「―――ケーキ、プディング、フォンダンショコラにクッキー。コーティングした果物も良し。これだけ数を揃えれば良いだろう。とりあえずはこれを冷蔵庫に入れて……っと」
朝の仕込みを終える。数日前から少しずつ準備してただけあって当日、やる事は少なかった。温めてはならないタイプのものを特注の大型冷蔵庫の中に入れて冷やしておく。これで客が入るまでは放置で良い。ホットチョコレートとかはその場で作る奴だし、後のメニューも準備は完了している。
バレンタインメニューの準備が大体完了だ。大体、というのがミソだ。
「あとはゆっくりできるな」
「お前は……もぐもぐ―――朝から忙しくは働かないんだな」
「普段ならともかく特別な日ぐらいはゆっくりしたいだろう? それに夜からは予約入ってるんだから、その分朝はゆっくりしないとな」
既に予約の分の収入は得ているから、実はそこまで張り切る必要はない。そう教えながら振り向くと、赤い衣の吟遊詩人がケーキを一切れ、手掴みで食べていた。満足げに頷いて食べている様子はどこからどう見ても威厳の存在しないプロの盗み食い犯なのだが、これでも中身は紅龍ミラバルカン、この世界に存在する最上位の古龍なのだから世の中は狂っている。まぁ、元々はミラバルカン―――ラカンに食わせる為に切り分けたケーキを置いておいたのだ、それを食われた所でどうという事はない。
この食い意地の張った友龍は適度に摘まめる食べ物を用意しておけば、大体満足している。必要のなくなった道具を片付け始めると、今度は別のチョコレートに手を出し始めるラカンが声をかけてくる。
「しかしこれでバレンタインも5度目か。お前もだいぶ、上達したな」
「作らないくせに口は達者だよな」
「ふっ、俺ほど味にうるさい龍もおるまい」
今、お前なんで誇らしそうに言ったの? 別に欠片も褒めてないんだが?
元々そういうのを期待している訳じゃないが。それにしても食い意地の汚さに関しては
借金も減ったり増えたりを繰り返しているが―――それでも、まぁ、黒字で生活できている。最初の最初の頃はほんと、アレこれやりたい揃えたいで相場も解らずにあった金を使い込んでしまった借金生活だったのだが。それでも今はだいぶマシになった。
最初の頃はギルドに作った借金で依頼の委託とかもしなくてはならなかったりで大変だった。今ではもう、そこらへんは脱却できてやる必要もない。とはいえ、それが縁で通ってくれているハンターもいる。まぁ、懐かしい失敗の一つだ。何もかも過ぎ去って思い出に代わって行く。そうやって巡りに巡り、再びバレンタインがやってきた。
最初はバレンタインという文化が存在しなかったメゼポルタも、すっかり異世界から持ち込まれた未知の文化に侵略されてバレンタイン一色に染まっている。元の世界にみたいに押せ押せの商業タイムだからそういう訳ではなく、純粋にメゼポルタというかこの世界の人たちがお祭り騒ぎが好きなだけである。何かしら季節や特別な日、乗じる事が出来るイベントさえあるなら直ぐにそれに乗っかる。
バレンタインも気づけば街全体で盛り上がる祭りになっていた。
とはいえ、まともにその概要を知っているのは自分だけだろう。
メゼポルタでは基本的にハートとかで街を飾り付けて、飲んで騒いで異性のハンターと出会いを求めて狩猟に出てチョコレートでできた武器を作成して、それで更にモンスターを狩るという祭りになってしまったいる。
