総合アカデミー(RBS)高等部時代のキャサリンは、清楚で深窓の令嬢というイメージが強く、男子のクラスメートからは羨望の眼差しを送られていた。その印象が変わったのは、彼女が高等士官学校に進学してからだ。
高等士官学校への進学を決めるにあたり、彼女は自分の進路を家族に相談しなかったらしい。私たちの時代には軍人志望の女性は珍しくないが、私も彼女が宮廷行政学院に進学するものだと思っていた。だから、本人から高等士官学校への入学希望を聞いた時は驚いた。志望動機を尋ねても曖昧にごまかされていたが、ほどなくして私たちは、高等士官学校のフェンシング部が彼女をスカウトしたことを知った。
この学校に入るためには、体力・身体能力と同等か、それ以上の知力が求められる。しかも高等士官学校はグランゼコールの一つで、入試倍率は毎年10倍以上の難関である。スポーツ推薦入試での合格を目指すとしても、こちらも定員枠が少ないため、競争率が高い。しかし彼女は、この難関を易々と突破し、周囲を驚かせた。
7歳でフェンシングをはじめた彼女は、指導者にも恵まれたのだろう。ジュニア世代から全国大会で実績を積み重ね、各年代別の代表チームでレギュラーの一角を占めた。当人も高等士官学校入学後、本気でオリンピックを目指して練習に打ち込み、スポーツメディアはこぞって彼女を「帝国フェンシング界期待の若手」というニュアンスで、彼女を紹介した。
しかしある日、彼女は突然フェンシングをやめてしまう。本人が理由を明かしていないので、詳しいことはわからない。コーチとの確執、帝国フェンシング協会幹部との対立、果ては恋愛トラブルなどの噂が流れたが、今も真相は藪の中だ。
私や友人は、折に触れて彼女にことの真相をたずねた。しかし彼女の反応は曖昧に笑ってごまかすか、露骨にイヤな顔をして私たちに向き合うかのどちらかで、真相が彼女の口から語られることはなかった。
「人の噂も75日」ということわざの通り、しばらくするとこの話はうやむやになるのでは?と、私を含め友人達はそう思っていた。しかし帝国フェンシング界の期待の星に降りかかったスキャンダルは、当事者が帝国を構成する有力な侯爵家の令嬢だったために、いつまでたっても騒動が収束する気配が見えなかった。本人をよく知る私たちから見れば、どう見ても名誉毀損で訴えられるレベルの流言飛語が世間に飛び交った。しかしキャシーはこれらの噂に対し、沈黙を貫き通した。
「ねえキャシー、せめて私にだけは本当のことをいってよ。いったいなにがあったのよ?」
納得いかない私が、彼女に執拗に問い質したのは、彼女がフェンシング界からの引退を表明してしばらくたってから開催された、総合アカデミー本校高等部卒業生が多数集うパーティーの席に顔を出した時だった。私の顔を見て笑顔を浮かべたキャサリンだが、私がその話題を口にすると、表情はあっという間に硬くなった。
「いつまでその話題を蒸し返すつもり?もうそのことは思い出したくないからやめて」」
そう答える彼女の口調からは「もううんざり」という表情が窺えた。だがいま世間に流れている彼女の噂は、明らかに名誉毀損のレベルである。「沈黙は金」では済まされないのは、誰の目にも明らかだった。
私は、怒気を含んだ口調で彼女に言い返した。
「バカなこといわないで。あの騒動について、世間でどんな流言飛語が飛び交っているのか知っているでしょう?今世間に流れている噂は、もはや犯罪レベルと言っても過言ではないわ。これはアナタの名誉に関わることなのよ!」
私の忠告に、しかしキャシーは顔を真っ赤にして怒鳴った。
「マリナ、あなたが関わって事態がよくなる保証があるの?これ以上関係のない人間に、ああだこうだいわれたくないの!お願いだから、もうこれ以上口を挟むのはやめて!」
「人が心配して聞いているのに、そんな言い方はないでしょ!」
キャサリンの高飛車な物言いに、かっとなった私は、思わず大声を上げた。
「アナタのことを心配しているのは私だけじゃない!少なくても、この場にいるのは、アナタのことを心配している者ばかりなんだよ!」
実はこのパーティー、表向きはRBS同窓生を対象にしているが、実際は心身ともボロボロになったであろうキャサリンを励ますために開催されたものだ。そして私は、そのパーティーの発起人に名を連ねていた。
だが「親の心子知らず」とはこのことをいうのだろう。私たち主催者の願いは、彼女の心にまったくといっていいほど届いていなかった。
「それが余計なお世話だったっていってるのよ!そっとしておいてよ!もうこの件には、誰にもいわれたくない!」
目を細めて、キャサリンが怒鳴り返す。彼女のあまりの剣幕に、会場の雰囲気が悪くなったのは、日頃から「KYな姫様」といわれる私にもわかる。