「さっき体温測ったら、38度を超えていたぞ。いままでよく平気でいられたな。おかしいと思わなかったのか? 」
「朝からなんとなくだるいと思っていたけどさ、昼過ぎになればよくなると思ってた…甘かったなぁ…」
はーっとため息をつきながら、オルガが剣呑とした表情を私にを向ける。うわ、まずい。これは本気で怒っている顔だ。
「すぐに医者に診てもらわなきゃダメだろうが」
「ごめん」
「もし今日公式行事があったら、しれっと参加するつもりだったんだ」
「さすがに、そんなことしないって」
「いいえ、お姉様だったらやりかねないわね」
冷たい口調で、ルイーゼが言い放つ。
「素直に『助けてほしい』っていえないのは、お姉様の悪いところよ」
「ハイハイわかりましたよ…それよりも、主治医には連絡を取ったの? 」私は、オルガとルイーゼに尋ねる。
「当たり前じゃない。もうすぐこっちに来るってさ」
ムスッとした表情で、オルガが応える。
「そんなことよりも、聞きたいことがある」
濡れタオルを交換し、新しいタオルを私の額にのせながらオルガが尋ねる。
「私たちの留守の間に何があった? 誰か来たのか? 」
私は、近衛隊長が屋敷を訪問し、今度の私付きの武官がキャサリンになったことを伝えたと話した。
途端に、オルガの表情が曇った。
「あのオンナが、マリナの護衛を担当するのかよ……」
熱で気分が悪いをのこらえながら、私はオルガを諭した。
「私は、キャサリンでよかったと思っている。よく知らない人間に、私の身を護ってもらいたいとは思わないもの」
「社交界で『偽善者代表』だの『あばずれ』だの、さんざん悪評を叩かれているんだぞ。あんな女を自分の護衛にされるなんて、私があなたの立場だったら『ふざけんな! 』って怒鳴り返すがな」
「元不良少女のアナタが、そんなことを言うか」
皮肉交じりに、私はオルガに言い返す。
「だってそうじゃん。国中のメディアから『将来国内のフェンシング界をしょって立つ逸材』といわれていたのに、あんな形で競技をやめちゃってさ。しかもその理由をきちんと説明しない。関係者に話すのがイヤなら、せめて私たちにだけ本音を打ち明けてくれればいいじゃん。でも、彼女は絶対話さない」
「彼女には彼女なりに、話したくない事情があるんでしょうよ」
そこへ侍女の一人が、主治医の来訪を告げた。オルガがすぐさま「中にお入りください」と、入り口に来ているであろう主治医に声をかける。
「まーた倒れちゃったんだって? 」
そう言いながら中に入ってきたのは、私の主治医の一人であるプリシラ・ローラ・ブルグミュラー。この国の医療界の大物であるブルグミュラー一族の一員で、私たちの先輩だ。
「どれどれ、お姉さんが診てあげようか」
軽いノリで私に話しかけると、ベッドのそばにいる椅子に腰掛けた。苦笑しながら彼女は、カバンの中から聴診器を取り出す。
その様子を見ていたオルガは、渋面を浮かべながら
「先輩、真面目にやってください」と突っ込んでくる。
「あら、私はいつも真面目にやってんじゃん」
「あのねプリシラ、ここは皇族のお屋敷なのよ。そしてあなたが診ている患者は皇女殿下なんだから」
「ハイハイ、わかりましたよ」と、プリシラは手をひらひらさせると
「それでは殿下、診察いたしますので」
といい、私の診察を始めた。
聴診器を私の体に当てて丹念に私の体を診察すると、自分の掌を私の額に当てた。
「まだ熱っぽいね。体温測った?」
「さっき測ったら、まだ38度以上あった……」
ふーむ、といいながら、プリシラは錠剤をカバンの中から出した。
「とりあえず、いつもの薬出しておくから、これで様子を見ようか。いつもの症状だから、一晩寝ればだいぶ症状が落ち着くと思うけど、よくならないようならまた連絡してね」
「ありがとう」
「それじゃ、お大事にね」
よいしょ、といいながら立つと、プリシラはオルガとフリーダを呼び寄せ、耳元で何事か言葉をかけた。二人はプリシラが話し終わると、うんうんと頷いている。いったいなにを話したのだろう。
「いったいなにを話し合っていたのよ」私は、オルガに話しかける。
「もちろん、クーデターよ」
ニヤッと笑って、オルガが答える。
「は? どういう意味? 」
「文字通りの意味よ。病弱なあなたを領主の座から引きずり下ろし、ルイーゼを新しい領主にするからよろしくね」
「というわけで、私とオルガは、お姉様を幽閉いたします」
しれっとした口調で、ルイーゼも言葉を続ける。
「期間は、お姉様の体調が元に戻るまで」
それを聞いた私は、へなへなと脱力した。
「なによそれ?だったら『エルヴィラの体調が元に戻るまで、領主の仕事は私たちが代行するから』といえばいいじゃない」