「ええ、わかっていますわ。今回の件は、私が悪うござんした」
「お前の表情からは、反省しているという感じが伝わってこないんだがな」
呆れた口調で、リックが私をたしなめる。
「キャシー、あの調子では屋敷でオルガやルイーゼにウダウダいってるんだろうな…」
「そう思うのなら、さっさと帰って頭を下げればいいだろ?」
リックの忠告に、私は「ハーッ」とため息をつく。
「今晩、帰りづらいな…」といいながら、私はリックを上目遣いで見つめる。
「お前、誘っているのか?」困惑の表情を見せるリック。
「そんなことより、やることをさっさと済ませればいいのに」
「……」私は無言でやり過ごす。
今晩私たちが過ごしているビストロは、全てのお客様は個室で飲食できるというのが売り物だ。仕切り壁も厚いらしく、隣室の話し声もほとんど聞こえてこないのがありがたい。私たちが案内されたのは、4人組用の個室だが、カップルの利用客も多いと店員さんが話していた。私は隙を見て、席をリックの隣に移動する。
「今晩、帰りづらいな…」といいながら、私は足を広げて、自分の太ももをリックの足に押しつける。もちろん、視線は彼に向けている。
「お前なぁ…」リックは迷惑げな表情を浮かべる。
彼の表情を無視し、私はさらに足をぐいと広げながら、指で彼の脇腹をつつく。
「うひゃっ!」リックの顔が赤らむ。どうやら、彼もその気はあるらしい。
よーし、もう一押しだ。
「ねえ、アンタだってやりたいんでしょ…」
「食欲の次は性欲か?」リックの発言にはデリカシーというのがない。思い切り彼の脇腹に肘鉄を食らわすと、彼は「アイタッ!」と叫んで、客席のソファに横倒しになった。
「なにすんだよ!」
「デリカシーのないことを言うアンタが悪い」
「デリカシーがなくて悪かったな。お前、僕がそういう性格だとわかっているだろ?」
「だからアンタは、オンナにもてないんだ」
「結婚したいと思わない。いろいろ面倒くさいだけだ」
「誘ってきた女に、そんなことを言うのって失礼と思わない?」私は抗弁する。
「ああ、わかったよ。君の気が済むまで相手してやるよ」
「本当はやりたかったくせに…」私は彼に聞こえないように、ぼそっとつぶやく。
「なんか言ったか?」
突っ込んでくるリックに、私はううん、とかぶりを振った。
「じゃあ、さっさと会計しよう。前々から気になっているホテルがあるんだ」
会計を済ませ、ビストロを出て5分ほど歩いてタクシーに乗り、車で5分ほどの場所に、お目当てのホテルがあった。ロビーにいる客層を見る限り、利用者はカップルだけではなさそうだ。これだったら、怪しまれずにデートに使えそうだと、私はほくそ笑む。ロビーに掲示されている部屋の写真を見た私は、ちょっと値段が張るが雰囲気のいい部屋を見つけた。リックに「この部屋にしない」と囁くと、彼もこの部屋を気に入ったらしく、コクコクと頷いた。ボタンを押して会計を済ませ、鍵を受け取ってさあ部屋の中に入ろうという瞬間、私のケータイがなった。
〈おいマリナ、お前いったいどこにいる?〉
通話してきたのはオルガだった。なんか怒っている。
「エグムントと一緒に外メシ。なんか用?」
〈『なんか用』なんて、なにすっとぼけたことを言っている!キャシーとなんかあったな?〉
「そりゃ、今日はいろいろあったわよ。でもなんでオルガが突っ込むの?」
〈当たり前だろうが!屋敷の主人付筆頭武官が、泣きながら戻ってきたんだぞ。事情を聞いてもなにも答えない。食事の時間席に着くなり、瓶ワインをラッパ飲みだぞ!私が『そんな飲み方、カラダに悪いだろーが!』といっても、彼女は『放っておいてよ!』って大荒れだし。それでもルイーゼと二人でなだめすかして、なんとか食べるものを食べさせたけど、その間ずっとグチグチとお前の悪口ばかり言っててさ〉
話しているうちに、オルガも怒りが湧いてきたのだろう。だんだんに声のトーンもきつくなる。参ったなあ、ますます屋敷に帰りづらい状況だぞ、これは。
〈おいマリナ、まさか今晩は外泊するつもりじゃないんだろうな?そうなったら、私は許さないからな。泣き喚く部下をほったらかしにして、男と外泊する皇女と同じ屋敷に住んでいるだなんて、私は絶対嫌だから!〉
「あーハイハイ、わかりましたよ。今晩中には戻るから」
〈いつ戻る?すぐに戻れ〉イライラした口調で、オルガが詰め寄る。
「もうちょっとしたら、ね…」
〈ふざけんなバカ!キャサリンは食事の後も酒を飲みながら、お前のことをずっと罵っているんだぞ!『なにを考えているかわからないけど、真っ当な見識を持つ数少ない皇族と思って仕えてきたのに、私のことを全然信じていなかった、悔しいー、悔しいー』って喚いてるんだぞ。あの調子では、一晩中ずっと喚いているかも知れんぞ!〉