一年目 初秋
―――生きる、という事を考える。
高校を卒業して大学に入ってからはどれだけ勉強して、そして良い所に就職して、安定した生活を送る。その漠然とした流れが社会で生きて行く事なんじゃないか、と思っていた。だが最近の生活を経て、それが決して全てでもないよなぁ、という事実を想う様になってきた。だってそうだろう?
そうでもなければランポスの爪をナイフ代わりに狩猟に出たりなんてしない。
季節はおそらく初秋―――木々が少しずつ紅葉し始めるこの時期は、青々しい木々の葉が様々な色彩を帯び始めている。近頃は少しずつだが肌寒さを感じ始める頃ではあるものの、上着は脱いで、まだ葉の濃い茂みの中に体を隠していた。未だにターゲットには気づかれてはいない。いや、そもそも脅威に思われてもいないから近づいた所で逃げられないだろう。ここに存在する人類はおそらく自分ひとりだけだ。未だに狩猟を成功したことが無いのだから、そもそも肉食だとさえ認識されていないかもしれない。
それでもこうやって茂みの中に体を隠すのは、そういう癖を自分に作る為だ。息を潜め、隠れる為の技術を磨く。そうすることで少しでもいいから自分が生き残るための手段を増やし、そして成長させて行く。ステータスみたいな数値が存在している訳じゃないから、自分がどれだけできるかなんて感覚的なものだ。だから妥協してはならない。技術は実践しない限りは身につかないのだから。
「ふぅ―――……」
小さく息を吐き、茂みの向こう側をゆっくりと歩くステゴサウルスに似たフォルムを持つ生物を見る。その姿はあまりにも現実的ではない。これが日本社会であれば発表するだけで世間が大賑わいするだろう。だが生憎と、ここはたぶん日本ではない。それどころか地球ですらないだろう。だからこそ、ステゴサウルスの様な竜が―――草食竜・アプトノスが存在している。
基本的に群れを形成して生きるアプトノス達は直ぐに逃げ出せる河辺近くに生息し、草を食べてゆるりと生きている。生命力を感じさせるその巨大な姿は本物であり、そして何よりもリアルだ。ポリゴンでもドットでも、CGでもない―――本物だ。現実として存在するリアルな生物。それが茂みの向こう側で生きていた。恐らくは自分が今、狙われているという事も知らずに。
ぐっ、とランポスの爪を握る手に力を籠める。肉食の鳥竜種であるランポスの爪と牙がたやすくアプトノス等の草食竜の皮と肉を断つことができるのは、その生態から良く理解している事だった。だからこの爪のナイフも、ちゃんと扱う事が出来ればアプトノスを裂く事が出来る……、筈だ。自信がないのは事実だ。それでも生きる為にはやらなくてはならない。
そう、この狩猟は生きる為の行い。
これから初めて、動物……、と呼ぶには聊かファンタジックな存在ではあるが。それを殺す事になる。
無論、アプトノスも殺されることを待つ訳じゃない。攻撃したら反撃するし、逃げ出しもするだろう。記憶にある初心者ハンター達でさえ、鉄製の武器を使って一撃で殺せる訳ではない。だからしっかりと、確実に殺せるように傷をつけないといけない。
「……良し、群れが動く前にやるか」
狙うのは小型のアプトノス―――子竜だ。まだ育っておらず、肉も薄いだろう。だがそれは逆に言えば狩りやすいという事でもある。最初に狩猟する相手としては申し分ない。肉が柔らかく、そして小さな体は裂きやすくもある。狙うべき箇所は首だ。一気に掻っ切り、呼吸を乱しつつ致命傷を与える。アプトノスは習性として攻撃を受けて逃げ出す時に真っ先に川の中へと逃げ込む。勝負はそこまで逃げ込むまでにどれだけ血を流せさせられるか、になる。
無論、理想は一撃で殺す事だ。だが自分の実力から言って、それは難しい。
だからまずは確実に首を裂く。その感触を覚える。失敗しても良い……、訳ではない。理想は一発で成功させることだ。だが成功すると思ってはいけない。この二律背反を胸に抱えて挑戦しないといけない。そうしなければ、
生きていけないから。
秋が終われば冬がやってくる。その前に、備蓄しなくちゃいけないのだから。
「大丈夫だ、俺は、出来る。大丈夫……、大丈夫」
ランポスの爪を逆手に握り、もう片手で事前に用意したネットを握る。《ツタの葉》と《ネンチャク草》を絡め合わせて作ったネットは酷く絡みつきやすいもので、小型のアプトノスぐらいならすっぽりと捕まえられると思う。ここに運んでくるまでにちょっと絡まってしまったが、それでも投げつければまだまだ全然使える。次はこれを現地で作成して設置する方向性で使わないとなぁ、と心の中で軽く反省しつつ、
足元の相棒を軽く撫でた。
「良し―――頼んだぞピーター」
「きゅっ」
小さい鳴き声を零し、摩訶不思議なピンク色の兎は言葉を理解するように反応した。ピンク色の兎、ミチビキウサギと呼ばれる環境生物であるピーターは此方の指示に従って素早く茂みから飛び出すとアプトノスの群れへと向かって走って行く。
小さくすばしっこい体はそれこそアプトノスに踏みつぶされても気づかれなさそうな不安さを持っているが、一切のブレもなく駆け出すピーターは狙っていた子アプトノスへと接近し、その顔面に飛びついた。ピーターが顔面に張り付いたことでアプトノスの視界が奪われる。
