「それでは、彼女の配属に関しては、国防大臣や次官、統幕本部議長らが決断した、と考えてよろしいのですね」
「……だと思われます」
しかめっ面で、隊長が答えた。
今回の件で、国防省幹部の意向が働いていることはわかった。だがまだ腑に落ちない点がある。私は、隊長に質問した。
「近衛隊というのは知性もはもちろん、それに相応しい家柄も重視されます。もちろん、品行方正でないといけない。だとしたら、中尉みたいに不純異性交遊で、社交界の噂になっている人間が近衛隊に入隊する。しかも直系皇女担当の武官として配属されることには、違和感を感じずにいられませんわ。友人の私ですらそう感じるのですから、ヒュッテンブレナー中尉という人物を知らない者が今回の人事を知ったら、どう思うのか心配です」
私は一気にまくし立てると、紅茶を飲み干した。
「まぁまぁ殿下、ここは落ち着いてください」
困惑の体で、隊長が私をなだめるようにいった。
「すいません。失礼しました」私は軽く会釈をした。
「それでですね、中尉自身が私付きの武官を希望した可能性はあり得ますか?」
「それは、私も知りません」隊長が即答した。
この人事について、隊長はどの程度情報を把握しているのだろうか?とぼけているのか、あるいは本当に知らないのだろうか?
そんなことを考えていたら、失礼しますと言いながら、女官が私たちのいる部屋に入ってきた。彼女は私に、紅茶のおかわりがいるかどうか尋ねてきた。私は即座にもう一杯持ってきてと言い、それにもレモンを入れるよう頼んだ。
改めて、視線を隊長に向ける。
「もう一つ、お伺いしたいのですがよろしいですか?」
私は背をピンと伸ばしながら、隊長に質問した。
「なんでしょうか、殿下?」
「ヒュッテンブレナー中尉が、私付きの武官になるという辞令が出たことについて、近衛隊内部から異論は出なかったのでしょうか?」
「正直、ヒュッテンブレナー中尉が殿下付きの武官になることに、隊内からも異論が出ていることは確かです。しかしそれが表に出ることはありません」
眉をひそめながら、隊長が答えた。
「上層部になにを言っても、我々の言うことが聞き入れられることはない。むしろ事を荒立てても、自分の将来に差し支える可能性が大きい。だったら黙って受け入れよう、ということなのでしょうか?」
「一言で言えば、そういうことです」
隊長の発言には「もうなにを言ってもムダですから、殿下も諦めてください」という意味合いがこめられていたように思えたのは、気のせいだろうか。
「なるほど、わかりましたわ。それでは、今回の人事は受け入れることにしましょう」
「殿下は、それでよろしいのでしょうか? 」
「私が『イヤだ』といっても、決定が覆ることがないのですからしょうがないでしょう」
それが軍隊という組織の体質である以上、文句を言ったところでどうしようもない。
「じつはですね、隊長」
「なんでしょうか、殿下?」
「私の担当がヒュッテンブレナー中尉になったことについて、ほっとしているのですよ」
「それは、中尉が殿下との付き合いが長いから、ということもあるのですか?」
隊長は、上目遣いで私を見ながら質問する。
「そうですね。ある程度人となりがわかっている人間だったら、こちらもやりやすいので」
実際、キャサリンが私付きの武官になることを知って、ほっとした部分があるのは確かだ。だがそのことがあって以来、私と彼女はサシで話し合う機会はほぼない。高等部時代のように彼女と仲良くやれるかどうか、不安でいっぱいだ。
私のそんな心情を察したのか、隊長は
「最近、中尉とお話をする機会がありましたでしょうか?」
と質問してきた。
私は、ゆっくりと首を横に振った。
「私と中尉には共通の友人が多いから、一緒になる機会は多いですわ。それなりに彼女と話をしますし」
「そうですか。それはよかったです」
私の言葉を聞いた隊長は、ほっとした表情を見せた。彼がそんな表情を見せたと言うことは、どこか不安なことがあったからに相違ない。
「なにか心配事があったのですか?」
やや低い声音で、私は尋ねた。隊長の目の動きがキョロキョロと動く。ややあって
「あの、お気を悪くしないでもらいたいのですが…」
「なんでしょうか?」
「中尉と殿下の仲が、近年はあまり関係がよろしくないという噂を聞いたもので…」
それを聞いた私は、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。それって、キャサリンの醜態に関することを指しているのだろうか?
さあ、どうしたものだろうかと、私は思案顔になった。鈍い頭を回転させていると、女官が新しい紅茶を持ってきた。私は一口紅茶をすすると、何事もなかったかのように、私は隊長に尋ねた。
「誰が、そのような噂を流しているのですか?」
コホン、と隊長は一つ咳払いをした。