「お言葉ですが殿下、ヒュッテンブレナー中尉がその場を目撃されたのは深夜なのですよ。夜も遅い時間帯に、複数の男性と別室に入った。良識ある人間だったら、その後どうなったか想像がつきますでしょう」
「それこそ、下衆のかんぐりというものですわ。『男性と別室に籠もるイコール一線を越えた関係になる』という想像は、女性にとっては不愉快極まりないものですの。かような行動を目撃されたキャサリンも、わきが甘いと思いますが」
隊長が答え終わらないうちに、私は言下にそれを否定した。
「殿下、なにをおっしゃられるのです。正気ですか?」気色ばんで、隊長が答える。
「それでは、今度は私が隊長に質問いたします」
紅茶を一口二口飲むと、私は長く息を吐いた後言葉を継いだ。
「百歩譲って、ヒュッテンブレナー中尉が深夜、複数の男性を伴って別室に向かったのを認めるとしましょう。ですがその晩、その部屋の電気が消えたのはいつだか、隊長は報告を受けていますか?」
「いいえ…」隊長が応じる。その表情はこわばり、声には動揺の色が見て取れる。
「もし電気が消えてなかったとしたら、彼女は予め部屋にティーセットを用意しており、折を見て『複数の男性』を、その部屋に招き入れた可能性もありますが?」
「……」隊長は押し黙ったままだ。
「彼女は悩みを抱えていた。信頼できる男友達を部屋に招き入れ、お酒を飲みながら、自分の悩みを打ち明けていた。そういう可能性もあるのではないのですか?」
「そりゃ殿下は、中尉と親しいのですから、そう思いたくなるのもわかりますが…」
隊長の表情は、明らかに「承服しかねる」という表情が浮かんでいる。
「私の意見が憶測に基づいているとでも?でしたら隊長の意見こそ、私にいわせれば憶測に基づいていますわ」
隊長は、下を向いたまま黙っている。
「隊長、一つ質問があるのですが」
「なんでしょう?」
「キャサリンがフェンシングをやめたことについて、何か聞いていませんか?」
「私は、何も聞いていませんが」
「部下の方に、その件について調査するよう命令されたことは?」
「いいえ、ありません」
「軍上層部から、この件について調査するよう命令が下されたこともないのですね? 」
「ええ、本件についてはなにも」
「では、質問を変えましょう。ヒュッテンブレナー中尉が、パーティー会場から男性と一緒に、別室に移動する姿を目撃した親衛隊員はおられるのですか ?」
『私を含めて、多くの親衛隊員がその姿を目撃しております」
「彼女と一緒にいたの男性は貴族ですか、それとも一般人ですか? 」
「男性の身元についてはわかりません」
「では、彼女と一緒にいた男性は同一人物ですか、それとも毎回別の男性と会っていたのですか? 」
「そこまではわかりません」
「隊長は、その件で調査するように命令を下さなかったのですか? 」
「親御さんから調査の依頼がない限り、親衛隊が首を突っ込むのはどうかと思います」
「親衛隊は、彼女と連れの男性が部屋に入る様子を尾行していたのですか?そして、電気が消えるのを確認していた、と」
「公爵家からの依頼はないので、ヒュッテンブレナー中尉の尾行はしていません」
「裏付けをとったわけではないのに、社交界に流れる彼女に関する不穏な噂は信用なされるのですね」
隊長の表情には「面倒くさい女に絡まれた」という表情が浮かぶ。私は彼に構わず、言葉を続ける。
「もしキャサリンが男だったら、隊長の態度も違ったものになったでしょうね」
「……」
「対象人物が同性愛者だったら、隊長は今回のキャサリンと同じことをされたんですか? 」
隊長は紅茶や菓子を口にすることもなく、椅子の上で固まっている。
「まあいいですわ。今日はこの問題で私に会いに来たわけではないのでしょうし。質問を変えましょう。ヒュッテンブレナー中尉が、私の担当武官になった経緯を教えてください」
「国防省上層部の総合的判断、と申しておきましょうか」
隊長は、極めて事務的な口調で応じた。
「『総合的判断』といわれても、私は納得いきかねます。どのような経緯かと質問しているのです」
『ですから、そこは『総合的判断』としか言い様がありません」
隊長は、何度も「総合的判断」という言葉を繰り返した。その言葉を繰り返せば、私が納得とでも思っているのか? 皇女をなんだと思っているのか?
私は居住まいを正すと、改めて視線を隊長に向けた。
「本件のことは、隊長は誰から聞かされましたか? 」
「私自身は、国防省事務次官から聞きました」
「では隊長は、ヒュッテンブレナー中尉の配属の決定には関わっておられない、という認識でよろしいのですね? 」
「御意」
「ヒュッテンブレナー公爵家が、キャサリンの配属について関係各所に根回しした形跡はありますか? 」
「いえ、私はわかりません」