「それは大丈夫。黙々と食べていたから」
「全部食べたのかな? 」
「そうだといいんだけどね……」
オルガは不安そうな面持ちで、こちらを見た。
「ねえ、オルガ……あなた、だいぶ変わったわね」
「え? どういうことかな? 」
「だってあなたたち、いつもしょうもないことでいがみ合っていたでしょう。そのたびに私が仲裁に入っても、お互い口汚く罵り合ってさ。おかげでこっちは胃が痛くなる、頭も痛くなる、果ては眠れなくなるで、こっちは体調を崩すし」
私はいいたいことを一気に吐き出すと、は──っと長くため息をため息をついた。
「マリナ、あなたはそう言うけどさ、私はこれでもあなたに感謝しているし、気を遣っているのよ。あなたも知っての通り、私は学校でも実家でも社交界でも、そのほかの場所でも自分の居場所を見つけられなかった。だからグレて不良少女に墜ち、不良仲間とつるんでブイブイいわせて粋がっていた。今振り返ってみれば、その頃の私は本当にみっともなかったわよね。そんな私を引き取って、立ち直る機会と居場所を切れたのはあなたなのよ。そのおかげで、私は本当にやりたいことを見つけられたしね」
でもね、とオルガは言葉を続ける。
「ルイーゼとキャサリン、そしてあの二人の『友人』という名の取り巻きから受けた屈辱的な言葉と嘲笑、そして陰口の数々は、私はどうしても許せない。これからもずっと、いいえ、死んでも私は許すことができない」
私とオルガが先のやりとりをしたのには、理由がある。
私たち姉妹とキャサリンは、「貴族令嬢」に相応しい身のこなしをするよう、幼い頃から厳しく躾けられた。だが「庶子」、つまり「愛人の子」として幼少時を過ごしたオルガは、上流階層の子として身につけておくべきマナーを習得する機会がなかった。
もちろん、全ての「妾腹の子」が、オルガと同じような生育環境で過ごしたわけではない。むしろそのような環境で育った我が子を不憫に思い、実子以上に愛情を注ぎ、必要な金銭援助を惜しまない父親も大勢いる。
しかし不幸なことに彼女の母親は、娘のしつけや教育に関心を持たなかった。10歳で父親に引き取られた彼女は、貴族令嬢として必要な知識やマナーを、何一つ習得していなかったからだ。
お互いが成人してから、私はオルガに実母とどんな生活をしていたのか尋ねたことがある。しかしそれは彼女にとっては触れられたくないどころか、なかったことにしてしまいたい過去らしい。顔を真っ赤にし、表情をゆがめた彼女は絞り出すように
「お願い、マリナ……そのことは二度と聞かないで」
といったきり押し黙った。私はその時の口調と表情から、この話題には触れるべきではないと悟った。おそらくオルガの幼少時を知っている貴族社会の人間は、ほとんどいないのではないだろうか。
私は実父であるネマニッチ大公にパーティーで出会った時、オルガを引き取った事情を婉曲な表現で尋ねた。だが大公は、ことの詳細を話すことを拒んだ。このことにはいろんな噂が飛び交っているが、当事者が口を閉ざしているため、今も真相は謎のままだ。
貴族令嬢に必要な知識が何一つなかったオルガは、継母や兄弟から事あるごとに虐待を受けていたらしい。おかずが一品しかないのは当たり前、時には冷たい料理を出されることがあったという。口答えをしようものなら、継母や兄たちから折檻された。心身共に傷ついたオルガは、総合アカデミー(以下「RBS」)中等部入学と前後して、不良達と遊ぶようになる。他の不良グループとケンカに明け暮れ、メディアでその不行跡をネタにされることもあった。
そして高等部1年である16歳の時、彼女は末代まで語られるだろう、とんでもない犯罪を犯してしまう。些細なことで対立する不良グループと喧嘩沙汰を起こしたオルガは、対立グループのリーダーに対し、執拗に殴る蹴るなどをし、半死半生の大けがを負わせたのだ。
父親であるラドスラブ大公は、事件解決のためにありとあらゆるコネを総動員し、示談を成立させた。被害者もオルガと同じくらいの不良であったので、大公は相手の素性を世間に大々的に知らしめ、自分たちに有利になるよう事態を収拾したのである。しかし父親である大公は、娘にも非があったとして、オルガに勘当を言い渡した。世間はこれを「ケンカ両成敗」と受け取り、この騒動はあっという間に世間の話題から消えた
日頃の不行跡の代償とはいえ、 大公がオルガに下した処分は、周囲が思っていた以上に厳しいものだった。オルガは不良グループのリーダー格を務めていたが、当時の彼女が持っている認識では、真っ当な世界で日常生活を営めるとは、誰にも思われていなかった。
オルガの面倒を誰が見るのか? それが当時の社交界の最大の話題だった。