(しまった!)と、私は心の中で舌打ちする。
〈彼女、ものすごい形相だったぞ。なにかあっただろ?〉
本当だったら、曖昧にごまかしておきたい。女子間のトラブルに、男子が第三者で口を突っ込まれても、女子にとっては迷惑なだけだ。下手をすると、リックとキャサリンの関係もおかしくなりかねない。
「えへへ」私は、電話越しに作り笑いをする。
〈おい、笑って済ませられる問題か?どうなったって知らないぞ〉
「女子間のトラブルに、お節介焼くのやめてくれないかな?」
だが、リックは引き下がらない。
〈アホか?子ども時代ならともかく、お前らとはこれから先も仕事で付き合っていかなければならないんだぞ。まさか、仕事がらみじゃないだろうな?〉
さあ、いったいどうやってごまかそうか…。
「まあ、いろいろあるのですよ」
〈へーぇ?〉リックの声は、次第にとげとげしくなっていくのがわかる。
うわあ、まずい。私は焦った。キャシーだけでなく、リックとの関係が悪くなるのは避けたい。ええいままよと、私は覚悟を決めた。
「キャシーともめてね…彼女を怒らせちゃって……」
〈お前付きの武官を怒らせちゃまずいだろうが。それに、アイツは泣いてたぞ?〉
「泣いてた?キャシーが?」
〈手を目に当てていたのを見たぞ。しかもその様子を僕に見られたのがよほど悔しかったんだろうね。ものすごく険しい形相で僕を睨んだ。アレはよほどのことだぞ〉
うわぁ、もうダメだ。彼には本当のことを言わないと、後々厄介なことになりかねない。そう判断した私は、キャシーとのやりとりを洗いざらい話した。
〈ふーん……それで?〉
「いやあ……それは……そのう……」
長い沈黙の後、リックは長いため息をついた。
〈お前……僕のこともそう思ってるんじゃないだろうな?〉
「そんなことないよ」私は必死になって否定する。
〈本当だろうな?〉リックの機嫌は悪いままだ。
「だから、本当だってさ」
〈まあいいや。こんなことを電話で言ってもらちがあかない〉リックから帰ってきた声には、(俺はまだ納得してないからな)という表情がこもっていた。
〈それでだな〉彼は声の調子を、明るいのに変えた。
〈お前、今晩の夕食はどうする?屋敷で食べるのか?〉
この調子では、屋敷に帰って食事をしても、せっかくの料理がまずく感じるだけだ。だったら、彼と一緒に飲んだ方がまだ気が紛れるだろう。
「いいお店知ってるの?」
〈最近オープンしたビストロがあるんだけど、そこはなんだか雰囲気がよさげでさ。よかったら、今晩どうかなと思って〉
「いく!」私は即答した。
〈この食いしん坊〉彼は笑って応じる。〈まったく、お前は『色気』より『食い気』だな〉
「どーせ、私は色気とは無縁の女ですから」
「ひがむなよ」
「別にひがんでいないって」
〈だったら「どーせ」という言葉は使わないこと。感じ悪いぞ〉
「ごめん」と、私は応じる。本当は「感じの悪いのは生まれつきだから」と言ってやりたかったのだが、それを言ったら収拾がつかなくなりそうなので我慢する。
〈仕事は片付いたのか?こっちは今すぐでられるけどな〉
「うん、こっちもすぐにでられる状態だよ」実際、今日やるべき仕事は全部終わっている。
〈わかった。それじゃ正面玄関で落ち合おう。待ってるからすぐに来い〉
「了解」
電話を切るやいなや、私は屋敷に連絡を入れ、今日の夕食は同僚と食べるから、私の分は準備しなくてもいいと執事に伝達した。そして素早く身支度を調えると、周りに誰もいないのを確認して部屋を飛び出した。
2時間後。
私は、リックが紹介したビストロの料理に舌鼓をうち、したたかに酔った。
「酔っ払っちゃったー。ああ、おいしかった」
「飲み過ぎだぞ」リックが私をたしなめる。
私も彼もそれなりにお酒は飲めるが、アルコール耐性が高くないためさほど量は飲めないし、普段はあまり口にしない。だが今日の私は、キャサリンとのいざこざももあり、調子に乗ってかなり飲んでしまった。
「絶対、いつもの3倍以上飲んでるぞ。二日酔いで苦しんでも知らないぞ」
「飲んだ分食っているから心配いりませ~ん」
リックはため息をつくと、冷ややかな調子で私を見つめた。
「……こんなところをキャサリンやルイーゼたちに見られたらどうするんだ」
彼の一言で、私の酔いはかなり醒めた。
「お願いだから、ここでキャシーの名前を出すのはやめて」
「ああ、悪かったよ」そっぽを向いて、リッキーが返事をする。
「だが元を正せば、今回の諍いは明らかにお前が悪い」
私はリックと飲み食いしながら、今日の諍いについて包み隠さず話した。案の定彼は険しい表情を浮かべ、私の言動を問い詰めた。
「20年近い付き合いの友だちに『お前は信頼できない』って、面と向かって言われたら傷つくよ。少なくとも、皇女がいうセリフじゃない」