彼女の実家であるヒュッテンブレナー家は、我が国を代表する名家のであり、ヒュッテンブレナー家が統治するヘッセン大公国は、帝国を支える大公国の一つだ。同家の歴代当主はリベラルな政治思想の持ち主が多く、それは彼女達にも受け継がれている。彼女達が代々受け継いでいるその気風は、ヘッセン大公国の位置も大いに関係がある。
ヘッセン大公国の首都であるフランクフルト・アム・マインは、帝国を代表する経済都市である。この都市には帝国を代表する企業と証券取引所があるほか、帝国を代表する経済団体や労組の本部も置かれている。また国際経済や通商政策に関する国際会議が開かれることも多い、帝国経済の経済面の首都というべき、帝国経済を支える大黒柱だ。この都市が醸し出す雰囲気は、行政都市に特化しているプレアガーツ、私の実家が統治しているグラーツ大公国の首都であるグラーツとは、どこがが、何かが違うと感じる。
この都市のもう一つの特徴は、この都市の現在の状況は、確実に10年後の帝国の社会に反映されるということだ。
かつてこの地には、昔は製造業の本社が数多く設置されていた。しかし私が生まれる数十年前から、この都市は「欧州のシリコンバレー」といわれるほど、大小問わずIT関連企業が数多く進出している。また自然エネルギー関係の企業も、その大部分がここに本社か、大規模な支店を開設している。
これらの企業経営陣は、他の業界より平均年齢が若いため、身動きが軽くて柔軟な思考の持ち主が目立つ。またこれらの企業に勤める社員の約3割が外国人社員で、そのため他の都市よりも外国人に寛容なことで知られている。
その反面この街の住人は、建国以来の課題である「格差問題解消」には、極めて冷淡なところがある。
IT企業や自然エネルギー関連の企業経営陣のほぼ全員が、グランゼコールおよび海外の一流大学で経営学修士(MBA)の資格を持つ者だ。彼らの大部分は世間の動向に敏感で、新しい物好きで知的好奇心も旺盛だ。そしてこれらの企業の「正社員」の約3割はグランゼコール卒業生だ。多数派を占める一般大学卒の社員も、その多くは名門ギムナジウム出身者、レベルの高い公立高校の出身者で9割以上を占める。その反面、職業高校からの叩き上げ、平均レベルの公立高校からグランゼコールを卒業した社員は数えるほどしかいない。
「市民あっての企業」という方針を掲げるこれらの業界では、社会貢献活動をする社員を積極的に支援している。だがそれらの活動に関わる社員の多くは、会社側から半ば参加を強制されているため、この手の活動を嫌う社員も多い。
私は最近参加したとあるパーティーで、社会貢献活動に積極的に関わる会社の社員、NGO関係者と話す機会があった。その場にいた社員のほとんどは世間で「エリート」といわれる人たちだったが、たまたま私と会話した関係者は「正社員」ではなく「契約社員」だった。そして私は、この社員から「企業の社会的使命」を事あるごとに口にする、彼ら「若手経営者」の正体と社風の実態が、、世間に発信している情報とあまりにもかけ離れていることに驚き、そして自らの不明を恥じた。
我が国には、同一の会社で3年以上勤務した「派遣社員」「契約社員」は、無条件で「正社員」として雇用しなければならないという法律がある。しかしほとんどの企業はこれを嫌い、雇用期間満了直前に、対象社員に「次回の契約更新はしない」と通告する。その人によれば、その会社も契約社員をぞんざいに扱う正社員が多数派だとこぼしていた。
社員の出身校を見る限り、経営陣を含めて大部分の正社員は優秀であると思われがちだ。だがIT系や自然エネルギー業界の会社のほとんどは、会社の意思決定がトップダウンで決められ、現場の意見はほぼ無視される。ほとんどの「正社員」が「契約社員」を見下し、上層部の意向を忖度するしか能がない中間管理職も多いため、社内には絶えずギスギスした空気が流れているそうだ。労働基準法を無視した勤務形態を強いるところも多く、体や心を壊して退職する社員も多い。労働組合は存在しないか、あっても「御用労組」なので、社員の訴えはほぼ無視される。パワハラ・セクハラに泣かされ、泣く泣く退職に追い込まれる非正規社員は数え切れない。
この業界が、積極的にボランティア活動に取り組む理由は一つしかない。社会活動に熱心に取り組み、各種NGO団体を支援することで、「ブラック企業」というイメージを払拭したい、それだけだ。支援金ほしさに、業界が持つ「ブラック体質」に目を瞑るNGOも多いという話も、そこかしこで耳にする。
「彼らの話は、ほとんどが眉唾なんですよ。派手に『社会貢献』を謳う企業ほど、その労働環境は劣悪だったりする。だからほとんどの社員は、こういう活動に関心がない。この業界の社員は、みんなそう思っていますよ」