「喚きたいんだから、そのままそうっとしておいたらいいのよ」
うんざりした口調で、私が返事をする。その言葉が、オルガの怒りに火を注いだようだ。
〈いい加減にしろ!彼女の性格わかっているだろ!本当に徹夜でギャーギャー騒ぎかねんぞ!〉
「ああわかったわよ。なるだけ早く帰るようにするから。それじゃまたね」
〈おいマリ…〉彼女の返答を聞く前に、私は強引に通話を切った。
「おいマリナ、屋敷は放っておいていいのかよ」不安そうな面持ちで、リックがつぶやく。
「いいのよ、あんなオンナ。自分が1つ年上だからって、偉そうに振る舞ってさ」
「僕はいいけど、後々面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだからな」
「ハイハイわかりましたよ。せっかくホテルに来たんだよ、楽しもうよ」
私は彼の手を掴むと、予約した部屋に向かうためにエレベーターホールに足を運んだ。
だがリックは私の手を引っ張り、厳しい表情で私を諫めた。
「またにしよう、エルヴィラ・ジャンヌ・マリナ。今すぐ屋敷に戻って、キャサリンに許しを乞うんだ」
私はびっくりした。私は彼以外の男と一夜を何度も共にしてきたが、彼らはみな私に誘われたら、私に従ってくれたからだ。
「イヤよ。今日は楽しむと決めたの。ホテル代払っちゃし」
しかし、リックは頑として譲らない。
「ひとときの快楽を優先して、友情を犠牲にするの?君はそれでいいの?」
「うん」
「嘘だ」リックは、はっきりとした口調で私に詰め寄る。
「キャサリンの代わりががいるとは、僕には思えない。今すぐ謝らないと、取り返しのつかないことになる。後悔しても遅いよ」
「うん…」
私は次の言葉が出てこない。何よりリックが先ほど口にした「友情を犠牲にするの?」という言葉は、今の私にずしん、と響き渡った。
「屋敷までの車代は僕が払う。だから、今すぐ帰ろう。僕も付き添ってあげるから」
「そうね……あなたがそこまでいうのなら」
私たちはホテルの玄関でタクシーを拾うと、そのまま私の屋敷に向かった。
10分後、車は私の屋敷に到着した。
「た・だ・い・ま…」
我ながら、情けない声を出しながら玄関のドアを開けると、そこには鬼のような形相でオルガが立っていた。すぐそばには、ルイーゼもいる。
「今までどこで何をやっていた、エルヴィラ・ジャンヌ・マリナ・カーリン?」
「お姉様、こたびの失態をどう収拾なさるつもりですか?」
二人は顔を真っ赤にして、私に詰め寄る。ことの重大さに、私はその場に立ちすくむ。
「お前、キャサリンになにを言ったんだ?彼女は食事の時もずっと仏頂面で、私やルイーゼが理由を聞いても、なにも答えなかったんだぞ」
続いてルイーゼも
「あんなに険しい表情のキャサリンは記憶にないわよ。お姉様、いったいなにがあったのかおっしゃってください」
二人に問い詰められた私は、返答に窮した。黙っていても立場が悪くなるだけだと腹を括った私は、起こったことを話した。
「お前が悪い!」
「彼女が許してくれるまで謝りなさいよ」
二人は色をなして私に詰め寄り、私を責め立てた。
「まぁまぁ二人とも、そんなに険しい顔で詰め寄ることは…」
その場を取りなそうと、リックが私と彼女達の間に割り込む。だがこれは逆効果だった。
「なにが『まぁまぁ』だ!事情をよく知らない人間に、そんなことを言われたくない!それに女主人の屋敷に、男性貴族が『善意の第三者』を装ってやってくること自体がおかしいだろ?」
怒りで顔が真っ赤になったオルガが、リックに詰めかかる。彼女のあまりの剣幕に、リックが言葉を出せないでいると、ルイーゼが隣から口を挟んだ。
「エグムント・シュテファン・パトリック、愚かな姉を心配してついてきてくれたそのお心遣い、妹として感謝申し上げます。されど私どもといたしましては、家内で起きた不祥事に立ち会うというのは、さすがにご遠慮いただければと存じます」
口調こそ穏やかだが、そこには「無関係な第三者に口を挟まれて、家内の人間関係をおかしくされては困る」という、明確な拒絶の意思がこもっていた。
だがいまの状況は、男性はお引き取り願いたいと言うには無理がある。キャサリンが泣いて宮廷を退出したのを目撃された時点で、すでに重大なスキャンダルと思われているのだ。仮に事態を収拾したとしても、第三者からは「女子だけで事態をもみ消した」と思われる可能性が大きい。ここは一人でも多く、中立的な立場の人間に立ち会ってもらいたい。
「エグムント・シュテファン・パトリック、私はこの屋敷の主人として、貴公がこの屋敷で怒った軋轢が解決するまで、この屋敷内に入ることをこれより許可します」
厳かな口調で、私は宣言した。
「おい、なにを考えてるんだマリナ!」
「お姉様、これは私事じゃないですか!」オルガとルイーゼはこれに反駁する。