「どこが危なっかしいというのよ」と私が気色ばんでいうと、彼女は冷ややかな目つきで
「マルガレータ、あなたには『皇太孫』としての自覚があるの?」
と、冷たく言い放った。
彼女がアタシを「マルガレータ」とファーストネームで呼ぶのは、本気でアタシに腹を立てている時が多い。今回も、もしや?と思って顔を上げたら案の定だった。顔色は赤く、目も据わっているが、今回は今まで以上に険しい顔をしている。まずいな・・・と思っていたら
「ねえマルガレータ、私が宮廷にやってきたのは、あなたに代わって皇太孫になるためだということを忘れたわけではないわよね?」
と、今まで聞いたことがない低い声ですごんできた。
彼女のこの発言でもわかるとおり、アタシとマルガレータは、実の姉妹ではない。
両親を宮廷内の謀略で失って以来、アタシは絶えず敵勢力から命を狙われてきた。もちろん、その首謀者は実の祖父母である皇帝夫妻と、その取り巻きである。彼らがアタシに代わる皇太孫候補として送り込んできたのが、旧スイスの貴族・ローゼンミラー家からやってきたエミリアである。彼女はアタシと違って素直で如才ないところがあり、あっという間に宮廷の空気に馴染んだ。祖父母は何かにつけてエミーをかわいがり、彼女もアタシに不遜な態度をとることがことが多く、出会ってからの数年間は、その関係は何かとギスギスしていた。
ところが二人が10代の半ばを過ぎると、いつの間にわだかまりは消え、おたがいにとって、かけがえのない存在になっていた。義妹は宮廷で暮らしているうちに、裏で繰り広げられている暗闘劇に嫌気がさしたのである。それに彼女は如才がない性格ではあるが、それと同じくらい正義感が強い一面がある。宮廷で暮らすうちに、彼女は祖父母や廷臣の言行不一致に憤りを感じることが多くなり、それが原因でストレスをため込むようになった。些細なことで侍従・女官に八つ当たりをするようになり、侍従たちも彼女に反感を募らせるようになった。これが一般家庭だったら、単なる「反抗期」で済まされることでも、皇女はそれが許されない。それが精神的にどんなに辛いものなのかは、体験した人間でないとわかるまい。
廷臣たちは一様に、両陛下に「エミリア皇女に乱心の気あり」と、事あるごとにあることないことを吹き込んだ。彼らがその意見に耳を傾けないと知ると、今度はアタシたちのクラスメートを巻き込んで、エミリアを孤立させようと企てた。普段仲が悪いとはいえ、目の前で義妹が無実の罪を着せられ、その名を汚されるのを見過ごすことは、アタシにはできなかった。このことがあって以来、アタシはエミリアを守ることに全精力を注いだ結果、彼女は宮中からの追放を免れた。義妹はアタシに感謝し、以後何かと協力するようになった。
とはいえ、両陛下の私たちに対する扱いは変わらなかった。彼らはアタシに対しては何かと居丈高で接し、義妹には甘かった。外面のいい彼女はそれを利用し、私たちにとって目障りな存在の人物を遠ざける策略を巡らせた。アタシたちはお互いに協力し合い、この10年近くを過ごしてきた。
「マルガレータ、お願いだから冷静になってよ」義妹は険しい顔のまま、私に諭すように話しかける。
「ちょっとしたスキを見せただけで、あっという間に窮地に陥る。それが宮廷の世界だということを、あなただって知っているでしょ?」
相手の挑発に乗って財産どころか、一族の命まで奪われる。そんなケースを、アタシは嫌というほど見てきた。味方だと信頼していたら、実は敵勢力と通じていたということも何回もあった。もう誰も信じられない。せめて彼女のいうことだけは信じていたいと思いつつも、両陛下に何かとかわいがられ、義妹も義妹でこの二人にこびを売る光景を目にするたびに、アタシは彼女のいうことを、どこまで信じたらいいのかという気持ちになる。
「そりゃそうだけどさ。アンタは小さい頃から、両陛下にかわいがられていたもんねー。私がちょっとわがまま言おうものなら、お祖父様お祖母様はきびしく接するけど、あなたにはとことん甘かったじゃない。廷臣たちも、あなたにはかなり甘いしさ。まあもともとアンタは、私を宮廷から追い出す前提でこっちに来たんだし。いっその事、私を追い出してよ。そうすればお互いすっきりするでしょ?」
その瞬間、エミリアは掌を机を思いきり「バン!」と叩きつけた。
「・・・ふざけないで・・・」
聞き取れるかどうかわからないほどの小さな声で、彼女がつぶやいた。
気のせいか、彼女の身体は震えているように見えた。視線も下を向いている。
「ごめん」
アタシは頭を下げたが、エミリアは視線を床に向けたまま答えない。
「エミリア・パトリシア・クラリッサ、私が言いすぎた。お願いだから頭を上げて」
だが彼女の怒りがおさまる気配はない。