奇祭としてのレベルが高すぎる。
そういう訳で、本来の……というのもおかしいが、一般的なバレンタインの形は自分ぐらいだろう、やっているのは。そしてそれを知っているのもギルドの組合員だけだ。だから静かに普通のバレンタインを過ごしてみたい人はこっそりと夜にここの予約を取って、食事をとって行く。バレンタインなので、メニューもそれに合わせたものに合わせている。とはいえ、入る客の数は知れている。この数年でちょっとした知名度を得ているが、それでもそれは店の方面ではない。
恐ろしく強い店主が存在するという方面だ。
ぶっちゃけそっちで有名になってもハンター勧誘が増えるだけで面倒でしかない。
今でさえ、若い上位ハンターが弟子入りさせてくれと煩いのだから。もっと、店の美味しさとか雰囲気とか、そういう所で有名になりたかった。世の中、そう上手く行かないらしい。
だからこそ生きているのはそれだけで楽しいのだが。
「ほれ」
「んむ……マカロンか。悪くないドラログに書いておこう」
「食べ歩きレポートとか本格的に食道楽極まった感じがあるなこいつ……」
まぁ、食べる事を趣味に追加させてしまったのは実質俺が悪い部分ある。作っては食わせて、改良させては食わせて、意見を聞いては食わせて。たまには秘境に食材を調達しに、或いは新大陸までラカンに乗って直行して素材ハンティング。そうやってひたすら素材や料理を狙って食わせているのだから、ラカンの食い意地も悪くなるものだ。
「うっし、洗いも終わりっと。軽く一息入れて―――」
「夫よ、いるか?」
軽くコーヒーでも淹れようかと思った所で、愛しい声が聞こえた。厨房から出て店内を見れば、そこに―――ドゥレムディラと呼ばれる人造の古龍、その人の化身体をする妻の姿が見えた。美しい白と蒼の髪色にまだ幼さの残る体つきに発達した肉付きはまさに神秘的なバランスだ。普通の人ではありえない美しさと肉体の黄金律を兼ね備えている。
愛しい、自慢の妻だ。ワンピース姿はこちらにいる時の普段着だ。
「アルマ、どうしたんだ?」
世界を知らなかった箱入り令嬢とも言えた彼女はこっちに移ってきていろんなことを学び、いろんなことに手を出し、そして少しずつ古龍には存在しない人間性を獲得した。良く笑い、良く怒り、そして良く寂しがる。ころころと表情は変わる姿は実に可愛らしく、永遠に見ていられるものだ。自分がこの世界に流れ着いて、そして戦ってきた事に対する最大の報酬でもある。
アルマに近づき、何事かと聞こうかと思ったら、店の扉が開く。
「悪いけどまだ―――」
開いてないぞ、と口にしようとして言葉に詰まる。店に入ってくる姿を見たからだ。続いてくるのは姿が幼い二人組。片方は髪から衣服までが白い、古龍を束ねる一角。もう片方は世話になったことのある、夫婦古龍の片割れ。そして最後に入ってくるのはフリルのあしらわれた私服姿でやってくる、赤と白の二色のトーンを持った髪の古龍―――全員、化身体だ。古龍のフルコース、相変わらず戦力過多な集団。既に一国どころか大陸さえ滅ぼしそうな集団がやってきた。
「アレ、今日は来客があるって聞いてないんだけど」
「うむ、言ってないからな」
事前に来るというのなら教えて欲しかったなぁと思っていると、アルマが腕を組んで頷いた。
「……」
こちらへと向けられる笑顔に、嫌な予感を覚えた。
「えぇ……追い出されたわ……」
