「アタシです。何か御用ですか?」
「フリートベルト=ハンケです。皇太孫殿下、皇帝陛下がお呼びです。明日、宮殿に来訪されるお客様のことについて、お耳に入れてほしいことがあるそうです」
電話の相手は、皇帝陛下の担当侍従である侍従長だ。慇懃無礼な性格で、省内からの評判も極めて悪い。電話口から聞こえる彼の声も、極めて事務的で無愛想だ。
「どなたが来られるのですか?」
「それを含めて、陛下のお部屋でお話しされるそうです」
「急ぎか?」
「はい殿下。差し出がましいことを申しますようですが、できることなら、今すぐお部屋にお伺いした方がいいと思うのですが」
侍従長としては忠告のつもりで私にいったのかも知れないが、私には慇懃無礼にしか聞こえない。彼の声音からは
「なんでこんなこんな小娘にへりくだらなければならないのか」
という様子が露骨に伝わってきた。嫌みの一つでもいってやろうかと思ったが、ここは素直に従うのが一番だと判断した。
「わかった。5分以内に陛下のお部屋にお伺いしますと伝えて。会談予定時間は?」
「それはわかりません。お二人のお話の内容によります」
「陛下は、どのくらいの予定を見込んでいるの?」
「ですから、それはこちらではわかりかねます」
「それでは、次の陛下の予定はわかりますか?」
「陛下は今日一日、お部屋で執務の予定です」
アー、だんだんイライラしてくる。コイツとやりとりすると、いつもこれだ。
「そんなこと、殿下が知ってどうするのです?」というホンネが垣間見える。しかし、こんなことでいちいちとさかに来ては身が持たない。アタシは、努めて冷静にいった。
「わかりました。では、これから参りますわ。陛下にそうお伝えして」
「かしこまりました、殿下」
あたしは椅子に座ったまま深呼吸をし、勢いよくイスから立ち上がった。私の執務室の入り口に控えている若い女官に、皇帝陛下にお会いすると伝え、陛下の執務室に向かった。
数分後、アタシは皇帝陛下の執務室の入り口に立っていた。アタシの執務室は宮殿の4階、皇帝陛下の執務室は宮殿の5階にある。フロアが違う上、各々の執務室の位置も反対方向に設置されているので、移動するのに時間がかかるのだ。受付で控えている皇帝付きの女官に、私が訪問したことを伝える。女官はインターフォンで、私の訪問を伝えた。
「お待ちしておりました、殿下。両陛下がお待ちです」
私の訪問を受けて、侍従長が入り口に現れた。
「皇后陛下も一緒だということ?」
アタシは、やってきた侍従長に問うた。
「さようでございます、殿下」
侍従長は上目遣いに私を見ながら答えた。
アタシは侍従長を無視し、目の前のドアをノックする。
「皇帝陛下、マルガレータです。只今参上いたしました」
「入るがよい、皇太孫」
「はい、陛下」
ドアを開けると、部屋の中には皇帝、皇后両陛下が、立ったままの状態でアタシを待っていた。皇后の視線は、いつになく厳しい。彼女とは普段からケンカしているから、いつものことなんだけどね。
「かけなさい、皇太孫」
皇帝陛下が私に、執務室のソファにかけるよう促した。私が座るのを待って、皇帝・皇后両陛下がソファに腰掛ける。
皇帝が、厳粛な口調で私に話しかける。
「皇太孫をここに呼んだのはいうまでもない。近々、レーベンスミッテルゲシェフト・ゲゼルシャフトのバルツァー会長の叙勲を正式に認めてもらいたいと思ってな。なに、枢密院の根回しはワシがやっておくから、貴族院への工作はお前にやってもらいたい」
皇帝のこの発言を聞いて、私は頭がクラクラしてきた。確かにレーベンスミッテルゲシェフトの、我が国経済及び食糧事情に対する貢献度は大きい。だがそれ以上に、この会社が抱える闇もまた大きい。
つい一月前も、バングラデシュの関連工場で生産された化学肥料が、基準値以上の劇薬を使っていたことが発覚して問題になったばかりだ。その肥料を基準値以上に使った農民多数が死んだり、重篤な状態に陥ったことが大々的に報道された。だが我が国政府は、多額の保証金をバングラデシュに与える代わりに、この問題を二度と蒸し返さないことを約束させた。現地のメディアはこのことを大々的に報道したが、両国政府間でこのことが締結されると、現地のメディアはピタリと報道しなくなった。おそらく、かなりの金額が配られたのだろう。もちろん、我が国のメディアは本件を無視するか、伝えてもベタ記事扱いにとどめた。
アタシは、今回の叙勲により国内で起こるであろう反発について述べた。
「陛下、この会社とバルツァー一族の、我が国に対する経済的な貢献は私も認めます。されどこれは、社員と不当に搾取されている非正規社員の犠牲の上になされたものです。さらに海外進出した国では、数多くの環境問題を引き起こし、いくつかは国際問題になった事件もあります」