「相手のことを知るいい機会ではないか。お前も知っておいて、損はないと思うがな」
しれっとした表情で、祖父はいった。
「あの・・・」
アタシは絶句した。
祖父もあれこれしゃべっていたのは覚えているが、アタシはその内容を忘れてしまった。そのくらい頭にきた。
なんとか落ち着こう。ブチ切れたところで、損するのは私だ。
深呼吸をして、怒りを辛うじて抑えながら、アタシは尋ねた。
「このことは、エミーも知っているのですか?」
「おお、もちろんじゃ」
祖父は嬉しそうに答えた。
「明日は、粗相のないようにね」
そして
「お祖父様の顔に泥を塗るんじゃないわよ」
と、アタシをにらみつけた。
アタシも、負けじと祖母ににらみ返した。
険悪な雰囲気を感じたのか、祖父は
「まあまあ、二人とも、そんなに険しい顔をしなさんな
となだめ、
「この件は、また後でということで」
ということで、この会談はそのままお開きになった。
皇帝陛下の執務室から出てきたアタシは、釈然としない気持ちを抱いたまま、自分の執務室に向かった。心の中から湧いてくるモヤモヤした感情のせいで、自然と足も重くなる。知らず知らずのうちに、表情も険しくなっていたのかも知れない。女官たちが私の顔を見るなり、ひそひそと話しているからすぐにわかった。
それにしても、両陛下には本当に頭にくる。自分たちの取り巻きとあの一族が結託して、国中の利権を総取りしようというのか?アタシは、そのコマに過ぎないのか?だったら、今すぐ皇太孫をやめて、好きな人とどこかに行ってしまおうか?そんなことに思いを巡らしていたら
「・・・さま」
あたりを見回してみたが、誰もいない。
幻聴か?
無視してズンズン進んでいたら、またもや
「・・・ぇさま」
という声が聞こえる。
ええい、うるさい。目を半開きにして歩こうとしたら、次の瞬間私の身体を、激しい衝撃が襲った。
「ハンナ!さっきから呼んでいるのに、どうして返事しないの!」
ハッとして私が目を大きく開けると、真っ正面には険しい表情で、皇女の格好をした一人の女性が立っていた。
エミリア・パトリシア・クラリッサ・フォン・ゾンネンアウフガング=ユーベル、通称エミー。アタシのかわいい妹だ。
「いったいどうしたの?なにかあったの?」
彼女は優しくアタシを抱きしめ、アタシの表情を窺いながら囁いた。
アタシは悔しさと情けなさで口がきけない。
今にも泣きそうだ。
アタシのただならぬ様子を察したのか、エミーは
「皇帝陛下から、何か言われたのね?」
アタシは長いため息をついたあと、小さくうんと頷いた。
「ねえエミー、時間あるかな?話したいことがあるんだけど」
「いいよ。悩みがあったら聞くわよ」
彼女はニコッと微笑むと、私についていく姿勢を見せた。そしてそのまま、私と彼女は私の執務室に入った。
「明日の夕食会のこと、あなた知っている?」
妹と紅茶を飲みながら、私は尋ねた。
「ああ、その件ねー」
彼女は、憮然とした表情を浮かべながら答えた。
「昨日、両陛下から呼ばれたんだ。その席で聞かされたよ」
なんだそれ、皇太孫の私よりエミーに先に知らせったってどういうことだ?
あの二人は、どこまで私を愚弄するつもりだ?
エミーもエミーだ。だったら、なんでアタシにいってくれなかった?
「エミー、どうしてその時点でアタシに言ってくれなかったの?」
「当然じゃない。ハンナにいったら、あなたは頭に血が上った状態で両陛下のところに怒鳴り込むのが目に見えているもん」
「アタシは皇太孫なのよ。そんな大事なことは、真っ先にいってもらわないと困るのは当然でしょ?」
「皇帝陛下、心配していたわよ。私にあうなり『こんなことを皇太孫にダイレクトに話したら、あの子のことだ。頭から湯気を立てて私に絶対食ってかかるだろう』ってね」
「私じゃなくても、真っ当な感覚を持っている姫君だったら『あの一族と一緒に飯を食え』といわれたら躊躇するでしょうよ』
エミーは「プッ」と吹き出し、呆れた口調で私に話しかける。
「『真っ当な感覚』ってさ、どの口がそんなことを言っているの?お姉様のこれまでの不行跡は、これまでさんざんメディアの好餌になってるんですからね。それ、わかってる?」
アタシは目を細めて、妹をにらみつける。
「不行跡をいうのなら、あの皇后の夜毎の乱行っぷりを伝えないメディアを問題視してほしいものだわ」
「ムリムリムリ。皇后とこの国のメディア幹部が、昵懇の間柄だというのはあなただって知っているでしょ?」
ハーッと、私はため息交じりにつき、思わず彼女から目をそらせる。しかし妹は容赦なく、私を責め立てる。
「ハンナ、あなたの行動は妹の私から見ても危なっかしすぎる。エルヴィラやRSPAの幹部は私の顔を見るたびに『皇太孫殿下の行動はとても見てられない。殿下からも忠告してほしい』といわれている私の身にもなってほしい」
エミリアの顔は、今にも私に殴りかからんといわんばかりに険しくなる。