店の前で立ち尽くしていると、そこに更に追加で投げ出される姿が出てきた。一回地面にバウンドしながらしりもちをつくのはアイルーの姿だ。自分と一緒に店を盛り上げる事を手伝ってくれているアイルー、ラズロもどうやら店の中から追い出されたらしい。
その直後、窓からラカンが投げ捨てられた。私怨でも込められているのでは? と言いたくなる勢いで地面に叩きつけられて転がった。アイツ、古龍側からはいつも扱いが雑だよな。
「んっ―――まぁ、なんで追い出されたは大体察しがつくけどな」
背筋を伸ばし、体を捻って伸ばす。朝の新鮮な空気を肺の中へと送り込みながらまぁ、いいか……と呟く。庭の方で日向ぼっこしていたうりぼうが背中にまだまだ大きく育っていない子レウスとホルクを乗せてやってくる。手を前に出すとホルクが腕を飛び移り、子レウスも頭の上へと飛び乗ってくる。これがかなり重い。こいつらも結構大きくなってきた。まぁ、あの頃と比べてちゃんと栄養も取れてるのだから重く、大きく育つのも当然の事か。そう自分の中で納得させつつ寄ってきたうりぼうの頭を撫でる。
「仕方がない、一、二時間ぐらい外を回って時間を潰してくるか。ナナさんがいるしおかしなことにはならんだろ……」
ナナ・テスカトリは流石夫婦の古龍だけあって、そこら辺のスキルが高い。彼女がいるなら変な事にはならないだろうと思っておく。約一名……いや、二名程不安になる存在がいるのは事実だが。それでも、
「今日はバレンタインだしな……見てないほうが都合良いだろう。おーい、ラカン。市場に行こうぜー。掘り出し物でも漁ってみよう」
「まぁ、待て。今、祖龍にどうやり返すか考えている所だからな」
「お前ら仲良いのか悪いのかはっきりさせろよ。ほら、行こうぜ」
再び窓の向こう側からチョコレートの甘い匂いが漂ってくる。戻ってくる頃には完成しているだろうという期待を込めて、
朝のメゼポルタへと、しばらく時間を潰しに出た。
「―――良し、点呼!」
「いーち!」
「2だ!」
「3です」
「4……えぇ、全員揃っているわね? 今日は人間どもが生み出したバレンタインという文化……人類が楽しんでいるのに私たち古龍が出来ないわけがないわ―――ならやるしかないでしょ!」
その時、ナナ・テスカトリは心底恐怖を覚えていた。古龍としては最上位、王とも姫とも祖とも呼ばれる彼女、ミラアンセス。普段であれば威厳のある彼女が、非常にポンコツになっていた事実に対して。そもそも龍に、古龍に人間性なんてものはない。故に人類が生み出した文化を楽しむ様なものもない。ミラアンセスは祖龍と呼ばれる存在。故にだれよりも古龍らしい存在として君臨しているはずが、近年は大きな事件もあり、人類側に非常に興味を持っている。その結果がこれだった。バレンタインという文化に興味を持ち、ついには我慢できずに飛びついてしまった。
今まで、そんな事を一度もしてこない完全な消費者側のミラアンセスが。
もうこの時点でナナ・テスカトリは完全に嫌な予感を覚えていた。
そこに世界の果て出身のディスフィロアが面白そうという理由だけで便乗、事情を欠片も知らないアルマが快諾してしまった。そう、全体の事情と状況と惨状を理解しているのはナナ・テスカトリ、一人だけだった。普段はやや幼い化身体の姿を成人の姿にまで成長させた状態で、ナナ・テスカトリは決心していた。
―――わ、妾が守護らねばならぬ……!
