうやって話し合えて、笑い合えるのならそれ以上はいらない。笑って話せるのならもう、そりゃあ友人という奴だろう。少なくとも友になるためのハードルはそんなに高くはないと思う。
「だからいつでも遊びに来なよ。適当に珈琲か紅茶、好きなのを淹れて待っているから」
「……」
その言葉にミラアンセスは少しだけ呆けてから笑みを浮かべ、
求めるように手を前に出し、
―――アルマがサイドステップで割り込んできた。
此方を掴もうとするミラアンセスの手を見事な拳のパリィで弾き、そのまま容赦のない拳のブローを叩き込んだ。
「う゛っ」
鈍い声を漏らしながらミラアンセスが腹を抱えて倒れた。その姿をアルマが見下ろしながら座っている此方の膝の上に乗ってきた。
「雌臭いぞアン。こいつは私のものだ。誰にも渡さないし分けるつもりもない」
ふんっ、と鼻を鳴らしながらも、それでも不安なのか此方に抱き着いてくる。ふと、こういう風に不安な所を抱き着いて解消しようとする嫁の姿が本当に可愛くて好きだ。とはいえ、
「いきなりパリィは駄目だろ」
「駄目か」
「流石にな……」
ミラアンセス、腹を抑えて倒れている姿を他の古龍が見て拝んでいる。本当にこいつらフリーダムすぎるわ。
そう思っていると
ドンっ! という音が響いた。
音源である店内ステージの方へと視線を向ければ、そこの様子が大きく変わっていた。
「ヘイ! オールドドラゴンズ! 元気にしてるぅー?」
マイクを片手に、キラキラと雪の結晶を生み出す小さな炎の光で反射させながら煌めき、近くに待機するアイルー達に反射板を持たせて映りを良くしているキャラの濃すぎる古龍が居た。衣装もどことなく、アイドルチックな服装のそいつは、白髪をサイドテールに纏めながらウィンクしてくる。
その背後ではギターを持つミラバルカン、ドラムを背に乗せたウリ坊、スティックの代わりに尻尾を構える子レウス、翼を構えるホルク、そしてベースを手にしているラズロの姿が見えた。
「何やってんのお前ら」
「ちっちっちっち、継承者君ノリが悪いよー! そんな子には私が世界の果てで思いついた新曲を披露してあげないよッ!」
ウィンクウィンク。完全にノリがアイドルだった。というか世界の果てって事はもしかしてこいつ、ディスフィロアなのか? マジで? このアーパーが?
そう思っていると物凄い軽快さでウリ坊たちがドラムを叩いた。何時の間にそんな芸を。あ、いや、ミラバルカンが物凄いドヤ顔を見せている。知らない内に仕込んだなこいつ。
「じゃ! フィロちゃん、新曲一発目行きます! 猫も! 竜も、鳥も、獣も、龍も、人も! 皆みーんな、飲んで騒いではしゃいで笑って冬を過ごす為の曲だよ!」
ミラバルカンとラズロが演奏を開始し、マイクに向かってディスフィロアが声を放つ。
「タイトルは今夜、ミラボレアス呼ぶのめんどくさくて止めました、行きます!」
ディスフィロアの恐ろしすぎる宣告の次の瞬間、この大陸が僅かに揺れた気がした。遠くからブチギレたような視線がメゼポルタへと向けられたような気がしたのは、間違いではなかった筈だ。それを一切気にする事もなくクソトカゲは演奏を始めていた。そしてアルマは首を傾げる。
「ん? 何か高速で此方へと向かって飛行してないか?」
「完全に飛び入り参加するつもりの呼ばれてないご本人様じゃん! なんで呼ばなかったんだよ! ウチは参加自由だぞお前!」
「いや、ボレアスさんってほら。真っ黒で私のイメージと会わないから。こう……見た目の全てが邪魔?」
「あ、ペースアップした」
「こんなことが理由でメゼポルタが亡ぶかもしれないっていうのは本当にやめて? まだ借金残ってるから店を滅ぼさせる訳にはいかないんだよ……!」
なんで古龍って見た目は良いのに全員揃って中身が完全に畜生なんだろうか。そんな事を考えながら膝の上に座るアルマを少しだけ抱きしめる。この賑やかだが飽きることのない冬の夜は、
これからも、何度も続きそうだ。
この愛しい人ではない嫁と居る人生は―――どうも、飽きそうにない。
2018年年末特別企画。メゼポルタのクリスマス。