「宮廷内でかような騒ぎが起こった時点で、これは「私事」だといえなくなりました。みなに知れ渡った以上、ことの顛末は宮内省にきっちりと伝達する必要があると思うの」
うむむ…とオルガは黙り込む。私が宮内省という言葉を出したことで、彼女はことの重大さを理解したようだ。
「というわけで、これから私はキャサリンに謝罪を申し入れようと思います。それで、彼女は今どこに?」私はいった。
「食事が終わったら、自室に向かったよ。居室かベッドルームにいるかはわからないけど」
とルイーゼが応じる。
「わかった。じゃあ、キャサリンの居室に行ってみる」と私は答えた。
「僕もついていこうか?」エグムントがたずねる。
「ついていってもいいけど、部屋の中に入るのはち~とご遠慮願いたいな。女子同士のいざこざを、異性に知られるの気分のいいものではない」
私はエグムントと一緒に、キャサリンの居室に向かった。貴族邸の居住区画は、居室とベッドルームが別部屋あるいは別区画に分かれているのが普通で、私の屋敷の居住区画もそういう構造だ。主人である私の居住区画は角部屋、キャサリンがいる部屋はその隣だ。病弱な私の健康状態を配慮したら、こんな配置になった。
「お前の屋敷、地味だけど結構いい素材を使っているな」
貴族や王族の住む居宅の内装は、そのほとんどが豪華なものだ。もちろん、それは自分の権勢を誇示するためである。しかし使われている素材や飾られている絵画の意味を聞かれても、満足に答えられない貴族が多い。なんとも嘆かわしいが、それが現実だ。
私達が住む屋敷の内装は、床を濃い土色にしており、真ん中の部分を白壁が見られるようにしてあり、上下を木工彫刻で飾っている。維持管理費はかなりかかるが、これらをじっと眺めていると、私はストレスが消えていくのを感じる。
「この色調って落ち着くでしょ?結構気に入ってるんだ」やや得意げに、私は答える。
「この内装は、お前が選んでいるのか?」
「私の趣味もあるけど、オルガやルイーゼの嗜好も内装に反映させているんだよ」
「なるほど。ルイーゼがいるから、もうちょっとケバい内装だと思っていた」
ルイーゼの服の好みは、私とは正反対だ。私は公私ともパンツルックがほとんどだが、彼女は布地もデザインも色も派手なワンピースで過ごすことが多い。それが、彼女の雰囲気にぴったりと似合っているので、私は内心妹の服装センスがうらやましいと思っている。
「それで、キャサリンの居室はどこだ?」
「もうすぐ…ああ、ここだ」
私とエグムントは、キャサリンの居室の前に立った。
「じゃあ、とりあえずはここで待っていて。なにかあったら呼ぶから」
エグムントは静かに頷くと、私はキャサリンの居室のドアを叩いた。
トントン、トントン。しかし、キャサリンは返事をしない。
私は、何度もキャサリンのドアを叩いたが、彼女は何の反応もない。
「お願いだからドアを開けて、キャサリン・シルヴィーヌ・ディートリント。これは命令よ。聞こえてる?」
それでも、彼女はドアを開けようとしない。
この部屋は彼女のために提供しているが、その部屋のある屋敷の主人は私だ。部屋は内部からドアをかけることもできるが、いつ主人が部屋を訪れてもいいよう、鍵はかけない慣習を設定している屋敷が多い。
私は、ドアノブに手をかけた。幸い彼女の部屋に、鍵はかかっていない。ドアノブを回すと、ドアは静かに部屋の内部方向に開いた。足音を立てないようにきをつけながら、私は部屋に入る。キャサリンはうつ伏せの姿勢で顔を枕に押しつけ、ベッドに横たわっていた。
キャサリンと言いながら、私は彼女を揺さぶる。だが彼女は「放っておいて」と言わんばかりに、自分の手で私の手をはねのける。もう一度揺さぶると、先ほどよりも勢いを強めて、私の手をはねのけてきた。
揺さぶってははねのけられ、ということを何度も繰り返した後、ようやく彼女は顔を上げた。しかし表情は険しいままだ。
「ざまあみろ」
それだけ言うと、再び彼女は顔を枕に押しつけた。
「質問に質問で返したのは悪かったわ。上目遣いであなたを見たことも悪かった。あなたの私に対する気遣いを疑ったことも、すまないと思っているの。だからお願い、キャサリン・シルヴィーヌ・ディートリント・フォン・ヘッセン=ヒュッテンブレンナー。いい加減機嫌を直して…」
しかし、彼女の機嫌はまだ悪いままだ。今さらなんだと言わんばかりの表情で、彼女は私を睨むと、イライラした感情を、私に思い切りぶつけてきた。
「私のことをフルネームで呼ぶのはやめてくれないかな、クソ姫。今日のことで、私はあなたにほとほと愛想が尽きた。お願いだから、部屋から出て行って。さっきもいったよね、アンタとは口をききたくないって。顔も見たくないし、声も聞きたくないから」