「キャサリン・シルヴィーヌ・ディートリント、お願いだからヒステリックに怒鳴らないで。ここで感情を露わにしても、問題は解決しないのよ」
私は哀願口調でなだめすかそうとする。だがそれが彼女のカンに触ったのだろう。
「ざっけんな!このパーティー自体が、私を晒し者にするためのものだろうが!偽善者ぶるのもいい加減にしろ!」
もはや彼女の口調と言葉遣いは、不良少女そのものだ。第三者がこのやりとりを聞いたら、侯爵家の令嬢だとはとても信じてもらえないだろう。
私は悲しくなった。
あんなにおとなしく淑やかな雰囲気を湛えていた皇女が、荒んで墜ちていくのを黙ってみるのは、到底耐えられない。
私は覚悟を決めて、ずいっと彼女の前に出た。
「なにが『いい加減にしろ』だぁ?甘ったれるのもいい加減にしやがれ!」
突っかかる私に、キャサリンは「フン」と鼻を鳴らした。
「ずいぶん威勢がいいわね、エルヴィラ・ジャンヌ・マリナ・カーリン」
そう言うと、彼女は私の腕をグイッと引っ張った。
「やろうっていうの?いいわよ、この場で決着をつけようじゃない?」
ハァハァと荒く息を吐きながら、キャシーは私にすごんでくる。
「いっときますけどね、少なくても腕っ節では私の方が強いんですからね。アナタが繰り出す護身術のレベルが高いといっても、私から見ればおこちゃまにしか見えねぇからな!」
そう言うやいなや、彼女は私を上目遣いで見据えると、もう片方の手を私の喉を掴もうとした。その瞬間
「二人とも、いい加減にして!」
と叫びながら、私とキャサリンの間に割って入った人物がいた──フリーダだった。彼女は私を掴んでいた腕を引き離すと、すぐさまキャサリンに向き合った。
そして次に彼女がとった行動は、このパーティーの参加者全員を驚かせた。
なんとフリーダは、キャサリンの頬を平手でひっぱたいたのである。
「てめぇ、なにしやがる!」キャサリンが絶叫すると、フリーダはもういっぽうの頬をひっぱたいた。
「調子こいてんじゃねぇぞ、このアマ!」
キャサリンがグーパンチでフリーダに殴りかかろうとした瞬間、彼女はキャサリンの手首を掴み、グイッとひねった。「いった──い」と、キャサリンはたまらず悲鳴を上げる。しかしフリーダは、それでもキャシーの腕を放そうとしない。フリーダから離れようともがいていたが、もはや何をしてもムダだと悟ったのだろう。顔を下に向け、フリーダに恭順の姿勢を見せた。この間、フリーダの視線はキャサリンに向いていた。
「キャサリン・シルヴィーヌ・ディートリント、ちょっと私と一緒に外に出ようか?」
フリーダの問いかけに、キャサリンは力なく頷いた。そして彼女と一緒に、おとなしく会場の外に出た。
気がつくと、会場の雰囲気が騒然としていることに気がついた。そりゃそうだろう、みんなが楽しく歓談しているところに、皇女二人が口論を始め、そのあげく片方が手を上げようとした。その場の空気が凍り付いたのも当然だった。
結局そのパーティーは、雰囲気が悪いままで終わった。フリーダとキャサリンも、結局席を外したきり、パーティーに戻らなかった。
次の日、私はフリーダに、キャサリンとどんなやりとりをしたのか聞いてみた。
「あなた、まさか二人と外に出た後もキャサリンに手を上げてないでしょうね?」
いやいやまさか、とフリーダは首を振りながら苦笑した。
「二人で会場の外に出てから、彼女に『いくらなんでも、公衆の面前であの態度はないんじゃないの?あなたにとってフェンシングをやっていたことは忘れてしまいたいのだろうけど、いまあなたが受けているダメージは、もう犯罪レベルなのよ。だからみんなを信じなさいよ』って諭したんだけどねえ……」
「キャサリンは、それを受け入れなかったってこと?」
「本人は『あのパーティーにも、私の味方を装う人間がいるに違いない、もう誰も信じられない』って、強情張ってさあ…挙げ句の果てには喚き散らすわ号泣するわで…」
「それじゃあ化粧も…」
「そう。怒鳴るだけ怒鳴った後ウォンウォン泣いていたから、お化粧がメチャクチャ崩れちゃったの。思わず心の中で「お前は歌舞伎俳優か、ロックバンドのKISSのメンバーか」と突っ込んじゃったわよ」
「事情を知らない人間がこの光景を見たら『女子二人が修羅場を演じている』と思うかもね。おおこわ…」
私は、頭を抱えながら呟くと
「そんな顔、だれにも見られたくないよね。例え好きな人であってもさ」私はため息交じりで呟く。そそそ、とフリーダは合いの手を入れると
「だからさ、わざわざ遠回りして別の入り口から中に入って、そこから一番近い化粧室にアイツを引っ張り入れたの。『キャサリン、さっさと化粧を直して屋敷に戻った方がいいわよ』って」
「で、キャシーはおとなしくフリーダのいうことを聞き入れたってわけだ」