この店を、そしてアルマを。それを唯一守れるのは自分だけであるとナナ・テスカトリは確信していた。ほぼ何も人間らしい事をやってこなかった古龍のトップ、そしてアイドル道に目覚めた世界の果て出身で目立ちたがり屋の古龍。この壊滅ツインズの組み合わせを野放しにしてはならない。野放しにした瞬間、何が起こるかは解らない。揃ってしまった事実に、心底恐怖しか感じていなかった。こういう時、他にも生贄になってくれる身内がいてくれればいいのにと思ったが、全員逃げ出してしまった為にナナはこの地獄に一人で挑む事となってしまった。
「それじゃ」
そう言ってアンが右手に白雷を纏った。
「―――バレンタインは、その名前の人物を狩って拷問する日だって聞いたわ。同名の人間は既に把握してるわよね?」
「違う、そうではなかろう!」
いったいどこでそんな与太を聞いたのかは解らないが、とりあえず否定する。アルマはそれを冗談だと思っているのか、小さく笑っている。
「面白いことを言うな、アンは。バレンタインは親しき者や愛しい者にチョコレートを贈る日だぞ。私もグラドから色々教わっているからな。任せると良い! 手順もちゃーんと覚えている! 道具もほら、この通りな」
アルマが案内する厨房にはチョコレートを作る為の道具や、材料となるカカオマスが置いてある。これは事前にグラジオラスがアルマが使える様に余分に用意したものだ。何を言わなくても何をしようとするのか解っている辺り、ちゃんと妻を理解している部分がある。その手際の良さと理解力にナナは満足感を感じていた。今ではもう唯一の人と龍の夫婦だが、心配が必要な事は何もなさそうだった。
「それじゃあ早速チョコを作っていこーか!」
キラ、と物理的に見える星のエフェクトを浮かべながらフィロがポーズを決めた。
「というか貴様はなんで来たので」
「え、私? 実は今夜メゼポルタの歌姫とのライブバトルがあるんだけど」
「ライブバトル」
「その時にファンのみんなにチョコでも配ろうかと思ってねぇー。こういう地味なプレゼント企画がファンと絆を築くのよっ!」
「軽そうに見えて行動がガチよね」
「そもそも妾、こやつがここまでやってるとは知らなかったんだが」
「偶に新大陸までライブ遠征もしてるからよろしくねっ」
そのバイタリティはどこから来るんだろうか? 一瞬その事実を考えこむナナだったが、古龍という存在は寿命が実質的に存在しない。自ら死を選び、新生しない限りは。生きている間は全てが暇つぶしの様なものだ。故に古龍は趣味に生きる。ただそれでも、世俗に関わらず、秘して生き続けるのがほとんどの古龍であった。それが近年活発的になったのは―――やはり、グラジオラスとアルマという夫婦が現れた事に意味があるのだろう。
そういう意味ではラカンの働きが凄かった。あの紅龍が今の古龍の在り方を変えたのだ。
それはともあれ、
「それではチョコレートを作るが……あまり、複雑なものは作らんぞ? 妾だけなら問題ないが、簡単であっても初心者にはお勧めできぬからな」
「任せなさい。この龍の祖たる私の実力を見せてあげるわ」
「私は去年もやっているからな」
「初めてだからよろしくねナナさん」
「……うむ」
とりあえずは手順の確認。カカオマス、ココアバターは既にグラジオラスが予備のものを含めて余分に用意してあるので問題はない。これをそれぞれ湯せんで溶かし、砂糖等を加えながら混ぜる。最後に温度を調整し、調整が終わったら型にはめて冷やして固まらせれば完成となる。
「一番簡単な手順となるとこうなるな。最後、型に流す時にドライフルーツやマシュマロを入れる事でただのチョコではなくアレンジしたものが簡単に作れて良いぞ。グラドはここから更に色々やっていたが、手順が段々と複雑になるから推奨できんな」
「成程、ならとりあえずは一番簡単なチョコから作ってみましょうか。失敗しても大丈夫なぐらい材料があるみたいだし」
「妾、それ全部使い切って良いものだとは思わんのだが―――」
