これまでの積もり積もった恨み辛みが、今回の件で爆発したのだろう。キャサリンの口からは、私を罵倒する言葉が出続けた。しゃべればしゃべるほど、感情がこみ上げてきたのだろう。気がつくと、彼女の目尻には、うっすらと涙がにじんでいた。
「そもそも『他人を信頼できない』と口にするような人間を、恭しく『皇女様』と崇め奉るほど私は人間ができていない。あなた、本当は私はもちろん、今日の会合に参加した人たちも信頼していないんでしょ?そうでなければ、そんなこと口にできないものね」
そこまで一気にしゃべると、彼女は再び枕に頭を伏せると、身を震わせた。
ああ参ったなと思いつつも、私は彼女に声をかけられなかった。だって彼女が私に言ったことは、私のホンネだからだ。この世の人間は誰も信用できない。私も一時期をのぞき、ずっと宮廷で暮らしているのだからわかっている。だから私の座右の銘は「人を見れば泥棒と思え」である。
だが一般庶民は、私が姫君だと知ると、決まってこう言う。
「姫様はいいよなあ。庶民みたいに生活の苦労もないし、好きなことを好きなだけやれるし、有名人の知り合いも沢山いるし、金持ちからの求婚も多いだろうし」
私はそう言われると、苦笑を浮かべて曖昧にやり過ごす。だが私が知る宮廷生活は、陰謀と欲望に満ちあふれ、他人に平気で嘘をつき、自分よりバカで貧乏な人間を平然と見下す人間が跋扈する世界だ。うわべが華やかな世界こそ、その世界が抱える闇もまた深い。法律よりも上層部への忖度とその場の空気が優先され、彼らしか知らない禁忌を犯した人間は、秘密裏に消される。こんな人間が跋扈している世界で、他人を信頼しろというのが無理な話だ。
「あのねキャシー、私のことをどう思おうとあなたの勝手だけど、私の育った環境は、他人を容易に信じてはいけないという世界だった。あなたとは、育った世界が真逆なのよ。周囲の大人を簡単に信じていたら、今現在、あなたと一緒に過ごしているかどうかわからない」
「だからなによ?」枕に突っ伏したまま、とげとげしい声でキャサリンが応じる。
「私、あなたの本来の性格を知っているのよ」
私が話すと、ぎょっとした表情で頭を上げた。そしてその姿勢で、私の話を聞く。
「公の場では、あなたは誰にでもニコニコと話しかけるよね。私にはそんな芸当、とてもできない。だってそれって、すごくストレスがかかることだから」
うん、と彼女は力なく頷く。私はそのまま独白を続けた。
「あなたのことを、宮中のみんなはこういうわ。『キャサリン・ヒュッテンブレンナー公爵令嬢ほど、誰にでも優しく接するお嬢様はいない』って。でもね…」
一息置いて、さらに私は言葉を継いだ。
「でもあなたの本当の性格は、軽薄でおべっかを使う人間のことを、心底軽蔑している。好き嫌いも激しくて、嫌いな人間とは口をきかなず、視線も合わせず、交際もしない」
「それ、当たり前じゃない?表裏の落差がない人間なんているいないわ。程度の差こそあれ、全ての人間は表裏がある。そうでしょ?私、間違っていることをいっているかな?」
ぶすっした調子で呟くと、彼女は頭を私がいる方向と逆に向けた。私に驚きの表情を見せたから(これはいける)と思ったのだが、まだ怒りは解けていないようだ。
「でもあなたは、自分が信頼を寄せている人間に対しては必要以上に突っかかるし、辛辣なことも平気でいうよね?」
キャサリンは、あさっての方向を向いたまま黙っている。
「ねえキャシー、今も私に突っかかると言うことは、多少なりとも私を信頼して、心を開いているということよね?」
私はキャサリンに声をかけたが、彼女はうんともすんとも言わずに、ただ身を震わせ続けた。ううむ、これは本気で彼女を深く傷つけてしまったようだ。私は彼女ご自慢の長い金髪を、指で優しく梳いてあげる。そういえば小さい頃から、私は彼女が傷ついた時は、いつもそうしていたことを思い出した。時間をかけてゆっくり髪を梳いてやると、彼女の精神が落ち着くのだ。ゆっくり、優しく、私は彼女の髪を触り続ける。
「ごめんね、キャサリン。今回は本当に私が悪かったから…」
私が彼女の耳元で囁くと、いつの間に彼女は、私のてのひらを掴んでいる。私が優しく握ると、力強く握り返してきた。表裏の落差が激しく人見知りの激しい彼女が、今ケンカしている私の手を握り返した。これは私を信頼していたいと、心のどこかで思っている証左だ。
そういえば、私は彼女が私を信頼する理由を知らない。この機会に、私はその理由を問うてみた。
「ねえキャシー、あなたが私を信頼してくれる理由ってなに?『お仕事だから仕方がない』からじゃないよね?『子どもの頃からの長い付き合いだから』という理由では、私は納得しないからね」
キャサリンはゆっくりと顔を上げると、改めて視線を私に向けた。