「いくらあなたが私にゴマをすろうがなだめすかそうが、私はあなたに愛想が尽きたわ。もう絶対あなたを許さない」
キャサリンは一気に言葉を吐き出すと、再び頭をあさっての方を向けた。だがその言葉とは反対に、私を握る手の力は、先ほどよりも強くしてきた…気がする。
私は、彼女に聞こえないように「クスッ」と笑うと、ちょっとからかう調子で
「キャシー…あなたって、ホントに面倒くさいオンナね」といってみた。
「なんだって?面倒くさい事態にしたのはマリナだよね?」
彼女はガバッと上半身を起こすと、私に詰め寄った。その目はは、完全に据わっている。(ああ面倒くせぇオンナだ)と私は独りごちる。
「ハイハイ、私が悪うございました」
でもね、と私は言葉を継ぐ。
「でも、だったらなんで私の手を強く握り返すの?」と突っ込んでみる。
彼女は、私を見つめたまま黙っている。
「私のことを、まだ信頼していたいと思っているからじゃないの」
「……」
「確かに、私はいろいろと誤解を招く行動が多いわよ。空気だって読めないし、協調性だってないし、すぐに我を張るし。皇女として、いろいろとふさわしくないのは確かよ」
「わかっているのなら直しなさいよ。私はあなたが小さい頃から、折に触れて指摘してきたわよね。どうして聞いてくれないの?」
「私、キャサリンみたいに裏表のある振る舞いはしないって決めているの」
「あなた、なにを言っているの?」キャシーは「あなたのいっていることがわからない」といいたげな表情を浮かべながら、私に返事をする。
「有象無象が巡らす陰謀渦巻く今の宮中、おまけに皇族関係者が取材する公式パーティーに、正体不明の人物が多数来場することくらい、あなただって知っているでしょ?そのような場所でスキを見せたり、ちょっとした言葉の綾で窮地に陥ることくらい、あなただって知っているでしょうに。私からいわせてみれば、あなたの立ち振る舞いは、おっかなくて見ていられない」
「『誰にでも優しく振る舞う』のは、別に悪いことじゃない。宮中で生き抜く手段としては、それもありだとは私も思う。でも『いったいなにを考えているのかわからない、本音がわからないから逆に怖い』と思っている人だって多いんだから」
しかし、キャサリンも譲らない。
「パーティーの始まりから終わりまで、会場でろくに口を開かず、ぶすっとした表情で突っ立っている姫様に、そんなこといわれたくない。他の姫様とまではいわないから、アナタも少しは愛想よく振る舞ったらどう?」
「私の人見知りの激しさ、警戒心が激しいことは、アナタもよく知っているわよね?」
このままいわれっぱなしは悔しい。私も負けずに言い返す。
「誰彼かまわず、愛想を振りまくのもどうかと思うけどね」
「ねえ、マリナ?」ため息交じりに、キャサリンが呟く。
「そんなに他人って信じられない?」
「うん」
「私のことも信じられないんだ?私たち、知り合ってどのくらいになるっけ?少なくても、10数年は一緒にいるよね。そんな人間ですら、アナタは簡単に心を開いてくれない。私たちの関係って、お互いが知り合って以来、そんな薄っぺらい関係だったんだね?」
「待ってよ、なんでいきなり話がそこにいくわけ?ねえキャサリン・シルヴィーヌ・ディートリント、少なくても私はアナタとの関係は、うわべだけの薄っぺらい関係だなんて一度も思ったことはない」私は必死になって抗弁する。
「じゃあ、なんですぐに『他人は信じられない』なんて言葉を口にし、初対面の方に座右の銘を聞かれて『人を見たら泥棒と思え』と答えるの?だからアナタは人脈を広げられないし、まわりから爪弾きされる。変わり者扱いされ、陰口をたたかれる。そんなことをしたら、自分から敵精力に『さあ抹殺してくれ』といってるようなものよ」
キャサリンは、顔を真っ赤にして反論する。いつの間にかこの問題は、礼儀作法の問題からお互いの価値観の問題にすり替わっていることに、私は気がついた。
「キャサリン・シルヴィーヌ・ディートリント、じゃあ聞くけどさ」
私は深く深呼吸をした後、一気にまくし立てる。
「アナタに近寄る男達が、なにを考えているのかわかって行動している?そりゃあさ、あなたに関心があるのは確かかも知れない。でも、本当にそうかな?相手は、アナタとただ寝たいだけなのかも知れないし、己の野望のためにアナタの実家の後ろ盾だけがほしいのかも知れない。ひょっとして、悪事に荷担させてアナタの実家を没落させたいのかも知れない。いずれにせよ、素性が不明の人物に、闇雲にお近づきになるのは危ないと思うの」
「アナタには、私と私の実家が抱えている事情なんかわからないわよ」
ぶすっとした表情で、キャサリンが返答する。
「私だって、好き好んでこんなことをしているんじゃない。少しは、私の立場をわかってよ!」