「大丈夫大丈夫、後で使用料払えば良いでしょ。彼と私の仲だし」
「妾が覚えている限り特にそんな特別な仲でもない筈なんじゃが」
「ほら、アンって耄碌してるし」
フィロからのストレートな罵倒をアンは気にしない。そんな神経を龍は持ち合わせていないからだ。そしてそれを一切気にしないアンがココアバターとカカオマスの入ったボウルを両手に取った。
「まずは溶かすのよね?」
アンの言葉にナナは頷いた。
「うむ、まずは湯―――」
「めんどくさいから電圧で溶かしちゃえ」
「あ、バカやめ―――」
朝のメゼポルタに落雷の落ちる音がした。物凄い嫌な予感に振り返る。僅かに空が焦げる気配に、白い雷がわずかに空に帯電しているのが見えた。白雷がわずかに帯電している地域、その真下に自分の店があるのを自覚し、冷や汗を流す。朝の散歩中のギルド長も足を止めて、物凄い不安そうな表情で我が家の方を見ている。
「……大丈夫じゃよな?」
「まだローン残ってるんだけど」
「もっと大きく建て直す準備はしておけ」
ラカンの無常な言葉に項垂れた。
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ―――街を消し飛ばすつもりか!?」
「ちょっとした冗談よ、冗談。それに壊したら宝玉を出すし」
「そういう問題じゃない」
半分キレたナナの声に押されてアンがやや反省していると、フィロがもぉ、と言う。
「電気なんて危なすぎるわよー。私が溶かすわね」
アンの失敗を軽く笑いながらフィロがそう言うと、空が赤紫色に染まった。
「お前もやめんかぁ―――!!」
空が赤紫に染まり、白く巨大な月が今にも落ちてきそうに見えたが、まるで幻だったかのようにその景色は消え去った。まだメゼポルタの朝早い時間であったのが功を奏したのか、見ている者達は少ないだろう……少ないだろうが、それでも見ていた者達は間違いなく何らかの古龍が暴れ出したんだろうなぁ、と思うだろう。両手で顔を覆った。
「……」
「……」
「メゼポルタの次はどこに移住するか決めたか?」
ラカンの笑い声に、ギルド長は散歩を切り上げてギルドへと戻って行った。
フィロがアルマの氷によって凍り付いていた。厨房の一角で氷の彫像となったフィロを放置して、アルマがチョコを溶かし始める。流石経験者だけあって、アルマの手順に間違いや戸惑いはなかった。それを横でアンが覗き込みながら見ていた。
「へぇ……一気に溶かしちゃダメなのね?」
「料理のコツはじっくりと、らしいぞ。強火でやると味が変わったり素材をダメにしてしまうとかで」
「成程ね。繊細で面倒……人間が好むものね」
そこで間髪入れず人類に対するディスを入れるのが古龍クオリティ。今、人類のその面倒な事をお前やってるんだぞ? と突っ込みを入れられる存在はここにいなかった。ただナナは、アルマが慣れている様子で安心していた。炎でフィロを氷の中から救出しつつアルマに任せておけば大丈夫だろうと判断していた。
実際、危なっかしさもなく、ふつうに料理を彼女は日常的にこなしていた。
アルマは古龍である。
しかし最新の。
彼女は人の愛に触れ、想いに触れ、そして愛を返すようになった。ただ愛されるだけではなく、自分が出来る事をしようと頑張れる子だった。自分の唯一の愛するべき番である人間、グラジオラスを。それを古龍たちは微笑ましいものとして見守っている。言ってしまえば、孫と祖父母の関係に近い。そこで一番親面をしているのが、古代の楽園に深く関わっていた紅龍だった。この場所に、人も猫も龍も関係なく受け入れている心地よさが存在するのも事実だが、
遠き過去に見た理想、それが今も変わらずに続いている事実があの紅龍を何よりも引き付けていた。
その愛おしさに関して、ナナは夫婦龍という性質上良く理解していた。だからこそ、ナナ、そしてその番であるテオ・テスカトル、そして紅龍ミラバルカンはついついこの店に足を運んでは構ってしまう。最近では暇をしている古龍が姿を変えては良く足を運んでいる。