今こそ、飛び出す時。
踏み出す勇気を胸に抱えて一気に茂みの背後から飛び出し、片手で引きずり上げるネットを前に投げようとして、ひっかる。後ろへと視線を向ければ作成したネットが茂みにひっかかり、絡まっている。材料に利用した《ネンチャク草》が引っかかってしまったのだ。それを強く引っ張って引きはがそうにも、作成されたネットはまるで動こうともしない。
「あぁ、クソ! 折角作ったのに!」
結構時間かかったんだぞバカ! 心の中で叫びながらネットの使用を諦めて、そのままアプトノスへと向かって走って行く。順手にナイフを握りなおしながら両手で柄部分を掴む。掌に食い込む痛みを感じながらも両手でしっかりとつかんだナイフはブレない。叫ばないように必死に唇を結んで口を閉ざしながら一気に走ってアプトノスへと駆け寄り、
ピーターが目を塞いだアプトノスの首に、両手で握るそのナイフを深々と突き刺した。
悲鳴。
アプトノスの口から悲鳴が溢れ出した。痛みに暴れ出しながらその尻尾を大きく振るう。防具がない―――いや、防具があってもあのハンターたちの様な超人的な身体能力なんてものはない。どんな生物であれ、一度でも攻撃を受ければ致命傷になってしまう。だから防具は装備するだけ無意味だ。だからこそ機動性を重視して上着は脱いでインナーだけで来ている。
だから必死にしがみつく様に首に更にナイフを押し込み、それを左右へと押し広げる。傷口を開く様に、ただの傷が致命傷となる様に。出血と断面を増やす。そんな此方を引きはがそうとアプトノスが体を大きく振る。ピーターが飛び降り、それから逃げる様にナイフを引き抜きながら後ろへと下がる。それによって塞げられていた傷口が開放され、一気に血があふれ出し体を汚す。一気に出血量が増えたアプトノスはふらつきながらもしっぽを振り上げ、威嚇してくる。
その姿をナイフを両手で握って迎える。狙うなら逆側だ。傷口を広げる。胴体は肉が厚いからダメだ。狙うなら首以外はダメだ。確実に、そして速やかに急所だけを狙って攻撃しなくちゃいけない。それだけが自分の勝てる手段だ。
「あっ」
アプトノスが逃げ出す。戦う事よりも逃げる事を優先するアプトノスが川へと向かおうとして振り返るも、その顔面に再びピーターが飛びついて視界を塞いだ。それによってバランスを崩したアプトノスが転ぶ。その姿にすかさず飛びつく様にナイフを突き立てる。
寸分も狂いなく、そのがら空きの首へ。
飛竜種の様に甲殻もなければ鱗もない。
鳥竜種の様に倒れて暴れても体を傷つける爪もない。
アプトノスという竜は、まさしく狩られる側、食物連鎖の最底辺にある。だがそんな相手でも一撃を喰らえば致命傷になりかねないほどに、人の身は脆く、弱い。
だから油断も慢心も捨て去る。最底辺にあるって事は自覚している。その為にも全力を尽くすのだ。今の自分はチャレンジャー側にあるのだから。故に見つけた隙は逃さない。今、この瞬間に殺せるチャンスがあるのだから。生き延びる為にも、
全力で突き刺す。
何度も突き刺すようなことをするのではない。
突き刺して、傷口を広げる。やたら突き刺せばそれだけ傷が増える。こいつは殺した後で色々と利用するのだから、なるべく綺麗に殺したいという欲もある。だから首だけに限定して刺し、広げる。裂く。
大地に倒れ伏したアプトノスが起き上がろうと体を跳ねさせるが、それから離れないように首の付け根に足を置きながら両手で握ったナイフを突き刺す。
首から流れる血が大地を濡らすまで。
やがて血を流し過ぎたアプトノスの動きが止まる。その姿から数歩引いて、片手でナイフを握りながら初の狩猟の成果を眺める。
周りでは血の匂いにアプノトスたちが一斉に逃げ出しているが、それを気にすることなく地面に倒れ伏したアプトノスの姿を息を切らしながら眺めていた。
これが、初めての成果だ。
「勝てた……」
狩猟できる存在の中では、最底辺だとさえも言える存在だ。だがそれでも初めて殺した。初めて勝利したという事実は心の中に言葉にもできない達成感と充足感を満たしてくれた。それが抑えきれずに両手を握りしめ、胸を抱きしめる様に数秒間動きを固まらせ、
「きゅっきゅっ」
「そうだ、早く血抜きをしないと」
ピーターの鳴き声で正気に戻る。ゆっくりしている余裕も、時間もない。まずはアプトノスから血を抜いて、それを河辺で洗わないとならない。ここに肉食の竜が来るのを今まで見た事はないが、それでもやってくるだけの可能性は十分にある。その前にここを撤収しなくてはならないのだから、のんびり浸っている時間はない。ナイフのグリップを軽く確かめる様に握力を込め、アプトノスの首に近づく。片手でその首を抑えながらナイフを振り上げる。
「このままじゃ持ち運べないし―――なっ!」
勢いよくナイフを振り下ろした。
本になるともうちょっとフォーマットが変わってきますが、これは現在BOOTHの方で出させて貰っているモンサバのBOOTH版、電子版、或いは同人版、その冒頭部分になります。
ここ、ハーメルン版の1話目と比べてみると解りますが、全文書き直しております。
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