「『同盟』に加入しているメディア関係の労組はなかったっけ?」エグムントが尋ねる。
「ないわね。でもあなたも知っての通り、我が国のメディア経営陣は、ほぼ全員が経済団体や政治家、皇室関係者と昵懇の仲だし、メディア関係労組の中には、実質『同盟』系労組と体質がほとんど変わらないところもある」物調で、私は低い声で答える。
「お金もダメ、情報もダメ・・・となると、人脈で攻めるしかないか?」
「エグムント、それが一番難しいってことはわかっているよね?なに間抜けなこといっているの?」フリーダが、エグムントに突っかかる。
「バルツァー一族や経営陣の中に、現体制に反感を持つグループっていないものかな?」
「ムリ。彼らは社内に強力なスパイ網を敷いているから、その可能性は極めて低い」
エグムントの問いかけに、フリーダが即答する。声は刺々しさを帯び、表情は先ほどよりも険しい。
「彼らの取り巻きや取引先に、彼らのやり方に反発を覚える連中もいない?」エグムントは、なおも問いかける。
「可能性はゼロではない。だが現時点では、彼らの悪行を糾弾するより、見て見ぬ振りをしておこぼれに預かった方がメリットにつながると考えている人たちが多数派だな」
冷めた口調で、フリーダが返答する。
この間私はソファに腰掛け、足を組み替えながら資料を睨んでいたのだが
「グフッ ゲホゲホッ!!」
この大事な時に、あの忌々しい症状が顔を出すなんて!
「ゲホゲホッ ゲホゲホッ!!」
喘息の発作が治まる気配がない。息が苦しい。体中から、脂汗がでる感覚も・・・・
「殿下、大丈夫ですか!しっかりなさってください!」長官が、私の背中をさすりながら呼びかける。
「おいマリナ!しっかりしろ!」
「ソファに横になろう。とりあえず、今は少し休もう」
エグムントとフリーダが、私に声をかける。
ドア付近に立っていたはずのキャサリンが、私のそばに素早く駆け寄る。私のバッグから薬を取り出し、慣れた手つきで入ったチューブのキャップを外すと
「飲んで!」と叫びながら、チューブをワタシの口に突っ込んだ。
私の口腔内に、苦い液体の感触が、瞬く間に広がった。薬がもたらす苦さと引き換えに、私の呼吸は徐々に落ち着きを取り戻す。
「大丈夫?落ち着いた?」不安な表情を浮かべて、フリーダが私に話しかける。
「うん、大丈夫・・・咳さえ止まれば平気だから」
「殿下、少しお休みになった方がよろしいのでは?」ややきびしい面持ちで、アダルベルト長官が私に問い詰める。
「だから、大丈夫だっていってるでしょ」私は、イラッとした感情がこもった声で返答する。「いつものことでしょ?」といいながら、ソファに座り直した。
フリーダとエグムントは、冷ややかな面持ちで私を見ている。キャサリンは私に薬を飲ませた後、何事もなかったかのように、またドア付近まで戻った。
「時間がもったいないから、資料の読み合わせ続けるわよ」と、私が宣言する。
「その前に、さ」エグムントが口を挟む。
「さっきの騒ぎ、外に漏れていないか?この部屋の存在が外部に漏れたら大事だぞ」
「ふむ。それについては問題ない」自信ありげに、アダルベルト長官が答える。
「この部屋自体が防音壁で囲まれている。それにこの空間がある部屋は、表向きは小会議室になっている。なに、そのような部屋はこの宮殿にいくらでもある。怪しむ人間はそうはいない」
「だといいんだけどね・・・」フリーダがつぶやく
「私が喘息持ちなのは、国民はみな知っているはずですわ」表情を変えずに、私が答えた。
「私が聞いているのはそこじゃない」フリーダが空かさずずっこむ。
「かなり大きな声で咳をしていたでしょ?私が心配しているのはそのことで、この部屋の存在が明らかになることよ」
「だから、似たような部屋は沢山ある」アダルベルト長官が答える。
「誰かが意図的に漏らさなければ、な」
フリーダとアダルベルトが、キャサリンを凝視する。この部屋にいる人間で、RSPAのメンバーではないのは彼女だけだ。だが彼女は二人の疑念をよそに、無表情で窓の外に視線を向けている。
「ああそうだ、さっきの話だけどさ」アダルベルトが、私に話しかける。
「ふむ。何かいいアイディアでも浮かんだ?」
「本件のこと、ヴェーラ様のコネクション使えないかなって・・・」
「そうだね、彼女はもともと新聞記者だったから、バルツァー一族のネタは握っているかも知れない。書けなかっただけで」
今アダルベルトの口から出たヴェーラという人の本名は、アレクシア・ヴェラ・ブランカ・フォン・アディントン=ゾンネンアウフガングという。元この国の皇女であり、結婚前は新聞社の社会部記者として、数々のスクープ記事をものにした優秀な記者だ。彼女が記者時代に構築したネットワークは、RSPAの活動に大いに役に立っている。