人と龍が、その存在を気にする事なく交流できる、唯一の聖域とこの場所はなっていた。
「むぅ……地味だ」
「地味だが大事な事だ」
「混ぜて混ぜて」
「こら、氷を撒き散らすな」
呆れそうになる騒がしの中で、ようやくまともにバレンタインチョコレート作りが進む。慣れているアルマとナナはあっさりとチョコを作るが、そもそも初経験のフィロとアンはそうもいかない。道具を使うという概念すら薄いアンに限っては、そのまま道具を握りつぶしそうになるのを、力加減を調整する所から始まる。
だがそうやって作業に集中し始めると、最初の騒がしさは消えて、楽し気な雰囲気へと変わる。
最初はどうなるかと不安だったナナも、これなら何とか大丈夫だ、と安堵の息を零し、
フィロの冷気を操る力でチョコを冷やし、最初の試作品を完成させる。
見事に完成されたアルマ作、星型のチョコレート。ナナが作ったのはデフォルメされたテオのチョコレート。フィロが作ったものはちょっと不格好で、
「なんで?」
アンの手の中には、白い宝玉型チョコが出来上がっていた。というより宝玉だった。うっすらと白い雷を纏ってさえいる。
「なんで、だろうな……」
「アンちゃんふっしぎ系ー」
「いや、不思議で片付く問題ではなかろうこれ……まぁ、まだ材料はあるしまだ試せるからやり直そう……」
「ふむ……次はクッキーに挑戦してみるか」
「大丈夫かアルマ?」
「ん……大丈夫だ。自分で挑戦しなきゃ成長もしないしな」
そう言って新しいことに挑戦するアルマの姿は微笑ましかった。彼女には、自分の努力がどうあれ、絶対にグラジオラスに喜ばれるというイメージがあるのだろう。だから彼女は失敗する事を恐れずに、挑戦出来ていた。自分が出来る物が何であれ、それを喜んでくれるだろう。だけどいつも以上に成功すれば、その分驚いて更に喜んでくれるだろう。それがアルマにとっては何よりもの楽しみだった。
極論、アルマにとって失敗か成功は重要ではなかった。
ただこうやっているのは、純粋に喜んでもらいたい事。そして自分の成長を見せたいという気持ちがそこにあった。
初めて料理に挑戦した頃には、普通と彼女の腕前は評価されていた。普通に美味しい。だけど言ってしまえばそれだけだ。誰だってそれぐらいは出来る。重要なのは唸らせるような声と、そして笑みを引き出す事だった。そして自分も厨房に立ち、料理をするグラジオラスの横に並んで一緒に料理するのがアルマの目標の一つでもあった。
だからこうやって、バレンタインのチョコを作るのは一つのチャレンジ。
自分の心と成長を送り出すイベント。
だからチョコを作るだけでは満足しない。見本とも呼べるものは、既にグラジオラスが前々から繰り返して作っている。それを見て、アルマはしっかりと覚えていた。ナナという手伝いはいるものの、これを作る事が出来るのなら一つの成長を示せる。
それが出来た時が、楽しみだ。
美味しい、と笑みを彼から引き出せることが。
「ねぇ、ナナ。今度はチョコが出来たんだけどこれ、帯電してるんだけど……」
「どうして」
「でっでーん! 氷漬けチョコー!」
「食べ物で遊ぶな」
「遊んでないよ! 急速冷却しすぎただけだよ」
「食べ物で遊ぶなっ!」
騒がしさの中、アルマは笑みを零した。彼女はこの騒がしさを通して、自分がもう一人ではない事を実感していた。もう二度とあの孤独に戻る事はないし、戻れないだろう。戻ろうとしてもそれをどうにかしてくれる素敵な人と、友がいっぱい増えたのだから。
だからこの日常は、ひたすら愛で溢れていた。
今日という日にハッピーバレンタイン、愛を素直に語る日は一年に一度あれば良い。それぐらいが適度に恥ずかしがらずに済む。
そう思いながらアルマは、とびっきりの愛をこめてチョコを混ぜて、練った。
この気持ちが彼の体を満たしてくれる事を祈って。
ハッピーバレンタイン(遅刻)