「そんなに他人が信頼できない?」というキャサリンの言葉に、私は返す言葉がなかった。
「そんなことは…」私はか細い声で返事をしたが、それが彼女の怒りに火を注いだ。
「聞こえない!いいたいことがあるならはっきり言って!」とキャシーが吠える。
「ごめんなさい…」先ほどよりも大きい声でキャシーに返したが
「マリナ」
怒りをかみ殺したような、ドスをきかせた声でキャサリンは、私に声をかける。
「私の目を見ろ、マリナ」
言われた通り、私はゆっくりと視線をあげる。しかし、それでも彼女の怒りがおさまる気配はない。私は、彼女の顔に視線を向けたつもりだったが
「上目遣いで相手を見るのは失礼だと、今まで言ってきたよな!何度言ったらわかってくれるんだ!ちゃんと見ろ!」
(ああはいはいうるさいな、見りゃいいんだろ見りゃ)と私は心中で繰り言を発しながら、ゆっくりと視線をキャシーに向けた。そして彼女の表情を見た私は驚いた。
赤くなっているのは、顔だけではなかった。目が充血しているだけではなく、涙も浮かんでいた。心なしか、体もわなわなと震えているように見えた。
しまったぁ、と私は即座に後悔した。こんなに怒りに満ちた彼女を、私は見た記憶がない。そのくらい、彼女の表情は怒りと悲しみに満ちていた。
「あなたを深く傷つけて悪かった。許して、キャサリン・シルヴィーヌ・ディートリント」
だが、それでハイわかりましたと私を許してくれるほど、彼女は甘くない。学年こそ同じだが、年齢は彼女が1つ年上だ。仕事では私が上だが、それ以外では彼女が年長として振るまい行動し、私がそれに従うことがほとんどだ。
「なにについて『ごめんなさい』なのかな、エルヴィラ・ジャンヌ・マリナ・カーリン?」
「だからさ、先ほどの私の態度について謝っているんだけどな、キャサリン・シルヴィーヌ・ディートリント」
「『先ほどの態度』って、なにについて触れているのかな、エルヴィラ・ジャンヌ・マリナ・カーリン?」
(うわぁ、こりゃ面倒くさい展開になってきたな)と私は思った。公の場ではいつもニコニコしていることが多く、立ち振る舞いが優雅で、物言いも優しくて穏やかなことから、パーティーで彼女と知り合った人たちは、一様に「おしとやかなお嬢様」というイメージを持っている。しかし彼女の本当の性格は、言い出したら聞かない頑固者で、何か気に障ることがあると、どこまでもそれを引きずる、面倒くさい性格だ。だから彼女と接する時は、なるたけ彼女の機嫌を損ねないようにしているのだが…
「私の問いかけを無視したこと?私の態度が『公』と『私』の時とで違ったとあなたが質問したことに対して?『私の目を見ろ』といったら、私を上目遣いで見たことについて?それとも、今私が言ったこと全部?」
「今言われたこと全てです、キャサリン・シルヴィーヌ・ディートリント先輩…」
だがキャサリンは
「今言われたこと全てです、キャサリン・シルヴィーヌ・ディートリント先輩…」
と、私が行ったセリフを一寸違わず、オウム返ししてきた。
「あなたと知り合ってかなり古いけど」キャサリンは私の目を見据えて言った。
「私がさっき触れたこと、あなたは小さい頃から直っていないし、直そうともしない。どうして?」
「キャサリンも知っての通り、私はバカでグズで会話ベタ、おまけに何かにつけてトロいし気も弱いし決断力にも乏しい。そんな私に、あなたは小姑のごとくああだこうだと詰め寄ってくるのはどうして?私が姫様だから?ひょっとして、もっと賢い姫様につきたかったと思っていない?」
「ねえ、謝ろうという気がある?」ぐぬぬ、という低い唸り声を上げて、キャサリンが詰め寄る。吐く息も、だんだん荒くなっている。
「こちらの質問に対して、返答ではなく質問で返すのってさ、失礼な態度だと思わない?」
はぁぁぁ──っと、私は長いため息をつく。だがそれが、キャサリンの逆鱗に触れた。
「もういい。そっちがその気なら、もう私はなにも言わない。そのかわり、私もあなたの言うことなんか聞きたくない」
「ごめん、キャシー。本当にごめんなさい…」
しかし彼女は私に心底失望したのだろう。即座にきびすを返すと、黙って部屋から立ち去ってしまった。
こういうときの彼女は、なにを言っても聞き入れないことが多い。しばらくの間、こんな状態になるんだろうかと思うと、私は憂鬱な気分になり、机の上に突っ伏していた。
もう、何もかもやりたくない。部屋の外から出たくない。ずっと引きこもっていたまま、ここで仕事も生活もできたならなぁ・・と、ぼーっとしていたら、スーツの内ポケットにしまっていた私のケータイがなった。着信先に、リックの名前が表示される。
〈エルヴィラ、さっきすごい勢いでキャサリンが宮廷内を走って出て行ったんだけど、彼女といったいなにがあった?〉